キョンの非日常   作:囲村すき

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十六話 鏡の中のその人

 

 文芸部部室から出たものの、俺は自分がどこに行くべきなのか分からなかった。放課後とは、こんなにも静かでつまらないものだっただろうか。

 

 「もう・・・帰るか」

 

 絶望が俺の心を占めていた。もう家に帰って寝よう。明日になれば元通りかもしれない・・・なんて。

 

 教室にふらふらとおぼつかない足取りで行った。だれもいない教室に、夕焼けがぼんやりと差し込む。俺は自分の席まで行くと、どっかと腰を下ろした。のろのろと帰る支度を始める。

 

 異変が起こったのはその時だった。

 

 誰かが俺を呼んでいる気がする。とうとう幻聴まで聞こえ始めたのかもしれない俺は、ひょっとしたらもう終わりかもな。

 

 

 

 

 

 

 《キョン!》

 

 

 

 

 

 びくっと俺は背筋を伸ばした。今度は幻聴なんかじゃない。確かに聞こえた。誰だ?どこから聞こえる?

 

《ここだって!気づけ!バカやろう!》

 

 俺はがたっと立ち上がってきょろきょろとあたりを見渡す。教室に残っている者は誰もいない。誰もいない・・・ん?

 

 見間違いか?いや・・。

 

 夕日の差し込む窓をじっと見つめる。俺の影しか見えない・・・っ!?

 

 「!?」

 

 《やっと気づいたか!このノロマ!》

 

 なんと、窓に映っていたのは他でもない、我が親愛なる・・・キョン子だった。

 

 

 

 

 

 

 「お前・・・戻れたのか」

 

 《まあね。朝起きたら突然、だ》

 

 「まじかよ」

 

 窓に映るキョン子は少し照れくさそうににやっと笑った。

 

 《まじだ》

 

 散々に打ちのめされてからのお前の出現に、感激して涙が出そうだぜ。全く。

 

 

 窓に駆け寄り、身振り手振りを交えて話し出す。はたから見れば頭がおかしいやつだ。

 

 「助けてくれよ、キョン子。今俺の世界は大変なことになってるんだ。いや、世界というよりはSOS団がだな。古泉は超能力者をドロップアウトしてワルくなってるし、朝比奈さんは未来人の要素のかけらもない妖艶な小悪魔美少女に変貌してる。レオナルドダヴィンチも真っ青な天使と悪魔だ!それに、最強の宇宙人だった長門はいたいけな文学少女になって、一番やばいのはハルヒが全然普通(・・・・)になっちまったってことだ!分かるか?おい?あのハルヒがだぜ」

 

 窓越しに奴はふんふんとうなずき、俺の話を止めようと奮闘する。

 

 《まあまあまあ落ち着けキョン。まず深呼吸をするんだ。それから軽く頭を振って周りを見渡すといい。自分が誰でなぜここにいるか把握できている?できてるならあんたはたぶん、正常だ。そっちの世界がイカレたんだな?きっとな?》

 

 あいつはたぶん、相当面白がっている。俺は溜息をついて、しかし世界は自分を見捨てなかったのだという安堵感に包まれながら、もう一度最初からキョン子に説明し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《・・・まじかよ》

 

 「まじだ」

 

 事の次第を理解したキョン子の顔からは、面白がるような表情は消えていた。

 

 俺は思いついてキョン子に言う。

 

 「なあ、そっちの世界の長門はどこにいる?長門なら分かるかもしれない」

 

 《そ、そうだな、今連れてくる。たぶんまだ奴は・・・》

 

 キョン子の姿が視界から消える。五分くらい待って、やっぱりさっきのは狂った俺が苦し紛れに生み出した幻覚だったのか、最寄りの精神科の番号はと不安になったころ、キョン子が一人の男子生徒共に再び現れた。

 

 《連れてきた。こいつがこっちの世界での長門だ》

 

 ・・こいつが長門か。確かに長門に似ている。違うのは背の高さと、顔の輪郭ぐらいだろうか。つまり、十分長門と納得できた。

 

 「教えてくれ、どうしたらいいんだ、俺は」

 

 《・・・・・僕は直接あなたの世界に関与することはできない。だが、部室。そこの本棚にある本の栞が役に立つだろう》 

 

 淡々とした口ぶりで、長門(男)は語った。やっぱりこいつは正真正銘、長門の逆転の存在だ。

 

 「栞だと?それがいったい」

 

 《詳しいことは僕からは教えることはできない。ただ、役に立つのは規定事項》

 

 「・・・・分かった、ありがとよ!」

 

 《・・・・》

 

 《じゃ頑張れよ、相棒。応援してる。それくらいしかわたしにはできないからね》

 

 キョン子の言葉を背に受け、俺は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び文芸部に押し入ったこの奇妙な男を、文学少女の長門は一体どういう心持で迎えたんだろうな。今となっては分からないし、あんまり興味もないね。

 

 パソコンの前に座ってパソコンをいじっていた長門は俺が扉をこじ開けた瞬間飛び上がり、真っ赤な顔でおろおろ狼狽した挙句パソコンを強制シャットアウトする暴挙に出た。

 

 「また邪魔するぜ!何度も悪いが頼むから通報なんてしてくれるな」

 

 俺は真っ先に本棚に駆け寄ると長門(男)が言っていた本を探すべく両手を戦闘態勢に切り替えた・・・が。

 

 しまった、どの本なのか聞くのをすっかり忘れていた。

 

 長門(男)は言い忘れたのか、言えなかったのか。恐らく後者だな。長門に限って。

 

 しかし長門(男)はなにか意味のある本にその栞を入れたに違いない・・・・・栞?

 

 俺の頭に閃くものがあった。長門としおりと言ったら・・・

 

 四月、長門が長門だと知るきっかけになったのが、長門が俺に貸した分厚い本に挟まれていた、花のイラストがプリントされている代物だ。

 

 あの時の本、題名は確か・・・『ハイぺリオン』!

 

 「あった!」

 

 『ハイぺリオン』はちょうど本棚の真ん中にあった。急いで取出し、ページをぱらぱらめくる。

 

 本の真ん中ほどのページに、確かにしおりは挟まれていた。興奮して震える手でそれを掴むと、ひっくり返した。

 

 『プログラム起動条件・始まりを探せ。最終期限・二日後』

 

 これだ。間違いない。俺はぽかーんとしている長門に向かってこれはお前のものかと目で問うた。彼女は首をふるふると横に振った。

 

 「そうか・・・いや、その方が俺としては都合がいいんだ・・・・いや、こっちの話だ・・・」

 

 よし、よし、よし!

 

 「ありがとな、長門!」

 

 俺は文芸部部室を飛び出そうとして、脚に急ブレーキをかけた。

 

 「長門、言い忘れた」

 

 「・・・・?」

 

 「眼鏡は無い方がいい。俺に眼鏡属性はないんでね」

 

 あっけにとられた長門を尻目にダッシュで教室へと戻ったが、もう夕日は山の向こうに沈んでしまい、キョン子は消えていた。

 

 

・・・ありがとうよ、長門(男)・・・!絶望の中で、かすかな希望が芽生えたぜ。

 

 芽生えた・・・ものの、これからどうすればいいのかとんと見当がつかない。

 

 プログラム?始まりを探せ?期限二日後?いったいどういう・・・?

 

 が、とりあえず今日は帰るしかない。そろそろ学校も閉まっちまうしな。

 

 

 

 

 

 

 坂道を下りながら、考えた。おそらくこの文(コード?)には、おかしくなっちまった世界を元に戻すだけの効力がある、はずだ。でなけりゃ長門(男)はこんなものよこさない。

 

 今日から二日後(はたして、この『二日後』というのは今日から数えていいものか知れないが)までに、『始まり』を探し出せ。そういうことだろう。

 

 『始まり』ってなんの始まりなんだ?表現がアバウトすぎるぜ、長門(男)。

 

 始まり・・入学式。出会い。四月。終わりの反対。・・・思いつかないぞ。

 

 一難去ってまた一難、だ。

 

 

 




キョン「ところでハイペリオンって名前のガンダムがいた気がするんだが気のせいか?」

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