咲-Saki- とりあえずタバコが吸いたい先輩   作:隠戸海斗

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熊倉さんマジ策士(宮守女子編1話以来二度目

お気に入り数、ジャンル:咲のトップになりました、ありがとうございます。
いつの間にやら、今はもう落ちてますが(



07姉帯豊音その2 誘拐とサイン

その日、彼女は喫茶店にいた。

()()()()で人と会う時にはよく利用している喫茶店、そのお気に入りの紅茶を優雅に楽しみながら彼女は人を待っていた。

間もなく喫茶店のドアが開き、取り付けられているベルがカランコローンと音を立てる。

入ってきたのは彼女の待ち合わせの人物、軽く手を振るとあちらも気づいたようで頭を下げて歩み寄ってきた。

 

「ずいぶん早くいらしたのですね、お待たせしてしまいましたか?」

「いいえ、ここで人と会う時は早めに来てのんびり紅茶を楽しむことにしているのよ。

 だからお気になさらずに」

 

お互いに頭を下げ合いながら、遅れてきた人物は彼女の向かいに座った。

待っていた彼女はいつもの通りのんびりとした様子だったが、相手は少し緊張気味な様子。

やってきたウェイトレスにコーヒーをオススメされたが、香りを楽しむ紅茶の邪魔をしては悪いと同じく紅茶を頼む。

 

「あらあら、気を遣わなくても構いませんのに。

 意外と紳士なのですね、南浦プロ」

「呼び出したのはこちらですから当然の気遣いです、熊倉さん」

 

 

あまり見ない組み合わせだし、この場所で二人で会うのは初めてだがお互いに面識が無いわけでは無い。

注文した紅茶でのどを潤しながら、セットで付いてきたケーキを熊倉に差し出しつつ南浦は口を開いた。

 

「監督されている宮守女子も全国行きを決めたそうで。

 お忙しい中ご足労頂きありがとうございます」

「いいえ、お構いなく。

 私もこちらにちょっと用事がありましたから」

 

堅苦しい表情の南浦とのんびりした様子の熊倉、実に対称的だ。

軽く雑談を挟んだ後、南浦は本題に入る。

 

「熊倉さん、新木桂という人物をご存知でしょうか?」

 

その言葉に熊倉は珍しく驚いた表情で返事をした。

 

「私達の世代では知っている人は多いでしょう。

 あ、でもあの頃から麻雀をやっていたわけでは無い人にとってはそうでもないかもしれないわね。

 懐かしい名前だわ」

 

新木桂が亡くなってから実に30年程。

その後もしばらくは名前を聞いたが、知っているメンバーの間でも彼の名前が話題に上がらなくなって久しい。

熊倉が何やら遠い目になるのも仕方がないことだ。

 

「で、その新木桂がどうしました?」

 

やがてそう言葉を続けた熊倉に、南浦は真剣な表情で答えた。

 

「・・・・・・先日、藤田プロが主催した合宿が開かれましてね。

 私の孫の数絵も参加しまして、私も見学させてもらったのですが・・・・・・」

 

緊張を誤魔化すかのように紅茶に手を伸ばし、一息入れた後に続きを口にする。

 

「・・・・・・一人の青年の打ち方が、新木桂にそっくりだったのです」

「・・・・・・あらまぁ」

 

気の抜けたような返事。

だが言葉とは裏腹に熊倉は非常に興味を引かれていた。

新木桂と言えば先程の通り彼女達にとって有名な存在。

その打ち方に誰もが憧れ、しかし誰もが辿り着けなかったものだ。

それを、新木桂と交流の深かった南浦の口から「そっくり」と言わせるほどの打ち手とは。

 

「彼は「新木桂とは無関係だ」と言いましたが、どうもその言い方は嘘くさかった。

 あれは間違いなく新木桂を知識だけではなく知っていると思うのですが・・・・・・。

 どうにも誤魔化されてしまいましてね、それ以上の追及は出来ませんでした」

「・・・・・・なるほど、あなたがそう言うくらいなら相当に似ているのでしょうね」

 

ふーむ、と考え込む熊倉。

 

「熊倉さん、新木桂の打ち方を見たことは?」

「ありますよ。

 でも私があの人を知った時にはもうほとんど引退していたようなものだったからねぇ、本気とは遠かったと思うの。

 それでも十分に引かれる打ち筋だったけれど」

 

今でも思い出すあの打ち筋、と言わんばかりに思いを馳せる熊倉。

その様子に南浦は決意を秘めた口調で告げる。

 

「そこで熊倉さん、もしよければ彼の打ち方を直接見ては頂けませんか?」

「私が?」

 

南浦の言葉に熊倉は首を傾げる。

 

「宮守女子も全国行きを決めたことですし、彼と練習試合と言うのも悪くないと思いますが」

「それは・・・・・・新木桂に似た打ち方の人物と打てるとなれば、あの子たちにもいい刺激になるでしょうね。

 それに私も興味あるし・・・・・・」

 

ふむふむ、と考えを巡らせる熊倉。

助け舟の意味合いも込めて南浦はさらに言葉を続けた。

 

「私から声を掛けても、一度断られた手前彼も容易には乗ってこないでしょう。

 藤田プロを経由して手紙でも渡せばよろしいかと」

「藤田プロ?」

「何でも親戚らしいですよ」

 

へぇーそうなの、と頷く熊倉。

自分の教え子の為にもなりそうだし、何より面白そうだし。

乗らない手はない、と熊倉は二つ返事で承諾した。

 

「しかしそうなると、どういう文面で呼び出すかですね・・・・・・。

 表向きの用事も用意しないといけませんし・・・・・・」

 

渋い表情で考え込む南浦。

実はその辺りが思い浮かばずに相談できる相手という意味も込めて熊倉に連絡したのだ。

新木桂を知っていそうな人物は他にも何人か出てくるが、いい理由を付けて練習試合を行えそうな人物と言うと限られてくる。

その点熊倉は年の功・・・・・・いや、経験も豊かだしそう言う小知恵も沸いてくることだろう。

ちらりと熊倉の様子を見ると、何やら思いついた様子でくすくすと笑っていた。

そして唐突に聞いてくる。

 

「南浦プロから見て、その人は新木桂の関係者だと思う?」

「まず間違いなく・・・・・・」

「じゃあ、生まれ変わりだったりするかもしれないわね」

「生まれ変わりって・・・・・・確かにそれでも信じられるくらいでしたが。

 生憎とそういうものは信じていません」

 

やれやれと小さく首を横に振る南浦。

そんな南浦の様子を見て笑いながら熊倉は言葉を続ける。

 

「そう、生まれ変わりだって言っても信じられるくらいなのね。

 じゃあ、それで行きましょう」

 

え?と首を傾げる南浦。

なにやらいい小知恵は出てきたようだが何をするつもりなのか。

熊倉は笑うだけでそれ以上は告げなかった。

 

 

南浦との話し合いを終わらせ、用事を済ませた彼女は岩手に戻る前にただの招待状としか思えない手紙を書き綴る。

ただ一言だけ、それに付け加えた。

魂を揺さぶるような一言。

無関係者でもどういうつもりかと興味を持つだろうし、関係者ならそれこそ急ぎ足で来てくれることだろう。

これを読んだ瞬間の彼は一体どんな反応をするのだろうか。

それを直接見れないのは残念だが興味津々と言った様子で笑いながら、熊倉はその一文を書き加えた。

 

 

「新木桂様へ」と。

 

 

 

そんな招待を受けてやって来た彼は、今熊倉の前で麻雀を打っている。

その打ち筋に、熊倉は年甲斐もなく心躍らされた。

なるほど、南浦が興味を持ちこだわるのも分かる。

確かに新木桂を彷彿とさせるとんでもない打ち手だ。

 

(うちの白望、塞、豊音が三人掛かりでも押し負けるなんてね)

 

彼女の眼前、卓上で一人が手牌を晒していた。

 

 

 

南四局1本場 親・シロ ドラ{中}

 

{二三四七八九④⑤⑥⑥⑦西西} {(ツモ)}

 

「平和ツモ、700・400の1本付け」

 

にひっと笑い、手牌を晒すのはやはり秀介。

前局上がったのはシロ。

それに豊音の「大安」も加わってそれこそ6巡以内で上がれるような好配牌を受け取ったにもかかわらず、秀介の上がりはそれよりも早かった。

圧倒的速度。

代わりに点数は安いが、トップの彼としてはオーラス上がるのにこれ以上望む手はない。

そうして少し疲れた笑顔を浮かべながら、一同は挨拶を交わした。

 

「ありがとうございました」

「・・・・・・ありがとうございました」

「ありがとうございましたぁー」

「ありがとうございました」

 

 

秀介 40900

シロ 32900

豊音 16400

塞   9800

 

 

 

一番に席から立ち上がった秀介は、飲みかけのリンゴジュースを一気に飲み干す。

ゴミはゴミ箱ではなく自分のカバンに入れて帰りの道中に処分する様子。

残りの一同、塞は椅子にもたれかかって疲れを体現しているし、シロは変わらずダルそうな様子。

そんな中豊音はぐたーっと卓上に倒れこんでいた。

 

「勝てなかったよぉ・・・・・・志野崎さん強いですねー。

 こんなに強い人初めてだよー」

 

倒れこみながら顔だけ秀介の方に向ける。

秀介はフフッと笑って返した。

 

「まぁ、100年くらい打ってればな」

「・・・・・・どこから出てきたの、その数字・・・・・・」

 

ダルそうにしながらもそれに突っ込むシロ。

塞も「100年かー」と呟いている豊音を本当に信じていないかと心配に思いながら立ち上がる。

 

「・・・・・・っと」

 

ガタンと再び座り込んでしまった。

足に力が入らない?

 

(あれ? 思ったより疲れてる?)

 

結局この試合塞いだのは2局ほどだったはず。

にもかかわらずこの疲労。

やはりとんでもない打ち手だったのかと今更ながら実感する。

だからと言っていつまでも座っているわけにはいかない。

意識して足に力を入れて立ち上がる。

と同時に。

 

ぐぅー

 

音が鳴った。

 

「・・・・・・?」

「今の・・・・・・お腹の音?」

 

他のメンバーにも聞こえたらしくキョロキョロとお互い顔を見合わせる。

そんな中顔を合わせないのが一人。

ホワイトボードで顔を隠した何者かがいた。

 

「・・・・・・エイスリン、お腹すいたの?」

 

シロの問い掛けにちらっと視線を合わせながら小さく頷くエイスリン。

 

「お昼にしましょうか」

 

熊倉の一言で場は一気に和やかになった。

 

 

 

やってきたのは試合の前に宮守メンバーが話していた、以前みんなで食べに来たという冷麺のお店。

店はあまり大きくないし客足も少ないが味の方は果たしてどうか。

 

「おじさん、また食べに来たよー」

 

手を振る豊音に対し、「おー、また来たのかい」と店主らしき人が返事をする。

 

「冷麺7人前、お願いします」

「あいよ。

 豊音ちゃんはまたサービスで大盛りにしておくよ」

「わーい!」

 

席に着きながら交わされる会話を察するに、豊音は店主に気に入られているらしい。

見た目に反して子供っぽいし、その辺のギャップもあるのかもしれない。

そんな推測をしている秀介にも、店主から声が掛けられた。

 

「そっちの兄ちゃんも大盛りにするかい?

 料金はちゃんと貰うが」

 

何その男女差別。

いや、おっさん店主としてはある意味当然か。

それなら普通盛りでいいですよ、と返事をしようとして熊倉に止められた。

 

「あなたも大盛りにしてもらいなさいな、料金は私が出すから、皆の分もね。

 だから気にせずお食べ」

 

その言葉に「わーい」と喜ぶのが豊音とエイスリン。

「そんなの悪いですよ」と遠慮するのが塞と胡桃。

シロはどちらでもない。

秀介としては食べ慣れないものを大盛りで出されて口に合わなかったらという不安もあるので即答できない。

それにこの人物に奢られるというのはなんだか借りを作るようで嫌な気がする。

しかし冷麺はこの辺りの名物として有名だし、このメンバーの様子を見ると味が悪いということはあるまい。

熊倉の奢りと言うこともここまで来た手間賃と考えれば・・・・・・そう考えると逆に安いか。

 

(・・・・・・ま、いいか)

 

まだすぐに帰るというわけでは無いし、足りない手間賃分色々話を追及させてもらおうかと決めて、熊倉の申し出を受けることにした。

しばらくして店主が差し出してきたのは大盛り、すなわち豊音と秀介の分だ。

豊音は受け取るなり箸を取り出して「お先に、いただきまーす」と笑顔で麺をすすり始める。

 

「んふー・・・・・・おいしい」

 

おいしそうに食べる子だなぁと感心しながら秀介も冷麺に向き直る。

半透明のスープ、麺、チャーシュー、ネギ、キムチ、ゆで卵、薄切りのリンゴ。

この店は冷たさを持続させるためか、おそらくスープを凍らせた氷が浮かべてある。

 

「ちなみに、食べる順番の作法などは?」

 

ちらっと熊倉に問い掛ける。

「真面目なのねぇ」と言いたそうな表情で熊倉は返事をした。

 

「特には無いけど、スープは少し味が濃いから先に飲むのはオススメしないかしら」

「なるほど」

 

ならば麺から頂くか、と箸を手に取る。

店主はその後の麺の準備を進めながらもこちらをうかがっている様子。

がさつに食べる味が分からないガキだと思われるのは癪だが、こちらも味の感想に関して手を抜くつもりはない。

手に取った箸をくるっと持ち替え、両手を口の前でパンッと合わせる。

 

「いただきます」

 

口の前で十字を切る姿。

「何それ?」というツッコミも許さない迫力を纏ったまま秀介は麺を掬い上げ、ちゅるるるるっとすすった。

事情を知らない店主としても、この店を紹介した宮守メンバーとしても少しばかり不安が浮かぶ。

もし口に合わなかったらどうしようと思っていることだろう。

強烈なコシ、つるっとした舌触り、それでいて絡むスープ。

その味と独特な歯ごたえを楽しんだ後、飲み込む。

次の一口は先程の倍の量。

目を瞑り、少しばかり天井を仰ぐようにしながら味わう。

 

「・・・・・・うん・・・・・・美味い」

 

笑顔で告げたその一言に、宮守女子のメンバーにも笑顔が浮かんだ。

 

 

 

食事を終えて学校に戻ったら再び麻雀を打つ。

豊音はリベンジとばかりに卓から離れないので秀介と豊音は固定。

残りの席にまた胡桃やらエイスリンやらが座って試合をしたり、入れ替わりで塞とシロもまた打ったり、エイスリンがまたビクビクと怯えたり。

そうかと思えば、打ちっぱなしでは秀介も疲れるだろうからと見学に回していつものメンバーで打ったり、その状態で意見交換をしてみたり。

お菓子やお茶を口にしながら雑談をしたり。

 

不意に秀介が「ちょっとお手洗いに」と告げて席を立つ。

場所を熊倉に教えて貰って部室を出た。

この学校も女子高とは言え男性の教員もいるので男子トイレ自体はちゃんと存在する。

その分数が少ないので戻ってくるまでは少し時間が掛かるだろう。

 

「凄いなぁ、何であんな打ち方できるんだろー?」

 

豊音がお茶を飲みながらほわーっとくつろぐと、一同もつられてくつろぐ。

ふと出来た休憩時間に、宮守一同は卓に向かうことなくのんびりとしていた。

 

「明日も打てるのかな? 戻ってきたら予定聞いてみようよ」

「そうだね」

 

豊音の言葉に塞が頷く。

だがそこに熊倉が口を挟んだ。

 

「あら、言っていなかったかしら?

 彼は今日中には戻るのよ」

「えっ!?」

 

そんなこと言ってたっけ?と豊音が驚いて立ち上がる。

 

「でも、長野って遠いんじゃ・・・・・・」

「遠いは遠いけど、今朝だって来てくれたじゃない。

 あ、そうだ、戻ってきたら交通費渡しておかないとねぇ」

 

のんびりした口調の熊倉とは裏腹に宮守メンバーの空気が少し重くなる。

 

「・・・・・・帰っちゃうんだ・・・・・・」

 

シロがそう呟きながら、珍しく少し残念そうな表情を浮かべる。

 

「で、でもほら、あの・・・・・・どこかに泊まってもう一日くらい・・・・・・」

 

豊音が何とかそう言うが、熊倉が宥めるように言う。

 

「彼にも予定があるでしょうし。

 それに泊まるところが無いわ。

 宿代まで彼に負担させるのは忍びないし、私が立て替えるとしてもさすがに手持ちでは足りないわよ。

 まぁ、あんたたちの誰かが彼を泊めてあげるっていうなら別だけどねぇ」

 

その言葉に押し黙る一同。

さすがにうら若き女子高生が初対面の男を家に泊めるとかハードルが高すぎる。

気まずいことこの上ないし、家族に何と言われるか。

 

「あ、じゃあうち・・・」

「ちょ、待ったぁ!」

 

その辺りの事を全く考えていなかったであろう豊音が即答しようとしたのを、塞が必死に止める。

そしてその辺りの事情をあれやこれやと、豊音が顔を真っ赤にして理解するまで続けた。

熊倉はその様子を笑いながら見守っていたが、やがて席を立つ。

 

「じゃあ、私は彼が迷ってないか探してくるわ。

 ついでに交通費も渡してこないとね」

 

そして熊倉も部室を後にした。

残されたメンバーに暫し、しゅーんとした空気が流れていたがせめて戻ってきたら時間いっぱいまで楽しもうと盛り上がるのだった。

 

 

 

部室を出た熊倉は、近くの階段のところで秀介に出くわした。

どうやら迷っていなかった様子。

 

「ああ、どうも・・・・・・」

「迷ってはいなかったみたいね」

「説明が分かりやすかったもので」

 

秀介はそっけなく返事をして部室の方に歩き出す。

それを熊倉が止めた。

 

「はいこれ、交通費」

「・・・・・・どうも済みません」

「いえいえ、呼んだのはこちらだし当然だわ」

 

秀介が封筒をポケットに仕舞うのを見て、熊倉は言葉を続ける。

 

「今日帰る予定でいいのよね?」

「泊まる宿もありませんし。

 いや、楽しかったですし、可能なら明日もという気持ちもありますけどね」

「あの子達の誰かが「家に泊まってもいい」って言ったら泊まっていくかしら?」

「それはよろしくないでしょう。

 全国行きを決めた学校で、他校の生徒と不純異性交遊とか取り上げられたらそれどころじゃなくなりますから。

 お互いにそれは困るでしょう」

「ふふ、そうね」

 

熊倉はそう言って笑った。

実際のところはまだ熊倉の家に泊まるという選択肢もある。

年の差は親子ほどだからお互い親戚感覚で泊めることは可能なはずだ。

だが秀介からそう言い出すほど図々しくはないし、熊倉も都合が悪いのか言い出すことは無い。

ならば選択肢は無し、それでいいのだ。

じゃあこの話はここまで、と熊倉も秀介に続いて部室に戻ろうとしたのだが、どうしたものか秀介の足は止まっていた。

 

「あら、どうかしたのかしら?」

 

回り込んでひょっこり顔を覗くと、秀介は何やら思いつめたような表情をしていた。

散々思い悩み、考えに考えているような様子。

ふぅ、と小さく息をつき、やがて秀介は口を開いた。

 

「・・・・・・彼女・・・・・・」

「・・・・・・ん?」

 

熊倉が聞き返す。

秀介は一瞬引き下がりかけたが、また一息つくとそれを告げた。

 

 

「・・・・・・彼女、「()()()村」の出身なのでは?」

 

 

「・・・・・・!」

 

珍しく熊倉の表情が驚愕に染まった。

それこそもうすっ呆けることも不可能なほどの反応だ。

それを察し、今更出かけた「何の事かしら?」というセリフを飲み込んで熊倉は返事をする。

 

「・・・・・・どうして、分かったのかしら。

 いえ、そもそもどうして「あの村」の事を知っているのかしら?」

「あなたが俺について知っていることを洗いざらい・・・・・・いや、それでも教えられないな」

 

「だから悩んだんだ」と言いたげに秀介は頭を掻く。

 

「「あの村」、そしてあの苗字・・・・・・だとしたら彼女、一体()()()()ここにいられるんですか?」

「・・・・・・」

「二十歳になるまで? その一年前まで? 高校を卒業するまで?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

秀介の言葉に熊倉は沈黙を貫く。

そして秀介も問い掛けを止めると、両者の間に沈黙が流れた。

 

暫し静まり返ったまま、先に口を開いたのは秀介だった。

 

「・・・・・・この大会が終わったら、もう戻らないくらいでいい。

 ()()()にならないように。

 なんならうちで預かることもやぶさかではない。

 幸い全国大会の為に東京に出てくるとなれば、荷物は多めでも悟られはしない」

 

それに対し、熊倉は珍しく険しい表情で返事をした。

 

「・・・・・・あなたが何をどこまで知っていて、どうしてそこまでしてあの子を守ろうとするのか。

 理由を全て話して、信用出来たらその手も考えるわ」

「・・・・・・・・・・・・それは、出来ない。

 俺には他にも守るものがあるし、志野崎秀介には彼女を守る義理は無い」

 

視線を逸らしながらそう言う秀介に、熊倉は小さく首を横に振る。

 

「なら無理ね、そこまであなたが信用できない。

 控えめに、無理矢理取り繕って言うのならば、「あなたの手を煩わせるわけにはいかないわ」ということよ」

 

お互いに信用できないというならばその結論も致し方無し。

秀介が何をどこまで知っているのかは知らないし興味もあるが、だからと言って()()()に関して信用するわけにはいかない。

熊倉ははっきりと拒絶の言葉を口にした。

と同時にふと気づく。

「志野崎秀介には彼女を守る義理は無い」?

何故彼は今自分の名前を出したのか?

()()()()()()()()()

 

改めて見直した彼は、その口元を吊り上げて告げた。

 

「それでも()は彼女を守りたい。

 単なる我儘と言われようがやらなければ気が済まない。

 あなたが協力してくれないというのなら・・・・・・」

 

秀介は熊倉の横を通り部室に向かいながら言葉を続ける。

 

「あなたより先、大会が終わり次第・・・・・・・・・・・・彼女を攫う」

「・・・っ!」

 

同時に叩きつけられる殺気に近い気迫。

思わず震える熊倉。

だがその身体を抑え込み、言葉を返した。

 

「攫って、どうするつもり?

 それを聞いたら私()は真っ先にあなたを疑うわよ?」

 

睨むようにそう言う。

こちらの計画を崩そうというのなら、相手が誰であっても容赦しない。

目の前の高校生であっても、その背後に誰がいようとも。

それだけの思いを込めて。

だが秀介は不意に元の笑顔に戻った。

 

「それはそれで結構。

 俺が彼女を知ったのは今日が初めて、だからこの後どんな計画を立てても間に合わない、守り抜けない。

 あなたも彼女を守る計画を立てているんでしょう?

 ならその準備が整い次第そちらに任せる方が確実。

 だが今のあなたの態度から察するに、準備が出来てから彼女を保護したのでは()()()()

 

 俺が出来るのはあなた方の準備が整うまで預かることだ。

 

 幸い俺は彼女ともあの村とも接点が無い。

 大会直後に彼女が消えたとして、俺を疑える人物はあの村に一人もいない」

 

そう言って秀介はくるっとまた部室に向き直る。

 

「大会までに準備が整ったならそう言ってください。

 無理に彼女を攫うことはしませんよ。

 ああ、でももし彼女を攫わせてくれるんなら、彼女には事情も俺の正体も話していい。

 その後彼女から事情を聞けば、俺の事も分かるんじゃないですか?」

 

そう言うとまた秀介は歩き出してしまった。

これ以上の追及は熊倉にも出来ない。

だが一つ、何としても一つ、今聞いておかなければ。

 

「・・・・・・あの子ともあの村とも接点が無いと断言しておいて、それで何故あの村の事を知っているの?

 そして何故、あの子を助けようとするの?」

「それは教えません。

 俺が攫った後彼女から聞くか、もしくは推測してください。

 答えが分かった後じゃ考える楽しみはなくなりますよ」

 

熊倉の問い掛けにも応じる様子は見せない。

だからもう最終手段、熊倉は冗談半分だと思っていたその一言をぶつけた。

 

「・・・・・・あなたの前世ででも、あの子・・・・・・いえ、あの村と何かあったのかしら?」

 

秀介は振り返りながら部室のドアに手を掛ける。

その表情は笑顔、心の内を誰にも読ませることのないあからさまな笑顔だった。

 

その笑顔を最後に秀介は部室の中に姿を消す。

中から「おかえりなさい」「あれ? 熊倉先生と会いませんでしたか?」「ああ、そこにいるよ。すぐ入ってくるんじゃないかな」と会話が聞こえた。

熊倉もすぐに戻らなければ誰かが外に出てきてしまう。

そこから推測できる秀介の行動。

彼はもう帰るまで自分と二人だけになることはしない。

つまりもう「この件」に関して話すことはできないということだ。

 

(・・・・・・本当に新木桂の生まれ変わりかねぇ)

 

驚き、動揺、喜び、呆れ。

何とも例え難い複雑な思いを抱えたまま熊倉も部室に戻った。

あと出来ることと言ったらこれから秀介がどんな態度でどういう風に彼の計画を進めて行くのかを読み、それを阻止するくらいか。

 

(あなたが何者かは分からないけど、()は絶対にあの村からあの子を守るわよ)

 

決意は新たに、しかし表情は笑顔でその心の内を誰にも読ませないようにしながら、熊倉は宮守メンバーの輪の中に戻った。

 

 

 

それからまた麻雀を打ち、雑談をし、日が傾き始めたらもう秀介の帰る時間だ。

熊倉も含めた部員全員で彼を見送る為に駅まで共にする。

来る時は詳しい場所が分からなかったからタクシーで来たが、歩いてみれば何のことない、それほど遠くない距離だった。

 

「誰か駅まで迎えを寄越してくれれば歩いて来たのに」

 

秀介がそう言うと胡桃が「いやぁ」と首を振る。

 

「あんまりこの駅使う人いないからね。

 うちの学校の生徒か、この辺からどこかに出掛ける人だけだと思うよ。

 ましてや今日は休日だし」

「「志野崎秀介様 宮守女子はこちら」みたいな看板を持って立ってるにはあまりに目立つんですよ。

 多分よく知った近所の人20人くらいに笑いながら声掛けられると思うんです」

「・・・・・・なるほど、それはちょっときついな」

 

塞の言葉も加わって秀介は納得した。

まぁ、そのタクシーの費用も熊倉持ちなわけだし別に構わない。

そんな話をしていたらもう駅の改札は目の前、すなわちお別れの時間だ。

 

「では・・・・・・」

 

何歩か前に歩み出た後向きを変え、秀介は宮守一同と向き直った。

 

「本日はどうも、お世話になりました」

「こちらこそ」

 

秀介の言葉に熊倉が返事をしたのと同時、宮守メンバーは揃って頭を下げた。

 

「「「「「ありがとうございましたー!」」」」」

「ありがとうございました」

 

秀介も頭を下げる。

だがこれで終わりではない、秀介にはまだもう一つやっておきたいことがある。

はてさて、どうやって切り出そうかと考えながら頭を上げた。

率直に言うのが一番かと思っていると、顔を上げた秀介の目の前には豊音が。

そしてずっと気になっていた、その手に持っていたものを差し出してきた。

 

「あの、志野崎さん・・・・・・さ、サイン、貰えますか?」

 

それは見紛うこと無きサイン色紙であった。

 

「・・・・・・何故サイン?」

「えっと、趣味です」

「でも俺プロとかじゃないよ? 無名だよ?」

「それでもです!」

 

何やらワクワクした様子でペンと共に秀介に手渡す豊音。

チラッと他のメンバーに視線を向けてみるが、「ごめんなさい、お願いしますね」と言わんばかりの表情を返してくるのみ。

まぁ、いいかと秀介は色紙に向き直った。

 

「書いたこと無いから、普通に名前だけ書くよ」

「はい! あっ、姉帯豊音さんへ、って書いて貰えますか?」

 

やれやれと思いながら秀介はペンを走らせる。

思えばサインなんて前世でも書いたことは無かった。

今じゃよくあるみたいだし、自分もプロを目指すとしたら書くことになりそうだなぁと思いながら秀介はこっそり練習を決意した。

そうしてサラサラとサインを書きながら、ついでに秀介は口を開く。

 

「ついでによかったらなんだけど」

「あ、はい?」

「メルアド、交換しないかい?」

 

その一言に豊音の表情は驚きに染まり、しかしすぐにパァッと笑顔に変わった。

 

「はい! ぜひとも!」

「ダメよ、豊音」

 

それを引き留めたのは熊倉だった。

 

「え?」

 

思わず振り向く。

他の宮守メンバーも揃って、だ。

熊倉の表情は笑顔。

だがどこか、いつもと違う怖さを感じる。

 

「ど、どうしてですか?」

「彼とは直接じゃないけれど、彼の学校とはいつか戦うかもしれないのよ?

 その時に相手の事を知りすぎていたら、あなたの事だから無意識に手加減しちゃうこともあるんじゃないかしら」

「そ、そんなことしません」

「そうでなくても、顧問の先生の前で男女で連絡先を交換するなんて見逃すわけにはいかないわねぇ」

 

取り付く島もない。

豊音は「何で?何で?」とおろおろしていたが、やがてしょぼーんと落ち込む。

 

「・・・・・・ご、ごめんなさい」

 

そう言って頭を下げる豊音。

その向こうで「つ、ついでに私も・・・・・・」と携帯を取り出していた塞も一緒に落ち込む。

秀介は何でもないような笑顔で返した。

 

「いいさ、先生に見咎められたんなら仕方がない。

 サインだけ渡しておくよ」

「あ、はい、ありがとうございます」

 

サラサラと書き終えたサインを渡す秀介。

豊音は両手でしっかりとそれを受け取る、と同時に。

 

「・・・・・・?」

 

熊倉からは見えない豊音の左手に、何やら紙切れを握らせてきた。

サインと一緒にそれを受け取る豊音。

秀介はそれを確認すると上着の襟首を直すような仕草をしながら左手でさりげなく口元を隠し、豊音にだけ聞こえるような声で告げてきた。

 

「・・・・・・熊倉さんには内緒でな」

 

そう言われてすぐに予想がついた。

連絡先の話をしていて熊倉に止められ、その直後に渡される紙切れ。

中身はきっと秀介のメルアドに違いない。

 

「ありがとうございます!」

 

豊音は両手で胸の前にサインを抱えながら頭を下げる。

そして同時に熊倉に見えないように胸ポケットに紙切れを仕舞った。

それを確認し、秀介も笑顔を返す。

 

「ちょっと恥ずかしいから、他の人には見せないでくれよ」

「はい! 部室に飾ります!」

「いや、見せないでくれって」

「あ、じゃあ家に」

「あ、うん、それならいいか」

 

よしよしと頷き、改めて宮守女子全員に向き直る。

 

「じゃあ・・・・・・」

 

秀介は片手を上げながら笑顔を向けた。

 

「次は全国で」

「はいっ!」

 

宮守女子一同は再び揃って挨拶をした。

 

その後も彼の姿が改札から消え、彼が乗るはずの電車が見える位置まで移動して窓越しに彼の姿を確認すると、その電車が見えなくなるまで彼女達は見送った。

特に豊音はブンブンと手を振る。

その手に秀介のサインを握ったまま。

 

「・・・・・・見せないでくれって言ったのに・・・・・・」

 

やれやれ、と秀介は席に座った。

同じ車両には誰も乗っていないが、この電車自体には何人か乗っていることだろう。

見られてなきゃいいけどなーと思いながらポケットに手を突っ込む。

取り出されたその手には自身の携帯電話。

先程渡した紙切れは豊音の推測通り秀介のメールアドレス。

一先ず後は豊音とこっそり連絡を取り合うだけだ。

 

(・・・・・・熊倉さんの事は信じている、そうでなきゃ任せられない。

 この時代の地盤は熊倉さんの方が築けているだろう。

 それに今は時代が時代だし、おそらく()()()の俺ではどうしようもなかったことでもなんとかなるかもしれない。

 ただ最善は尽くす。

 一度身を隠されたら二度と見つけられないくらいの覚悟は必要だ)

 

窓にもたれかかり、流れゆく景色を見ながら秀介は思い出す。

 

(あの時は奪われた・・・・・・いや、俺が奪えなかったんだ・・・・・・。

 今度はちゃんと・・・・・・攫わないとなぁ・・・・・・)

 

 

「・・・・・・ネネ・・・・・・お前、まだ元気なのか・・・・・・?」

 

 

秀介の呟きは誰にも聞こえなかった。

 

 

 

「・・・・・・行っちゃったね」

 

シロの呟きに一同は頷く。

 

「強かったなー。

 次は全国か、頑張らないとね」

「モ、モチロン!」

 

胡桃の言葉に、無理矢理自分を奮い立たせるように気合を入れるエイスリン。

声は震えている。

塞は秀介とメルアドを交換できなかったことを少し残念に思いながら、ちらっと熊倉に視線を向ける。

 

「・・・・・・負けられないわね」

 

熊倉はそう呟いていた。

その表情はいくらかいつもの笑顔に近づいている。

だが気になって仕方がない。

 

(熊倉先生・・・・・・なんであんなにメルアドの交換止めたんだろう?)

 

別にそこから連絡を取り合うくらい普通だと思うのだが。

と言うかあそこまで交流するのは許して連絡先はダメって。

 

(・・・・・・いやァ、別に私が連絡先知りたいって言うよりは、もし豊音がアドレス交換するんならそのついでにーっていうくらいだし・・・・・・。

 別にそんな・・・・・・あんな、あんなこと言われ、いわ、言われて、別に、何とも思ってないしぃ・・・・・・)

 

思考が脇に逸れてきたことを察しながらもぶつぶつと何やら呟くのを止めない塞であった。

 

そして豊音。

まだ熊倉が目の前にいるから大っぴらに取り出してはいないが、その胸ポケットにはサインをもらった秀介のアドレスが入っているのだ。

んふふふーと笑いながら豊音は思考を巡らせる。

 

(最初の挨拶は何にしようかなー?

 「今日は楽しかったです」とか?

 「またお会いしたいです」とか?

 な、何かデートの後の会話っぽいよぉー!

 で、ででで、でーとって! でーとって!!)

 

きゃー!と一人騒ぐ豊音を見ながら、シロは「・・・・・・サイン貰えたの、そんなに嬉しかったのかな・・・・・・?」などと呟いていた。

すぐに豊音は我に返る。

嬉しさのあまり手に持つ色紙をぐしゃっと潰しては元も子もない。

アドレスの方に意識が行ってあまり見ていなかったが、せっかくだから秀介のサインをじっくり見てみようとそちらに視線を落とす。

 

(「志野崎秀介 姉帯豊音さんへ」・・・・・・・・・・・・えっ!?)

 

ピタッと足を止める。

 

「・・・・・・? トヨネ?」

 

エイスリンが声を掛けると、他のメンバーもそれに気付いたようで振り返る。

 

「トヨネ? どうしたの?」

「・・・・・・・・・・・・ど、どうして・・・・・・?」

 

塞の声も聞こえていない様子で豊音は声を漏らす。

その姿を見て何と声を掛けたものか、シロは少しばかり()()()後に声を掛けた。

 

「・・・・・・サイン、そんなに嬉しかったの?」

「・・・・・・えっ、あ・・・・・・そ、そうそう!」

 

慌てながら頷く豊音にシロは追加で声を掛ける。

 

「・・・・・・ひたるのは家に帰ってからにしなよ」

「そ、そうだね、ごめんごめん!」

 

えへへと笑いながら豊音は再び一同と揃って歩き出した。

 

だがその視線に映ったものは忘れられない。

 

(ど、どうして志野崎さん・・・・・・)

 

 

色紙の名前。

 

中央に縦書きした「志野崎秀介」。

 

その左に小さめに書かれた「姉帯豊音さんへ」。

 

 

そしてさらにその左下に小さめに書かれた名前。

 

 

 

「& 姉帯音々」

 

 

 

(姉帯(あねたい)音々(おとね)・・・・・・・・・・・・なんで志野崎さんが・・・・・・

 

 お祖母ちゃんの名前を知ってるの・・・・・・?)

 

 

 

秀介に送る最初のメッセージはまだ決まらない。

 

だが、そのすぐ後に聞くべき質問は決まった。

 

 




あのシーン書き上げた次の日に冷麺食べに行きました(
いや、現地までは行ってないですけど。

()()って熊倉さんの事じゃないよー。
なお感想ですでに見破られているのでドヤれない、ぐぬぬ(

大沼プロとかにも知られて、その辺の人たちとひたすら仲良くなるorライバル関係になる、そんな未来もあるかもしれませんね。

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