咲-Saki- とりあえずタバコが吸いたい先輩   作:隠戸海斗

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突っ込みが無かったけどお気づきだろうか。
秀介が普通にお茶を飲んでいたことに、リンゴジュースを飲んでいないことに。

Q:どうしてリンゴジュースじゃないんですか?
A:もう牌入れ替えの代償、吐血が無いからです。
っていうか、代償が発生する前に能力が使えなくなるようロックが掛かるようになっているからです。
秀介自身の「もう二度と麻雀で無茶して倒れない」という意思の表れ。
その結果牌入れ替えによる神業闘牌が減り、それを透華達は「秀介は倒れたせいで全盛期の能力を失った」と判断しているわけです。
透視は続行ですが。
おかげでレジェンド相手に苦戦()を強いられてしまったよ。
前回ころたんが心配そうにしてたのは、それを知っていて「もう疲労が限界なのか?」と思ったからです。



07鷺森灼 講座と誓い

白熱の試合を終え、昼食を済ませた一同。

なお晴絵はその間ずっと灼に面倒をみてもらっていた。

 

「ハルちゃん・・・・・・しっかりしてよハルちゃん!」

 

そんな必死な呼びかけと甲斐甲斐しい世話に、何とか晴絵も自我を取り戻しまともに会話できるようになっていた。

 

「・・・・・・どんだけ深い傷を負わせてるんだよ」

 

純が秀介にジト目を向けてくるが、秀介は何でもないように答えた。

 

「深い傷だなんて大げさな、あれは軽い戯れ程度さ」

「そうは見えないから言ってるんだが」

「まぁ、確かに戯れにしては燃えた方だと思うよ。

 だからまぁ・・・・・・○○(某グラップラー)で言うところの・・・・・・」

「え?」

「まだ若い頃の○○(主人公)○○(ケンカ師)がゲームセンターで殴り合った後くらいな感じだろう」

「なんで○○(某グラップラー)で例えたんだよ」

「接戦の末一応勝たせてもらったから、まぁ俺が○○(主人公)で赤土さんが○○(ケンカ師)だろうな」

「嘘つけ、その無傷っぷりはその後に颯爽と現れた○○○(ラスボス)だろ」

「ははは、そんなに持ち上げられたら嬉しい反面プレッシャーに潰されそうだ」

「あんたの口から聞くプレッシャーほど疑わしいものは無い」

 

秀介はそんな軽口を叩きながら食後の紅茶を楽しんでいる。

だがしかし途中やむを得ず跳満を振り込まされたのも事実、そこは秀介もしっかり評価している。

 

そしてそれは阿知賀陣営も同様だった。

確かに晴絵は負けた。

だが一撃喰らわせたわけだしそれは僅差の敗北。

故に、次やれば今度はやり返すことも可能のはず、と。

 

「先生! もう一回やりましょう!」

「そうです! 次は勝てますよ!」

 

だから穏乃も玄も必死に晴絵にそう声を掛けた。

だがそれを受けた晴絵は「えっ」と少しばかり身を引く。

 

「も、もう一回やるの?」

 

一同にはその反応がよく分からない。

さっき接戦だったんだからもう一回やればいい。

確かに負けたけど次こそは!と。

灼も「諦めちゃダメだよ! ハルちゃん! どうしてそこでやめるの!? もう少し頑張って! 熱くなってよ!」といつになく必死に説得する。

それを受けて晴絵も次第にやる気になってきたのか、「そうだね、やろう!」と立ち上がった。

 

「灼! 玄! 一緒に打ってくれるかい!?」

「もちろん!」

「おまかせあれ!」

 

お互いに気合を入れ直したところで、一同は秀介の元にやってくる。

 

「おや、何か?」

 

一、透華、憧、宥が打っているのを見学していた秀介はそれに気付き、先に声を掛けた。

フフンと腰に手を当てる晴絵に先程までの魂の抜けたような気配は全く感じなかった。

立ち直りの早いことである。

 

「再戦、挑ませてもらってもいいかな?」

 

晴絵は挑発的にそう言う。

その後ろで灼も玄も、むむっと秀介を睨むようにしている。

睨むと言っても特に殺気は感じないし所詮は低身長の少女達、可愛いものである。

 

「む、しゅーすけまた打つのか?」

 

秀介の近くにいた衣がそれに気付き声を上げる。

 

「ああ、そうだな。

 衣も打つか?」

「もちろんなのだ!」

 

ぴょんと跳ねる衣をよしよしと撫でながら、秀介は晴絵の方に向き直る。

 

「そういう訳ですので、赤土さんとどちらか・・・・・・」

「私が打つ」

 

秀介の言葉にずいっと灼が前に出る。

 

「今度こそ、ハルちゃんが勝つところを間近で見る」

「じゃ、じゃあ、私は応援するよっ!」

 

灼の気迫を受けて、玄は即座に応援に回る。

 

「決まりですね」

 

秀介は晴絵達を引き連れて卓に向かう。

そして山を崩し、{東南西北}を抜き出した。

 

「赤土さん、先に引いてください。

 俺はその対面に座りますから」

「お、いいねぇ、やっぱりその方が盛り上がるしね」

 

秀介が混ぜた牌から晴絵が引いたのは{南}だ。

続いて衣が{東}を引く。

秀介が晴絵の対面なので残った灼は牌を引くまでもなく{西}だ。

 

「衣がこのまま親番でいいか?」

 

わざわざ確認をしてくる衣。

秀介が他二人の反応を見ると特に問題なさそうだ、なので頷いた。

 

「わーい、衣が親だー!」

 

嬉しそうにはしゃぎながら牌を卓に流し込み、賽を回す衣。

そして配牌を取っていく。

 

「今度は負けないからね」

 

晴絵は秀介に向かってそう言う。

 

「ええ、楽しみにしていますよ」

 

秀介はそう言って笑った。

 

ただそれを見て衣はただ一人首を傾げる。

 

今のしゅーすけは、先程打っていた時よりもどこか、無理をして笑っているように見えたのだ。

 

 

 

東一局0本場 親・衣 ドラ{七}

 

7巡目。

晴絵手牌

 

{三四四五④⑤⑥⑧(横⑦)22678}

 

よしよし、と晴絵は心の中で笑う。

初っ端から悪くないタンピン手だ。

ちらりと秀介の捨て牌に視線を向ける。

 

秀介捨牌

 

{南⑨1北8} {7}

 

萬子が捨てられていない。

そして秀介の手牌整理の癖も先程晴絵を引っ掛けた通りのまま、すなわち萬子を先に整理しているように見せていた。

それに従うならば秀介の手牌は萬子の混一、だが。

 

(さすがにそう何度も同じ手は食わないよ)

 

今回秀介は{發}をポンしている。

役牌を確保しておいて萬子は面子として確定、他のところの待ちで役牌ドラ1くらいがせいぜいだろう。

今度は萬子待ちではない、晴絵はそう読み切って{四}を捨てる。

 

「リー・・・・・・」

「失礼、ロンです」

 

パタン、と秀介の手牌が倒される。

 

秀介手牌

 

{三五六六(ドラ)八九西西西} {横發發發} {(ロン)}

 

「發混一ドラ1、8000」

 

「・・・・・・えっ?」

 

癖の通りに萬子待ち?

まさかこちらの思考が読まれた・・・・・・!?

 

(い、いやいや、そんなこと考えてたらドツボにはまる!)

 

そうだ、偶然だ、偶然に決まっている。

偶然決まったところを、さも当然のように振る舞って見せているだけだ。

 

「・・・・・・志野崎さん、一ついいですか?」

 

不意に声を掛ける人物がいる。

灼ではない、卓の様子を見ていた智紀だ。

 

「どうかしたかい、沢村さん?」

 

返事をする秀介に、本当に不機嫌そうに智紀は告げた。

 

「先程から、その萬子を最初に整理するわざとらしい癖は何ですか?

 合宿の時もそうでしたけど、目障りなんですが」

 

「・・・・・・え?」

 

呆けた声を上げたのは、智紀の話し相手の秀介ではなく晴絵だった。

 

(あの癖・・・・・・彼女も見抜いていた・・・・・・?)

 

それだけではない。

合宿の時もそうだったと言った。

それはつまり・・・・・・?

 

(・・・・・・もしかして、以前も同じようにハメた相手がいるってこと・・・・・・?)

 

合宿、と言うことは共に打ったメンバーはやはり同じ高校生のはず。

え? と言うことは・・・・・・?

 

(・・・・・・わ、私の読みが・・・・・・高校生レベルってこと・・・・・・?)

 

少なくとも同じ手を使われた以上、秀介はそう判断したということだろう。

 

(な、何よそれ・・・・・・)

 

晴絵は不安そうに秀介を見る。

一瞬目が合ったが、秀介はすぐに智紀の方に向き直った。

 

「沢村さん、それを見抜けるのはごく一部の人間だよ。

 現に鷺森さんは意味が分かってないだろう?」

 

不意に名前を呼ばれ、灼はびくっと跳ねる。

そう、灼には智紀の言った言葉の意味がよく分かっていなかった。

最初に萬子を整理? そんなことをしていたのか?

 

(・・・・・・認めたくないけど、気付かなかった・・・・・・)

 

それも無理はないこと。

秀介がその癖を見せていたのは、皆が理牌している時。

見学している時ですら流暢な動きに見逃すことがあるというのに、ましてや同卓していてそれに気付けるメンバーなど、ここには晴絵の他にひたすら秀介を敵視している智紀と、言葉は悪いが秀介が心底化け物と認めた衣くらいだろう。

そしてそういうメンバーだけを引っ掛けるための(トラップ)だ。

もっとも衣くらいの実力を持っていたり、智紀くらい執拗に秀介を観察していれば、わざとらしい癖がフェイクか本物かを見抜くこともできるだろう。

晴絵の実力がそこまで至っているのかいないのかは、さすがに秀介にとっても賭けだったわけだが。

 

「まぁ・・・・・・分かったよ、沢村さん。

 目障りと言うことだしこの癖はやめておくよ」

 

秀介はそう言って手牌を崩す。

一同もそれに倣って卓に牌を流し込んでいく。

ちらっと秀介が晴絵の表情をうかがうが、晴絵はそれに気付いていない様子で落ち込んでいた。

 

(あーあ、トドメ刺しちゃったよ)

 

智紀が余計なことを言わなければ、もうしばらくはやる気に満ちていただろうに。

とはいえ遅かれ早かれ自力で気付いただろうし、いっそ早い方が良かったかもしれない。

 

(仕方がないなぁ)

 

秀介はため息をついた。

 

 

 

東二局0本場 親・晴絵 ドラ{9}

 

8巡目。

 

晴絵手牌

 

{六七八⑥⑦⑦13(横2)(ドラ)9中中中}

 

聴牌、中ドラドラはリーチを掛ければ満貫だ。

せっかくの親番だし、さっき振り込んでしまった分はこれで取り返す!

再び秀介の捨て牌に視線を向ける。

 

秀介捨牌

 

{南西1二七4} {⑧}

 

端から順に整理していっただけに見える。

普通に読むならタンピン手だろう、が。

 

(・・・・・・こ、今度こそその手は食わない!

 そう思わせるのが狙いのはずだ!)

 

先程は癖と捨て牌で萬子待ちをアピールして本当に萬子待ちだった。

なら今度は「タンピン手に見せて今度もタンピン手を狙うはず」というこちらの思考を読み、別の手を狙ってくるはず。

 

({南西1・・・・・・と二}辺りまでは不要牌を切って行っただけのはず、問題はその後。

 萬子、索子と整理して最後に筒子切り。

 もし平和手で聴牌していたとしたら最後の{⑧}周辺は危なくて切れないところ・・・・・・と読ませておいて別のところの待ち。

 つまり逆にこの{⑦}は安全だ!)

 

晴絵はそう読んで{⑦}に手をかける。

 

 

手を進めるにつれ、晴絵は次第に落ち着いていった。

それに従い、一時灼たちに奮い立てられていった心も落ち着いていく。

そして、その前まで落ち込んでいた晴絵の心を占めていた不安がもたげてきたのだ。

 

それは今秀介が無理に笑っているの原因にもつながる。

 

先程の一戦は、それはもう楽しかった。

久々に会った強力な打ち手、跳満直撃をさせられるなんて能力の反動でふらついていた合宿の最後の試合を除けば一度も無かった。

それこそ前世最後の、城ヶ崎との試合まで遡るだろう。

だからこそ心が震えた。

そしてだからこそ、終わった時は充実感に包まれていたが、その後は寂しい気持ちが湧いてくるものだ。

楽しい時はいつまでも続かない。

 

衣のようなライバルと思える相手なら別だが、残念ながら晴絵は秀介にとってそれに該当しなかった。

 

いわゆる、「格付けが済んだ」と言うやつだ。

 

晴絵はもう生涯秀介に及ばないだろう。

 

それを晴絵も秀介も感じていたからこそ、晴絵は魂の抜けたような表情で落ち込み、秀介は再戦している今も少し寂しそうなのだ。

 

秀介にはもう晴絵を倒す方法が分かっている。

 

「赤土さん」

 

心無い智紀によってトドメが刺されたこともあり、だから秀介はそれをぶつけるのだった。

 

「・・・・・・ん? 何?」

 

不要牌の{⑦}を切ろうとしていた晴絵はその手を止めて顔を上げる。

秀介は笑顔で告げた。

 

 

「俺は筒子で待ってますよ」

 

 

それを聞いた途端、晴絵の頬がひくっと震えた。

自分が秀介の待ちをどう読んだか分かっていなければその言葉は出てこない。

自分の思考が読まれている?という不安を晴絵は必死に押し殺す。

そうだ、そんなことできるはずがない。

今回の言葉だってきっと偶然だ。

 

「あはは、その手は食わないよ」

 

晴絵はそう言ってピシッと{⑦}を横向きに捨てた。

 

「リー・・・・・・」

「だから言ったのに」

 

パタン、と秀介の手牌が倒される。

 

秀介手牌

 

{五六七①②③⑦445566} {(ロン)}

 

「一盃口、1300」

「んなっ・・・・・・!」

 

宣言通りの筒子待ち!

 

(う、嘘・・・・・・でしょ!?)

 

捨て牌が{南西1二七4⑧}ということは、{⑧と4を残しておいて}

 

{五六七①②③⑦⑧44456}

 

こんな平和手も狙えたし、{4445566}の索子多面張も狙えたということではないか!

あるいは{七を残しておいての五六七七}。

それらを全て捨てて役は一盃口のみ、待ちは晴絵の余り牌{⑦}単騎。

 

(か、完全に私を狙ってる・・・・・・?)

 

晴絵はもはや完全に疑心暗鬼に捕らわれた。

 

そして次の東三局、秀介のリーチに手を崩して流局した結果、その手が上がり牌0の空聴リーチだと判明したところで晴絵の心は折れた。

 

まっすぐ行けば聴牌だった手を崩しては振り込んだ。

今度は通るはず!と思い切って捨てた危険牌で振り込んだ。

現物なら大丈夫だろうと思って切ったら衣に振り込んだ。

もう捨て牌なんか無視する!と自分の手に集中していたらリーチをされて、「リーチは見なきゃかわせないですよ」と挑発された。

最後には手牌にせっかく暗刻で揃っていた役牌を崩して、地獄単騎に振り込んだ。

 

その落ちていく様は、合宿中に同じ手でハメられた誰かと同じようだったという。

 

箱割れした時には、晴絵は再び魂の抜けたような表情でぐったりと項垂れてしまった。

 

「おっ、ギリギリでトップだな」

「しゅーすけ、わざと安手で上がったであろう」

「はて、何のことやら」

 

ぷーっと膨れる衣を軽くいなしながら秀介は席を立った。

もっとも衣は怒っているわけではなく、衰えてもなお衣相手にそんな真似をして見せる秀介の実力に心底喜んでいるのだが。

 

そして残された晴絵を灼や穏乃や玄が必死に励まそうとしていたのだった。

 

 

「しゅーすけ、少しばかりあのコーチを狙い打ちしすぎではないか?」

 

さすがの衣も不憫に思ったのか、秀介にそう告げる。

秀介は何でもないように返事をした。

 

「そうか? 靖子姉さんも大体いつもあんな感じだぞ。

 でもこの間会った時は普通だっただろ?」

「なんと! フジタもあんなおもしr・・・落ち込んだ表情を見せることがあるのか!」

「ああ、うん。

 あの表情がなんとなく見ていて笑えるから、ついやっちゃうんだ」

 

ほほう、ふむふむと衣は何やら興味ありげに反応する。

「衣にも出来るだろうか」とか考えているのだろうか。

見た目完全な幼女だが、県大会や合宿の戦いっぷりを見て分かるように彼女も中々()()()()素質があるように思える。

 

「泣かせてみたいのか?

 今ここにいる面子だと、あの松実さん姉妹がいい感じだと思うが。

 特に妹」

「え? いや、あの・・・・・・こ、衣はしゅーすけみたいないじわるではないぞ!?

 と、友達になりたいとは思うが・・・・・・。

 友達とは仲良くするのが当然だ!」

 

秀介の言葉を必死に否定する衣。

あの合宿もあって友達が増えてきている衣だ、そういう友達を増やして皆で仲良くしたいと考えるのも当然だろう。

だが先程の靖子を狙っていた視線を秀介は見逃していなかった。

 

「県大会の決勝で戦ったのは、確か加治木さんと宮永さんと池田だったな」

「え? ああ、そうだが・・・・・・?」

 

突然何を?と首を傾げる衣に、秀介はひそひそと話を続ける。

 

「決勝戦の最中に誰か泣かせたんじゃないのか?」

「んなっ!? そっ! え、っと・・・・・・」

 

秀介の言葉にばつが悪そうに顔を背ける衣。

 

「・・・・・・池田・・・・・・と咲も、多分、ちょっと・・・・・・」

 

結局ぼそぼそとそう答える。

へぇ、と秀介は笑いながら言葉を続けた。

 

「宮永さんはどんな感じに泣いたのさ」

「いや、あの・・・・・・前半戦の終わり際とか、多分衣の力を感じ取って、ちょっと震えてたと言うか・・・・・・。

 で、でも咲はそのあと巻き返して楽しそうに打っていたし、衣もそれにつられて楽しかったし・・・・・・。

 だ、だから! 泣かせて楽しかったなんてことは無い・・・・・・んだからな!」

「池田は?」

「0点ピッタリまで点棒を奪った辺りがなんかぞくぞくした」

 

あっさり答えてから、はっと口を塞ぐ衣。

だがもう遅い。

秀介はにやりと笑っていた。

 

「でも合宿では池田と仲悪くはなかっただろう?」

「ま、まぁな・・・・・・試合後に楽しかったと言ってくれてたし・・・・・・」

「大丈夫だ、衣」

 

何かを諭すように、秀介は衣の肩に手を当て、屈みこんで話す。

 

「衣が誰かを泣かせようと、結局は仲良くなれるんだ。

 池田だって宮永さんだって仲良くなれただろう?

 俺だって今では国広さんと普通に会話するし、赤土さんだってすぐに立ち直って勝負を挑んできただろう?

 大丈夫、圧倒的な力でねじ伏せるところから始まる友情だってあるさ。

 だから衣、試しに彼女を軽くねじ伏せてきてみな」

「そ、そうか! しゅーすけがそう言うならやってみるのだ!」

 

「透華さん、志野崎さんが衣に何か吹き込んでいますが」

「あ・の・男・はー!」

 

智紀の密告で透華が突っ込んできたことで、結局衣は松実姉妹(主に妹)に勝負を仕掛けることは無かった。

 

 

 

そして一方の阿知賀陣営、再びぐったりと項垂れている晴絵をどうやって再起させるかで悩んでいた。

 

「ハルちゃん、しっかりして・・・・・・!」

「なんかこう、わーっと応援してあげるとかどうでしょう」

「・・・・・・あったかーい物でも食べればきっと元気に・・・・・・」

「逆にここであえて突き放・・・・・・」

「ハルちゃんを助けてあげるの!」

「あ、はい・・・・・・」

 

うーんうーんと頭を絞るがどうもいいアイディアが出てこない。

憧はふと、一番ポジティブな穏乃が全く意見を出していないことに気付いた。

 

「しず、なんかいい意見ない?

 あんたは最初の±0の後でも結構立ち直り早かったでしょ?」

 

穏乃なら何かしら立ち直るいい気持ちの切り替え方法を知っているのではないか、そう思って聞いてみたのだ。

すると穏乃は腕組みをしながらゆっくりと口を開く。

 

「・・・・・・うん、ちょっと考えてみたんだけどさ」

「うんうん」

 

やはり何か意見があるようだ。

どんな意見なのかと憧は穏乃に続きを促した。

穏乃はキリっとした、まさに大将を任せるに値すると評されそうな真剣な表情で答えた。

 

「志野崎さんにも麻雀のアドバイスを貰うのはどうかな」

「裏切り者っ!」

 

灼が両手を振り上げて、がーっと穏乃に向かっていく。

それを玄と宥に抑えられていた。

 

「ハルちゃんが偶然たまたま万に一つの確率で負けたからって! その相手に乗り換えるなんて!」

「い、いや、そんなつもりじゃなくてですね・・・・・・」

 

さすがに直球過ぎて伝わらなかったかと、穏乃も灼を宥める。

 

「赤土さんはもちろん私達のコーチですよ、それは変わりません。

 でもたまーに違う人に教わってみると言うのも視野が広がっていいんじゃないかなーって・・・・・・」

「やっぱり裏切り者!

 ハルちゃんと違うこと言われたらあの(やろう)の方に従うつもりでしょ!」

「い、いや、だからホントにそんな・・・・・・裏切るとかいうつもりは無くて・・・・・・ってかあの野郎って言い方は・・・・・・」

 

必死にそう弁明するが灼は頑なに穏乃の意見を拒否する。

最後には晴絵の背中にしがみついて「ハルたん! ハルたんには私がいるからね! 裏切り者の事なんか忘れさせてあげるから!」とか言いながら泣いていた。

その姿のあまりの居た堪れなさに憧が声を漏らす。

 

「うわー・・・・・・なんか灼さんのイメージ崩れるわ・・・・・・」

「あそこまで言われるとさすがに行き辛いね・・・・・・」

 

穏乃も、たははと頭をかきながらそう言った。

ちなみにこの間晴絵は本当に動かない、本当にどうしたものであろうか。

 

「あ、あの、灼ちゃん」

 

ここまで来て、それまであまり発言していなかった宥が手を上げた。

 

「無理に元気づけようとしなくても、少しそっとしておいてあげるのもいいんじゃないかな。

 近くで誰かが寄り添っていてあげるだけって言うのもありがたいこととかあるし・・・・・・」

「・・・・・・そう・・・・・・かな」

 

宥の言葉に灼が泣き止む。

何回か言葉を交わせば灼も落ち着いたようだ。

さすが「なだめる」と言う字が名前なだけあるし、伊達におねーちゃんはやっていない。

 

「灼ちゃんは赤土先生に寄り添ってて上げて。

 さっきもそうだったし、少しすればまた元に戻ると思うから」

「・・・・・・分かった」

 

灼は相変わらず晴絵から離れてはいなかったが、その言葉に頷いて晴絵にしがみつく手に一層力を入れるのだった。

 

「お願いね」

「・・・・・・宥さん達はどうするの?」

 

不意に灼がそう返す。

宥は笑いながら返事をした。

 

「志野崎さんと麻雀のお話をしながら弱点を探すよ」

「弱点・・・・・・?」

 

その言葉に、灼に限らず穏乃も玄も憧も驚く。

まさかそんなことを考えていたとは。

 

「気になるところがあったら突っ込んでみて、もし私達が言い負かせるところがあったら少しは灼ちゃんも溜飲が下がるでしょ?」

「・・・・・・・・・・・・そう、かも・・・・・・」

「だからこっちは私達に任せて。

 灼ちゃんは赤土先生をお願いね」

「・・・・・・うん、任せて。

 ハルちゃんは私が元気づけるから」

 

そう返事をする灼はもういつもの調子だった。

 

そうして灼に晴絵を任せ、残った四人は秀介の元に向かう。

 

「・・・・・・意外だったわ、宥姉があんなこと言うなんて」

 

憧の言葉に穏乃も玄も頷く。

宥は「あらあら」と笑いながら告げた。

 

「じゃあみんな、志野崎さんに麻雀教えてもらいに行きましょう」

 

その一言で一同は、「ああ、彼女も穏乃の意見に賛成だったんだな」と納得した。

 

「・・・・・・私もあの人を後ろで見てて勉強になるところがあったし、教えてもらうのもいいと思ってたけど」

「おねーちゃんがそういうなら私も勉強させてもらうよ」

 

そうして秀介の弱点を探ると言う名目の元、秀介にアドバイスを貰いに行くのであった。

 

 

 

穏乃達の申し出を、秀介は快く受けた。

龍門渕のメンバーとも何度か意見交換などをしていたようで、実際に牌を並べた「何切る?」問題や配牌の時点でどういう手作りを考えるかと言った意見交換は、阿知賀陣営にとって非常に為になった。

ついでに、と穏乃が手を上げる。

 

「志野崎さん、ツモ切りに見せかけて手牌と入れ替えてたのありましたよね。

 あれって簡単にできるものなんですか?」

「高鴨さん、あれはあんまりやるべきじゃないよ」

 

秀介の後ろで穏乃と同じく見ていた一がそう突っ込む。

 

「まぁ、確かに公式の大会では何を言われるか分からないしなぁ」

 

秀介もそう言った。

 

「代わりに何かあるかな・・・・・・。

 小手返しとかはできる?」

「小手返し?」

 

首を傾げる穏乃。

憧は「知らないの?」と言う視線を穏乃に向けていたが、玄と宥は穏乃同様首を横に振っている。

それを見て憧はカチャカチャと簡単に手牌を作って見せる。

 

{一二三四五六七八九}

 

「例えばこういう手牌があったとするでしょ?」

「憧、少牌してるよ」

「今はいいの!」

 

憧はそう言って新たに牌を一つ持ってくる。

 

「例えばここに・・・・・・{1}を持ってきたとするでしょ?」

 

穏乃に見えるように{1}を引いてくる。

それを手牌の横に置いた、と同時にカチャカチャと牌が入れ替わる。

 

{一二三四五六七1八} {九}

 

「こんな感じでツモった牌を手牌に紛れさせて、ツモ切りか手出しかを分からなくさせるテクニックよ」

「へぇー」

 

手品みたいと驚く穏乃。

秀介はそんな穏乃を対面に移動させ、いくつか裏向きの牌を並べた。

 

「じゃ、ちょっと見てな」

 

そう言って引いてきた牌を手牌の端に加え、真ん中当たりから牌を抜き出して裏向きのまま捨てる。

それを4回ほど繰り返した。

 

「じゃ、今捨てられている牌が何か分かるかな?」

 

その言葉に穏乃はフフンと笑って返す。

 

「どこから切ったかくらい分かりますよー。

 こっちから{六七八九}ですよ」

 

そう言ってくるっと裏向きの牌を表にした。

 

{①⑥西8}

 

「あ、あれ?」

 

秀介が晒した手牌は{一二三四五六七八九}のままだった。

 

「うわ! なんで!? 確かに入れ替えてたのに!」

「小手返しでツモ牌を手牌の中に入れてたのさ。

 実際は手が進んでいるように見せて全部ツモ切り。

 応用すればその逆、ツモ切りに見せかけてしっかり聴牌ってことも出来るね」

 

ほーう、と龍門渕メンバーからも声が上がる。

さすがにこれを見たのは初めてだったのだろう。

 

「さらに技術が上がれば・・・・・・国広さんと新子さん、対面から見てて」

 

秀介の言葉に従う二人。

おそらくまた小手返しでツモ切りかどうか当てさせられるのだろう。

憧は自分が出来るくらいだし見切って見せると意気込むし、一に至っては手品が得意な自分に見抜けないと思っているの?と少し不満気だ。

 

「いくぞ」

 

秀介はそう言って手牌の{一二三四五六七八九}が見えないように再び立て、持ってきた{1}を手牌の上に乗せる

途端、カチャカチャと音がして牌が手牌に紛れ込んだ。

 

「さ、{1}はどこかな?」

 

秀介は手牌を伏せて二人にそう言う。

 

(牌が動いたのはこっち側3牌だけのはず・・・・・・。

 でもツモ牌を3牌目に入れた後さらに動かしたように見えたし・・・・・・)

 

憧は今の動きを頭の中で再生(リプレイ)しながら結論を出す。

 

「こっちから2牌目です」

 

一方の一は表情が険しくなっていた。

 

(う、嘘・・・・・・速い!

 しかも飛ばしたのは、4・・・・・・いや、5?)

 

少し考えた後、一も結論を出した。

 

「・・・・・・こっちから5牌目。

 で、そこから外の部分も何牌か入れ替わってる」

 

二人の結論が出たところで秀介は手牌を晒した。

 

{一二三四1五八七九六}

 

「え!? そんなに入れ替わってた!?」

 

憧が思わず声を上げた。

一も眉を顰める。

 

「実際に使うとしたらこんな感じかな」

 

{一二三四五六七(横1)八九}

 

改めて手牌を整理した後に、{1}をツモ牌として手牌に乗せる。

直後。

 

{一二三四五1七(横六)八九}

 

「・・・・・・は? な、何?」

 

穏乃がごしごしと目を擦って手牌を見直す。

今のは手牌を入れ替えたカシャッという音すら聞こえなかった。

なのにツモ牌と手牌が入れ替わっているのだ。

 

「何事も応用次第さ」

 

そう言って秀介は再び牌を並べ直すと手牌を伏せた。

そして右端を表にする。

 

{■■■■■■■■■1}

 

現れたのは{1}だ。

それを伏せた後に隣の牌を表にする。

 

{■■■■■■■■1■}

 

現れたのはやはり{1}だ。

 

「・・・・・・ん? え?」

「・・・・・・あれ?」

 

穏乃と玄が声を上げる。

あの手牌に{1}は1枚しかなかったはず・・・・・・?

順番に表にしていく。

 

{■■■■■■■1■■}

 

{■■■■■■1■■■}

 

{■■■■■1■■■■}

 

{■■■■1■■■■■}

 

{■■■1■■■■■■}

 

{■■1■■■■■■■}

 

{■1■■■■■■■■}

 

{1■■■■■■■■■}

 

現れた手牌は全て{1}だった。

 

「ええっ!? いやいやいや! なんで!?」

 

穏乃の反応を楽しみながら秀介は手牌を表にする。

 

{一二三四五六七八九②}

 

「んなっ!?」

「えっ!? どういうことですか!?」

 

{②}はどこから来たの!? {1}は!? なんでなんで?と、他のメンバーも手牌に群がる。

 

「まぁ、今のは麻雀の技術ってよりも手品寄りだけどね」

 

秀介はそう言って右手からコロンと{1}を卓上に転がす。

 

「隠し持ってた{②を1}と入れ替えて並べ直し、{(こいつ)}を隣の牌と一緒に持ち上げて毎回見せていたのさ」

 

手牌はこの形、{一二三四五六七八九②}。

端の{②}を持ち上げる時に手の中の{1と入れ替え、全員に1}を見せる。

そしてその{1を回収すると同時に隣の九}を持ち上げて手の中の{②を伏せて戻し、再び1}だけを全員に見せたのだ。

後はそれの繰り返し。

 

「実際に麻雀では使えなくても、牌入れ替えの練習にはなるよ」

「す、凄い!」

 

目をキラキラと輝かせて穏乃が小手返しの練習を始めると、他のメンバーもつられて同じように始めた。

それを見守りながら時にアドバイスを出し、不意に秀介は玄に声を掛けた。

 

「そうだ、松実さんの妹さんの方」

「え? あ、はい、何でしょうか?」

 

小手返しが上手くいっていないのでそのアドバイスだろうか。

そう思っていたのだが、秀介は卓から他の牌を集めてきて手牌を作る。

 

{[五]六七(横六)③④(ドラ)⑨34東北白發}

 

「こんな感じの配牌の時、何から切っていく?

 ドラは{⑥}で・・・・・・東場で南家とでもしようか」

「この配牌ですか? えっと・・・・・・」

 

玄は少し考え、{北}を選択する。

 

「それじゃあ・・・・・・」

 

続いて、「ドラが寄ってくる体質だよね。ドラが来ないことは無い?」などと確認しながらドラと赤牌が多くなるようにツモを選んでいき、手牌が完成するまでそれを繰り返した。

 

手牌

 

{三四[五]六六③④[⑤](ドラ)⑥⑥34[5]}

 

捨牌

 

{北東發白⑨6二七}

 

タンヤオ三色ドラ3赤3の倍満だ。

で、それがどうしたのかと秀介の方に視線を戻す玄。

 

「例えばだ」

 

そう言って秀介は捨て牌を並べ直す。

 

{6七二⑨發白東北}

 

「こんな感じの捨て牌を見たらどう思う?」

「えっと・・・・・・変だと思います」

 

まぁそうだけど、と笑いながら秀介は言葉を続けた。

 

「最初に中張牌を連打したら普通チャンタ何かを思い浮かべないかい?」

「ああ、それは確かに」

「ところが手牌はタンヤオ三色、ドラもたっぷり乗っている。

 ドラがたっぷり来る君にドラの脅威を聞いても実感湧かないだろうけど、例えばチャンタだと思って切った{4}が索子の清一に刺さったりしたらびっくりするだろう?」

「・・・・・・そうですね、びっくりします」

 

秀介の言葉にこくこくと頷く玄。

ここまでくれば秀介の言いたいことが察せられるだろう。

 

「ドラや赤が来る前提で手を進めてごらん。

 能力頼りになるし面子選択を誤ったら手がボロボロになっちゃうけど、うまくはまればロン上がりを狙うのに最高の形を狙えるよ」

「な、なるほど!」

「じゃあ、試しにこういう手牌の場合は・・・・・・」

 

そうして何回かテストの配牌に対しドラが来る前提で手を進めてみる。

チャンタどころか国士無双を思わせるような捨て牌でありながら手牌は綺麗なタンピン三色。

何度か失敗しながらも綺麗に決められた時には思わず「おおー!」と声を上げてしまっていた。

 

「す、凄いです、私にもこんな上がりが出来るなんて・・・・・・!

 私、ドラを大事にしないといけないと思って中張牌は抱えるようにしていたから、余った牌を狙われたりすることがあったんです。

 でもこれがちゃんと使えるようになれば・・・・・・!」

 

ドラに手が縛られることを弱点とするのではなく、手牌を先に確定できる利点として受け入れる。

それは晴絵が教えてくれなかったことだ。

とは言っても、秀介程狙い打つことに思考を割いてでもいなければ早々思いつかないことだったかもしれないが。

少なくとも玄は自力では思いつけなかったし、仲間からも昨日今日の龍門渕メンバーからもそう言われたことは無かった。

そこには感動すら感じてしまった。

 

「あー! 玄さん小手返し以外にも何か教わってるでしょ!」

 

突然穏乃の声が聞こえた。

小手返しが上手くできているか見てもらおうと秀介を探していたらしい。

 

「え!? 何それずるい!

 わ、私にも鳴き所の牌の選び方とか教えてもらえませんか!?」

 

憧もそう言って秀介の元に来る。

 

「まぁまぁ、順番に」

 

秀介はそれまで打った感想なども交えて改善点を説明していった。

そうは言っても皆晴絵の指導の元基礎はしっかりしているわけだし、ほんの些細なきっかけを与える程度だった。

 

「新子さんは鳴きのセンスが十分ある、無理に新しいことを取り込む必要はないよ。

 ただ自分の手が進められなさそうなときに相手を妨害する目的で鳴いてみてもいいかな。

 高鴨さんは折れない心を持ってるところが凄い。

 たまにこうやって基礎を振り返ったり勉強し直したりしつつ上を目指していけば強くなれるだろう。

 松実お姉さんはちょっとずつ赤くない牌も交えて手役を目指してみるといいんじゃないかな。

 鷺森さんは・・・・・・」

「あなたに教わることは何もありません!」

「・・・・・・まぁ、行き詰るようなことがあったら伝えるアドバイスとして・・・・・・」

 

あれやこれやと説明していき、実際にそれを実行しつつ打ってみようと再び卓に向き直ったりした。

 

「しゅーすけ! 衣にも何か教えてほしいのだ!」

「お前は十分強いし小手先のテクニックなんて学ぶだけ無駄だ。

 そのままいろんな人と麻雀を楽しめ。

 楽しんだ数だけ成長につながるからな、きっと身長も伸びるぞ」

「ホントか!? がんばるぞ!」

「志野崎先輩ー、俺にもなんか教えてくれ」

「純は鳴きのセンスも流れの読みも抜群だ。

 それだけに能力を行使するタイミングをミスしないように気を付けろ。

 何度かそれで沢村さんにも狙い打たれてるだろ」

「ともきーにもアドバイスしてあげればどうですか?」

「沢村さんは俺のアドバイスなんか聞かんだろう。

 代わりに牌譜を何度も見直しているみたいだから、その時に「こういう打ち方もあるのか」と思えるような打ち方をしてあげている。

 彼女なら何度か見直すだけで勉強になるだろうよ、多分」

 

前世でプロ候補の面倒を見ていたせいか、先生体質を存分に発揮して面倒を見ていく秀介であった。

 

 

やがてもう阿知賀メンバーが帰らなければならない時間となった。

その頃にはさすがに晴絵も動けるようになっていたが、秀介を見ると小さくカタカタと震えているように見えた。

 

「じ、じゃあ、お世話になりました」

「「「「「お世話になりましたー!」」」」」

 

一同は揃って頭を下げる。

それを受けて龍門渕メンバーも秀介も頭を下げた。

 

「こちらこそいい刺激になりましたわ」

「・・・・・・色々勉強になりました」

「また機会があったら打とうぜ」

「いつでも待ってるからね」

「また来るのだー!」

 

挨拶を交わした後、晴絵の車に乗り込む阿知賀一同。

と、晴絵の元に秀介が向かい、手を差し出した。

握手でもしようと言うのだろう。

秀介はいつもの笑顔で、晴絵は少しひくついた笑顔で手を差し出し、握手を交わした。

 

「では、機会があったらまた全国でお会いしましょう」

「ひぅ! そそそ、そ、そうですね、おおおおお会いしましょう!」

 

晴絵はそう返事をして車に戻って行った。

「ハルちゃん!? どうして泣いてるの!?」と声が聞こえたが気にしない。

それを放っておいて車の窓から憧が声を掛けてくる。

 

「ところで志野崎さん、全国で私達と清澄が戦うかもしれないっていうのに色んなアドバイスくれちゃってよかったんですか?」

 

にやにやと笑っているようだったが、秀介も笑顔で返事をしていた。

 

「ほら、強敵を作ってそれを乗り越えていってもらうみたいな楽しさもあるじゃないか。

 清澄(うち)清澄(うち)でより一層強くなってもらうだけさ」

 

それを聞いて阿知賀一同は考えた。

より一層強くなってもらうというその方法とは、今回の練習試合の後半のような優しいアドバイスだろうか。

それとも晴絵達にしたようなスパルタ的なやつであろうか、と。

まぁ、深く考えないようにしよう。

 

確実に言えることは、彼がいる以上清澄は恐ろしい強敵になるだろうということだけだ。

 

最後に穏乃が窓から手を伸ばす。

秀介はそれと握手を交わした。

 

「本当にありがとうございました。

 また機会があったら打ってくださいね。

 和にも・・・・・・」

 

よろしくお願いします、と言い掛けて言い留まった。

そして。

 

「・・・・・・いえ、秘密の方が楽しそうかな」

「分かった、原村さんには秘密にしておこう。

 全国で会うのを楽しみにしているよ」

「はい! こちらこそ!」

 

それでは、と両者が手を離すと車が動き出した。

 

両校の一同はお互いに手を振りながら別れを告げた。

 

次に会う時にはもっと強くなっていることを胸に誓いながら。

 

 

 

「しゅーすけ、今日はこれからどうする?」

 

阿知賀一同を見送った後、衣がそう声を掛けてきた。

 

「おう、衣、さっき見た時より大きくなったんじゃないか?」

「本当か!?」

「一日の間に何回そのやりとりを繰り返すおつもりですの・・・・・・」

 

透華のツッコミは気にしない。

 

「そうだな、また引き続き麻雀打っててもいいんだけど・・・・・・」

 

何か考えがあるようで、秀介はフフッと笑った。

 

「明日から清澄の強化にもう少し力を入れた方がよさそうだから、久と作戦会議でもしようかなと思ってるよ」

「そうか、うん・・・・・・」

 

衣は少し寂しそうだったが、すぐにまた笑顔に戻る。

 

「今度はしゅーすけが強化した清澄とも戦いたいのだ」

「・・・・・・そうだな、全員共衣が満足できるような強さになって貰わないとな」

 

秀介はそう返して衣の頭を撫でる。

 

「では本日はこれでお開きとしましょう。

 ハギヨシ、志野崎さんを送って差し上げなさい」

「かしこまりました」

 

いつからそこにいたのか、相変わらず唐突にハギヨシは返事をした。

車の中から。

 

「・・・・・・嘘だろ、本人はいい加減慣れたけど車はあり得ないだろ・・・・・・」

「ハギヨシですから当然でしょう?」

 

純の呟きに当たり前のように告げる透華であった。

 

「ではここで」

 

秀介は開かれたドアから乗り込もうとし、一旦止まって衣の方に向き直った。

 

「じゃあ、俺は清澄の強化をするから。

 衣、龍門渕の強化は任せたぞ」

 

その言葉に、寂しそうだった衣のリボンがピョコンと跳ね上がる。

 

「ま、任せておくのだ!

 例えしゅーすけが強化しようとも、衣はそんな清澄を返り討ちに出来るくらいに皆を強くして見せようぞ!」

「ん、その心意気だ」

 

秀介は衣に笑顔を向けた後、他の龍門渕一同に頭を下げる。

 

「それではまた、都合が合えば参りますので」

「あ、ちょっと」

 

挨拶をした秀介を透華が呼び止める。

「何か?」と返事をすると、少しあちらこちらに視線を逸らしつつ咳払いをして透華は告げた。

 

「・・・・・・あなたは呼べば来ますけれども、そちらから来たいと連絡を受けたことがありませんわ。

 衣も喜びますし、たまにはそちらから連絡してきてもよろしくてよ?」

 

腕組みをしながらそう告げる透華。

その頬は少し赤いように見える。

 

「ええ、そうですね、こちらからも連絡させて頂きましょう」

 

秀介はそう笑顔で返して車に乗り込んだ。

 

「と、透華?」

 

秀介を見送りながら、一が透華に声を掛ける。

何だ今の反応は。

照れ隠しをしながら見送るツンデレお嬢様のようではないか。

ま、まさか、ボクの透華がいつの間にか陥落されていたというのか!?

 

「くっ、衣さえ懐いていなければ・・・・・・あんな男にあんな台詞を言わずとも済んだというのに・・・・・・!」

 

ところがどっこい、透華は秀介にそんな感情は全く抱いていない、これが現実です。

 

秀介やハギヨシ以外とはろくに男と接点がないせいか、何とも思っていないはずなのに妙に恥ずかしくなってしまったのだろう。

それを察し、一は落ち着きを取り戻したのだった。

 

 

そんな反応を知らず、衣は秀介が乗った車を見送り続けていた。

 

次に会う時にはもっと強くなっていることを胸に誓いながら。

 

 




清澄のメンバーは? 阿知賀のメンバーはこの後どうなるの?
皆さまのご想像にお任せするのも作者の嗜み(

次回は募集していた小ネタをやりますよー。

そういえば今更謝りますけど、ともきーって敬語キャラじゃないんですよねー(

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