意図せず世界を手中に収めよう   作:マーズ

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束のお話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

孤児院は、侵入不可能の要塞である。

正確に言うと、侵入はできても生きて帰ることができない。

 

そんな評判が孤児院の周りには広まっているため、ここに訪ねてくる人というのはほとんどいない。

いるとしても、対立している二つの武装勢力や、どこぞの国家からの誘拐目的である。

 

勿論、これらは全員消息不明となっており、悪評に拍車がかかっている。

しかし、誘拐や害を与えることを目的にしておらず、この孤児院にやってくる客も一人存在した。

ちなみに、その客が歓迎されているかどうかは問題にはしない。

 

「ハァァァァロォォォォォッ!!」

 

その唯一の人物である彼女は、大きな叫び声と共に天井から現れた。

以前、帰ってきたチェルシーが美しく掃除した天井が、無理やりこじ開けられ破壊された。

 

その穴からシュタッと降り立つ女性。

この部屋の主である院長は、珍しく目を大きくして驚いている。

子供のような反応に面白く、また愛おしく思う女性。

 

「やっほー、いんちょー!ひっさしぶりー!元気してた?私はちょー元気だったよ!」

 

ペラペラと早口で話しかける女性。

返事はもとより期待していないのか、院長の返事を待たないマシンガントークである。

 

彼女はかなり奇抜なファッションをしていた。

チェルシーもメイド服という、中々に奇怪な衣服を身に着けているが、女性も負けていないほどおかしい。

 

まず、目を引くのが頭につけられた機械式のウサ耳である。

時折ピクピクと動いており、どうなっているのかが気になるところである。

 

目は垂れて優しげな印象を与えるが、彼女の性格は真逆のためまったく参考にならない。

昔は深い隈を目の下に作っていた彼女だが、院長と出会ってからはきれいさっぱりなくなった。

 

それゆえ、彼女本来の癒しを与えるような美貌を前面に押し出していた。

紫がかった髪は長く、腰ほどまで伸ばされている。

 

少しぼさつきが見られるが、これでも普段よりは全然マシになっている。

院長に会うからと、慣れない手つきで一生懸命髪の毛をとかしたのであった。

 

また、前の方に垂らしてある二房の髪を、三つ編みにしているのも彼女なりのおしゃれであった。

衣装は彼女曰く、『不思議の国のアリス』をイメージしたものであり、エプロン付きのワンピースのようなものである。

 

しかし、その豊満な胸を無理やり押し込むことは苦しいのか、胸元を開けて魅惑的な谷間を見せている。

日本人からすれば、コスプレを嗜む女性の一人だと思われるかもしれない。

 

だが、彼女の顔を見てそう言う人間はいないだろう。

何故なら、現代において最も世界に影響を与えた人物であり、世界中の国々から指名手配されている大天災なのだから。

 

「うんうん、いんちょーが元気でなによりだよ。束さんも嬉しいゾっ!」

 

院長が苦笑しながら元気だと返すと、彼女―――篠ノ之 束はバチコーン☆とウインクする。

そもそも束は彼が異常なく日常を送れていることを知っていた。

 

もし、彼に不利益なことが起きるとすれば、孤児院メンバーが黙っていないだろう。

それに、こっそりと仕込んでいる隠しカメラで無事なことは知っていた。

 

ちなみに、百機以上仕込んでいたそれは、異常な気配察知能力を持つクロやエム、シャルロットやチェルシーによってほとんど除去されていた。

それでも束が本気になって仕掛けた数機だけは、まだ見つかっていなかった。

 

しかし、お風呂場に仕込んだカメラが真っ先に撤去されたのは痛かった。

まあ、風呂に乱入するクロやシャルロットを見ては歯ぎしりを立てていたので、早めに取り除かれたことは良かったかもしれない。

下手したら戦争ものである。

 

「お、ありがとー。気が利くね!お礼にぎゅーってしてあげようかっ!」

 

院長が部屋に置いてある湯呑に、熱いお茶を入れてくれた。

お礼というか、自分がしてほしいことを言って、またまたバチコーン☆とウインクする束。

院長はまたまた苦笑しながら、お茶を啜る。

 

「(本当にしてくれても、全然おっけーなんだけどねー)」

 

束はそう考えながら、同じくお茶を啜る。

ウェルカムな姿勢の束だが、実際にされたら破天荒な性格と真逆な乙女の反応をしてしまうだろうから、ほんの少しほっとしていた。

 

口に含むお茶は、あの万能メイドに比べるまでもない味である。

しかし、束は断然こちらの方が好きだった。

自分のために、あの院長が動いてくれたということが、何よりも嬉しかった。

 

「これ?ジンクスだよ!」

 

院長はやたらとウインクを連発する束に、どうかしたのかと質問する。

束はバチコーン☆とウインクをしながら、彼に答える。

 

彼女が実践しているのは、いじらしいことに恋のジンクスであった。

適当にネットサーフィンをしているときに見つけたもので、信ぴょう性なんてあったものじゃない。

彼女も実際に願いが実現するかどうかより、面白さを求めてしているのだ。

 

「むむむー、確かに……」

 

院長は、束がウインクに慣れていないことを指摘する。

確かに、彼女のそれは男をドキリとさせるというよりも、何かを撃ちぬかんとしているようにすら思えるほど、強いウインクである。

 

ウインクするたびに星が飛び出し、院長に次々と命中している光景が幻視できた。

束は自分なりにそれを分析する。

 

彼女は非常に明るい性格をしており、可愛らしさが前面に出てしまっている。

なら、妖艶な大人の女性をイメージして、それをしてみたらどうだろうか。

ちなみに、こんなに明るく接するのは院長やブリュンヒルデなど、彼女が識別できる人物に限られている。

 

「じゃあ、こんな感じでどうかなぁ」

 

愉しげに下げられていた瞳を、スッと細くする。

羞恥心からか、今自分がしていることへの興奮からか、ほんのりと頬を赤く染める。

 

小さく舌をペロリと出して、真っ赤なそれを見せつける。

服に指を引っかけて下にずらし、母性と魔性に溢れた深い谷間を見せつける。

 

長いロングスカートを持ち上げ、肉付きの良い脚をさらす。

先ほどまでの元気なウサギから一転し、発情した淫乱ウサギに早変わり。

そんな彼女を見て、院長は近づいてくる。

 

「(えっ、えっ……?もしかして、いんちょーに束さんの魅力が伝わっちゃった?そ、それはそれで困るけど、嬉しいような……!ごめんね、孤児院の有象無象さん!私、いんちょーをいただいちゃいますっ)」

 

予想していた以上の反応に、束自身が大変驚く。

しかし、もとよりそれは望むところ。

 

汗を垂らしてお目目グルグルさせながらも、逃げることはしない。

そして、院長の手が伸ばされたことを確認して、キュッと目を瞑って期待して……。

 

「あぁ~……」

 

頭を優しく撫でられ、蕩けた声を出す束。

機械式のウサ耳に当たらないよう、器用に手を動かす院長。

 

妖艶なものから緊張したものへ、そして終着点はナデナデされて蕩けた表情へと移り変わって行った。

かゆいところにちょうど手が届いたときのような、そんな快感を味わう束。

 

もう、今は全てがどうでもよくなっていた。

世界を手玉に取る史上最狂の天災科学者も、今は構ってもらえて大喜びする飼い犬のようになっていた。

 

「もっと束さんの頭を撫でていいんだよ?」

 

結局、何かに勘づいたクロが襲撃してくるまで、束は彼からのナデナデを享受したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広大な土地面積を持つ孤児院の、最奥の部分。

そこには勿論、絶対に守るべき対象である院長の私室がある。

 

しかし、それと同じか、それ以上に深い場所に、小さな部屋があった。

中にあるのは丸い形状をしたテーブルと、十の椅子。

 

ここは孤児院幹部メンバーが、重要な案件について話し合う場所であった。

とはいっても、十人全員が集まることはほとんどないと言っていい。

 

それぞれ目的のために外の世界に潜伏しているので、時間が空いていて興味のある者だけが集まって話をし合う。

そもそも、幹部同士でも仲はそれほど良くないので、集まったら集まったで衝突が起こってしまうのだが。

 

だが、今はその【ほとんどない時】であった。

十個ある椅子に、全て人が腰をかけていた。

 

孤児院幹部メンバーが、勢揃いだ。

彼女たちの本性を知る、武装勢力の人間や関係者らが見たら、卒倒ものの光景である。

 

「で、どういうことかしら、篠ノ之博士?」

「んー?」

 

豊かな金髪をカールさせた妙齢の美女、スコールが話を切り出す。

議題は、束が院長に告げた提案についてだった。

 

当然、ここにいる皆が理解していることだが、束はなんのことかわからないといった風を装う。

別に高度な心理戦があるわけでもなく、ただ単にスコールの質問に素直に返答することが嫌だっただけである。

 

「院長を外に連れ出すと言ったことだ。返答次第では、貴様を殺すぞ」

「うっわー、こわーい!ちーちゃんと同じ性格だー!」

「貴様……ッ!!」

 

スコールの後に続くのは、小柄で目つきが非常に鋭いエムだ。

束を見やるその瞳は、強烈な殺意と怒りが渦巻いていた。

 

見られただけで死んでしまいそうなほど苛烈な視線を、正面から受けても束は何とも思わない。

むしろ逆にあおってしまうほどだ。

 

「おちょくってねえで、答えろよ。ISに関しては、てめえの仕業だろうが」

「うんうん、君もいんちょーくんが大切なんだねー」

「ちっげぇぇぇっ!!」

 

茶髪でスーツを着たOL風の美女、オータムも口をはさむ。

しかし、束にからかわれてあっさり敗北。

 

顔を真っ赤にして怒る姿は、小動物のようで可愛らしい。

隣に座っていたエムが「うるさい」と怒鳴り、オータムと激しい口論になっているところをしり目に、会議は続いていく。

 

「僕も院長と一緒に過ごせるのは嬉しいけど、外に出しちゃうのはどうかと思うなぁ」

「とか言ってぇ。お母さんからいんちょーを引き離せて嬉しいんでしょ?」

「そ、そんなことないですよ!」

 

一房にまとめられた蜂蜜色の髪を揺らしながら、少し垂れ眼気味の瞳を細めるシャルロット。

束に痛いところを突かれて、あわあわと慌てる。

 

この場に母親はいないが、今頃何をしているのやら。

自分ならどうするかと考え、院長に会いに行くという結論を出したシャルロット。

やはり母娘の思考はにかよるものである。

 

「うぅ……またお仕事が増えちゃいました……。もっと防備を固めないと……」

「頑張れ、おっぱいおばけちゃん!」

「おぱっ……!カップならクロちゃんも同じですぅ!」

 

緑色の髪で、眼鏡をつけた真耶は憂鬱そうにため息を吐く。

ただでさえ、上司である教師から色々と任されがちなのに、これまでにないほどの重要な仕事が現れたのだ。

 

気が優しい彼女は、色々と頼られやすい。

まあ、院長と天秤すればなんであろうとも彼が優先されるのだが。

 

真耶は束のからかい言葉に、顔を真っ赤にして抗議する。

大きめの眼鏡が、少しずれてしまうほどの衝撃だった。

 

しかし、ここは孤児院とは思えないほど、皆栄養状態がいい。

集まっている幹部メンバーも、多くが魅力的で豊満なスタイルを持っている。

エムは小さく舌打ちした。

 

「院長は了承したらしいが、やはり納得はできんな」

「あれあれ~?君はいんちょーの決定に逆らうつもりかな~」

「……貴様、ふざけているのか?」

 

ドイツ軍の軍服を身に着け、鋭い視線を束に向けるのはクラリッサ・ハルフォーフ。

束の言葉に、絶対零度の目を向ける。

 

まるで見られているだけで凍ってしまいそうな、恐ろしい瞳である。

もし、これ以上からかうと本当に殺しにかかってくることは分かっていたので、束も自重する。

まあ、戦闘の結果どうなるかはわからないが。

 

「メイドちゃんはどう思っているのー?」

「ご主人様がお決めになられたことなのですから、異論はあるはずがありません。どこまでもお供します」

 

束に聞かれたメイド服を着たチェルシーは、顔色一つ変えることなく決意を語る。

この場にいる誰もが、チェルシーならそうすると思っているし、自分たちも付いていくつもりだ。

束は院長ではないのだが、何故か満足そうに頷く。

 

「うんうん、いいねー、かっこいいねー。ま、皆色々言いたことはあるだろうけど、もう時すでにおすしなんだから受け入れようぜっ☆それにあざといさんとおっぱいお化けもいるんだから、何か起こる心配もないしね」

「あざといって僕のことじゃないですよねっ!?」

「だからお化けって言うのはやめてくださいよ~!」

 

舌をペロリと出して、パチリとウインクする束。

院長に散々したおかげで、とても様になっている。

 

ヘンテコなあだ名をつけられた二人は、激しく抗議する。

だが、この場にいる多くがそのあだ名に納得しているため、覆ることはなかった。

 

「…………」

 

束は、自分の思い通りに事が運び過ぎていることに疑問を覚えていた。

ここにいる全員が自分よりも院長を優先するような壊れた女たちだが、その中でもぶっちぎっている二人が、未だ静観している。

そのことに、うっすらと寒気を覚える束であった。

 

「君たちは何とも思わないのかなー?」

「……?いんちょーが行くところは、付いていく」

「……あれ?もしかして束さんにどうにかしろと?」

 

キョトンと首を傾げて、『当たり前だろうが糞ウサギ』と言葉にせずに伝える黒髪紅眼の褐色美少女、クロ。

世界でも最高峰の防備を誇るIS学園に、入学試験を受けていない人間を無理やり突っ込むことになった束。

彼女にできないことではないが、面倒なことになったなと頭を抱える。

 

「当然、私のこともお願いね、糞ウサギ」

 

白髪紅眼のシロに至っては、最早隠すことなく罵倒する。

束の額に青筋が浮かぶが、なんとか我慢する。

 

ここで暴れて院長に心配をかけるわけにはいかないからだ。

普段、仲の悪い彼女たちが口げんかだけですんでいるのは、院長が近くにいるためである。

 

「……言い方は気に食わないけど、まあ院長を動かすんだからしてやるよ。ありがたく思ってほしいものだね」

「ふん、院長を動かさなかったら罵倒なんてしなかったわよ」

 

苛立たしげに睨み合う二人。

この二人、オータムとエムの間柄なみに仲が悪い。

もし、院長という存在がなければ、間違いなく殺し合う間柄である。

 

「(ふぅ、でも私の目的は達成されたし、一安心ってところだね)」

 

院長を外に連れ出す。

それが束の目的である。

 

自分たちは、彼が存在してくれているだけでいいのだが、彼はそうではない。

ずっと引きこもっているのは、やはり院長のためにならないだろう。

……それに何より。

 

「(院長を連れ出すと、面白いことが起きるに決まっているからね~♪それに、あの計画も実行されるかもしれないし……楽しみだなぁ)」

 

束は歪に嗤う。

瞳は空虚で、口は裂けたように大きく弧を描く。

 

心が壊れた天才科学者は、未来起こるであろうことを思い、頬を紅潮させるのであった。

孤児院に所属する子供たちに、院長がIS学園に行くことが報告されたのは明日のことだった。

 

 

 





束「院長はもっと外の世界を知った方が、あの人のためになる」
院長「余計なお世話じゃボケェっ!あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
親の心子知らず(変則版)

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