意図せず世界を手中に収めよう 作:マーズ
発展著しいとある国。
夜になっても光は消えず、街中を照らし続けている。
そんな街中で、ひときわ目立つ建物がある。
空高くそびえたつ超高層ビルで、世界中の有名人が入居している建物だ。
当然ここに入居するには、大量のお金が必要となる。
故にこのビルに入居できるのは、まさに選ばれた人間だけなのである。
そんなビルの最上階に、一人の女性がいた。
「……綺麗ね」
彼女は一面ガラス張りの景色を見ながら、そう呟いた。
眼下には煌めく人口の光が溢れており、勝者のみ見ることが許される景色である。
彼女の言う通り、景色は綺麗なものである。
だが彼女の言葉にはまったく気持ちが込められていなかった。
表情も普段ととくに変わりのないものである。
彼女にとって、絶景と言っていい景色を見ても心を動かすほどのものではないのだ。
「はぁ……」
女性は目を瞑り、ため息をつく。
誰でもするような所作だが、彼女がするとやけに艶めかしい。
薄く紅が塗られた麗しい唇が動くのは、見る男を魅了する。
ただこの部屋には彼女以外誰もいないので、彼女に囚われる被害者はいない。
「早く家に帰りたいわ……」
こうして部屋の中で部下の報告を待つのも、時間の無駄に思える。
部下から成功か失敗かの報告を受けることが彼女の仕事だが、部下である少女が任務に失敗するとはとても思えない。
実際、これまでの任務でも失敗することはなかった。
つまり達成率は脅威の100%である。
分かりきっている結果を待つのであれば、その間に実家に帰省したい。
珍しく孤児院のある国での任務。
いちいち上を誤魔化してサボり、孤児院に帰ることは面倒だ。
……まあ最低でも月に一度は行っているが。
面倒くさそうに、また興味なさそうに眼下の絶景を眺める美女。
そんな時に、備え付けられている固定電話に着信がある。
『ミューゼル様、お客様がお見えになられています』
「客……?」
怪訝な表情を浮かべる女性。
この場所に自分がいることは、誰にも知られていないはずの秘密である。
一体誰が自分に逢いに来たのか?
組織の幹部だろうか?
いや、任務は続行中だし、逢いに来る必要はないはずだ。
色々な考えが頭に浮かんでは消えていく。
しかし受付の人間から送られてきた客の画像を見て、女性は顔を喜色で染める。
それは先ほどまでの退屈そうな顔をまったく感じさせないものであった。
「その方は私の大切なお客様よ。通しなさい」
『わかりました』
そう告げると女性はすぐに動き出す。
今のバスローブ姿で彼に会うのは絶対にダメだ。
彼にはちゃんとした姿で会いたい。
彼女は少し癖のある長く豊かな金髪を揺らしながら行動する。
バスローブを脱ぎ落すと、彼女のグラマラスな肢体がさらされる。
豊満な乳房。
括れた腰。
大きな曲線を描く臀部。
スラリと長い脚。
男を魅了するありとあらゆる要素を詰め込んだような、美しい身体である。
そんな身体に、真っ赤なドレスを纏っていく。
乳房がはみ出てしまうような過激なドレスで、背中なんてほとんど素肌が見えてしまっている。
これは彼女の勝負ドレスであった。
勿論着用するときは彼の前だけだと決まっている。
ドレスを着用した彼女は、ガラス張りの壁に近づく。
その表情は童女が見せるような喜色が滲んだ笑みであった。
先ほどまで同じガラスに映していた表情とはまったく異なるものであった。
まるで初デートを目前にする少女のように、姿を確認する彼女。
実際彼女は熟れた女性なのであるが、ただ見た目も相当に若いので見苦しくはない。
むしろ、冷然としたいつもの姿勢を知る者からすれば、そのギャップで一気に持って行かれそうなものだ。
ただこのような姿は、彼ですら知らないので他の男が知るはずもない。
知っているのはよく共に行動する気性の荒い美女と、感情が乏しいのに彼と世界最強の女に対してだけ感情を露わにする少女くらいだ。
……いや、彼の大側近である黒白コンビももしかしたら知っているかもしれない。
さて、ガラス張りの壁で一張羅を確認した女性は、再び椅子に座る。
しかし中々落ち着いた様子を見せず、キョロキョロと視線をさまよわせ、脚を何度もくみなおしている。
滅多にお目にかかれない美脚が動き回るのは、男にとって眼福である。
勿論見ている者はいないが。
そわそわとし始めてすぐ、扉がノックされる。
そして聞こえてくるのは、自分が聞きなじんだ安心する男の声であった。
すぐに扉の前に向かい、彼女手ずからドアを開ける。
「……お久しぶりね」
扉を開けた先に男は、いつも通り優しげな笑みを浮かべていた。
彼女―――スコールも笑顔を以て彼を迎え入れる。
普段は笑みと言っても冷たいものばかりなのだが、彼の前では暖かな雰囲気を醸し出す笑顔を浮かべている。
彼女の冷徹さを知る組織上層部の人間が見たら、卒倒してしまうかもしれない。
スコールは彼を部屋の中に招き入れ、高価な椅子に座らせる。
その後彼女が取りだしたのは、大事にとっておいた高級ワイン。
めでたいことなどがあった時に飲もうと思っていた物だが、今夜開けてしまってもまったく後悔しないだろう。
グラスにトプトプとワインを注ぐ。
彼女が他人のためにお酒を注ぐなんてこと、本来ならばありえない。
スコールが飲むグラスには、彼が注いでくれた。
「それじゃ、乾杯しましょうか。再会を祝して、ね」
グラスを合わせると、チンと高い音が鳴る。
良いグラスは奏でる音もいいものなのか、スコールの耳に心地よく聞こえてくる。
……いや、乾杯する相手が良かったからかもしれない。
グラスを傾け、ワインを口に含む。
芳醇な味わいで、すんなりと喉を通っていく。
前を見ると、彼も上品にグラスを傾けている。
彼はいつも笑顔であるが、長年連れ添ってきたスコールはその笑顔の違いが分かる。
今の彼の笑顔は悦んでいるほほえみであった。
「喜んでくれてなによりだわ」
自分は何も用意していなくて申し訳ないと申し出る院長。
そんな律儀な彼の姿に、クスッと上品に微笑むスコール。
「だったら、次に会いに来てくれる時にお願いするわ」
さりげなく次に会う約束を取り付けるスコール。
組織の実行部隊を統括する人間らしい、頭脳の明晰さである。
ずる賢いともいえるが。
「ええ、何も心配する必要はないわ。でもありがとう―――――あら?」
仕事はどうかと聞いてくる彼に、安心させるように微笑む彼女。
事実、組織での仕事は楽なので本当のことを言っている。
ISを強奪する際の襲撃だって、高い戦闘力を誇る彼女が危なくなることなどないし、唯一面倒くさいのは彼女自身の容姿に群がってくる組織上層部の男どもだろうか。
まあ一度も受け入れたことはないし、無理やりきたら文字通り首ちょんぱしているので問題ない。
少し心配性な彼を安心させる言葉を言う。
彼の性格にクスクスと笑い、しかしその対象が自分なことから心が暖かくなる。
スコールがお礼を言い終わると同時に、部屋がぐらりと揺れる。
それは地震であった。
幸いにも大きなものではなく、数度大きく揺れただけでそれは収まった。
ビルの最上階である部屋は大きく揺れたのだが、スコールはまったく微動だにすることはなかった。
彼女の強靭な体幹は、この程度ではまったく揺らがない。
そしてそれはスコールの前に座る彼も同じであった。
彼はワインの入ったグラスを持ちながら、ニコニコと笑っている。
身体はまったく揺れていない。
「……驚いたわ。地震なんて珍しいわね」
目を丸くしている彼女に、院長が物申す。
どうやら先ほどの揺れでグラスの中のワインがはねて、彼女のドレスにかかったようだった。
「あら、本当……」
先ほどの揺れでスコール自身は揺れ動くことはなかったが、テーブルに置いてあったワイングラスは別である。
揺れによって波打ったワインが飛び、赤いドレスの胸辺りに付着する。
似た色だからそれほど目立たないが、早く処理は行った方が良いだろう。
彼は懐から綺麗なハンカチを取り出し、彼女に向かってスッと手を伸ばす。
そしてドレスの汚れた場所を、丁寧に拭っていく。
「ありがとう。でもこれってセクハラじゃないかしら?」
丁寧にしてくれるのは嬉しいのだが、彼女は少し恥ずかしかった。
人生経験も豊富で常に余裕を持っているスコールにしては珍しい反応。
自分でも驚いているのだから、他人が見ればさらに驚くことだろう。
だからその恥ずかしさを隠すため、ほんの小さな悪戯をする。
彼は顔を真っ赤にして謝罪してくる。
「私は構わないけれど、オータムに同じことをしたら怒られるわよ」
申し訳なさそうに謝る彼を見て、スコールはクスクスと笑う。
いつも大人の態度を崩さない彼が、子供のように萎縮しているのがおかしかったのだ。
そしてまた、猛烈に母性本能をくすぐられた。
表面上は何でもないように取り繕っているが、豊満な胸をドキドキと内部が打ち付けてくる。
彼の手が胸に近づいただけで、まるで生娘のように緊張してしまった。
「そのハンカチ、貸してちょうだい。きちんと洗って返すから」
別に気にしなくていいという彼。
何度言っても断ってくる。
いい加減じれったくなった彼女は、少し強めに口調を変える。
「―――――いいから貸しなさい」
とくに声を荒げているわけではないのだが、ニッコリと笑うスコールの笑顔の中に言いようのない迫力を感じた彼は、すぐにハンカチを渡す。
さて、このハンカチは彼に返されるのであろうか?
『―――――スコール、聞こえるか?』
スコールの前に現れる空間投影ディスプレイ。
部下である少女からの、プライベート・チャネルであった。
『目標であるISを手に入れた。今より帰還する』
「……待ちなさい。あなたには、このまま次に任務に向かってもらうわ」
『……なに?』
ディスプレイに映る少女は、怪訝そうに首を傾げている。
いつもなら心のこもっていないねぎらいの言葉がかけられて、帰還するように命じられるはずだ。
他の任務があるからといって、そのまま続けて任務を遂行するよう命じられたことはなかった。
『どうした、スコール。任務は構わないが、珍しいな』
「あなたがそれを気にする必要はないわ。さ、早く向かってちょうだい」
まるでさっさと会話を斬りたいと言わんばかりのゴリ押しである。
確かに彼女はスコールと仲が良いわけではないが、ここまで明確なものはなかった。
いくらなんでもおかしいと感じ始める少女。
その時、スコールが会話を打ち切ろうとした理由が分かった。
誰と話しているのか不思議に思った彼が、スコールに話しかけたのだ。
普通ならプライベート・チャネルで他人の声が入ってくることはないのだが、彼だけはすべて聞こえるように調整してある。
そして彼の話す音声も、全て聞き取れるようになっているのだ。
「あ……」
『院長!?』
彼の声が聞こえたとたん、ディスプレイに映る少女は強い反応を示した。
冷たく、どす黒く濁っていた瞳が一変し、別人かと思うほどキラキラと輝いている。
瞳の中に星まで見えてしまいそうだ。
そしてスコールは、あちゃあと頭を抱える。
『おい、スコール!そこに院長がいるのだな!?であれば任務などしている暇などない!今すぐ帰還する!』
そう一方的に告げた後、プライベート・チャネルは閉じられた。
スコールは一度ため息をつく。
そんな彼女の様子を見て失敗したと思った彼は、すぐに謝罪する。
「いいのよ。ややこしい相手からの連絡だっただけよ」
申し訳なさそうな彼の言葉をすぐに否定する。
彼の言葉に比べれば、組織の長の言葉すら聞くに値しない。
「でも少し疲れたわ。少し外を歩かない?ここ、小さいけど庭もあるのよ」
スコールの提案にすぐに頷く彼。
彼女を疲れさせた原因が自分にあると思っているので、にべもなく頷いた。
そんな彼の心情も察するスコールは、またクスリと笑う。
本当、まじめで実直な人だ。
二人は椅子から立ち上がり、出口に歩き出す。
その間に、スコールは自然に彼の腕を取り、身体を押し付ける。
美しく、誰をも魅了するような肢体が、彼の身体に当たる。
そうすると悦びを感じるのは、何故かスコールの方であった。
そしてそんな彼女の顔は、まるで狡猾な狐のように歪んでいたのであった。
まさに『計画通り』といった感じに。
そうして二人は涼しげな外に、火照った体を冷ましに行ったのであった。
なお、その数分後にディスプレイに映っていた少女が部屋に飛び込んできて、誰もいないことを知って絶叫するのは余談である。
結局その日、スコールと彼は部屋に戻ることはなかったのであった。
◆
「……そう、あの男がね」
『ああ、あいつのところに何人か兵隊送ろうとしていた』
前日、訪ねてきた院長と過ごした部屋。
そこは現在真っ黒なカーテンで壁一面のガラスを閉め切り、暗い部屋を作り出していた。
スコールが話しているのは、同じく孤児院出身の相棒である。
「それで、その兵隊はどうしたの?」
『あん?もう殺したぞ。あとはあの不細工だけだ』
何でもないように言ってくる相棒の女性。
人を殺したとか、あっさりと言っている。
そのことにスコールは怯えるどころか、よくやったと微笑んだ。
「本当、あなたってあの人のことになるとすごい力を出すんだから。大切に思っているのね」
『ばっ!?ち、違ぇよっ!別にあいつがどうとかじゃなくてだな……というか、私の恋人はスコールだろっ!?』
「あら、そうだったかしら?あなた、私よりあの人のことのほうが大切でしょう?」
「…………」
わたわたと慌てる相棒の様子を見て、クスリと微笑むスコール。
それにどちらが大切かと聞かれて押し黙るのも、彼女の素直さを表している。
この反応にスコールは別にどうとも思わない。
なぜなら自分だって相棒よりも院長の方が大切だからだ。
二人とも、お互いを世界で二番目に大切に思っている。
ただ一番目の男と、あまりにも思いの強さが違うだけだ。
勿論、二番目より三番目はさらに距離があるのは言うまでもない。
『……で、どうするんだよ?あのクズは』
「ああ、それは別にいいわよ。もう捕まえているから」
どんどんと相棒の女性の中で表現が悪くなっていく。
そんな彼女に向かって、スコールはもういいと言う。
ちらりと振り返ると、そこにはすでに虫の息となっている太った男がいた。
身体中のありとあらゆる穴から血を零し、顔などは原形が分からないほど大きくはれ上がっている。
人は見るだけで気分を害し、また一生モノのトラウマになるだろう。
『流石スコール。仕事が早いぜ』
「まあ、そういうことね。このことは私に任せてちょうだい。兵隊の処理、ありがとうね」
そのねぎらいの言葉に、おーっと男勝りの返事をして通信を打ち切る相棒。
それを確認したスコールは、小刻みに痙攣している男の前に立つ。
そして豊満な胸の谷間から超小型の拳銃を取り出し、銃口を彼に向ける。
「あなたはあの人の作る世界にいらないわ。奴隷としてもダメ。世界に存在するのも許さないわ。あの人に手を出そうとしたことを、地獄で何万年も悔やみ続けることね。まあ手を出さなかったとしても、あなたたち『
そう言うとスコールは、何の感慨も持たずに引き金を引いた。
スコールさんの勘違い要素を書くのは難しかったので、非常に薄い。
なんでおばさんが一番純愛しているんですかっ!?