キョンの非日常   作:囲村すき

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五話 八月のアブラゼミと世界の分割

 

さて、キョン子がこの世界に来てから、もう二か月がたとうとしていた。

 

その間に、七夕の日に三年前にタイムスリップして中学校の校庭に落書きしたり、巨大カマドウマを退治したり、期末試験を終わらせたり、夏休みが始まったり、孤島で殺人事件に巻き込まれたり色々すったもんだあったのだ。

 

そして気が付くと八月中旬。ここいらで俺はやっと一息つくことができたのだった。

 

俺とキョン子はたまたま二人とも午前中に起きて、テレビゲームに興じていた。格ゲーだ。今のところ戦績は五分五分と言ったところか。まあそれもそうかと言えばそれもそうだ。

 

俺(キョン子)とのふざけた同居も、大分慣れた。

 

俺の坊主頭で筋骨隆々のキャラクターが、キョン子の怪しげなインドの曲芸師のキャラクターにノックアウトされ、俺は呻きながらコントローラーを手放した。

 

「はい、アイスおごりー!」

 

キョン子がタンクトップの前をパタパタさせながら嬉しそうに言った。あろうことか、俺の部屋のエアコンはただいま故障中であった。俺自身もTシャツの背中が汗で若干しめっている。

 

「くっそ・・・しゃーねー、行くかぁ」

 

俺とキョン子は近所のコンビニでアイスを買い求めるため、蒸し暑い外に飛び出した。自転車二人乗りをして出発する。俺が漕ぐのは悲しい現実だ。

 

「あー、やっぱ暑いー・・・はっ、おごりだけじゃなくてパシリ条件にすれば良かった」

 

キョン子がポニーテールをなびかせて、今更のように声を上げる。最もだ。

 

バスケットボールの模様のエナメルバッグを肩にかけて歩いている、中坊らしい奴を追い抜いた。中防は二人乗りしている俺たちをどこか羨ましそうに見ていた。

 

中坊よ、カン違いしているかもしれないが、後ろの小娘は俺自身なんだぜ?

 

とよっぽど言いたかったが、黙る。キョン子は中坊を振り返って見つめ、言った。

 

「あ、バスケ少年だ・・・・六月を思い出すなぁ」

 

ああ、六月ね。あ、そういえば朝比奈さんの最後の言葉の続きをまだ話してなかったな。

 

あの時、朝比奈さんはこう言った・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「キョン君・・・わたしたち、やっぱり草野球しました・・・ね?」

 

草野球!朝比奈さんの言葉で、俺はもやもやしたものが晴れた気がした。

 

「そうですよ、俺たち、絶対しましたよ。鶴屋さんと谷口国木田・・・」

 

「それにキョン君の妹さん、ですよね。わあ、やっぱり。古泉君も言っていたんです」

 

しかし、これはどういうことだ。同じ時期に別のことをした記憶があるとは・・・?

 

現在は高校一年の六月、で間違いはないはずだ。まるで前の年も俺たちは高一で、しかし六月には草野球をしたかのようだ。

 

長門の助けがいる、と思ったら長門がすでに近くにいた。ハルヒとキョン子は棄権の受付をしに事務室まで行った。

 

「たしかに今日、私たちはバスケットボールの大会に出た。これは事実。しかし、また草野球の大会に出た記憶もまた、事実」

 

「・・・まさか、前世の記憶とかそういうんじゃないだろうな」

 

「違う。二つの世界は同時に存在する」

 

分からんぞ、長門よ。朝比奈さんが言う。

 

「どうやら、長門さんの話を聞いて推測すると、私たちが現在いる世界は、涼宮さんによって作られた世界・・と考えたら辻褄が合うんです」

 

「すると、俺たちは別の世界からやってきたということですか?」

 

「いえ、おそらく・・・えーと、現在の世界をZ世界、別の世界をY世界と呼びますね。私たちがZに存在しているように、Yにも私たちが存在しているのだと思います。そして・・・えっと、X世界が原点、事の初めだと仮定すると、YとZはXから派生されうる未来である、という・・・」

 

俺は朝比奈さんが携帯電話を見ながら話していることに気づいた。

 

「ああ、古泉からのメールですか?」

 

朝比奈さんは飛び上がり、真っ赤になってあたふたした。

 

「え、え、なんで分かったんですかぁ・・・?」

 

そりゃあもちろん、あなたにそんな無味乾燥な話は似合わないからですよ。

 

「あくまでも予想の一つ。確証はない」

 

「お前が確証がないなんて珍しいじゃないか」

 

長門はほんの数ミリ首をかしげる。

 

「・・・涼宮ハルヒの思考回路は、トレース不能・・・情報不足・・・」

 

だれだってそうだ。気に病む必要はねえぜ。気に病んでんのか?朝比奈さんは続ける。

 

「・・・それで、Z世界はY世界より遅くに誕生した、あるいはYのコピー、そう考えられます。だからわたしたちはY世界でわたしたちが体験した記憶の断片を脳が覚えている・・・どうでしょう?」

 

朝比奈さんは少し困ったような、しかし人懐っこい笑顔を浮かべた・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

「・・・キョン、おい!キョン!通り過ぎた!」

 

キョン子の声により、意識内から呼び戻された俺は、慌ててブレーキをかけた。キョン子がよろめくのが分かった。

 

「なに?急に考え事し始めてさー。財布忘れてないよな」

 

ああ、もちろんだ・・・ふん、Y世界とZ世界ね。朝比奈さん、というか古泉や長門の言うことが正しいなら、ひょっとしたらY世界にはキョン子はいないのかもな。第一男女逆転の世界があるっていう設定も、Z世界だけのものかもしれない・・・ま、どっちか選べって言われたら、そりゃまあ・・・

 

「キョン、ハーゲンダッツだからねハーゲンダッツ。自分に奢らせるんだから何にも気兼ねせずに済む」

 

キョン子はにやっと笑って言う。俺は肩をすくめた。

 

そりゃまあ一目瞭然だ、Z世界の俺にとっちゃな。そうだと思わないか?

 

コンビニの外で、八月のアブラゼミが鳴いていた。

 

 

 




キョン子「ダッツが売り切れてる…」

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