意図せず世界を手中に収めよう   作:マーズ

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シャルロットのお話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人の少女が、孤児院の中を駆けていた。

自分の目的地に向かってわき目もふらず、ひたすらにそこに向かって脚を動かす。

 

普段から鍛えられているのか、走るスピードは非常に速いものであった。

蜂蜜色の髪の毛が風に揺らされている。

 

後ろでゆるく一つに束ねられているが、髪の毛が少々暴れてしまうほどの速度である。

端正に整っていて穏やかな印象を与える柔らかい顔は、何かしらの達成感と期待で満ちていた。

 

これだけの速度で走っていると豊満な乳房が揺れて痛いはずだが、彼女はうまく揺れないように、まるで足音を立てずに走る忍者のように脚を動かしていた。

故に乳房が暴れまわることはなく、足音もほとんど立てていない。

 

これから向かう先に足音を立てて走ると、何者かが彼の元に行くことを察知した側近―――つまりクロかシロ―――にばれてしまうから、わざわざこんな芸当をしているのである。

なお、彼の前ではあざとくも胸を揺らしている模様である。

 

ミニスカートから見える美しい脚は、異性のみならず同性をも魅了するほどである。

程よい肉付きと脚の長さがモデルをも超える。

 

しかしそのスカートは風に揺らされていても、決して中の様子は覗くことができなかった。

これもまたどういった業なのか、中の布は他の人に対して一切姿を現さない。

また余談だが、彼はこの少女の布をチラチラと見えることがある。

 

「……んんっ、んっ。声は大丈夫。髪の毛と服も大丈夫……よしっ!」

 

目的地である彼の部屋の前に着くと、いきなり開けることはせずに一拍おく。

声の調子を整え、久しぶりに逢うことの喜びで声が裏返らないように気を付ける。

 

さっとコンパクトサイズの鏡を取り出し、前髪を少し弄る。

一通り全身も見て、衣服が乱れていないか確認する。

 

先ほどあれほど素早く走っていたのに、ほとんど直す必要はなかった。

久しぶりの再会に高鳴る胸を押さえつけ、コンコンとノックをする。

 

腕で胸を押さえつけた際、柔らかそうに乳房が歪むが誰も見ている者はいなかった。

中からどうぞと声がかけられ、シャルロットは28日ぶりに聞く彼の声に腰が砕けそうになる。

しかし何とか踏みとどまり、部屋に入って行った。

 

「ただいまっ、院長!」

 

にぱーっと可愛らしい笑顔で挨拶をする彼女。

院長からおかえりと声をかけられ、凄まじいほどの歓喜が彼女の中で渦巻く。

 

ようやく自分の家に帰ってこれたんだなぁと感慨深く頷く。

やはり自分の帰る場所は、彼の元なのだ。

孤児院自体はあまり問題ではない。

 

「今日はね、院長に僕から報告があるんだ」

 

そう言って彼の元に近づく少女。

持っていた紙を彼に差し出した。

 

そこにはIS学園入試合格証明が書き込まれていた。

彼女は倍率一万を超える超名門校であるIS学園に入学することが決まっていたのであった。

 

「えへへ、そんなに喜んでくれると、僕も嬉しいな……」

 

彼はそれを見ると、まるで自分のことのように喜び、彼女をほめたたえる。

しかし彼女からすれば、それはあながち間違いではない。

 

自分の成した功績は、すべて彼のものである。

だから今回のIS学園入学という快挙も、彼の功績になるのだ。

そんなことを真面目に考えているのが、この少女であった。

 

「それでね、お願いがあるんだけど……いいかな……?」

 

上目づかいで彼に問いかけると、なんでも言ってくれと微笑んでくれる。

その優しい笑顔に鼻血が噴き出しそうになる彼女は、脳みそに喝を入れて踏みとどまる。

 

「その……頭を撫でてくれないかな?」

 

そんなことでいいのかと聞いてくる院長に、彼女は頷く。

すっと差し出した頭を、彼は優しく撫でてくれた。

よく頑張ったな、シャルロットという言葉と共に。

 

「ほへぇ……」

 

彼女―――シャルロットは久しぶりに飼い主に構ってもらえる犬のように顔を蕩けさせる。

下腹部がキュンキュンと締め付けられ身体が火照ってくる。

 

先ほどからさりげなく深い胸の谷間をちらつかせているのだが、彼は優しく微笑んで撫でてくれるだけ。

そのことに少し不満を覚えるものの、自分が出ていく前と変わらない彼の姿に嬉しくなる。

 

「褒美をもらったのなら、もういいんじゃないかしら。今は勉強中だし、院長の邪魔をしちゃダメよ?」

 

しばらく至福の時を過ごしていたシャルロットであったが、そんな彼女に話しかける少女がいた。

真っ白な長い髪を持ち、真紅の瞳をドロドロと濁らせている少女―――シロであった。

 

「……あ、シロ。久しぶりだねー」

 

そんな彼女に、シャルロットは今気づいたように話しかける。

実際、彼女は今シロに気づいた。

 

別に院長と会話するのに邪魔だったということではなく、ただただシャルロットの目には院長しか映っていなかったのである。

だから院長の膝の上で頭から煙を出して目を回している、黒髪紅眼のクロのことにも気づいていなかった。

自然と彼以外の人間が彼女の意識から外されていたのである。

 

「勉強って?院長、今勉強をしているの?」

「そうよ。子供たちに負けていられないものね?」

 

シロに顔を覗き込まれてクスクスと笑いながら言われると、院長は困ったように微笑む。

そんなシロの姿に頬を引くつかせるシャルロットであったが、彼の前であるから自重する。

 

「へー、じゃあ僕も院長に教えてもいいかな?自分で言うのもなんだけど、結構賢いと思うよ、僕」

 

シャルロットがそう言うと、院長は嬉しそうに微笑んでお願いしますと言ってきた。

彼に頼まれたのなら、なんだってする。

 

さらに彼に頼られたということに、シャルロットはゾクゾクするような感覚に浸っていた。

チラリとシロの方を見ると、なんでも吸いこんでしまいそうな紅眼でこちらを睨んできていた。

 

ドロドロに濁ったそれからは、強烈な敵意しか感じ取ることはできない。

しかしパッと無表情から笑顔に変わり、院長に話しかける。

 

「そうね、シャルルもいれば私の負担も減るでしょうし」

 

そう言って悪戯っぽくクスクスと笑うシロ。

言っている内容のことを本当に思っていないくせに。

 

そうシャルロットは内心で毒づくが、顔は笑顔のままだ。

院長が申し訳なさそうに頬をかいている姿を見て、シャルロットは荒れた心を落ち着かせる。

 

「じゃあ僕はなにを教えたらいいのかな?」

「そうね、今やっているところをお願いしようかしら。私はクロを起こさないとね」

 

院長の膝上で目を回しているクロを簡単に抱き起し、シロは部屋のソファーに向かう。

どうやらこれ以上密着しているところを見るのは嫌らしい。

 

それでもシロが大切に思っているクロだからこそ、ここまで野放しにされていたのだろう。

もしシャルロットが座っていたのなら、何かしら理由をつけてどかしていたはずだ。

まあシャルロットからすれば、邪魔者が二人も消えたのだから万々歳である。

 

「んと……数学かな?じゃあ僕が指定した問題を解いてくれる?わからないところがあったらすぐに言ってね。ちゃんと一から教えるから」

 

そう言って院長に微笑むシャルロット。

そんな彼女に院長も微笑みかえす。

 

先ほどまで少し無防備なゆるい服装をしていたシャルロットであるが、いつの間にか服装が変わっていた。

ピチッとしたスーツを着込み、目には伊達眼鏡をかけている。

 

身体の線がはっきり出てしまうようなもので、豊満な胸の膨らみが見て取れる。

スカートも非常に短く、肉付きの良い太ももを惜しげもなくさらしている。

しかし生脚というわけではなく、艶めかしい黒タイツをはいていた。

 

「お得意の高速切替(ラピッド・スイッチ)ってわけね」

 

シロはクロの頭を自身の膝に乗せながら、感心したように頷く。

流石はIS学園に入学するほどの実力者。

早着替えもお手の物である。

 

「え?ここが分からないの?ふふ、いいよ。僕に任せて。ここはねぇ……」

 

シャルロットは彼の後ろから問題を覗き見て、教える。

なに、そうした方が教えやすいからしているだけである。

 

決してやましい気持ちがあるわけではない。

彼の背中に豊かな双丘が押しつぶされてしまうのも、わざとではないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フランスの一等地に、一際高いビルが建っている。

そこはフランスに本社を置く世界的大企業、デュノア社のものであった。

 

ISの製造・販売を行っている企業で、量産型に限れば世界で第一位のシェアを誇る。

IS関連の企業でも世界で一番繁栄している会社だと言えるだろう。

 

このビルはまさにその象徴なのである。

そんなビルの最上階に、デュノア社の社長室が存在している。

 

ワンフロアまるまる社長の私室となっている。

そこには彼の妻も一緒に住んでいる。

 

今、その最上階にいるのは社長ともう一人の女性だけである。

しかしその女性は妻ではなければ、彼が他にもいる愛人でもない。

 

社長が柔らかそうな高級椅子に重々しい雰囲気で座っている前で、その女性は札束を数えていた。

トランクの中には一束にまとめられたお金が、大量に敷き詰められていた。

 

「うんっ、今月の徴収分はちゃんとそろっているね」

 

その女性―――シャルロットは朗らかな笑顔でそう言った。

強い重圧を放っている社長と比較して、あまりにも正反対の雰囲気である。

 

ふんふんとご機嫌に鼻歌まで歌っている始末だ。

数えていた札束を、再びトランクの中に入れる。

そんな彼女に、社長は話しかける。

 

「もう……終わりにしてくれないか……」

「ん?」

「お前たちの要求する金額は、あまりにも高すぎる。このままでは私たちは破滅してしまう……」

 

キョトンとした表情で社長を見るシャルロット。

デュノア社の社長は苦しそうに言葉を放つ。

 

顔中に汗が出ており、精神的に相当追い詰められている様子だ。

シャルロットはニッコリと笑う。

傍から見れば天使の如き笑顔だが、社長からすれば悪魔の微笑にしか見えなかった。

 

「ダメだよ。ちゃんと僕は分かっているんだからね。この金額はデュノア社がギリギリ払える額だって」

「それがギリギリすぎるのだ。もう少し徴収金額を減らして―――――」

「それにさぁ、デュノア社が世界シェア一位になれたのって僕たちのおかげだよね?恩を仇で返すつもり?」

 

社長は小さく悲鳴を上げる。

目の前にいるのは自分より一回りも二回りも小さい子供である。

 

しかしシャルロットは子供のするような表情ではなかった。

恐ろしく無機質な無表情。

 

目は何かしらの感情をまったく映しておらず、顔は能面のように動かない。

下手なことを言えば殺される。

 

社長はそう実感した。

だが彼は愚かな男だった。

生まれてから今まで何でも欲しいものは手に入れることができ、挫折というものを知らない彼は、シャルロットに対してもそういった態度を取ってしまった。

 

「そ、そもそもだ。シャルロット、お前は私の娘―――――」

「はあ?」

 

社長の言葉は途中で強制的に止められる。

一瞬で彼の前に移動したシャルロットが、彼の顔面を殴り飛ばしたのだ。

 

鼻がへし曲り、血が溢れだす。

あまりにも一瞬のことだったので、彼は最初何が起きたのかさえ理解することはできなかった。

 

しかし顔面全体に広がる猛烈な痛みと熱に、自分が殴られたことを認識する。

地面に倒れて震える彼を、ごみを見るような目で見降ろすシャルロット。

 

「やめてよ。いきなり名前なんて呼ばれたから、鳥肌が立っちゃったじゃない。もう、ダメだよ。僕の名前を呼んでいいのは、あの人とお母さんだけなんだから」

 

シミ一つない美しい肌を撫でながら、嫌そうに告げるシャルロット。

その後子供を叱るような話し方をして、あの人といったところで顔をとろけさせる。

 

彼女にとって名前とは特別なものである。

ゆえに彼女は孤児院の仲間であるクロやシロにも、シャルルという名前で呼ばせている。

 

最近では唯一の肉親と認識している母親ですら、名前を呼ばれるのが少し不快になり始めている。

そうであるのに、自分と母親を捨てた『父親』になんて、絶対に呼ばれていいはずがない。

 

「愛人だったお母さんとお腹の中にいた僕を捨てて、今更よく娘だなんて言えるよね。僕たち、あの人に助けてもらうまでは大変だったんだよ?でももう気にしないで良いよ。今は僕もお母さんも、あの人にとてもよくしてもらっているから。とっても幸せなんだよ?」

 

えへへと笑顔でそう告げるシャルロット。

これが嫁にいった娘の報告であるならば、どれほどほのぼのとした良い会話となることだろう。

 

しかし実態は正反対である。

シャルロットはもだえ苦しむ社長を横目に、トランクを持つ。

 

「本当は殺したいくらいなんだけどね。まだデュノア社はあの人の役に立てるから見逃してあげる。でももし徴収金額を少なくしたり期限を遅れさせたりすると、どうなるかわからないからね」

 

部屋を出る直前、そう言うシャルロット。

扉が閉められたあと、残されたのは鼻から血を流す男一人であった。

 

 

 

 




シャルロットのお母さん、生存。
いやー、これで母娘仲睦まじく暮らせますね(白目)

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