俺達は結局、至極一般的な味のクレープを買った。当たり前だ。俺達は一般市民だからな。
ハルヒとハルヒコの姿を一瞬見失ったが、ちょっと探すとすぐに見つかった。なにしろおかしな行動を繰り返すのだ。例えば自動販売機の裏側を探っていたり、公園のトイレの壁をつくっているレンガを一つずつこつこつと叩いてみたり。
一体、こいつらのあくなき探究心はどこから来るんだろうな?
「よく飽きないな」
「なまじ二乗だけにやる気も二乗なんじゃないの」
とかなんとかしゃべりながら尾行を続ける俺達も俺達だがな。まあ奴らが道行くサラリーマンを呼びとめて「すみません、あなたの出身は金星ですか?」などと尋ね始めたら全力で止める義務が俺達にはあることは確かだが。
もうそろそろ昼飯時かって時に、俺達は(というかハルヒたちは)とんでもないものに遭遇した。
未知との遭遇?あんまり未知ってもんでもないが、それなりに異常ではある、な。
端的に言うと、「怪しげなピエロの扮装をした妙にハイテンションな男に遭遇した」だ。街中でピエロに遭遇する確率はどれほどだろうな?俺の学校の偏差値よりは低い・・・・はずだ。
ピエロは笑みを絶やさない、背がとても高い奴であった。
「・・・・おい、なにしゃべってんだろう?」
雑貨店の店先に出ている商品を眺めるふりをしつつ、キョン子が俺に言う。ピエロはハルヒとハルヒコに盛んに話しかけ、そしてなぜか二人はその話に興味を持ったようで、ふんふんとうなずいている。
ハルヒコが何かを言うと、ピエロは跳びあがり、あっち側の方向に指をさして何やらジェスチャーをしている。俺は適当にアフレコしてみることにする。
「『君たち!ボクちんは一目で君たちを気に入った!ボクちんの全財産を君たちに譲ろう!ほら、そこの角を曲がったところにあるリムジンに乗り込んでみてよ!バラ色の人生が待ってるよ!!!』・・・とかな」
キョン子は俺が思った以上にウケていた。
そうこうしているうちにハルヒとハルヒコが俺たちがいる方とは反対の方向に歩いて行ってしまった。俺たちは慌てて、追いかけようと雑貨店の前を横切ってピエロの横を通り過ぎようとした。
が、くるっと振り返ったピエロに俺たちは行く手を塞がれてしまった。
「ややっ、ここにも仲良しカップルがおりますなっ!?お二方、ここはひとつ、春の思い出でも作ってみませんかっ!?」
「やー、思い出は間に合ってるんで」
「今日、駅前の広場で春の大食い選手権をやっちゃうんですぞっ!ペア参加ですぞっ!」
「やー、カップルじゃないんで」
「そしてそしって優勝ペアには豪華賞品がっ!それこそ
人の話を聞かないにも程がある。
「まじですぞ!なんと、優勝者が選んで良いのです!つまり、豪華賞品は「優勝者の欲しいもの」ですぞっ!」
釣られるかよ!
「・・え・・・そ、それって何でも・・・いいの?」
釣られやがった!
「んまあ商店街が用意出来る程度のものですがねっ!まあこんな広い商店街ですっ!お目当てのものくらい、いともたやすく出てきますぞっ!」
「・・・・キョン・・・・(ぐっ)・・」
その目やめろ。「どうする、ア●フル~♪」みたいなのやめろ。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・わーったよ、ったく・・・・」
「よっしゃ!優勝できたらな・・・そうだな・・・もう一生キョンを
「・・・・常日頃のお前の俺に対する姿勢が垣間見えたぜ」
俺は溜息をつき、テンションが上がり始めたキョン子をジト目で眺めた。
俺とキョン子は鏡の裏表のような存在―――で、考え方や行動が似ていることが確かに多くある。だが、全く同じでもないということを、俺はキョン子とのふざけた同居で、段々と知った。
ハルヒとハルヒコもそうなんだろうか?全く同質に見えて、実は違う、みたいな。
・・・きっとそうだ。
そうして俺たちは、「大食い選手権」なる、ハルヒ並みにアホなイベントに参加することになってしまったのだった。
・・・・・そのころの、古泉、朝比奈さん、長門。
「・・・・暇ですねえ・・・・」
「あ、えっと・・・そうですね・・・」
「・・・・・・・」
「朝比奈さん、UNOでもやりませんか?」
「UNO?ですかぁ?えーと、そんなにやったことがないんですけど、二人でやるのはあんまり面白くないんじゃあ・・・」
「あ、そうですね、じゃあバックギャモンはどうでしょう?」
「ば、ばっくぎもん?質問が後退するんですかぁ?」
「・・・・・長門さん、」
「やらない」
「ですよね・・・・・・」
「まんじゅうこわい」、という小話があるのをご存じだろうか。
ある男が、自分はまんじゅうが怖くてたまらないのだと町中に言いふらした。それを聞いてイタズラを考えた町人が、たくさんのまんじゅうをその男の家に放り込んだ。町人はしめしめ、上手くいったわい、今頃恐怖で息もできまい、と―――そうして様子を覗き込むと、男は「ああまんじゅう怖い。まんじゅう怖い」と言いながら嬉々として放り込まれた大量のまんじゅうを平らげていたのだ――――
人を馬鹿にした話だ。なぜこんな話をしたかって?いや、俺はこのオチに異議を唱える者であってな。恐らく町人は大量にまんじゅうを放り込んだに違いない―――食べきれないぐらい、な。だから男がいくらまんじゅう好きだからと言って、食べきれないぐらいのまんじゅうは流石に辛かったのではないか?だから町人のイタズラは成功したのではないか・・・・?という。
じゃないか?そうだよな?な?な?
「うっさい。早く食べるんだキョン!」
だからな、俺が言いたいのはな、好物であっても食べ過ぎることができるものでもないのだという戒めに近い―――
「うっさい。早く詰め込むんだキョン!」
・・・・。
俺達は大食い選手権に出場していた。場所は駅前の大広場だ。あのピエロは街中で十組ほどのカップルたちを集めてきており、今は司会を務めている。ペアの男の方が食べまくり、女の方が男が飲む水を運んでくるというルールでの大食い競争。食べる物は―――そう、まんじゅうだ。直径五センチ以上はある奴な。商店街のある和菓子屋で、何かの手違いでまんじゅうが作られまくってしまったらしい。まんじゅうというものは生ものですのでお早めにお召し上がりください―――というのは周知の文句だよな。
まんじゅうだって?どうにかしなけりゃいけねえなあ、こりゃ。そうだ、大食い選手権とかどうよ?商店街主催でさ。ああ、そりゃいいな!客寄せにもつながるしなぁ。おっしゃ、いっちょやっちまうか!
・・・というわけ。
ものの五個も食べ終わった時点で俺は口の中の妙な気持ち悪さを覚え始めており、脳味噌が危険信号を放っている。
ハルヒコは意外にもパクパク平らげている。和菓子が好きなのか?ハルヒはどうだったけか・・・と言うか、あいつの食べ物の好みを俺は何一つ知らない。
「あんたならやれるはずだ!いけええっ!」
キョン子の
殺される。このままでは殺されてしまう。
糖分多量摂取で朦朧としてきた頭を振って意識を保とうとすると、司会をするピエロの声が聞こえた。
『さあ始まってから五分が経過しました!ちょっとカップルたちにお話を聞いてみたいと思います!』
といっても話せる状況なのは女性の方だけだろうが。
『エントリーナンバー一番のカップルです!こんにちはー!・・・お嬢さん、おいくつですか?・・・え、高校生!?それにしては身長が・・・彼氏の方は?・・・こわっ!そ、そんなににらまないでくださいよ彼氏さん・・・誤解?そうですか?えーと、三白眼って言うんでしたっけ?・・・お二方を見てると・・そう、「タイガー&ドラゴン」!みたいな題名が付きそうですね!』
虎と竜がコンビ組んでんのか。そりゃ手強そう・・ってあの男本当に目つき悪いぞ・・・。
『さて、こちらのカップルは・・・?あ、カップルじゃないんですか。兄妹!?少しも似てませんね!お兄さん、妹さんものすごく可愛いですね!モデルできそうなぐらい・・・ええ?本当にやっておられるんですか!そりゃどーりで・・・・では質問です!趣味はなんですか!・・・え、そんなににらまなくてもいいじゃないすか・・・もしかして人に言えない趣味ですか?(笑)・・・いや、冗談です!すいませんでした!ホントに冗談ですから・・かっこ笑つけたじゃないですか!』
あの妹可愛いなマジで。俺が思わず見とれていたら、キョン子がものっそい顔で俺の口にまんじゅうを詰め込んだ。
ピエロはまだインタビューを続けている。
『おっと、こちらは金髪彼氏に黒髪彼女ですね!彼女さん、そんなにぶすっとした顔しなくても・・え?ともだち?ああ、友達なんですね!・・そうじゃない?友達だった?過去形ってことは今はカップルなんですね!・・・・違うんですか?またまたそう言って・・・おや、ギャラリーに応援している方が?おおっと、金髪碧眼の美少女!何故か白衣を着ている眼鏡っ娘!メイドさんにゴスロリに小さなシスターさんですか!?にぎやかですねえ~』
金髪彼氏、髪染めミスった感じに仕上がっているが・・・いいのか?
何組かのインタビューが終わり、そろそろ勝敗が見えてきた。ギブアップしている組が大半を占めている。
一応俺はなんとなくまんじゅうを食べ続けていた。俺はひょっとしたら、自分でも思っている以上に我慢強いのかもしれないな。
「くそ、ハルヒコもやるな・・」
キョン子が難しそうな顔をして言う。
ハルヒコもまだ食べ続けていた。俺と視線が合うと、奴はにやっと笑いかけてまんじゅうをぱくっとくわえてみせた。イケメンだ。なんか勝ちたくなってきた。
そこで俺は「ん?」と思うことがあった。
これは勝負だろ?ハルヒは勝負と名のつくものに目がないから、まあこの大食い競争に参加したのはうなずける。だがハルヒは
「そ、そうだった・・・・」
キョン子の顔が青ざめる。
「うん、結局無駄だったな。さあ、とっととギブアップして帰ろうぜ」
できれば俺の舌がいかれっちまう前に気づきたかったもんだ。
「むー」
「ふくれるなよ。ハーゲンダッツ買ってやるからさー」
その時俺の携帯の着メロが鳴った。
「古泉か。どうした」
『その心配はありません』
「なんで話つながってんだよ!超能力者かよ!」
『そうです』
「知ってるよ!」