意図せず世界を手中に収めよう 作:マーズ
「頑張ってくださいね、織斑くん!」
「はい、頑張ります」
一夏はピットで、副担任である真耶から激励を受けていた。
今日はクラス対抗戦の初戦の日。
一年一組代表の一夏の対戦相手は、二組代表の凰 鈴音である。
一夏のセカンド幼馴染にして、中国の代表候補生である。
「(普通なら負けるかもしれないけど、山田先生に教えてもらったからな)」
一夏は目の前でふんふんと息巻いている可愛らしい教師を見る。
緑色の髪に、少し大きめの眼鏡。
ぽやーっとしていそうな穏やかな顔は、年上とは思えないほど幼い。
しかし、彼女が同年代と明らかに違うことを強調するのが、服の上からでも分かる乳房の大きさであった。
緩いワンピースを着用していても、その豊満さが伝わってくる。
胸元が緩いため、深い谷間が見られる。
一夏は視線がそこに集中しそうになるのを、何とかこらえていた。
ISのいろはを叩き込んでもらった恩師を、性的な目で見るのは不義理である。
「(女の人はそう言った視線に敏感だっていうけど……)」
一夏は箒から聞かされたことを思い出して、おそるおそる真耶を見る。
だが、彼女は熱心に応援をしてくれるだけで、どうやら気づいていないらしい。
おそらく、彼女の性格と同様にそう言った視線にも鈍感なのだろう。
一夏はほっと一息をつく。
……が、近くにいた箒は違ったようで、恐ろしく冷たい目を向けてきている。
一夏は冬でもないのに凍りつく心境であった。
「凰さんは中国の代表候補生ですから、オルコットさんと同じくらいの強さのはずです。油断してはメッ、ですよ?」
「分かっています。先生に教えてもらったことは、忘れていませんから」
教師らしく、指を立てて忠告をしてくれる真耶。
一夏はその仕草に子供っぽさを感じながら、彼女の教育能力の高さを思い出していた。
一夏は、まだISに触れはじめてから一月ほどしか経っていない。
しかし、不思議なことにエリートが集まるクラスの代表になってしまった。
なってしまったからには仕方がない。
一夏は、存外前向きな思考を持ち合わせている。
クラスの代表に見合うようになるため、ISの訓練を怠らなかった。
教師となるのは箒とセシリアが多い。
だが、この二人の教育能力は思っていたより酷かった。
箒は、説明に擬音を使いまくりでほとんど理解できない。
逆にセシリアは、理路整然としているのではあるが、専門用語をバンバン使うため、初心者の一夏にはちんぷんかんぷんであった。
こうして、一夏は初めからISの上達に躓いてしまったのである。
そんな彼を助けたのが、真耶であった。
彼女は初心者の一夏にもわかりやすく説明し、『何故それをしなければならないのか』ということまで教えてくれた。
さらに、座学でも放課後に残って一緒に勉強をしてくれた。
そのおかげで、セシリアの講義にも少しは付いて行けるようになった。
未だ、箒の講義には全く付いていけていないが……。
だから、一夏は真耶にとてつもなく恩を感じていたし、頼りになる人だと思っていた。
もし、IS関連で困ったことがあれば、真っ先に相談しに行く相手は真耶であろう。
それほど、一夏は彼女を信頼していた。
「(本当、IS学園にこの人がいてよかった)」
今も、一夏のために熱心に対戦相手のことを教えてくれている。
応援してくれる真耶のためにも、一夏はこの試合に勝つつもりでいた。
◆
「わー、良い調子ですね、織斑くん!」
「……そうだな」
千冬はモニターを眺めながら、真耶の言葉に答えた。
今は、一組代表の一夏と二組代表の鈴音の熱戦が繰り広げられていた。
男の操縦者と大国の代表候補生の熱い戦いに、アリーナに詰めかけた観客たちが歓声を上げる。
その唸りは、ピットの中にまで届くほどであった。
そんな中、千冬は横目で真耶を見る。
彼女はモニターを眼鏡越しに熱心に見ながら、ふんふんと鼻息を荒くしている。
真耶は、とても有能な教師だと千冬は見ている。
というより、千冬だけでなくIS学園教師陣全員の総意であった。
以前、千冬は真耶の評判を教師陣から聞いたことがあった。
勿論、いちいち聞きに回るなんていう下世話なことはしていない。
教師陣で集まって会話をしていた時、たまたまいなかった真耶の話になったのである。
その時に話されたことは、全てが彼女に対する好印象であった。
授業がうまく、生徒たちが熱心に聞く。
ISの実技も、千冬には劣るが申し分なく上手い。
生徒に好かれるほど、性格が穏やか。
おっちょこちょいで可愛い。
おっぱいが信じられないくらい大きい―――――などなど。
真耶に対する褒め言葉がひっきりなしに出てきたほどだ。
IS操縦者の中でカリスマ的人気を誇る千冬だが、彼女でもこれほど褒められることはないだろう。
真耶の能力と人当たりの良い性格が、これほどの人望を集めていた。
しかし、千冬はこれだけの評価を聞いても、まったく嫉妬しなかった。
それは、他の教師陣も同じだろう。
真耶は、生徒だけでなく教師陣にも大人気であった。
IS学園の教師陣は、エリート揃いの生徒たちを教える人間であるが故、皆優秀である。
そんな彼女たちが手放しでほめるのだから、真耶の能力の高さがうかがい知れる。
そして、そのことを思い出していた千冬はあることも思い出す。
それは、教師陣の一人がふとつぶやいた言葉。
『そういえば、新しい理事長って真耶ちゃんの知り合いなんだってね』
真耶が嬉しそうに話していたことを思い出したのだろう。
皆、一気に真耶と理事長の関係について話が盛り上がった。
今は一夏がいるが、ほぼ男子禁制であるIS学園である。
生徒だけでなく、教師たちもこう言った話題は大好きである。
今まで男っ気がまったくなかった真耶に、古い仲の男が現れた。
彼女たちがキャッキャウフフとあれこれ妄想するのも仕方がない。
それに、千冬も新しい理事長と真耶の関係が気になっていた。
千冬が新理事長と会ったのは、就任した時の一度のみである。
教師陣が全員集められて、発表された理事長の変更。
そのことに、不思議に思う教師も多かった。
千冬もまた、その中の一人である。
前の理事長と、千冬はそれほど親交があったわけではない。
しかし、無能でなかったのは事実だ。
実際、前理事長の時には外部からの圧力にほとんど屈することはなく、IS学園を守り抜いた。
では、何故理事長がすえかえられたのか?
その疑問に答える者は誰もいない。
新たな理事長は、学園運営を教師陣に全て任せ、責任は自分が取ると明言した。
そのことで、新たな理事長に不信感を持っていた教師たちは大幅に減ったと言えるだろう。
言葉だけ聞くと、まさに有能な上司だからである。
それに、彼のニコニコとした柔らかな表情が、その言葉に余計説得力を持たせた。
男に飢えていると言っていい教師たちの中には、理事長を狙っているという者もいるほどである。
「(それに、山田先生もえらく気に入っていたようだしな)」
横目で真耶をチラリと見て千冬は思う。
理事長との会合の後、真耶は珍しく自慢していた。
他人の話の聞き役になることが多い真耶が、理事長と知り合いであることを誇らしげに話していたのである。
真耶はいかに理事長が【良い人】であるかを、熱心に語っていた。
その話っぷりは、他の教師たちも聞き入るほどであった。
まあ、途中他の教師に理事長との関係をからかわれて、顔を真っ赤にして慌てていたが。
そうして、もみくちゃにされているいつもの真耶を見て、千冬は考えていた。
「(あの時の山田先生の目は……いつもと違っていた……)」
真耶の瞳は、穏やかで温かい光を灯している。
だが、あの時の真耶の目はドロドロと濁っていた。
まるで、カルトに狂信する信者のように……。
顔は真っ赤に紅潮していたし、明らかに異常であった。
千冬は到底知りえないことであるが、あの時の真耶の身体も変化していた。
豊満な乳房は張り、ブラと服を押し上げて乳首が分かってしまうほどだった。
清楚なワンピースの中では、陰部を熱くさせていた。
まさに、発情した雌のように……。
「(いや、あれは私の気のせいだろう)」
千冬はそんなことを知るはずもないので、あの目は見間違いだと判断する。
実際、千冬以外におかしいと思った者はいなかったのだから。
だが、もし真耶が発情していたことを千冬が知っていたら、明らかに異常だと判断していただろう。
こうした小さな食い違いが、のちに大きな災いとなるのである。
それに、千冬はあの濁った瞳を持っているのは一人しか知らない。
かつて、親交を深める前の束である。
全てを見下し、嘲笑したような篠ノ之 束の瞳である。
だが、それもしばらく会わないうちにすっかりなくなっていた。
千冬と仲良くなってからはあの瞳が出てくるのは数こそ少なくなっていたものの、なくなりはしなかった。
しかし、以前久しぶりに逢った時には目はキラキラと輝いていた。
まるで、最高の【玩具】を見つけた子供のように……。
千冬はふっと笑う。
「(あいつにも、何か楽しみを覚えるものができたのか)」
千冬にとって、人生の楽しみといえば一夏である。
それに匹敵するような何かが、束にできたのだろう。
箒のことではないのかと思うが、何かそれ以上のものを見つけた。
親友である千冬は、そう思っていた。
「(さて、あの新しい理事長のことだが……)」
千冬は、他の教師陣と違って、新理事長に何か変な感情を抱いていた。
この感情がなんなのかは、千冬自身も分からない。
ただ、【あいつは危険な奴だ】と本能が訴えかけていた。
決して、気を許してはならない人物だ。
「(山田先生があれほど褒める人物だから、杞憂だとは思うが……)」
真耶の人を見る目は確かである。
それに、千冬も信頼を置く部下の判断を疑うことはしたくないし、する必要はないと思っている。
だが、どうしてもあの理事長のことが頭から離れなかった。
「(更識の調査に、私もかんでみるか)」
IS学園生徒会長が、理事長について色々と嗅ぎまわっていることは知っていた。
千冬は真耶に悪く思いつつも、その調査に参加することを決意する。
「…………」
隣で千冬をじっと見る真耶に気づくことはなく。
m(__)m