意図せず世界を手中に収めよう 作:マーズ
院長のクズ日記、更新しました。
「ふわぁ……」
一夏が大きく欠伸をすると、目の前にいる箒がジロリと睨みつけてくる。
その鋭い瞳は、「行儀が悪いぞ」と非難している。
一夏は確かにそうだと思い、身体を小さくする。
あの鮮烈な顔合わせの翌日、二人は食堂で朝食をとっていた。
未だ険悪の間柄(箒からの一方的なものであるが)であるが、ルームメイトという縁もあって一緒の席についていた。
一夏としては、周りに知り合いが全くいない状況であるので、このことはありがたかった。
「それにしてもクロさん、どこに行ったんだ?ご飯を一緒したかったんだが……」
一夏がそう呟くと、またもや箒がジロリと睨みつけてくる。
おそらく、「女あさりとはいい御身分だな」と言いたいのだろう。
もちろん、一夏は同室の好だからという理由でクロとご飯を食べようとした。
まあ、彼女の幼少からの想いを考えれば、一夏に文句を言いたくなる気持ちも分かる。
しかし、鈍感オブ鈍感の一夏には、何故睨まれたのかさっぱりわからない。
そんな彼の様子を見て、箒はため息を一つはいてから話に付き合ってやることにした。
「さあな。また『院長』とやらの所ではないのか?」
「『院長』なぁ……」
一夏はまだクロと直接話したことは少ない。
だから、彼女自身の口から『院長』とは聞いたことはないが、箒からはよく聞く言葉だ。
この学校に、『院長』という人物がいるのか。
「箒はその人について、何も聞いていないのか?」
「私だって、クロとそれほど仲が良いという訳ではない。そもそも、私たちが出会ったのは昨日が初めてだ」
箒の言葉に、一夏はそうだよなあと頷く。
一夏と箒は幼馴染という特殊な間柄があるが、クロとは昨日に初めて出会った。
まだ、友人とは言えない程度の仲だ。
一夏自身は、同室だからすでに友人のように思ってはいるが。
「それに、クロのことに私たちが必要以上に詮索するのは良くないぞ」
「あ、ああ、分かってるって」
箒に睨まれ、一夏は慌てて頷く。
しかし、彼は不思議とクロのことが気になっていた。
それは、人間なら誰しもが持ち合わせる謎に対する好奇心のようなものかもしれない。
あるいは、あの自己紹介の時間に初めて会った時の、強烈な印象が焼き付いていたせいかもしれない。
『黒』という強烈な印象を与える容姿に、血に飢えた獣のような真っ赤な瞳。
さらに、整った顔とスタイルが、男として引き付けられたのかもしれない。
「うーん……でも気になるなあ、その『院長』って人……」
まだ15歳の一夏は、恋愛脳的な考えに恥ずかしくなり、再び話題を謎の人物に戻す。
箒ともう一度その話をしようとした時、不意に第三者から声をかけられた。
「ねえ、その人のこと、教えてあげようか」
「えっ……?」
箒以外から初めて話しかけられ、驚いた様子で一夏は声の主を見上げる。
一夏と箒が座っているテーブル席の隣に、二人の少女が立っていた。
一人は水色の髪の毛を短く切りそろえた、綺麗な少女。
制服越しからもスタイルの良さが見られ、口元を扇で隠しているのが印象的だ。
しかし、一夏はもう一人の少女に視線を奪われた。
何故なら、その少女はクロとそっくりでありながら、与える印象が正反対であったからである。
色素がまったくない純白の髪の毛は、長く伸ばされている。
顔の造形はクロと同じく端正に整っているが、可愛らしさを与えるクロと少し違って、綺麗という印象を与える造形だ。
彼女もまた改造制服を着用しており、クロとは真逆の、真っ白な制服であった。
シミ一つない真っ白な肌と合わさって、幻想的な印象を与えてくる。
スラリと伸びた脚は、まるでモデルのように長かった。
そして、一夏が何よりも目を引き付けられたのは、彼女の瞳であった。
クロと同じく、真紅の瞳。
血のようにドロリと濁っていて、夕日のように輝いている。
「……何かしら?」
「あ、い、いや、なんでもない……です」
真っ白な少女にスッと細められた目で見られ、一夏は心臓を掴まれたような幻覚を見る。
慌てて否定するが、タメ口から敬語に戻す。
彼女の制服につけられたリボンが、二年生を表す黄色であったからである。
あたふたとする一夏を見て、水色の髪の少女がクスクスと笑う。
「あらあら、今話題の男の子くんは、シロちゃんに一目ぼれしちゃったのかしら?」
「一夏っ!!」
「ち、違いますって!箒も落ち着けよ!」
彼女の言葉に気が気ではないのが箒である。
テーブルをバンと叩いて一夏を睨みつける。
一夏は水色の髪の少女を睨んで抗議するが、「あら、ごめんなさい」と目を背けられる。
からかってやがると、一夏は腹を立てる。
「そ、それで、『院長』っていう人のことを教えてくれるんですか?」
一夏は話をそらすため、彼女が話しかけてきた話題を繰り出す。
水色の少女はもう少しからかいたかったのになあと思いながら、話に乗ってあげることにする。
これ以上からかうと、一夏ではなく箒が噴火すると思ったからである。
「ええ、多分そのクロちゃんって子は、理事長のことを言っているんじゃないかしら?」
「理事長?」
「そうよ。IS学園の理事長。今年から変わったのよ」
おうむ返しに聞き返す一夏に、水色の少女がコクリと頷く。
しかし、何でまた理事長を院長と呼ぶのか?
それだったら理事長でいいのではないか?
そう思った一夏に、今度はシロと呼ばれた少女が話す。
「その理事長は、以前紛争地帯で孤児院の院長をしていたのよ。クロは―――まあ私もだけど、そこの孤児だったからそう呼んでいるの」
「そ、そうだったんですか……」
一夏は、シロの口から飛び出した重い事実にうろたえる。
いや、事実にうろたえたというより、それを平然とした顔で言ってのけるシロに驚いたのだ。
孤児であることは、一夏は人に言いづらいことだと思っている。
彼も両親がおらず、姉と二人三脚で生きてきたのだが、会ってすぐの人間のそのことを話すことはできない。
しかし、シロはそれを簡単にやってのけた。
孤児であることを恥ずかしがるどころか、むしろ誇らしげに見える。
「(それだけこの人は、自分をしっかりと持っている人なんだろうな)」
孤児であることを引け目に感じない。
それだけ強い意志と力を持っているのだろう。
一夏は少なくとも、そう感じた。
◆
「(ふーん、あっさり認めるのね)」
一夏がシロに尊敬の念を持っていたころ、水色の少女―――更識 楯無はシロを観察していた。
わざわざ一夏のところに来て話しかけたのも、隣に立つ純白の少女の情報を引き出すためである。
名前がシロ。それだけしかわからなかった。
楯無は、日本の安全を守る対暗部用暗部の更識家をまとめる当主。
さらに、世界中から若いエリートたちが集まってくるIS学園のトップである生徒会長を務めている。
彼女の重要任務の一つに、学園内の平穏があった。
しかし、それを脅かす分子が学園内に紛れ込んでいることを、楯無は認識していた。
まずは目の前で座っている少年、一夏である。
「(まさか男の子でISを動かせる子がいるなんてね……。大変だなぁ)」
楯無は今世界中に満ちている女尊男卑の思想には浸かっていない。
むしろ、ばかばかしいと思っているほどである。
しかし、ついつい目の前の少年を面倒くさいと思ってしまうのも仕方がない。
彼が現れたことで、この学園にいつ何かしらの攻撃が襲ってくるかわからなくなってしまった。
世界で唯一の男性操縦者を狙うものたちは、不可侵であるIS学園にも容赦なく襲い掛かってくるだろう。
だからと言って、一夏を追い出したりすることもできるはずがなかった。
そもそも一夏に適性があったのは偶然だと楯無は考えている。
そんな少年を隔離したりするのは、いくらなんでも酷過ぎる。
だから彼女は、学園と同時に一夏も守ることを決めたのだ。
「(そのためにこの子のことを知りたいんだけどねぇ)」
チラリと見るシロの横顔。
同性であり、自分の容姿も優れていることを自覚している楯無であるが、シロは自分と同等かそれ以上の美人で、時折ドキッとすることがある。
この少女は、四月になって二年生に編入してきた転校生である。
IS学園は特殊な学校であるがゆえに、転校生などほとんど受け入れることはない。
だからこそ、楯無はシロのことを怪しく見ているわけだが……。
「(ゼロというわけでもないから、断定することもできないのよね)」
IS学園への転校生は確かに少ないが、いないという訳ではない。
つまり、シロのことを『IS学園および一夏に敵意を抱く敵』と判断するには、まだ早すぎる。
「(はー、生徒会長も大変だなぁ。この一年が終わったら、簪ちゃんか織斑くんに押し付けちゃおっと)」
楯無は扇に隠された口元を、柔らかく曲げさせた。
◆
そして、当然シロは楯無の考えを把握していた。
「(まあ、私がこの子の立場だったらそうするだろうしね)」
シロにとって院長が大切なように、楯無にとってこの学園は大切なものなのだろう。
ただ、シロの場合は世界中のなによりも院長が優先されるため、気持ちの重さ的には酷い差があるが。
その大切なものを守るために、何らかの工作を行うのは当たり前だ。
「(別に私のことを嗅ぎまわるのはいいわ。恥ずかしいことなんてないし)」
一般説として、孤児院出身という経歴は隠したがるものかもしれない。
しかし、シロに関しては―――というより【あの孤児院】出身者であるならば、誰も恥ずかしがったりなんてしない。
何故なら、あの孤児院こそがどんな家庭よりも幸せな場所なのだから。
あの場所以上に幸せな場所なんてない。
院長以上に、優れた人間なんていない。
シロはそれを強く信じていた。
たとえ誰かにそれがおかしなことだと指摘されたとしても、まったく揺るぎはしないだろう。
「(私のことを嗅ぎまわるのはいいけど、もし院長に何かしようとするのなら……)」
シロの目がスッと細まり、紅い瞳がドロリと濁る。
その視線の先には、唯一の男性操縦者と楽しげに会話をするクラスメイトの楯無がいる。
シロは彼女が何者か、知っていた。
対暗部用暗部・更識家の現当主。ロシアの国家代表に選ばれるほどの実力者。
もし、敵に回るとすれば、厄介極まりない女である。
しかし、それがどうした?
「(院長に害をなすなら、神でさえ殺してやる)」
シロにとって、神とは院長。神聖不可侵の存在である。
それを侵そうならば、全力を以て潰すのみ。
「(はあ、孤児院の中にずっといればよかったのに)」
そうすれば、こんなに面倒なことにはならなかったのに。
あの場所で院長に害をなそうとするのは武装勢力があったが、あんな連中はシロにとって片手間で片づけられる。
実際、二つの勢力を跡形もなく消し飛ばす策だって用意していた。
それなのに、院長をこんな場所に連れ出して……。
「(あの糞ウサギ、やっぱり殺すしかないわね)」
シロはその元凶となった大天災が『ふははははっ!』と笑っている様子を思い浮かべ、額に青筋を浮かべるのであった。
クリスマスが今年もやってきましたね(絶望)