キョンの非日常   作:囲村すき

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十話 神のみぞ知る彼女の世界

 

 それだけならまだ良かった。が、

 

 「長門もか・・・」

 

 占いをやっていたはずの長門もステージに上がってきた。ハルヒにギターを手渡されている。ハルヒは譜面台を目の前に置いたりなど、セッティングを当たり前のように始めた。

 

 会場の雰囲気が怪しくなってきた。うーむ、これでもまたSOS団の変態性がより一層囁かれることだろうよ。

 

 残りのベース担当とドラム担当の女子生徒はまともな人だった。見かけない顔で大人っぽいから、まあ三年生か。

 

 そしてハルヒたちは、何の前触れもなしに、演奏を始めた。

 

 ハルヒの透き通るような歌声に、しばらく唖然として硬直していた俺は、思わずはっとさせられた。観衆たちも一様だ。

 

 

 

 

 

 こいつ、ほんと何やらせても。

 

 正直に白状すると、俺はハルヒの歌に聞き入っていた。長門のギターテクニックも宇宙人並の物凄さだった。

 

そして気が付くと、もう三曲目が演奏され始めていた。

 

 「やあ、これはこれは」

 

 俺の隣に劇の衣装なのか、妙な服装をした古泉が腰掛けた。

 

 「なに、噂を聞いたものですから」

 

 『あの有名な一年の涼宮ハルヒが、講堂でまたやらかしているらしい』

 

 そんな噂が学校中に急速に広まっているようだ。客がどんどん入って来ていて、三曲目が終わるともう講堂はほぼいっぱいになっていた。

 

 「えー、あのー」

 

 ぶっつづけで歌っていたハルヒが初めて歌詞以外の言葉を話した。

 

 「ここでバンドの紹介をしなくちゃなんだけど、実はあたしと、このギターの・・・有希は、このバンドの正式なメンバーじゃありません。あくまで代理です。ほんとはこのバンドには正式なボーカル兼ギターの人がいるんだけど、事情があってできなくなっちゃって。あたしがちょうど居合わせたもんだから・・・代役が務まったかどうか自信ないけど・・・」

 

 そこでハルヒは言葉を切って、ベースとドラムの女子生徒に自己紹介させた。

 

 「えと、そう、代役じゃなくほんとのボーカルがやってる曲が聞きたい人は、あとで言って。・・・無料でダビングするから。いいわよね?」

 

 ハルヒの問いかけに、ベースの女子生徒はちょっと笑ってぎこちなくうなずいた。

 

 「じゃあ・・・ラスト!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺とキョン子がハルヒからわけを聞いたのは、文化祭が終わってからの、最初の昼休みだった。

 

 「なんか校門で誰かがもみ合っててね。なんだろなと思ったら、あのバンドメンバーたちと文化祭の実行委員が言い争ってるのよ。ボーカルの子をステージに立たせる立たせないって」

 

 そのボーカルの先輩はどうしたというんだ。

 

 「この日のために必死に練習してきたのに、扁桃炎になっちゃったんだってさ。熱もあったみたいで、ふらふらよ。それでもどうしても出たいって」

 

 「そりゃ・・・根性あるなぁ」

 

 キョン子が言った。ハルヒはうなずく。

 

 「やっぱ三年生で最後の年だから絶対やりたかったのよ。実行委員は頑張って病院に連れて行こうとしてたけど、あの人、懸命に訴えてたわ」

 

 お前ならそんな奴らも扁桃炎も蹴散らしてステージに立つんだろうな。

 

 「まあそうね。でも彼女はもう流石に無理っぽそうだったわ。私から見てもね。でもかわいそうじゃない。せっかく練習したのに、本番に出られないなんて。だからせめてあたしが出ようか?って。そしたらバンドとしては曲は発表できるでしょ」

 

 「よくOKしたよ。その先輩も」

 

 キョン子がびっくりした目でハルヒを見つめた。ハルヒは首をかしげる。

 

 「『あなたなら、できそうね』って。あたしのこと知ってたみたいね」

 

 北高にお前を知らん奴なんていねーよ。今きっとキョン子も同じツッコミをしたに違いない。

 

 「それで時間もないし急いでデモテープとか譜面とかもらって一生懸命メロディー覚えたわ。ギターは流石に無理そうだったから、有希に頼んだわ。あの子いったいどこでギターなんて習ったのかしらね。完璧に弾いて見せたもんだから、メンバーたち、びっくりしちゃって」

 

 「ハルヒの歌にもびっくりしただろうなー。わたしもびびったし。・・・あ、ほら、噂をすればって奴だ。ハルヒ」

 

 キョン子が教室の外を指さす。先のバンドメンバーたちが、教室の入り口に立っていた。

 

 「ハルヒ、行ってこいよ」

 

 「・・・・」

 

 ハルヒは立ち上がるが、ついでに俺の襟首も引っ張った。

 

 「あんたもついてきてよ」

 

 そのままずるずると引きずられ、俺はバンドメンバーたちと対面することとなった。

 

 「ダビング希望の人がすごくいっぱい来てくれてるの。みんなあなたのお蔭よ、ありがとう、涼宮さん」

 

 ダビングMD希望が殺到しているようだ。確かにいい曲だったからな。ずっと練習してきて息もばっちりの、本当の曲も聞いてみたくなるのも無理ないさ。即席バンドでこれだけの良さってことは・・・ってな。

 

聞けば曲も自主制作だったようだ。三人の先輩は本当にうれしそうで、ハルヒに何度もお礼を言った。

 

 ハルヒは少し居心地が悪いような心持のようだった。

 

 「いいのよ本当に、お礼なんか。あたしより有希に言ってくれる?あの子はあたしが無理やりやらせたようなもんだから」

 

 長門にはもうお礼済みだとさ。

 

 「それじゃあ、卒業までに一回またライブやろうと思うから、ぜひ来てね」

 

 バンドのボーカリストは目を細めて俺を見た。

 

 「その、オトモダチ(・・・・・)と一緒にね」

 

 

 

 

 

 

 

 席に戻ると、キョン子が微妙な顔つきで俺たちを眺めていた。

 

 「どうした?」

 

 「・・・べーつに?」

 

 キョン子は皮肉っぽく口唇をゆがめると肩をすくめた。

 

 ハルヒは席に着くなり机に突っ伏した。

 

 「どうした?」

 

 こちらにも声をかける。

 

 「・・・・なんか、落ち着かない。変な気分だわ」

 

 また憂鬱か、それとも溜息か?はたまた、退屈の予兆か?

 

 とは思ったが、違うってことはきっと俺が一番わかってる。

 

 ハルヒ、お前がハルヒになってから面と向かって感謝されたことなんか、ほとんどなかったんじゃないか?喜ばれるようなこともやってこなかっただろうな。だから率直な感謝の言葉に、お前はどうしていいか分からないんだろう?

 

 教えてやるよ、ハルヒ。そんな言葉は素直に受け取っていいのさ。誰も文句は言わないし、なにも変なことじゃない。人から喜ばれた、ってうれしく思えばいいんだ。

 

 その微かな気持ちを忘れるなよな、ハルヒ。

 

 ・・・と、まあ君子のような言葉を頭の中で反芻しつつも、結局俺は

 

 「珍しいこともあるんだな」

 

 としか言わなかった。恥ずかしくて言えるかよ、そんな偉そうな言葉。なにより変な目で見られるに決まってるさ。

 

 それに、俺もハルヒもそんな柄じゃないしな。だろ?

 




長門「わたしに不可能はない・・・」

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