キョンの非日常   作:囲村すき

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十四話 エニー・クルー・ウェア・シー・ディサピア?

 

 

 

 息せき切って、目指すのはあの場所。

 

 

 怖い。だが行くしかない。

 

 最悪の想像が頭をよぎる。

 

 ・・・・・頼むぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・文芸部の部室のドアを恐る恐る開ける。

 

 ・・・いてくれたか・・・。

 パイプ椅子に座って本を読んでいた男子生徒が立ち上がる。眼鏡をかけているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 教えてくれ。お前は俺を知っているか?

 

 「鏡の向こう側の君ならば―――」

 

 「―――知っているけれど」

 

 違う、そうじゃない。俺が聞きたいのは――

 

 「メール」

 

 風もないのに男子生徒の薄紫の髪が揺れる。

 

 「メールを思い出して」

 

 なんのことか分からないんだ!

 

 

 「・・・鏡の国の彼女によろしく」

 

 

 

 お前は一体、何を言っているんだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界が暗転し、本能的にがばっと起き上がった。

 

 「!?」

 

 見慣れた俺の部屋だ。間違いない。

 

 「夢か・・・」

 

 意味不明な夢を見ていた・・・のかどうなのかさえ分からない。

 

 携帯を開いてぼんやり時刻を確認する・・・。

 

 「・・・・・まずい遅刻だっ!」

 

 一気に目が覚め、俺は制服を慌てて引っ掴んだ。いつも起こしてくれるキョン子がいない。昨日の仕返しに違いない!やられた・・・!あの野郎!

 

 朝飯も食べている暇もないぐらい、時間はやばかった。俺は食卓に置いてあった弁当の入った巾着をひっつかむと、家を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 間に合ったのが奇跡だ。

 

 「間に合ったのが奇跡だ」

 

 声に出してもう一度。国木田が寄ってくる。

 

 「ぎりぎりだねー、キョン。妹さんに起こしてもらえなかったの?」

 

 きっとキョン子の仕業だ。しかしなんだって言うんだ、奴がいないぞ。

 

 「奴ってだれ?」

 

 「え、そりゃ・・・」

 

 俺の後ろの席の、我らが団長様じゃねえか、と。

 

 途中まで言いかけて俺は絶句した。なんとハルヒまでも学校に来ていなかったからだった。風邪か?んな馬鹿な。またなにか企んでるんじゃないだろうな。

 

始業のベルが鳴った。国木田は自分の席に帰り、俺は毎度おなじみの席に座る。誰かさんがいないからなのか、妙に背中がすーすーするぜ。それにしてもキョン子はどこに行きやがった?早く席に着け、恨み節をえんえんと聞かせてやるから。

 

 しかし。

 

 「!?」

 

 俺の隣のキョン子の席に、別の女子生徒が座った。

 

 「・・・・な、なあ、お前、席間違えてないか?」

 

 その女子生徒は不思議そうに俺を見つめ、首を横に振った。

 

 「なんで自分の席を間違えるわけ?」

 

 「一体いつの間に席替えしたんだ?」

 

 「?席替えなんてしてないけど。春にしたきりじゃない」

 

 女子生徒は少し呆れたように俺に言った。

 

 「・・・・は?」

 

 じゃあキョン子はどこに行った?

 

 教室を見渡す。生徒はすでに全員が着席しており、教師の到着を待つばかりとなっていた。

 

 「・・・・!」

 

 真っ先に俺の頭に浮かんだのは、「キョン子は自分の世界に帰ったのか?」ということだった。

 

 

 

 

 

 

 あいつの存在そのものが消失している。

 

 

 やはり帰ったのだろうか?いや、それしか考えられない。

 

 だけどなぜ、急に・・・?

 

 教師が来て数学の授業が始まる。

 

 

 しかしまあ、良かったんじゃないか?とにかく帰ることができて。

 

 授業を聞き流しながら、俺はそう結論付けた。あいつが帰ることができたんだから、あいつの世界の凍結も解除されたに違いない。これにて一件落着、だ。な?な?

 

 唐突ではあったがな。後で長門にでもくわしく聞いてみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みになった。ハルヒはどうやらマジで欠席のようだ。

 

 「お休みみたいだから、ここ、座ってもいいよね」

 

 国木田が弁当を持ってハルヒの席に腰掛けた。俺も飯としよう。さて今日のおかずは昨日の残りの揚げ物だったはずだ・・・と。

 

 そういえば。

 

 「国木田、お前風邪治ったみたいだな」

 

 昨日のどの調子が悪いとかなんとか言ってたよな。

 

 国木田はきょとんとする。

 

 「え?のど?ううん、僕は風邪ひいてないよ?」

 

 は?お前昨日は調子よくなかっただろ?

 

 国木田は怪訝な顔をした。

 

 「そんなこと言った覚えはないけどなぁ・・・第一風邪もひいてないしね」

 

 ?

 

 俺の頭上に盛大な?マークが出現した。ように思った。

 

 「よーう・・・」

 

 陰鬱な声がしたと思ったら、谷口であった。顔色も悪くマスクをつけて、こいつの方が風邪っぽい。

 

 「やあ谷口。まだ風邪、治らないの?」

 

 ん?まだ(・・)だと?

 

 谷口は俺の隣の席(昨日までキョン子の席だった)に座ると、机をがたがた引きずってこちらに持ってきた。

 

 「治んねーよ・・・・・熱も上がる一方だ・・・でも親父は四十度超えるまでごほごほ・・・休むなってよ・・」

 

 「それは大変だねー。同情するよ、谷口」

 

 「ちょっと待て。谷口、お前昨日はすっげー元気だったよな?」

 

 俺に彼女自慢を散々したじゃねーか。

 

 「はあ?なに言ってやがる。ここ一週間ぐらい、俺は風邪ひきっぱなしだ・・・・・・それに彼女なんて・・・できて・・げほごほ・・・ねーよ」

 

 なんだと?

 

 国木田がますます怪訝な顔をして俺を見た。

 

 「キョン、さっきから一体どうしたんだい?さっきから僕が風邪ひいただの谷口は元気だのさ。夢でも見てたの?」

 

 ・・・・これはどういうことだ。話がかみ合わない。なんだか雲行きが怪しいぞ。もやもやする。今度は一体何が起きてるっていうんだ?

 

 

 

 

 またハルヒか?(・・・・・)

 

 

 

 その時―――廊下側にいた女子の小さな歓声が聞こえた。一人の女子生徒がドアを開けて入ってくる。昼休みからの重役出勤してきたそいつは、コートを脱ぎながら友人たちの質問に笑顔で答えている。

 

 「うん、もう大丈夫。午前中に病院で点滴打ってもらったら、すぐによくなったわ。家にいても暇だから、午後の授業だけでも受けようと思って」

 

 そいつは――長い黒髪を揺らしながら、ゆっくりとこちらに歩いてきた。

 

 俺は唖然としてそいつの足取りを注視した。

 

 「あ、どかないと」

 

 国木田がそいつの姿を確認していそいそと弁当を片付け始めた。

 

 「あ、いいの。お昼食べてきたし。机に鞄掛けるだけだから。どうぞ使って?」

 

 そいつは国木田に向かって物腰柔らかく微笑んだ。

 

 「そう?じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 国木田は座りなおした。

 

 そしてそいつは鞄を机に掛けると、俺の視線に気づいたのか、俺の方を向いた。首をかしげる。

 

 「どうしたの?―――キョンくん?」

 

 ――――そんな、バカな。

 

 そいつは俺もよく知っている―――――

 

 

 

 

 

 

 


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