意図せず世界を手中に収めよう 作:マーズ
でも、ひとつ前の日記は未完ですので、新しい話を投稿するたびにあちらも更新されます。
面倒ですが、よかったら見てください。
「(いってぇ……千冬姉、容赦ないんだもんなぁ)」
織斑 一夏は、姉に叩かれた頭を撫でながらそう思った。
姉である織斑 千冬が繰り出す出席簿アタックを、頭に受けた一夏。
あれから少し時間は経ったが、未だに痛みが残っている。
「(おっと……でも、ちゃんと他の奴らの自己紹介も聞かないとな。ただでさえ、肩身が狭いんだから)」
一夏は痛みを我慢して、クラスメイトたちの話を聞く。
今は、高校に入学して初めての会合である。
早めにクラスメイトの名前と顔を一致させなければならない。
それに、一夏が入学した学校はかなり特殊な場所であった。
―――――IS学園。
世界でただ一つしかないISの操縦者を育成する特殊学校。
女しか扱えないISの訓練をするため、IS学園は当然ながら完全女子高である。
しかし、ここにいる一夏は男でありながらISを扱える世界で初めての男性操縦者である。
故に、倍率一万倍を超える超難関校であるここに、彼は入学することができていた。
ここを卒業すればどんな大企業でも容易に入ることができるであろう超優良高であるが、一夏はそんなことよりも高校生活を楽しみたいと思っていた。
男友達はできないだろうが、女友達は作っておきたい。
そう思って自己紹介を聞いていくのだが……。
「(やべえ……全然覚えらんねえ……)」
元々一夏はそれほど記憶力が優れていない。
わざわざ一夏の方を向いて自己紹介をしてくれるクラスメイトたちには悪いが、名前を覚えるのは少し時間がかかりそうだ。
それでも、一夏には何人か印象に残った生徒たちがいた。
一人は、幼馴染である篠ノ之 箒である。
昔と変わらずポニーテールなため、あっさりと分かった。
「では、次の人どうぞ」
さらに、クラスメイトではないが、今このクラスを進行している女教師。
緑髪を短く切りそろえ、少し大きめの眼鏡をかけたクラスの副担任、山田 真耶だ。
「名前が回文だ」と、自分でもどうでもいいことだと思うようなことを考える一夏。
自分より年上なはずだが、その愛らしい容姿と相まって同級生と言われても納得する。
ただ、明らかにクラスメイトの女子たちと違うのは、その豊満な胸部だった。
緩いワンピースを着用している真耶だが、その胸元からは深い谷間が覗ける。
一夏も思春期真っ盛りの男子高校生だ。まるで牛のような母性の塊に目が向いても仕方がない。
そして、一夏は真耶に指名された生徒を見る。
「……クロ」
その指名された生徒は、ただ簡潔にそれだけを述べた。
先ほどの一夏の自己紹介時のように固まるクラスだが、彼女は知ったことではないとさっさと着席してしまった。
真耶はあわあわとうろたえているし、怒りそうな千冬ははあっとため息をつき「問題児ばかりだな……」と額に指を添えている。
一夏は、そんな空気の中、クロの容姿に目を引かれていた。
真っ黒な、それこそ姉である千冬よりも黒い長い髪。
肌は褐色で、日本人ではないのだろう。
驚くべきことに、彼女は真っ黒の制服を着こんでいた。
改造制服が認められているIS学園であるが、こんなに自己主張の激しい改造をしているのは彼女くらいだろう。
一夏は「こんなに派手な改造も許されるのか?」と疑問に思った。
しかし、何より彼の記憶に焼き付けられたのは、彼女の血よりも紅い瞳である。
あまりにも深いその色は、全てを吸いこんでしまいそうな感覚を与えた。
―――――彼に、真っ黒な少女が記憶された。
◆
クロにとって、この無意味な時間は非常につまらなかった。
初めて会う人間が、己を紹介する自己紹介タイム。
クロはどうでもいいこの時間を、さっさと終わらせてほしかった。
そもそも、院長以外と仲良くする意味が分からない。
院長がいればそれでいいではないか?
何故ここにいる人と仲良くしなければならないのだ。
そんなことを考えているから、自分に紹介の番が回ってきたときも非常にあっさりと終わってしまった。
周りの空気が凍りつくが、そんなことは知ったことではない。
というより、クロはすでに他のことを考えていてまったく気づいていない。
脳内を占めるのは、今もどこかにいるであろう院長のこと。
今すぐ席を立って遊びに行きたいのだが、相棒から強くルールを叩き込まれているため大人しくしている。
それが院長の不利益になると聞かされれば、なおさらである。
院長がどこにいるかは分からないが、まあ後で匂いを嗅いで突き止めるとしよう。
クロはそう思って、ボーっと時間が過ぎ去るのを待った。
◆
その後、一夏はシャルルという女子生徒の名前も覚えた。
蜂蜜色の髪を後ろで一つに束ねた、優しそうな少女だ。
ニッコリと笑って自己紹介したときは、異論なしに美少女であったのだが、どこか中性的な印象を与える彼女の容姿のせいで、何人かの女子生徒の頬が赤くなっていたのを見た。
一夏は、シャルルのミニスカートと短い靴下が作りだした見事なまでの生脚に目を引かれていた。
適度に肉の着いた柔らかそうなそこは、男の目を引き付けてやまない。
そんなこともあって、一夏はシャルルのことも記憶に残せたのであった。
今は初めての休み時間。
これまで女子高だったIS学園に男子が入ってきたので、皆からの視線を感じる一夏。
しかし、誰も話しかけては来ないので、自分から話しかけようと考えた。
まず、最初に選んだのは、クロと名乗ったあの真っ黒な少女である。
彼女の席を見てみるが、しかし、そこには誰もいなかった。
どうやらすでに退席したようである。
「……ちょっといいか?」
残念に思う一夏に、声がかけられる。
そこには幼馴染である箒が立っていた。
これで休み時間は気まずい時間を過ごさずに済みそうだ。
「おう、いいぜ」
一夏はそう考えて、頷いた。
◆
「うわぁ~、凄いねぇ~」
「そうだね」
布仏 本音は、クラス内で繰り広げられている口論に驚く。
独り言のつもりだったが、隣の席にいる生徒が相槌を打ってくれた。
横を見ると、一夏とイギリス人の口論に苦笑をしている外国の女の子がいた。
「あはは……」と苦笑している様子は、何故かとても似合っていた。
「(可愛いからかな~?)」と考える本音。
「喧嘩は良くないよね~、シャルルん」
「そうだね……ってシャルルん?」
シャルルは驚いた様子を見せる。
そんなにおかしかっただろうか?
自分としては中々良いあだ名をつけられたと思っていた本音だったため、この反応に少なからず驚く。
そもそもあだ名をつけるということに驚かれていることに気づいていない。
「私の名前は布仏 本音だよ~。よろしくね~、シャルルん」
「よ、よろしく。そのあだ名は決定なんだね……」
お互い、改めて自己紹介し合う。
シャルルは本音のつけたあだ名に、また苦笑する。
苦笑いが似合っているな~と、割とひどいことを考える本音であった。
シャルルの以前のことは知らないが、おそらくこうして周りの騒ぎに苦笑いをしていたのだろう。
そんな予想が簡単についてしまう。
「決闘ですわ!」
「望むところだ!」
本音とシャルルが親睦を深めていた間に、口論は終わりを告げたらしい。
決闘という物騒なことをして、どちらが勝者か決めるみたいだ。
「シャルルんはどっちが勝つと思う~?」
「うーん、織斑くんには悪いけど、やっぱりオルコットさんじゃないかな?イギリスの代表候補生だし」
「それならシャルルんも負けてないよね~」
シャルルの予想には、本音も同意であった。
一夏の相手は、イギリスの代表候補生であるセシリア・オルコット。
相手を見下す悪癖があるものの、その実力は折り紙つきである。
しかし、それなら今はなしているシャルルも負けてはいない。
彼女はフランスの代表候補生。つまり、セシリアに匹敵する実力を持ち合わせているのだ。
「あれ?僕、そのこと言ったっけ?」
「ふふ~、私は何でも知っているのだ~」
キョトンと首を傾げるシャルルに、本音は胸を張って答える。
無論、嘘である。
彼女の家は少し特殊なもので、こういった情報は耳に入りやすい。
まあ、そのことは秘密のため、本音も内緒にしているが。
シャルルは少し不思議そうな顔をしていたが、本音は話題を変えて話しかける。
新しくできた友達と、穏やかな会話を楽しむ本音であった。
◆
「(ふーん、この子が『布仏』かー)」
シャルロットは、目の前で楽しげに話している少女を見て思う。
この学園は、世界中から優秀な少女たちが集められている。
つまり、院長の敵に回れば鬱陶しい奴らもいるということだ。
それを理解しているシャルロットは、布仏という一族に一目を置いていた。
「(まあ、言っていたのはシロだけどね)」
シャルロットも人のことを言えないが、院長に対して超過保護と言えるシロが、注意すべき人物をリストアップした。
その中にいたのが、この布仏 本音である。
彼女はのほほんとした雰囲気を持っていて、あまり注意する必要はないように思える。
だが、この学園に来てから誰にも話していないフランスの代表候補生ということを、彼女は知っていた。
勿論、隠しているというわけではないので、調べればすぐにわかることである。
しかし、日本人である本音が、外国の、しかも一代表候補生のことを知っているとはあまり考えにくい。
「(これも暗部に仕える一族の情報力かな?)」
シャルロットは、本音の一族の特殊さを認識していた。
院長が訪れる場所なのだから、危険性などを調査するのは当然である。
シャルロットが一組に在籍することになったのも、この少女を観察するためだ。
他にも、四組に特殊な少女がいるのだが、彼女は家族と確執があるため優先順位は下の方だ。
本来なら、それでも一人は監視につけたいのだが、いかんせんもぐりこめる人数が限られているため、少々手薄になるのは仕方がない。
「(できるなら、この組をクロに任せて僕が四組にいきたいところなんだけど……)」
シャルロットはそう思いながら【一応の】仲間を見るが、クロは喧嘩で騒がしいクラスに微塵も関心を抱いた様子がなく、ボーっと空を眺めている。
まあ、シャルロットも喧嘩自体には全く興味がないのだが、その当事者が世界で唯一の男性操縦者とイギリス代表候補生である。
観察するべき事柄だ。
学園に潜入する前、シロからしっかりと観察をするように言われていたクロだったが、もう忘れているらしい。
「(今頃院長のことでも考えているんだろうなぁ)」
シャルロットは苦笑しながら考える。
院長を盲目的なまでに崇敬する孤児院のメンバーであるが、とくに側近のクロシロコンビは酷い。
ちなみに、そう考えているシャルロット自身も酷い。
「(ま、院長に危害を加えられそうな奴もいないし、今はそれでいいかな)」
自分も院長のことを妄想して幸せになりたいが、観察するのも院長のためだ。
それくらい我慢しなければいけない。
「(いざというときのために、情報はしっかりと集めておかないとね)」
楽しげに自分に話しかけてくる本音に、シャルロットは笑いかける。
本音もその笑顔を見て、ますます笑顔になる。
もし、本音がシャルロットの瞳の中に、笑み以外の冷たいなにかが混在しているのを見ていれば……。
結末は少し変わっていたかもしれない。
クロ・シャル「院長のために頑張らなきゃ」
院長「孤児院いたときよりいいわ、ここ」