ダイヤモンドメイカー、ラフ、ラフ、ラフィン。   作:囲村すき

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どうも、囲村です。久々更新です。お待たせいたしました。そろそろネタ切れです。
 
男の思い出の話です。


ツイソウ

 人生ってこんな感じ。

 

 朝起きて仕事に行って帰って夜寝る。朝起きて仕事に行って帰って夜寝る。

 

 奇跡的に仕事がない日は寝て寝て寝て寝て寝る。寝て寝て寝て寝て寝る。

 

 休みが欲しい、もっと寝たいわけじゃないけど。でも、まあ、うん。

 

 俺が想像する大人ってこんなだったか。ユメとかキボーとかどっか落としてきて。

 

 努力してる、そうだろ、確かにそうだ。俺頑張ってる。

 

 厭きるほど繰り返し繰り返し腐り腐りまた今日が昨日の明日で今だ。

 

 

 

 慰めはいらないけど、俺は虹を見てたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 名前を呼ばれた俺は立ち上がり、名前を呼んだ看護師の方へ歩いて行く。ふわふわとした、陽だまりのような雰囲気のその看護師は、俺の顔を認めにっこり笑う。俺も笑い返す。笑うのは得意、そう、高いとこによじ登って高笑いするあの子の真似をしてるだけ。

 

「きょうはどうされましたか」

 

 通された部屋にでんと座るのは恰幅の良い赤ら顔の老人だ。真っ白なひげ。白衣を脱いで赤い服を着て白い袋を担げばサンタクロースだ。

 

「ええ、なんだか少し胸の方に痛みが」

 

「むねのほう、とはどういうことですか」

 

「心臓の反対側のあたりです」

 

「そうですか。今もいたいですか?」

 

「いたいのはないですね、もう」

 

「それはよかった」

 

「僕からも質問してもいいですか」

 

「わたしは医者ですよ」

 

「そんな」

 

「副業はしていますが」

 

「やっぱり」

 

 うなずく。看護師が壁の方でにこにこ笑っている。サンタクロースはカルテらしき紙に何やら書き留めると、その看護師に渡した。看護師はそれを持って奥の方に消えていく。

 

「あなたはお仕事は何を?」

 

「サラリーマンですよ。有給がたまり過ぎて溢れていたので今日は休んでみました」

 

「パソコンをかなり使うでしょう」

 

「パソコンしか使いません」

 

「パソコンをよく使う人間の目は死んだ魚のようです」

 

「あなたは使わないんですか」

 

「使いません。パソコンなんて人に害しか与えない。パソコンが滅べばもう少しこの世も明るくなりますよ。世の中なんて月明かりで充分です」

 

「僕の仕事はそのパソコンで成り立っているのですが」

 

「じゃ、あなたも滅べばいい」

 

「なんてこと言うんですか。僕は病人ですよ」

 

「病人の自覚はあったんですね」

 

「さよなら」

 

 ちょっと苛立って同時に席を立って、部屋から出た。待合室に戻ると、看護師が待っていた。

 

「保険証をお返ししますね。料金は1000円です」

 

「1000円は良いんですが、薬はもらえないんですか」

 

「馬鹿につける薬はありませんよ」

 

「俺、そんなこと初めて言われましたよ」

 

「ごめんね。少し言ってみたかったんだ」

 

 看護師はナース服のまま外に出て行こうとする。出口で立ち止まって、俺を手招きした。

 

「ちょっと薬が今ないから、外に探しに行こうね」

 

「嘘でしょう」

 

 目をむく俺に笑いかけ、看護師は俺の手を取った。

 

「久しぶりだね、葉山君」

 

「…お久しぶりです、城廻先輩」

 

 

 

 

 

 

 

 城廻先輩と二人で病院を出て、連れ立って歩く。真っ白い先輩はなんだか実体が掴めなさそうで困る。本当に先輩はそこにいるのか不安に駆られる。

 

「偶然だね、嬉しいなあ。元気にしてた?」

 

「元気にしてたらここへは来ませんよ」

 

「葉山君、そんなキャラだったっけ」

 

 めぐり先輩はにこにこと楽しそうに笑う。

 

「それに偶然じゃないんですよ」

 

「え?」

 

「先輩がここにいらっしゃるって聞いたので、来たんです」

 

「えー、そうだったんだ。嬉しいな」

 

「ナース服とても似合ってますよ」

 

「葉山君、照れるよ~」

 

 ふんわりとしたわたあめが浮いてふわふわと揺れる。ぽかぽかと心が温められる。そんな感じ。懐かしい。城廻さんは何年経っても変わらない。

 

「どこに行くんですか」

 

「ここだよー」

 

 俺たちは土手に来ていた。草むらの緑が生い茂っている。遠くに見える川の流れが太陽の光を反射していて綺麗だ。

 

「あ」

 

 俺が見つけたのは、草むらの中の白い花だった。花――――だと、思う。こんなところに咲いているけれど。背が高い。雑草なんかじゃないだろう。だってこんなに、

 

「見つけたの?」

 

 軽やかな声がする。振り向くことなくうなずいて、俺は手を伸ばした。

 

 それからすぐに引っ込める。

 

「どうしたの?とらないの?」

 

「めぐりさん、俺が取っていいんでしょうか」

 

「引っこ抜いたら枯れちゃうよ、きっと」

 

「ですよね」

 

 不意にクラクションを鳴らされ、俺と城廻先輩はびっくりして肩をすくめる。向こうから大きくて真っ赤なレッカー車がゆっくりと獰猛にやってくるのが見えた。

 

 レッカーに引きずられているのは青色のバイクだ。ネイキッドかもしれないしレーサーかもしれない。よく分からない。なにしろぺちゃんこに潰れているからだ。昔ヒゲの配管工が紙みたいにペラペラになって冒険するゲームがあったなと思いだした。

 

 直すのにいくらかかるんだろうな、と思う。

 

「お前の値段はいくらなんだよ」

 

 レッカー車が吐き捨てるように言った。

 

「人の事、気にしている場合かよ、バァカ」

 

 レッカー車を直視できなくて俺は目をそらす。胸が苦しくなって、白い花の居所が気になり慌てて探す。良かった、ちゃんとそこにある。手を伸ばせば多分届くだろう。簡単に折れそうにないほどまっすぐ伸びている。

 

 俺の助けはいらないのかも。

 

「大丈夫?」

 

 めぐり先輩が隣に来て、俺の顔を不安げに覗き込む。

 

「俺はいつでも大丈夫ですよ、城廻先輩」

 

「はるさんといっしょだね」

 

「ええ、陽乃さんといっしょです」

 

 意地悪な視線を送ったつもりだったけれど、城廻めぐりは柔らかく微笑んだままだ。薄桃色のナース服が似合っている。この白い人をどうしたら傷つけることができるだろうと一瞬考えて、死にたくなる。

 

 白い花は本当にまだそこにあるか?

 

 めぐりさんは俺の手を取って、白い花に向けた。

 

「あれだよ、葉山君。きみにつける薬だよ。一つ、取っていくと良いよ」

 

「だめですよ、城廻さん。引き抜いたら枯れてしまう。俺はあれを抜いてはいけない」

 

「じゃあ、あれでもいいじゃない。その隣の、似てるけど違う花。ヒメジョオンっていう名前だったかな。あれでも代用できるよ。効用は少し落ちるけどね、概ね、良いよ」

 

「俺にはそんなことはできない」

 

「そうかな」

 

「あなたにはあの花の違いが分かるんですか」

 

「きみこそ分かったつもりなんじゃないのかな?」

 

 言うなり、土手に入って行こうとするめぐり先輩。今度は逆に俺が彼女の白い手を掴んだ。微笑みを顔に浮かべたまま、先輩は振り向いた。

 

「なにするつもりだよ、陽乃」

 

「もう遅いよ、はーやと。嘘ついて遠ざけたのはきみだよ。今更なに?」

 

「悪いのは俺かよ」

 

 ぞっとする。

 

 悪いのは俺。俺が悪い。俺が間違っている。間違っているのは他でもなく俺。俺の価値は、俺を修理する費用は、何かにすがっているだけだろう?俺は。でも、とりあえず俺は、それでもしぶとく生きるしかない。金を稼いで生活していくしかない。それしか方法がない。

 

 それしか方法がない。選べるお前とは違うんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局本当に人を好きになったことがないんだろうな」

 

「…好き、なの」

 

「本物なんて、あるのかな」

 

「いつか私を助けてね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クビにしてください」

 

 190cmの巨大な体をすぼめるようにして、出来ることならこのまま消えてしまいたいと言わんばかりのか細い声を出し、石清水(いわしみず)は頭を垂れた。

 

「もう自分が嫌になりました」

 

 新入社員の石清水。面接をしたのは俺だった。学生時代ラグビーをしていたという、スーツの上からでも分かる立派な体格に似合わず、優しい心の持ち主だ。有体に言えば巨大な自身と小さな自信。面白いかも、と思って採用したのだった。

 

 しかしその自信が育たない。

 

「お前のミスが多いのは今に始まったことじゃないだろ」

 

バカだな、と俺は寛大に笑う。どうせ人間はいつか死ぬのに、とか、まあそんなこと言ってる場合ではないか。

 

「でも、僕はもう本当に駄目で」

 

「それじゃ責任を取ったことにならない。これから倍働いて失敗を取り返すことでしか失敗は取り返せないぞ…って俺は何言ってるんだろうな。はは」

 

 石清水が小さく、どんよりとした目で俺を恐る恐る見た。隈がひどい。多分俺の顔も同じようにひどいのかも。何しろ俺も石清水も寝不足だ。

 

「気にするなとは言わないけど、お前がいなくなったら余計俺たちが困るんだよ。迷惑かけたと思うんだったらこれからもっと頑張ってくれ」

 

 石清水の大きな肩をトントンと叩いて、俺は一見良いことを言う。一見良いことに聞こえるがその実あんまり中身のない漠然と抽象的で綺麗な上辺の言葉。要するに大したことは言っていないのだ。要するに大したことは。

 

石清水は小さくうなずくと、のそり、と自分のデスクに帰っていく。

 

 まあ、いいか。誰にも聴こえないように溜息をついた。それからこちらを伺っていた一人の社員に目くばせする。中途採用のその若い社員はデスクの書類の山を崩さないよう慎重に立ち上がり、こちらにやってくる。

 

「あの、さ。石清水君の事」

 

「あ、はい、分かってます」

 

「いつも悪いな」

 

「いやいや、全然っス」

 

「その眼鏡お洒落だな」

 

「あはは、あざっす」

 

石清水のミスは全員でカバーしてやらねばならない。その後の対応で会社全体の仕事が大幅に遅れに遅れ、俺や石清水といった一部の社員はこうして居残り補習授業が何とやら………

 

「…」

 

「起きて」

 

 突然頭に外部からの衝撃が走り、俺はがばっと上体を起こした。周囲をきょろきょろすると、川崎が右手を握ったり開いたりしながら冷たい目で俺を睨んでいた。衝撃の元はきみか。

 

「あ、寝てたのか、俺は」

 

「寝てた」

 

 川崎と一緒に働いて知りえたことだけど、寝不足だと彼女は常時冷たい目の温度がさらに下がり鋭く鋭敏に尖り始める。素直に怖かった。

 

 ぐう、俺の腹の音が鳴る。すがるように川崎を見ると、彼女は目線だけでテーブルの上の弁当屋のビニール袋を示した。おおっ、と俺は立ち上がる。

 

「さすが川崎だ」

 

「のり弁とから揚げ」

 

「から揚げ貰って良いかな?」

 

「お好きに」

 

 個人デスクとは別の大きな白いテーブルに向かい合って座って、いただきますと手を合わせる。弁当の蓋を開けるとほかほかと湯気が立ち上る。早速から揚げを一つ頬張った。温かくて美味い。

 

「わるいな、川崎。付き合わせて」

 

「今に始まったことじゃないでしょ」

 

 アイもアイも相も変わらず川崎はそっけない。最近少しだけ柔らかくなったような気もするけれど、社員たちにはその鋭利な美貌とつっけんどんな立ち振る舞いから恐れられる存在となっている。社長の右腕、ならぬ()()()()()()までささやかれているらしいのには閉口。

 

 まあ、俺に対しての態度が一番厳しいのかもしれないけれど…流石に嫌われているなんてことはないと思うけれど…

 

しばらく二人で黙って弁当を食べ続けた。オフィスとは聞こえの良い小さな本拠地を見渡す。つける電気は少なめにしている。窓の外は真っ暗闇だ。あそこを一人出歩くには勇気が足らなさすぎる。ごちゃごちゃした社員たちのデスク。それから長い睫毛を伏せ、ゆっくりとおかずを口に運ぶ川崎。

 

「なんか今、胸が痛い」

 

「はあ?」

 

「いや、なんかここら辺が」

 

 自分で触ってみる。分からない。多分胸だと思う。ひょっとしたら頭かもしれないし、どこか別の臓器の可能性だってある。けれど、なんとなく、痛みの発信源が胸だと思うから胸なのだろう。

 

 川崎が箸を止めて、じっと眼差しを投げかける。

 

「……病院行ってこれば」

 

「いや、ううん、べつにそれほどの」

 

「有給取って」

 

「いや、でも」

 

「良い病院教えてあげるから」

 

「いや、だから」

 

「行きなさい」

 

「うん、行ってくる」

 

 

 

 痛みと言うのは知らせだと思う。

 

 誰かが何かを叫んでいるような。

 

 例えばあの人たちみたいに。

 

 

 

「…最近、色々な事を思い出すんだ」

 

「へえ、どんな」

 

 俺の唐突な呟きにも、彼女は一応、それはそれは淡泊ではあるけれど、反応は返してくれる。たまに無視する。

 

「子供の頃は凄く楽しかったな、とか」

 

「ふうん」

 

「寂しさの方がきっと多いけどさ」

 

「そう」

 

「人間の脳って都合よくてさ、そういうの、忘れるんだよな」

 

「…」

 

「でも良いんだ、それでも。というか、人生の意味なんてなんだっていい」

 

「…」

 

「別に分かったようなふりして悟ってるわけじゃないよ」

 

「…」

 

「でも、なんというか、「まあ、いいか」って感じ」

 

「…そっか」

 

 考えても仕方のないことをずっと考えている。人間ってなんだ、人生ってなんだ、生きてる意味ってなんだ。働いてなんになる。そうやって繰り返して繰り返すだけなのに。

 

 終わるまで続けるだけだ。考える余地はない。

 

 ただ、花の色と、場所さえちゃんと分かっていれば、それでいい。

 

 花の色は何色か?花はどこに咲くか?

 

 花は生きているか?花は僕を見ているか?

 

 川崎は少し上目遣いになって俺を見たけれど、何も言わずにお茶のペットボトルを手に取った。こくり、こくり、と彼女の白い喉が動く。しばらく見とれていたけれど、

 

「いや、何か言ってくれよ。恥ずかしいじゃないか」

 

 そう言ったのに、川崎は口を開かない。

 

 本当に優しい目で俺をもう一度見つめ、視線をすぐに逸らす。また、目を合わせる。

 

 そして小さく口元で笑った。

 

 川崎は何も言わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 植物図鑑を買って帰ろうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 結構好き勝手やりました。上手く伝えられなくてすみません。

「モーターサイクル」と「ハルジオン」です。

 二つともかなり好きです。とくにハルジオンの曲の入り方。口ずさみます。藤原さんの歌詞はホント、もう、ボカァ大好きだァ。

 butterflyは妹が買ったらしいので、囲村は買わず今度借りようと思います。貧乏学生ですので。

 ご意見ご感想、お待ちしております。 

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