キョンの非日常   作:囲村すき

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十五話 知っているようで 知っていたはずなのに

 

 

 

 

 

 そいつは涼宮ハルヒ、その人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 「どうしたの?キョンくん?」

 

 ハルヒは長いストレートの髪を何気なくつまみながら、俺に不思議そうな顔をして見せた。

 

 「・・っ!」

 

 なんだ、なんなんだ、誰だこいつは―――。

 

「ハルヒ・・・お前、本当にハルヒか」

 

 かすれた声しか出なかった。ハルヒは少し驚いたように目を見開き、

 

 「どういう意味・・・?それよりキョンくん、わたしのこと・・ハルヒって呼んでいたっけ」

 

 と言った。谷口ががばっと俺の肩を掴んだ。

 

 「お前、いつから涼宮さんを呼び捨てで呼ぶようになったんだよ?」

 

 は?『涼宮さん』だと?

 

 「本当だよ。いつのまにそんなに仲良くなったんだい?」

 

 谷口と国木田の声が恨めし気に聞こえるのは・・・何故だ。

 

 「う、ううん、いいの。むしろ・・・・・え、あ、じゃ、じゃあわたし行くから・・・」

 

 ハルヒが頬を少し紅潮させ、動揺している。『ハルヒが動揺している』?

 

 おい―――――これは、いったいどういうことなんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このパターンは流石に予想してなかった。ハルヒが別人になっちまった。

 

 意味が分からない。ハルヒは今はクラスの女子と談笑している。この状況だけでも十分おかしい。

 

 ハルヒのおかしいところを全て挙げよう。

 

 

 

一つ目、髪が長い。春に出会ったころ並みの長さだ。

 

二つ目、俺を「キョンくん」と呼んだ。そんなのまるで―――いや、いい。

 

三つ目、俺が呼び捨てで呼んだことについて驚いた。

 

四つ目、谷口や国木田に、いや、おそらくクラス全員から―――慕われている―――ということだ。

 

 

 

 ・・・考えられる理由としては

 

 

 

 一つ目、俺の頭がおかしくなった。

 

 二つ目、世界の方がおかしくなった。

 

 三つ目、これはすべて夢で、俺はまだ夢を見ている。

 

 四つ目、逆に今までのハルヒが夢で、これが現実。

 

 

 

 ・・・・ここまで考えて、俺の脳はすでにパンクしつつあった。もともとあまり使わないからな。

 

 「どうなってやがる・・・」

 

 俺はたまらず教室を飛び出した。勢い余って廊下を歩いていた生徒にぶつかってしまう。俺はよろけて、謝りながらそいつの顔を見た。

 

 相変わらずウザいくらいのイケメン、古泉だった。

 

 

そうだ、異変が起きた時のナレーター役はいつだってお前だったじゃないか―――古泉!

 

 

 俺は期待を込めたまなざしであいつを見たが。

 

 ・・・その時の俺の驚愕を理解していただけるだろうか。なんと奴は、俺をにらみつけていた。

 

 「・・・気ぃつけろ」

 

 吐き捨てるように古泉はそう言うと、俺の方なんか見向きもせず歩き出した。

 

 「・・・は?ち、ちょっと待てよ古泉!」

 

 なんだこれは。新たなハルヒの遊びか?悪いがそんなもんに付き合ってられる程―――

 

 「なんなんだよ、てめえは。邪魔なんだよ」

 

 古泉の顔に見たこともないようなしわが寄るのを俺は確かに目撃した。しかも、制服に注目すると、今までの古泉の制服の着こなし方とは百八十度違う―――つまり、この上なくだらしなく着ていた。

 

 どん、と古泉に俺は肩をどつかれ、俺はしりもちをついた。

 

 古泉は―――いや、あいつは古泉なんかじゃない、人違いだ。そっくりさんだ。ドッペルゲンガ―だ。

 

 しかし、頭のどこかで俺は正しく理解していた。あれは間違いなく古泉一樹そのものである―――。

 

 「古泉!」

 

 背を向けて歩き出していた古泉は鋭い目で振り返った。

 

 「き、機関という言葉に聞き覚えは?」

 

 「は?なんだよそれ?つーかさっきからなんなんだお前。馴れ馴れしいんだよ」

 

 馴れ馴れしいのは、お前の・・・役目、だっただろ・・・・・・。

 

 「おい古泉、なにしてんだ」

 

 柄の悪い男子生徒に呼ばれ、古泉は歩み去った。俺に混乱を残して。

 

 「キョン、古泉君と話していたの?あの人となにか接点でもあったの?」

 

 教室から国木田が顔を出す。

 

 「あの人、中学でもいろいろやばかったんだって。悪いやつらとの付き合いもあるらしいから、気を付けた方がいいよ。だけどどうして北高に入れたんだろう・・・・?親のコネっていう噂もあるけど」

 

 古泉が、問題児・・・・。笑えない、冗談だ。

 

 

 

 俺の世界が歪み始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハルヒが優等生になっちまった。

 

 古泉がグレちまった。

 

となると・・・朝比奈さんと・・・長門は・・どうなっているのだろう?

 

 嫌な予感しかしないぜ。

 

 授業が終わるのをただただ望んでいた俺は、授業終了のチャイムと同時にすぐさま教室を飛び出した。朝比奈さんはどこに―――二年生棟か――

 

 二年生棟へと続く階段を二段飛ばしで駆けあがる。しかし二年生棟に行くまでもなく、俺は望みの人と踊り場で鉢合わせした。

 

 朝比奈さん!

 

 良かった・・・朝比奈さんは見た目ではどこにも変化は見られ・・・いや。

 

 「朝比奈さん!!」

 

 俺の目の前を通り過ぎようとしていた朝比奈さんの手を思わず取ってしまう。朝比奈さんがくるりと振り返る。

 

 「あ、朝比奈・・・さん?」

 

 「・・・だれ?何処かで会ったっけ?」

 

 目の前の朝比奈さんは微笑さえ浮かべているものの、「知らない人から話しかけられました」という顔そのままである。冷たい汗が俺の背筋を伝う。

 

 「朝比奈さん・・朝比奈さんですよね?俺の知っている未来からやってきた朝比奈さんですよね!?」

 

 朝比奈さんは可愛らしく・・いや、なんだかこの朝比奈さんは・・・

 

 パンツが見えそうなほどのぎっりぎりのスカート、ムチムチの太ももを覆う黒いスパッツ。紺のカーディガン。シャツのボタンを二つ三つ開けたそこから覗くはちきれんばかりの胸の谷間がちらりと、そして何より、妖艶な雰囲気の化粧をそのきれいなお顔に施しておられる。

 

 なんだかこの朝比奈さんは・・・・・・エロい。

 

 天使系美少女だった朝比奈さんは・・そう、小悪魔系美少女と化していた。

 

 俺が見たこともないような魅惑の目つきをして、朝比奈さんは顔を近づけてくる。

 

 「未来?なんのこと?あ、もしかして、わたしのファンクラブに入りたいのかしら?でも待ってね。物事っていうものには順序があるのよ?」

 

 「ファ、ファンクラブ?いえ、そうじゃなくて・・・」

 

 たじろきつつ俺は、朝比奈さんの変貌ぶりに目を奪われたままだった。

 

 「よく見たらあなた、結構私好みの顔ね。・・・ふーん、いいわ、加入を認めてあげる」

 

 朝比奈さんが目の前で超巨大惑星破壊砲にも勝る威力のウィンクを炸裂させたものだから、俺の脳味噌はもう一瞬で沸騰してしまった。冷えたり沸騰したり俺も大変だな。

 

 なんということだ、この朝比奈さんは自分が持つ力を最大限に引き出す方法を全て理解している。

 

 そこで我らがあの方が現れなければ、俺の理性はとうに吹っ飛んでいたかもしれない。

 

 「つ、鶴屋さん!」

 

 けらけらと笑いながら、鶴屋さんがやってきた。

 

 「え?どこかで会ったかにょろ?それとも?調査済みってやつかいっ?」

 

 ・・・・そんな、あなたもですか。鶴屋さん。

 

「みくるぅ、その辺にしとかないとその子死んじゃうよっ!」

 

「うふっ、そうね。じゃあね、・・えーと、新入生君♪」

 

 朝比奈さんが弾むように鶴屋さんと俺の横を歩み去った。

 

 ・・・・・・・。

 

 狐につままれたようだ。

 

 見たかよあの太もも。じゃなくて!朝比奈さんも鶴屋さんも俺との面識なんざ全くないという顔をしていた。これは・・・ショックだ。

 

 そして朝比奈さんに至っては、人格が変わっていた。

 

 嫌な予感。

 

 

 

 

 SOS団が・・・・壊れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝比奈さんのショックから立ち直れないまま、俺は最後の頼みの綱であり沙絶対最終防衛ラインである長門に会いに行くことにした。こうなったらもう・・・・・いや。

 

 絶体絶命である。長門だけが唯一の命綱だ。あいつも・・ハルヒたちのように人格が変わっていたとしたら、もう本当にお手上げだ。

 

 文芸部部室の前に立つ。ドアノブに手をかけるものの、長門がいなかったらと思うと恐ろしくてなかなか押し開ける勇気が出ない。

 

 「・・・頼むぜ・・・・・」

 

 俺は思い切ってドアを開けた―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いてくれたか・・・・」

 

 俺はほっとしてその場に座り込みそうになった。長門は確かに文芸部部室にいて、おなじみのパイプ椅子に座って本を読んでいる!

 

 ・・・・・・・・・・が。

 

「・・・・・あなたは・・・・・・・・・?・・・・・・・・」

 

 やめろ。

 

 そんな顔をしないでくれ。

 

長門はそんな表情なんて知らない。

 

 長門が驚くことなんてあっちゃいけない。

 

 なのに―――俺の目の前にいる長門は、その小さい顔に一杯驚きをにじませて、俺の顔を見ていた。最初の頃のように、眼鏡もかけている。

 

 なんてこった。

 

 「お前も別人だっていうのか」

 

 「・・・なに・・・?」

 

 俺はもう無我夢中で、戸惑う長門に詰め寄った。

 

 「なあ、答えてくれよ。お前は情報統合思念体から使わされたヒューマノイド・・・・なんだっけ、とにかくなんでもできるスーパー宇宙人だよな?」

 

 長門はそんな俺におびえたように後ずさった。  

 

 「どんな状況でも俺たちを救ってくれていた長門だよな?そうだよな?そうだと・・・・・・・言って、くれ・・・よ・・・・・」

 

 今度こそ俺は力が抜け、その場にへたり込んでしまった。頭をかきむしる。

 

 長門はそんな俺を、あっけにとられた様子でじっと見つめる。

 

 「いや・・・すまない。取り乱した・・・・危害を加えようとは・・・これっぽっちも・・・・・・」

 

 あまりの事態に、俺の脳味噌が全くついていっていない。俺は自分がいかに無力であったか痛感した。

 

 俺は、あいつらにいつだって助けられていたんだ。

 

 あいつらがいないと、俺は何もできない。

 

 「すまない・・・邪魔したな」

 

 俺はそう言って立ち上がるも、長門はやはり眼鏡越しに俺を遠巻きに見つめるだけであった。

 

 そして俺は、たしかにSOS団の部室だったはずの部屋からゆっくりと出た。

 

 

 

 今はもう、ただの文芸部の部室だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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