咲-Saki- とりあえずタバコが吸いたい先輩 作:隠戸海斗
血を吐くなどの代償が無くなった代わりに、入れ替えできる牌数に半荘毎に制限が掛かるようになった。
限度に達すると入れ替えは不可能になる。
試合毎に限度が変わり、明確な数字は限度に達してみないと分からない。
つまり牌入れ替えが出来なくなって初めて限度に達したことが分かる。
なので秀介は入れ替えた数をカウントしていておおよその最低限ラインに達する前に止めるようにしている。
なお同時に入れ替える牌を増やしたり、他の人の領域に踏み込むと消費枚数が増える。
咲さんの嶺上開花、トヨネさんの先負けなどは(一般市民にとって)発動条件が厳しい分、それを可能にする彼女達の支配力が強い。
人の領域と知らずに牌入れ替えをし続けると、東二~三局程度で入れ替え不能になる可能性がある。
まずは観察から入りましょう。
東一局0本場 親・豊音 ドラ{北}
豊音 25000
配牌
{一三七④⑤36889東南西} {
豊音は、ふふふんと楽しそうに鼻歌を歌いながらまずは{西}を捨てた。
塞 25000
配牌
{六九①
(ドラ表示牌が{西}・・・・・・トヨネも切ってるしこれにしよう)
塞も豊音に続いて{西}を切る。
ついでに{西}は秀介の風牌でもあるので、多少は妨害になればいいなという思惑もあってのことだ。
そしてその秀介。
秀介 25000
配牌
{二六八九⑤⑧⑧3
第一ツモの赤ドラは好ましい。
後は{中}が鳴ければ手はあっという間に進むのだが。
(・・・・・・しかしまた{中}か)
言い出しっぺとは言えここまで続くとは。
少し自分の引きに呆れながらも秀介は{九}に手を掛ける。
山を見渡すと{中}は嶺上牌二つ目、そして豊音の山に一つ。
配牌の取り出しがシロの山からだったのでまだ先だ。
出来れば七対子を目指したいが今後のツモが上手くいかない。
結果{中}を頭にして普通に手を進めていくしかなさそうだ。
シロ 25000
配牌
{
続くシロは特に悩む様子もなく、少しため息をついて{⑨}を切り出した。
2巡目。
豊音手牌
{一三七④⑤36889
豊音は{南}を切り出す。
塞手牌
{六九①④⑦⑧⑨
続く塞、今切られた{南}は南家の塞にとって役牌なので鳴いてもよかったのだが、あえて鳴かずに牌をツモった。
(さっきは私達三人掛かりでも勝てなかった・・・・・・。
でも今回はトヨネにシロもいる。
全く上がらないってわけにはいかないけど、出来るだけ二人に任せて私はその援護に回ろう)
しばらくは豊音とシロに任せる様子、一先ず{①}を捨てる。
秀介手牌
{二六八⑤⑧⑧35
(・・・・・・鳴かないのか。
確かにさっきも鳴くことはほとんどなかったが)
今回は様子見かと塞の様子をうかがいながら{二}を切った。
シロ手牌
{二四五六八
ピシッと{③}を捨てるシロ。
はなから筒子は捨てて手を進めるようだ。
そしてその{③}に。
「チー!」
豊音が喰いついた。
豊音手牌
{一三七36889東東
そして{七}を切る。
(そんなところを鳴く、ってことは・・・・・・)
(・・・・・・最初からソレ出すのか・・・・・・)
塞とシロに限らず、揃って豊音に視線を向ける。
こんな早い巡目に両面チー、今の鳴きが普通でないことは手牌が見えていなくても明らかだ。
秀介も興味深そうに「それを鳴くのか」と様子を見る。
豊音はニコッと笑い返した。
その後も。
「チー」
豊音手牌
{36889東東
「ポン」
豊音手牌
{69東東
「ポン」
豊音手牌
{6
「ぼっちじゃないよー」
瞬く間に{
そして。
「お友達がきたよー」
豊音手牌
{
「ダブ東ドラドラ、3900オール」
豊音、まずは一歩リード。
東一局1本場 親・豊音 ドラ{③}
豊音 36700
配牌
{八④⑦⑧1567東西北白發} {中}
塞 21100
配牌
{三三四五五
秀介 21100
配牌
{一六七七八①④⑤⑥46東北}
シロ 21100
配牌
{一二四六八
塞とシロはドラと赤が混じっているし、手が伸びれば自然と高い手になりそうな配牌だ。
秀介は高くなるかは別として速そうではある。
豊音の手牌は決していいとは言えない。
それでも上がるから、彼女は異能が集うこの地を制した宮守女子の大将を務めているのだ。
豊音はまずこの手牌から{八}を切り出した。
塞手牌
{三三四五五
345の三色が見える配牌。
{1}を切り出してもいいのだが、様子を見ようと{白}を切る。
秀介手牌
{一六七七八①④⑤
さほど時間を空けず、秀介は{北}を捨てた。
シロ手牌
{一二四六八
無駄ヅモ。
少し考えたがやはり不要だとそのままツモ切りした。
2巡目。
豊音手牌
{④⑦
{白}を捨てる。
役牌が重なるのを待って二翻くらいで上がる算段だろうか。
しかしそれなら{西や北}を切っていくはずである。
何を狙うのか。
塞手牌
{三三四五五
無駄ヅモ、そのままツモ切りする。
秀介手牌
{一六七七八①④⑤
一応手は進んでいるか。
豊音とシロの手牌に一枚ずつあるのを確認して{東}を捨てた。
シロ手牌
{一二四六八
秀介に合わせて{東}を切る。
3巡目。
豊音手牌
{④⑦⑧⑧156
{北}切り。
塞手牌
{三三四五五
またも無駄ヅモ、{東}を捨てる。
秀介手牌
{一六七七八①④⑤⑥⑥⑦
秀介の視線は対面の豊音に向かう。
(・・・・・・{東}、切らなかったな)
前巡、秀介とシロが揃って捨てた{東}。
取っておく理由は無いと思うのだが。
今しがた塞も切ったから次巡あたり切るか、もしくは安牌として取っておくのだろうか。
まだ一局しか打っていないし、さすがにその考えはまだ読めない。
{一}を切って手を進める。
シロ手牌
{一二四六八
前巡手牌に収めた{2}だがこうなっては不要か。
萬子にはいつ手を付けるかと考えながら{2}を捨てた。
4巡目。
豊音手牌
{④⑦⑧⑧15677東西
{發}が対子で重なった。
狙い通りなのだろう、手を止めることなく{西}を切り出す。
塞手牌
{三三四五五
(ぬぎゃ・・・・・・もう!)
無駄ツモが続く塞、少し苛立つ自分を抑えながら{西}をツモ切りする。
秀介手牌
{六七七八
{
{①}を捨てる。
シロ手牌
{一二四六八
こちらも無駄ツモ、そのまま{2}を切る。
5巡目。
豊音手牌
{④⑦⑧⑧15677東發
{中も重なり、④}を捨てた。
塞手牌
{
ようやく字牌ではないツモだが、よりによって引いたのはここか。
まぁ、さっさと切っておこうと塞は{中}を切る。
「ポン」
豊音から声が上がる。
豊音手牌
{⑦⑧⑧15677東發發} {中中横中}
そしてようやく{東}が切られた。
(ん・・・・・・あれ?)
塞手牌
{一三三
ようやく手が進むツモ、それは喜ばしいことなのだが。
一つ気になることが出来た。
ついうっかり{中}を手放してしまったが・・・・・・。
(・・・・・・鳴いたのが志野崎さんじゃなくてトヨネ・・・・・・)
先程の対局で秀介が{中}絡みの能力を所持していると思わされていた塞、だから今の鳴きに思わず秀介の方に視線を向けた。
({中}に支配が及んでない・・・・・・?)
豊音の支配力に及ばずその力が打ち消されてしまっているのだろうか。
(・・・・・・いや、それは楽観的過ぎる。
でも{白}も場に2枚出てるし、裏ドラで使う様子も無さそうな・・・・・・)
どういうことか、とその事態に思考を回しながら{一}を捨てる。
秀介手牌
{
(鳴かれちまったか)
秀介にとってそれは半分承知の上だ。
いつまでも偽り続けていられるものではない。
ましてや正面で微笑んでいる
それでもまだ偽れるうちは偽り続ける。
ここは{4}を捨てて
シロ手牌
{一二四
(・・・・・・めんどくさいところが来たなぁ・・・・・・)
出来れば567の三色辺りを狙いたいところだが萬子が上手い具合にまとまってくれない。
とりあえず下寄り、{一}を切り捨てる。
豊音手牌
{
{二をわざわざ押さえ、5}を切った。
塞手牌
{三三四四五五
(ん、んー・・・・・・)
使えないかぁ、とそのままツモ切り。
「ポン」
再び豊音が動いた。
豊音手牌
{二⑦1677發發} {⑧⑧横⑧中中横中}
{6}を切り出す。
塞手牌
{三三四四五五
豊音の捨て牌にはこれで{56}が連続で切られた形になった。
そしてこのツモ。
(・・・・・・{7}かなぁ・・・・・・)
一応聴牌だが形が良くない。
それに今回も豊音が好調そうだし、聴牌には取っておくがリーチはかけない。
{7}を捨てる。
そのチャンスを見逃さない。
「チー」
「ポンっ!」
発声は一瞬の差。
先に動いて手牌を晒したのは秀介だが、チーとポンではポン優先の為鳴けるのは豊音の方。
ふふん、と笑いながら豊音は{二}を切り出す。
「・・・・・・」
秀介は渋々といった表情で晒した{68}を戻した。
それを見て、塞のみではなく胡桃とエイスリンも小さくガッツポーズをする。
(優先権でトヨネに欲しい牌を持って行かれた)
({中}もトヨネが鳴いてるし、間違いないかな)
(トヨネノホウガ、ツヨイ!)
そうだ、やっぱり我らが豊音は強い。
なんせ初見では誰も対応できなかったのだから。
さっきは自分達相手に好き勝手やってくれたようだが、彼とてそうあっさり対応できるわけがない。
さぁトヨネ、そんなやつコテンパンにやっつけちゃってよ!
彼女達はまだ知らない。
(・・・・・・そんな風に思っていてくれればいいんだが)
未だ秀介の掌の上から出ていないことを。
ただ一つ、秀介にとっての問題は。
それがシロや豊音に対しても有効かどうかということだ。
豊音に対するデータは無いが、あれだけ素直な性格なら素直に引っ掛かってくれそうな気もする。
だが宮守メンバーに頼られているような様と、
シロに至っては引っ掛かる以前に、裏まで読むのがだるいとかいう理由でスルーされそうで不安だ。
そういうメンバーに対しては一撃で決めてしまいたい、油断したところを一撃で。
赤土晴絵を一撃で切り捨てた時のように。
さて、鳴いて手を進めた豊音はその後もシロがツモ切りした{發}を鳴いて裸単騎。
「ぼっちじゃないよー」の決め台詞と共に上がりをものにした。
豊音手牌
{1} {横發發發77横7⑧⑧横⑧中中横中} {
「發中対々、4100オール!」
満貫和了。
先程の3900オールと合わせて、これで全員から8000ずつ持って行った形になる。
「そのまま突っ走っちゃえトヨネ!」とばかりに応援する胡桃達に笑顔を向けた後、牌を卓に流し込みながら秀介に視線を向ける豊音。
そこには未だに揺らぎも疑いもない。
本気出してよと急かされているような気配すら感じる。
(・・・・・・やっぱり通じないと思っていた方がいいな)
秀介は観念したように笑う。
そうなれば仕方がない。
今の秀介がどれだけやり合えるかは不明だが。
(真正面からやらざるを得ない)
その為にも豊音のことをもっと観察しなければ。
今しがたの上がり形を思い返してみる。
豊音手牌
{1} {横發發發77横7⑧⑧横⑧中中横中} {
(・・・・・・
日本読みで「きんけいどくりつ」、{1}を鶏に見立てた上がり名。
{1}裸単騎での上がりにかつて付いたというローカル役だ。
が、ローカル役を上がるのが豊音の能力ではあるまい。
先程の上がりは{北}単騎だったわけだし。
単純に裸単騎になるとすぐに上がれる能力なのだろうか。
可能性はいくらでも考えられるが、いくつか当たりを付けておいた方が目安にはしやすい。
(ともかく、鳴きが彼女の起点だと考えておこうか)
それならそれでこちらからもいくらでもやりようはある。
豊音が賽を振る。
出た目は11、秀介の山からの取り出した。
(まずは一つ、潰させてもらおうか)
東一局2本場 親・豊音 ドラ{②}
豊音 49000
配牌
{四[五]九九①④⑦2669北白} {白}
既に大分リードを稼いでいる豊音。
だが久々にメンバー以外との対局。
加えてわざわざ熊倉先生が呼んできてくれた上に車の中で色々と話を聞かせてくれた人が相手である。
それにそろそろ反撃の一発を食らわせてきそうな予感。
こんなところで手を止めるわけがない。
(まだまだいくよー!)
第一打{北}、気合の入った一打だった。
塞 17000
配牌
{四五
豊音は相変わらず好調な様子。
なら邪魔をしてはいけない、万が一にも。
一瞬{北}に手が掛かったが四風連打で流れになる可能性を考慮して先に{1}を手放す。
秀介 17000
配牌
{八
配牌とその後の山の流れに視線を向ける。
加えて今流れに乗っている豊音の手牌と他家の手牌も見て、どのタイミングでどの牌が鳴かれるか、その結果ツモがどのようにずれるかまで頭の中で組み立てる。
ただここまで全く動いていないシロはさすがにイレギュラーも多目に考慮する。
その上で、秀介は第一打に{⑦}を選んだ。
(エッ・・・・・・Why?)
眉を顰めたのはエイスリン。
豊音とシロの手牌が見える位置でその手の未来を思い描いていたところだった。
さっきの対局でも鳴きでツモをずらされて、思い描いた未来が崩れるのを何度も味わってきた。
しかし今、その秀介の一打だけでその未来にヒビが入ったのを感じた。
まだ崩れ切っていない、それでも未来に影響を与える
「・・・・・・I can't understand him for what is considers.」
「え? エイちゃん何か言った?」
彼女の呟きが聞こえたらしい胡桃が聞き返す。
はっとしたエイスリンは首から下げているボードにキュッキュッと絵を描き始めた。
「・・・・・・あの人が何考えてるか分かんない、かな?
そうだね、私もちょっと分かんないよ。
こっそり手牌見てみるね」
そう言ってこそこそと秀介の背後に回る胡桃。
秀介はそれに気付いたようだったが特に指摘することなくそのまま手牌を見せていた。
そこからサインで手牌を仲間に通すような真似はするまいという信頼と、万一手牌を通すようならそれを逆手に取れるという自信の表れだ。
暫し手牌を見た後、胡桃は戻ってきてエイスリンに告げた。
「ごめん、余計に分かんなくなった」
「???」
そして胡桃が見てきた手牌をボードに書いた結果、やはり二人して頭を悩ませるのだった。
シロ 17000
配牌
{一三①③⑥⑨
(・・・・・・{4}?)
シロの手が止まる。
索子は難しそうだが下の123が狙えたら理想的な手牌。
シロも配牌の時点では役牌でも構わずに切って平和手にいこうかと思っていたところだ。
が、思わぬところで手が止まった。
この手、何かある。
「・・・・・・ちょいタンマ」
(このタイミングで?)
(シロにも手が入ったんだねー)
塞と豊音が揃ってシロに視線を向ける。
このまま豊音が突っ走るかと思ったらシロも絡んでくるとは。
頭に手を当て、軽くその白髪に指を絡ませたりしながらたっぷり10秒ほど悩み、やがてシロは牌を抜き出した。
「・・・・・・これで行く」
手放されたのは{一}。
三色や平和を捨てて自分でも最終形が分からぬ手へと進めていった。
秀介はそんなシロを視界の片隅で捕えていた。
2巡目。
豊音手牌
{四[五]九九①④⑦2669
ここは手が進まない、そのまま{中}をツモ切りする。
塞手牌
{四五五五九⑤⑧⑧⑨4
あまり有効なツモでは無いが、ここはより不要な{北}を手放す。
秀介手牌
{八
この時点ではまだ何を目指しているのか不明。
だが明らかに不要な{南を残したまま2}を捨てる。
手牌をメモしていた胡桃とエイスリンはその一打に一層首を傾げるのだった。
シロ手牌
{三①③
対子は重なったが果たして手は進んでいるのか。
だがこの感覚に身を任せて間違ったことは無い。
だから彼女はもう手を止めることなく{⑨}を捨てるのだった。
3巡目。
豊音手牌
{四[五]九九①④⑦26
この局も鳴いて手を進める予定の豊音、鳴きの選択肢が増えるこのツモはありがたい。
{2}を切る。
直後の塞。
塞手牌
{
このツモをきっかけに萬子が横に伸びるのか、それともただの無駄ヅモか、それはまだ分からない。
だがまずはこの辺りを切っておこうかと{九}を切る。
「ポン!」
すかさず豊音は鳴いた。
豊音手牌
{四[五]八①④⑦669白白} {九九横九}
今しがたのツモで手に留めておいた{八}だがこうなっては不要だ、あっさりと切る。
塞手牌
{二四五五五⑤⑧
自風の{南はそろそろ切り時かなと考えながら8}を捨てた。
秀介手牌
{八
自風の{西}が重なる。
予定通りと言うようにあっさりと{八}を手放した。
シロ手牌
{三①③⑥⑥4457東北
またも対子が増える。
七対子か、それとも対々や暗刻系に伸びるのか。
シロ自身もこの手の成長に期待しつつ{三}を切る。
「チー!」
再び豊音が動いた。
豊音手牌
{①④⑦669白白} {横三四[五]九九横九}
二鳴き。
傍目には手牌がバラバラにしか見えないが、それでも鳴き所は残っているので彼女にとってはこれが最善手なのだろう。
そしてまだ横に伸びない筒子に手を掛ける。
問題はどれを切るかだ。
(・・・・・・{④は左右に繋がりやすいから切らないとして、①⑦}のどっちかだよねー)
ちらりと視線を向けたのは対面の秀介、その第一打{⑦}。
その一打に不穏な気配を感じたのはエイスリンだけではない。
当然同じく卓を囲む豊音にも異質な一打に見えた。
何かある。
だがそれが何かはまだ分からない。
秀介が豊音やシロの打ち筋をまだ読み切っていないように、豊音もまだ彼の打ち筋を理解してはいない。
だから何かあると言う不安に押されただけで、彼女は{⑦}を手放した。
(・・・・・・アッ)
先程、自分が思い描いた未来にヒビを感じたエイスリン。
まだエイスリンにも豊音が何をミスしたのかは分からない。
だがエイスリンが描いた「豊音が上がる」という未来は、今崩れた。
それから数巡、豊音が中々鳴けずにむーっと表情を顰めたり、塞が少しずつタンヤオ手に進めて行ったり、七対子かと思われたシロが暗刻を重ねて三暗刻が見えてきたり。
そんな中、牌をツモった秀介がフッと笑った。
「リーチ」
{⑦2八北南} {
先に宣言をしてから{白}を切る余裕っぷり。
これには塞も一瞬驚く。
(先制リーチ・・・・・・そうか、トヨネは鳴いちゃってるから追っかけられない、「先負」が使えないんだ。
こうなるともう純粋に速さの勝負!)
まだ豊音が二鳴きしかできていない状況でのリーチ、これは秀介の反撃としては最適のタイミングか。
もちろん秀介はまだ「
今後の練習で狙えることがあったら狙ってみようと塞はひそかに感心していた。
だがもちろんそれをあっさり許す豊音ではない。
バラッと手牌から晒されたのは{白}が二枚。
これで彼女も手が進んだ。
にっこりと笑いながら彼女は声を上げる。
「ポンっ!」
そして秀介の捨てた{白}に手を伸ばそうとした直後、声が上がった。
「ロン」
その一言に一同は動きを止める。
ポンよりもロンが優先というルールもあるし、上がりなのならばそちらを優先するのはもっとも。
だがそうではない。
一同が注目するのも無理はない。
何故ならロンの発声をしたのは、今しがた{白}を切った秀介自身なのだから。
「・・・・・・えっと、まだ切ってないんだけどー・・・・・・。
それとも自分で切った牌を自分でロン・・・・・・かな?」
ちょっとよく分かんないんだけどー、と苦笑いしながら言う豊音。
「ああ、そうだな、確かに早かった、ごめんよ」
秀介は1000点棒を場に出しながら手牌に手を添える。
「これから君が切る牌が、俺の当たり牌だよ」
そう言って手牌を倒した。
{
{①-④、6-9}のダブル両面待ち。
それを見て、豊音の表情が変わった。
「あ、嘘・・・・・・」
{白}を取ろうと伸ばしたままだった指が震えているのが分かる。
「・・・・・・豊音、皆に手牌を見せてごらん」
宮守メンバーが「何事?」と不安そうに豊音に視線を向ける中、豊音を背後から見守っている熊倉がそう声を掛けた。
豊音は未だ少し震えながら手牌を倒す。
それを見て、一同は驚愕した。
豊音手牌
{①④669白白} {横三四[五]九九横九}
{白をポンしたら残るのは①④669}、それらは全て秀介の当たり牌!
そんな驚愕する一同をよそに秀介は目の前の裏ドラを返す。
「リーチ西ドラ1、裏ドラ表示牌は{7}だから1つ。
副底20+面前ロン上がり10+西暗刻8でこの手は四翻38符。
加えて切られた牌によって{④か9}が暗刻になるけど、{④}なら4符、{9}なら8符、合計は42符か46符。
どちらにしろ繰り上げ50符で点数は変わらないし、そもそも四翻なら40符以上は満貫で統一だ。
8000の二本付けで8600」
しれっと点数を申告する秀介。
だがそんなものを見せられて震えないメンバーはいない。
豊音の手の進行、その手の中の牌、裏ドラ。
少なくともこれは全部見えていなければできないことだ。
いや、見えていたとしてもそれを狙い打てる通りの手牌を用意できなければ意味がない。
それは彼女達が頼りにしている豊音の支配とは違う、
全く
(こ、この人・・・・・・)
全員±0を見た阿知賀メンバーは全員が凍り付いた。
今の一局を見た宮守メンバー、シロは生憎と表情の変化が分かりにくいが、胡桃もエイスリンも塞も見るからに表情を変えている。
そして豊音。
震える手をぎゅっと握りしめ、不敵に笑う秀介と視線を合わせ。
(ちょーすごいよー!!)
満面の笑みを浮かべた。
これだけのものを見せられてなおこれほどの笑顔を浮かべるとは、秀介にとっても予想外だった。
強がっている様子は無い、間違いなく本心で彼女は喜んでいるのだ。
「はい、どーぞ」
嬉々として点棒を差し出す豊音。
その様子に塞達もいくらか落ち着きを取り戻したようだ。
豊音は全く折れていない。
この男の底はまだ割れないが、豊音なら十分に渡り合えるのだ。
ならば自分達だっていつまでも落ち込んではいられない。
(・・・・・・いいものだな、
きっと彼女は大将に違いない)
一方の秀介も驚いているだけではない、久々の歯ごたえに喜びを感じていた。
いや、高校生レベルだと予想したのは些か過小評価だったかと思い直す。
思い出せ、
せっかくの機会なんだ、
小さく一息入れ、秀介は改めて豊音に向き直った。
「やられっぱなしは性に合わないんでね、そろそろ反撃させてもらうよ」
「望むところだよっ」
豊音も豊音で秀介の認識が多少は変わったことだろう。
軽いウォーミングアップは終わり、ここからが本番だ。
受け取った点棒の内8500は点箱に、残った100点棒はピンッと跳ねあげて持ち直し口元へ。
キョトンとする一同をよそに大きく深呼吸。
透明な煙をまき散らすように息をフーッと吐く。
「何それ?」
「俺の必勝祈願さ」
首を傾げる豊音にそう返事をし、秀介は100点棒を銜えた。
「・・・・・・タバコが吸いてぇな」
豊音はキョトンとしたまま答える。
「・・・・・・身体に良くないよー?」
真面目に返されるのは中々キツイな、と秀介は顔を逸らした。
豊音 40400
塞 17000
秀介 25600
シロ 17000
熊倉さんにからかわれ、豊音さんには素で返される。
この地は秀介の思い通りにならないことが多いようです。
あ、切られる前にロン宣言するのはルール違反です、良い子は真似しないようにね(