咲-Saki- とりあえずタバコが吸いたい先輩   作:隠戸海斗

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42志野崎秀介その13 見舞いと約束

目を覚ました彼の体調はすこぶる良好。

確認できた症状は貧血のみ。

その貧血も目を覚ましてから数日、普段よりも鉄分多めの食事を続けた結果完全に改善された。

記憶も戻っているし完全に健康体、医者にとっては本気で理解不能だろう。

前回と前々回に秀介の担当をした医者は別の病院の所属だったが、わざわざその話を聞きつけてやってきた後、錯乱して帰って行ったという。

何しに来たんだとか言ってはいけない。

秀介としては早々に退院を申し出たのだが医者、両親、靖子、久、まこを始めとする清澄メンバー、果ては合宿を共にしただけの各校麻雀部員からも、もはや「ありとあらゆる」と言える知り合いから止められて仕方なくそのまま入院を続行していた。

まぁ、気持ちは分かる。

記憶を失っていた間の体験も覚えている現在の秀介にとっては自業自得と言われても仕方がないだろう。

久はもちろん清澄メンバーも見舞いに来てくれるし、龍門渕家の息のかかった病院ということで衣やその付き添いの透華達も来てくれるのでその点はありがたい。

 

だからと言って健康体で入院していることのなんと暇なことか。

思わず今日もわざわざ見舞いに来てくれた久に、愚痴吐きがてら絡んでしまう。

 

「久」

「何よ」

「暇」

「病人はおとなしくしていなさい」

 

久は花瓶の水を交換しながらあっさりと返答する。

実につれない態度である。

頼み方が悪いのかと、秀介は一息ついて言葉を続ける。

 

「久、外が見たい。

 俺を病院から連れ出してはくれないか?」

「それは男が言う台詞じゃないような気がするんだけど」

 

なるほど、確かに女が口にした方が、映画か何かのワンシーンだろうかと見紛うほどに似合うセリフだろう。

だが口にしているのは男だ、残念である。

外に行くのは無理なようだ。

ならばどうするか、と秀介はベッドに横になり久をじーっと見つめながら考える。

 

久は秀介右手側の椅子に座り、お見舞いの果物の定番リンゴの皮をむき始めた。

これは確か風越の池田が持ってきたものだっただろうか。

「食べ物を持っていけば食べきれない分が私達にも回ってくるかもしれないし!」とかいう動機らしいが、実際に秀介が食べきる前に悪くなりそうな量なので思惑通り見舞客にも回している訳だ。

風越メンバーも美穂子が皮をむいたリンゴを分けて食べていた。

むしろ何故か美穂子がむいたリンゴは全て風越メンバーに回されていたようだが。

多分美穂子のいじわるではなく、久と秀介に気を使っているのだろうと前向きに捉えておく。

一部のメンバーが「はい、あーん」を期待していると思われるキラキラした期待の眼差しをこちらに向けていたようだったが、まぁそれはいい。

 

久の向こう側には白いカーテンと開かれた窓がある。

それらを背景にする今の久は実に絵になった。

このまま見ているだけでもいいかな、という気になれるほどに。

 

が、秀介の視線が気になるのか、久はすぐにその手を止めてしまう。

 

「・・・・・・な、なによ、そんなにじっと見て・・・・・・」

「・・・・・・久」

「何?」

 

やがて何か思いついたのか秀介は起き上がり、久に微笑みかけながら告げた。

 

「お前といちゃいちゃしたい」

「っ!?」

 

危うくリンゴを落とすところだった。

いや、ナイフを落としても危ないけど。

 

「い、いきなり何を言うのよ!」

「しかし俺とお前は付き合っているわけだろう?」

「それは・・・・・・あぅ・・・・・・そう、だけど・・・・・・」

 

言い返してみたものの秀介の追撃にあっさりと黙り込む久。

確かにその通り、あれだけ大勢の前で告白しただけでなく、感極まった久がキスまでしてしまったのだ。

もはや誤魔化しようもないし誤魔化す気もないほどの、万人が認めるカップル成立の瞬間であった。

しかしだからと言って恥ずかしいことに変わりはない。

 

「年頃のカップルが病室で共に過ごすだけというのも実に味気ない青春だと思うんだ」

「そ、それは仕方ないじゃない、シュウは病人なんだから」

「俺は健康極まりないんだがなぁ」

 

はてさてどうしたもんかねぇと秀介はため息をつく。

そんな秀介を見てドギマギしたままの久は心を落ち着けるべく息をつく。

 

「記憶を失ったり血を吐いたりして入院した人の言うことなんか信じられるもんですか」

「酷いな久、病人に対する差別だ。

 俺の言うことを信じてくれないとは」

「当たり前でしょ。

 あんたはいい加減自分がやらかしたことの重大さを思い知りなさい」

 

確かに。

何度も無茶をするなと言われておきながら何度も吐血したり入院したりしたら、そうなるのも当然だろう。

その辺は今更であるが・・・・・・いや、記憶を取り戻した今だからこそ、自業自得だと自覚している。

だがそれでもやはり、健康体が病室に閉じ込められて不満が出ないわけがない。

仕方がないから秀介は、やはり久に向き直って先程の続きを始めた。

 

「反省はしているよ。

 だが発言を信じて貰えないというのはきついな。

 もしかして俺の告白も信じてくれていないのかな?」

「っ・・・・・・それは・・・・・・その・・・・・・」

 

赤い表情でうつむく久。

もはやリンゴの皮をむくどころではない。

 

不意に秀介が左手を伸ばし、久の右頬に手を当てる。

そして優しく自分の方を向かせた。

 

「久・・・・・・」

「ちょ・・・・・・!

 だ、ダメよ、ナイフが危ない・・・・・・」

「ああ、そうだな」

 

久の言葉を受け、秀介は空いている右手でナイフとリンゴを奪うと、ベッド横の備え付けの棚の上の皿に置く。

そしてリンゴの果汁がついた右手の人差指で、久の下唇をそっとなぞった。

 

「んっ・・・・・・!」

 

久の口の中にほんのりとリンゴの甘い味が広がる。

ドキドキが止まらない。

何をされるのだろう、とほのかな不安と期待が浮かび上がる。

 

「久・・・・・・」

 

秀介は変わらない笑顔のまま、久に呼びかける。

 

「な・・・・・・何を・・・・・・する気・・・・・・?」

 

その笑顔から視線が外せない。

 

「こんな状況で男が言うことと言ったら決まっているだろう?」

 

フッと笑い、秀介は言葉を続けた。

 

「久」

「は、はい・・・・・・!」

 

 

「俺の目に入ったゴミを取ってはくれまいか?」

 

 

スパコーンと頭を叩かれた。

 

「台無しよ! バカ!」

「むむ、何が悪かったのか・・・・・・」

 

大して痛くはなかったものの、叩かれたところをさすりながら秀介は久から離れた。

 

「悪いに決まってるじゃない!

 なんかほら、えっと・・・・・・ほ、他にも言うべきことがあるでしょ!?」

「他に? はて、何だろう?

 俺はああいうシチュエーションだったら愛の囁きでも口にした方がいいかなと思っていたのだが」

「あれが!? どんな囁きよ!?」

「目に入ったゴミを自分ではなく他の女に取ってもらうのだぞ?

 「俺のパンツを一生洗ってくれないか?」に匹敵する実にいいセリフだと思ったのだが」

「比較対象が古いわよ!」

 

むーっと秀介をにらむ久。

まったく、真面目なのか冗談なのかよく分からない。

少なくとも今の空気はそのまま本気で押し倒してもよさそうな・・・・・・と考えて久は余計に赤くなってブンブンと首を振るのだった。

いや、でも待って?

古いとは言え「俺のパンツを一生洗ってくれないか?」と言えばプロポーズのセリフではないか。

そのセリフをこの状況で・・・・・・?

いや、ちょ、え? 待って!?

 

と、コンコンとドアがノックされ、誰かが病室に入ってきた。

慌てた久はとっさに平静を装う。

 

「よ、元気してるか? シュウ」

「おー、やっぱり久も来とったか」

 

靖子とまこだ。

この二人は久に次いでよく見舞いに来てくれる。

 

「二人ともいらっしゃい。

 こっちは元気すぎてさっさと退院したいよ」

「ダメだ」

「ダメじゃ」

 

二人揃って秀介の願いをばっさりと切り捨てる。

散々分かっていて仕方のないことだ。

秀介もそれ以上は言わず、代わりに何でもない世間話に移るのだった。

 

「靖子姉さん、俺の目に入ったゴミを取ってはくれまいか?」

「何だ? 急に。

 別に構わんぞ、見せてみろ」

 

そう言って靖子が近寄ろうとすると、途端に久が秀介の頭を抱え無理矢理自分の方を向かせる。

ゴキッと音が聞こえた気がするが気のせいだろう、気のせいに決まっている。

 

「・・・・・・シュウ、あんたね。

 冗談で言っていい事と絶対に言っちゃいけない事があるのよ?」

「どうした久、さっきはくだらないと切り捨てられたように感じたのだが?

 あと首が痛い」

「目に入ったゴミを自分じゃなくて他の女に取って貰おうなんて、冗談でも許されないのよ!

 ここぞって言うときの一回しか許されないんだからね!

 あと相手は彼女限定!」

 

むーと睨む久とそれを笑顔で受ける秀介。

取り残された二人は笑いながらそれを見守る。

 

「で、なんで目に入ったゴミを取るのがいけないんだ?」

「それは知りません。

 二人に聞いてください」

 

先程まで二人が話していた内容に何か関係がある話題だったのだろうが、当然その場にいなかった二人には理解不能なのであった。

 

と、再び病室のドアがノックされる。

今日は来客が多いようだ。

まとまって多人数が来ることはあるが、事前約束が無い状態でたまたま人数が集まるのは珍しい。

 

「しゅーすけ! いるか!?」

「いるぞー、今日も来たな衣」

 

元気よく入ってきたのは衣だった。

その後ろから透華も入ってくる。

 

「失礼しますわ、志野崎秀介さん」

「これはこれは、お世話になっております龍門渕透華さん」

 

ぺこりと丁寧に頭を下げる秀介。

ここは龍門渕家の息が掛かった病院である。

となれば秀介にとって透華は一命を取り留めてくれた恩人と言っても過言ではない。

実際はその使用人こそがまさに命の恩人なのだが今日は来ていないようだ。

いや、呼べばすぐにでも現れるのだろうけれども。

それはともかくとして、咲や和を未だに名字で呼んでいる秀介としては珍しく、既に衣を呼び捨てにする程の仲になっていた。

衣は衣でよく秀介の見舞いに来ているのだ。

 

「元気そうだな、衣」

「おー、衣は元気だぞ。

 しゅーすけも元気か?」

「ああ、元気だな」

 

子供をあやすようなやりとりだが衣自身がそれを気にかけていないようなので良しとしよう。

衣は秀介の返事を聞いて一層笑顔を輝かせた。

 

「では退院だ! しゅーすけ!」

「ああ、そうだな。

 早く退院したいよ」

 

やり取りし慣れた会話のように秀介はそう返事をした。

が、それを聞いて衣は「む?」と首を傾げる。

 

「しゅーすけは嬉しくないのか?」

「ん? いや、そりゃ退院できれば嬉しいけど」

「退院なのだぞ? しゅーすけ」

「・・・・・・何?」

 

今度は秀介が首を傾げる番だ。

衣との会話が今日に限ってどうも噛み合わない。

衣は何を言いたいんだろうか?と考える。

そこに衣は間髪入れずに回答を叩きつけた。

 

「しゅーすけはもう退院していいのだ。

 トーカが言っていたぞ」

「!?」

 

え? そんなあっさりと? なんで?

秀介に限らずその場の全員が透華の方へ振り向いた。

透華ははしゃぐ衣を宥めながらそれに答えた。

 

「・・・・・・衣が言った通りですわ。

 志野崎秀介さん、あなたは明日退院です。

 今日中に荷物をまとめておいて下さいな」

「え? ちょ、え?」

 

さすがの秀介もこれには驚く。

前回は何ヶ月も拘束されていたというのに、今回はあっさりと退院?

一体何故?

 

「ま、待って龍門渕さん!」

 

久が割って入る。

こちらも停止していた思考がようやく再起動したようだ。

 

「どうかしましたの?

 あなたも早く彼が退院した方が嬉しいのでは?」

「いや、それは嬉しいけど・・・・・・。

 でもほら! いつまた倒れるか!」

「それでしたら心配ご無用です」

 

そういうと透華は衣に目配せをする。

それを受けて衣はポケットから何やらペンダントのようなものを取り出し、それを秀介に差し出した。

 

「これを受け取るのだ、しゅーすけ!」

「これは?」

 

受け取った秀介はそれをまじまじと見る。

ペンダントには違い無さそうだが側面にスイッチらしき突起が見える。

 

「ふっふっふ、聞いて驚くがよい、しゅーすけ。

 そのペンダントにはスイッチがついている。

 そのスイッチを押すとな!」

「変身するのか」

「そうなのだ!」

「違いますわよ!?」

 

二人のやり取りにすかさず透華の突っ込みが入る。

さすがの龍門渕家と言えども、そんな謎の技術(オーバーテクノロジー)は所持していないようだ。

が、それを聞いているのかいないのか、秀介は「おおお」とわざとらしく声を上げる。

 

「実は俺、バイクの運転手的なヒーローに憧れていた時期があったんだ」

「おー! しゅーすけは改造人間なのだな!

 トーカ、衣も何かに変身したい」

「いや、そんな機能はありませんわよ!?」

「二人はなんとかな伝説の戦士とかいいんじゃないか?」

「いいなー! それはいいぞ!

 相方はトーカに頼もう!」

「出来ませんしやりませんわよ!?」

 

衣の騒ぎと秀介の悪乗りを宥めたのち、改めて衣がそのスイッチについて説明を始めた。

 

「聞いて驚け、しゅーすけ!

 そのペンダントのスイッチを押すとな!」

「ロボットが呼び出せるのか」

「そうなのだ!」

「だから違いますわよ!?」

 

むきー!と透華が声を上げる。

仕方がない、何せ二回目なのだから。

しかし秀介は再びわざとらしく声を上げた。

 

「機動戦士的なロボットとか出てきてくれたら嬉しいな」

「おー! 衣は自由な奴が好きなのだ!

 あの翼が格好いいと思うぞ!

 しゅーすけは何が好きなのだ?」

「実は俺、運命が好きなんだ」

「ライバル機だな! まるで衣としゅーすけのようだ!」

「青い方の1号機だけどな」

「青い方? 1号機???」

「マニアックすぎる!!」

 

ズビシッと突っ込みを入れたのはまこ。

この突っ込みはこのメンバーの中では彼女にしかできない。

 

「マニアックとか言うな。

 こいつはちゃんと主人公機だし、中々に悲劇的な逸話を持つ機体でな・・・・・・」

「語らんでええよ!?」

 

 

話が進まないでしょ!と久が秀介の頭を叩くことでようやく先に進めることになった。

 

「で、結局これは何なの?」

 

秀介に口を挟ませると余計な時間を食う、ということで久が透華にそれを聞いた。

 

「もし再び志野崎秀介さんが倒れるという事態になったら、そのボタンを押してくださいませ。

 すると近くの病院に直接信号が飛び、さらに同時に現在位置も知らせるようになっていますの。

 さすればどこにいようとも最寄りの病院から、場所に応じて救急車から救急ヘリに至るまで即座に出撃させるよう手配してあります。

 そして日本最高の医療技術をもって、あなたがどれだけ死の淵にいようと必ずや生還させましょう!

 我が龍門渕家は日本各地の病院にも顔が利く存在!

 これくらいやってやれないことはありませんことよ!」

 

おーっほっほっほっと笑い出す透華。

話をまとめるとどうやらかなりえらい事態になっている模様だ。

久やまこや靖子は当然として、秀介もポカーンとしてしまっている。

 

「・・・・・・それは何というか、ありがたい限りなのですが。

 そこまでされると逆に申し訳ないというか、受け取りにくいというか・・・・・・」

「私だって、身内でもない人間を相手にここまでするなんて不本意ですわ!」

 

キッと睨んだ後に透華はそっぽを向く。

が、すぐに渋々と言葉を紡ぎだした。

 

「・・・・・・衣たっての願いですからね」

「衣が?」

「そうだぞ!」

 

ぐいっと秀介の服の袖を掴む衣。

先程までの明るい表情もどこへやら、悲しげな表情で秀介に向かって告げる。

 

「しゅーすけが倒れたと聞いて・・・・・・衣は、すごくショックだったのだ。

 衣の父君と母君がいなくなったと聞いた時と同じくらい・・・・・・。

 そして病室に来てみれば・・・・・・本当に・・・・・・もう目を覚まさないのではないかと思えるほどに静かで・・・・・・!

 あんな思いはもう嫌なのだ!」

 

それは合宿で初めて出会って、一度同じ卓を囲んだだけの人間を相手にしているとは思えないほど深い感情。

ほとんど、たった一日だけの出会い、一度だけの麻雀だったにもかかわらず、衣にとって秀介は特別な存在になっているのかもしれない。

そして、だからこそ透華は渋々とだが衣の願いを叶えたのだろう。

 

「こうして病室で話しているだけでも楽しい。

 だが一番楽しいのはやっぱり麻雀をしている時なのだ。

 しゅーすけが麻雀が出来ずにこうして不貞腐れている姿を見ているのは衣もつまらない。

 だからしゅーすけ、これを持ち歩くのだ。

 トーカが信頼を寄せている龍門渕家の病院なら衣も安心できる。

 これさえあれば、しゅーすけは自由に外に出られるし、また麻雀を打つこともできるのだ!」

 

そう言って衣は服の袖ではなく、しっかりと秀介の手を握った。

 

「だから、しゅーすけ・・・・・・衣とまた、麻雀を打ってほしいのだ」

 

一度目は久の助けがあってようやく受け入れてもらえた提案。

だが今回の秀介は。

 

「ああ、いいぞ」

 

あっさりと頷き、衣の頭を撫でた。

 

「や、約束だぞ! 絶対だぞ!?」

「もちろんだ」

「えへ・・・・・・えへへへへ・・・・・・!」

 

衣は嬉しそうに笑いながら自分の頭を撫でる秀介の手に自分の手を添える。

その様子を残りのメンバーは微笑ましげに見守るのだった。

 

 

 

そして翌日。

 

「お世話になりました」

 

担当医に頭を下げ、秀介は荷物を抱えて病院を後にした。

で。

 

「付き添いありがとうな、久」

「別に、お礼を言われることじゃないわ」

「「私がシュウと一緒に歩きたいだけだから」と言いたいのか」

「そ、そういう訳じゃ!」

「違うのか?」

「・・・・・・うぅぅ・・・・・・!」

 

荷物の一部を抱えて秀介と並んで立つ久の姿があった。

ついでにからかわれる光景といい、病室にいた頃と変わらない。

そして、入院する前の光景とも変わりはなかった。

 

「なぁ、久。

 家に荷物を置いて休憩したら、少し近所を散歩しないか?」

「・・・・・・別にいいけど」

「そうか、ありがとう」

 

ただ違うのは、秀介の押しが少しばかり強くなり、久が少しばかり素直になったところだろうか。

これから秀介の両親が車で迎えに来てくれる予定だ。

それに乗って家に帰ったら、散歩という名のデートに家の周囲を出歩くのもいいだろう。

生まれてからずっと引越しをしていない秀介とそのお隣の久。

二人が近所を散歩するとなったら、そこかしこに幼い頃からの思い出が溢れていることだろう。

それらを順に見て回り、休憩がてら喫茶店で休んだりして、どこか見晴らしのいいところで夕暮れを背景に、なんていかにも青春ぽくていい感じだ。

そこまで秀介が考えているのかは不明だが、久の方はそこまで想像してしまっていた。

一人で先走ってはよくない。

でも・・・・・・。

 

(・・・・・・期待してもいいかな・・・・・・?)

 

久は高鳴る鼓動を抑えながらちらりと秀介の方を見た。

 

と、その時病院の敷地内に車が入ってくる。

それは二人の目の前で止まった。

黒塗り、標準より長い車体、ボンネットのエンブレム。

どこからどう見てもそれはリムジンであった。

何だ? どこのVIPのお迎えだ?と二人は少しばかり後ずさる。

そんな二人の目の前でドアが開いた。

 

「しゅーすけ!」

 

中からは衣が飛び出してきた。

それはまだ分かる。

ああ、龍門渕家のリムジンか、と予想が付くし。

だが。

 

「やぁ、シュウ」

 

一緒に靖子が降りてきたのはどういう理由か。

 

「事情説明を求める」

「いいぞ、だがまずその前に二人とも車に乗れ」

 

秀介の言葉に靖子はそう返してくいっと車の方を指さす。

その姿はまるでオーナーのよう。

だがはっきり言ってしまえば靖子と龍門渕家は赤の他人のはずだ。

精々衣と顔見知りという程度の関係のはず。

靖子は「お前の両親にも説明してあるから」と言って急かすので、その辺の事情も聞かせてもらおうかと二人は渋々車に乗り込んだ。

 

 

走っていたリムジンはやがて市街地を抜け、大きな門をくぐり、城かと見紛うような屋敷に入って行った。

降ろされた先から衣達に連れられて赤絨毯の廊下を歩き、突き当たりの扉を開く。

 

中には煌びやかな照明と、あの合宿にいたメンバー。

一部ドレスアップしているメンバーもいる。

そして周囲には食事やらなにやら。

 

事前に説明が無くともここまでくれば察しが付く。

とはいえ、説明を受けていてもここまでの豪華さはさすがに予想外だったが。

 

「志野崎秀介さん、退院おめでとうございますわ」

 

つかつかと歩み出てメンバーの真ん中で挨拶した透華の一言に続いて、周囲からも「おめでとー!」と声が上がった。

まぁ、ようするに秀介の退院祝いパーティーというわけだ。

 

「どうだ!? 凄いであろう!?

 衣がトーカ達に手伝ってもらって考えたんだ!」

「そうか、ありがとう、衣」

 

そう言って衣の頭を撫でる秀介。

衣は嬉しそうに秀介にすり寄っていた。

 

「しかしこれはまた凄い豪華だな」

「え、ええ、そうね」

 

周囲を見渡す秀介同様久も落ち着きがない。

 

「む、しゅーすけは豪華なのは嫌いか?」

「いや、せっかくだから楽しませてもらうよ」

 

そう言って笑いかけると衣もほっとしたように笑った。

そんなやり取りを見守っていたかのように、直後にメンバーが秀介達の周囲に集まってきた。

 

「退院おめでとうございます、志野崎先輩」

「先輩! 無事でよかったです!」

「こんなに早く退院なんてびっくりだじぇ!」

 

真っ先に集まったのは清澄メンバー。

 

「きっと華菜ちゃんの果物が効いたんだし!」

「いや、それはどうかと・・・・・・」

 

続いて風越メンバー。

 

「おめでとう、志野崎秀介。

 元気そうで何よりだ」

「ワハハー、今日退院したばかりとは思えない顔色だなー」

 

鶴賀メンバーも。

もちろん龍門渕家の主催である以上龍門渕メンバーも揃っている。

 

「よくこんなに集まったな」

 

秀介が半分呆れながらも嬉しそうにそう言うと久が答えた。

 

「みんな心配してたのよ?

 一気に押しかけたら迷惑になるかもって、わざわざ私経由で花束渡したり。

 果物とかケーキとかタコスとかプロ麻雀せんべいとか」

「誰だよ、あのせんべい寄越したのは。

 キラキラしたカードばっかで目に悪い」

「「ええー!? よろしければそれ譲ってくださいませんか!?」」

 

ズドドドドと駆け寄ってきた文堂と津山に「君たちか」とカードを差し出す秀介。

「スーレア三尋木プロが!」「小鍛治プロのホロレアだと!?」「実在したのですか!?」「確かプレミア価格で!」とかいう声をスルーして輪に戻る。

 

「料理もいい匂いだな」

 

その言葉に答えたのは透華だった。

 

「うちのシェフが作りましたのよ。

 ま、普段は食べる機会もないでしょうから存分にお楽しみくださいな」

 

ツンとした言い回しでそう言う透華。

本人に嫌味のつもりがあるのかは不明だが、仮にあったとしても通じる秀介ではない。

 

「ああ、ありがたく頂きますよ」

 

そう言ってバイキング形式で好みの料理を取っていく。

周りのメンバーも既に食べ始めていることだし、遠慮はない。

いくつか皿に取って食べてみる。

 

「む、美味いなこれは。

 久も靖子姉さんも食べなよ」

「もう食べてるわよ。

 ホントに美味しいわね」

 

共に来た久達に秀介が声をかけたが、彼女達も既に食事を始めていた。

靖子は離れたところで「酒は無いのか?」と使用人に聞いて、衣に「主催のトーカが高校生なのにある訳がないであろう。だからお前はゴミプロなのだ」と突っ込まれていた。

そのせいで頭をグリグリされて悲鳴を上げている衣は後で助けるとして、周囲の盛り上がりから察するに自分の体調を気にする人はあまりおらず、それをダシに集まって騒ぎたかっただけなのだろうなと秀介は思った。

向こうでは優希が不満気に「タコスを作れ!」と使用人に命じていて、ものの数分で出てきたそれを満面の笑みで頬張っているし。

何人か使用人に料理の作り方を聞いている女子もいるし。

だが逆に使用人達に、より味に深みを出すコツを指導しているのは美穂子だけだと思う。

盛り上がる彼女達の様子を楽しげに見ていながら、秀介は通りがかりの使用人に声をかける。

 

「リンゴジュースはありますかな?」

「はい、こちらに」

 

差し出されたのはワイングラスに入ったリンゴジュース。

そして差し出したのはハギヨシだった。

 

「これは・・・・・・命の恩人様」

「どうぞお気になさらずに、志野崎様」

 

お互いに敬語を使い合う。

秀介は恩人相手に当然として、ハギヨシは使用人の立場を考えれば当然として。

 

「・・・・・・本来なら床に頭を擦りつけてあなたに謝罪と感謝をしなければならないのですが、この場ではさすがに人目を引きすぎる。

 後で個人的に」

「それには及びません、使用人として当然のことをしたまでですから。

 しかしあの時も申し上げさせて頂きましたが、謝罪と感謝の気持ちがあるのでしたらそれを今後、周囲の方々を悲しませない心遣いに回して頂けたらと思います」

「それはもちろんのことです」

 

秀介はハギヨシの言葉にそう返して頭を軽く下げた。

軽い挨拶を交わす程度、だが頭を上げて再び視線を合わせた時、ハギヨシは今までにないほど真剣な表情で秀介に迫っていた。

 

「・・・・・・特に、次にあなたが倒れたりしたら悲しむ方々の中に衣様も含まれてしまっているようですので。

 もし今後衣様を泣かせるような事態になったら、その時は・・・・・・」

「・・・・・・その時は?」

 

聞き返した秀介に、ハギヨシは少しばかり表情を和らげて返事をした。

 

「その時は、私がこれまで受けてきた数々の使用人としての心構えを、あなたにも学んでもらうべくご指導させて頂きます故。

 その際にあなたのご都合や泣き言の類は、一切無視させて頂きますのでご了承の程を」

「これはこれは・・・・・・」

 

ハギヨシがここまでの万能完璧執事になるに至った過去の経験、一体どれ程のものになるのだろうかさすがに想像が出来ない。

それを叩きこむと面と向かって言われてはさすがの秀介も苦笑いを浮かべる。

が、すぐに先程までのハギヨシ同様真剣な表情を浮かべ、返事をした。

 

「その約束、必ずや果たさせて頂きます。

 まぁ、事情が事情だけに「この身に代えても」とは言えませんがね」

 

そう言ってお互いにフッと笑い合った。

 

 

と、その時広いフロアの奥の方から何かが運ばれてきたらしく、小さなざわめきが上がる。

 

「しゅーすけー!」

「おう、何だ?」

 

同時に衣に呼ばれ、秀介は返事をしながらそちらに向かった。

行ってみるとそこに現れたのは。

 

「・・・・・・麻雀卓?」

「そうだ!」

 

当然のように胸を張って答える衣。

何故このような食事の場に麻雀卓が?

それを聞くまでもなく、衣は一緒に使用人が用意した椅子に座りながら答えた。

 

「「衣とまた麻雀を打ってほしい」とお願いしたら、しゅーすけは頷いてくれたではないか。

 約束したであろう?」

「ああ、確かに約束したけど・・・・・・」

 

今かよ、というのが正直な感想。

だがそんなものどうでもいいと思えるほどの喜びもある。

 

「そうだな、せっかくだし打とうか」

 

秀介はそう言って衣の正面の席に座った。

 

「で、他には誰が?」

「・・・・・・私が」

 

秀介の言葉に、いつの間にか智紀がスッと現れて秀介の上家に座った。

紫を中心としたドレスに身を包んだ姿は、普段の彼女とは少しばかり違う雰囲気を醸し出す。

キラリと眼鏡を輝かせながらわずかに秀介を睨むような視線がそれを後押しする。

秀介は相変わらず彼女に何故睨まれているのかを知らない。

他のメンバーも知らない。

だが彼女の有無を言わさぬ態度が、他の誰にも余計な口出しを許さなかった。

 

「では、あと一人だな」

 

衣の言葉に周囲のメンバーは顔を見合わせる。

「誰が入る?」「あのメンバーに入るのはさすがに・・・・・・」「でも興味あるかも」など色々な声が飛び交う。

そんな中、秀介が声を上げた。

 

「久、入ってくれ」

「え? 私が?」

 

驚きの声を上げる久。

秀介はそんな久に笑顔を向けるのみ。

 

「退院して最初の麻雀は、お前と一緒に打ちたいんだ」

 

この男に正面からそう言われて断れる久ではない。

ましてや物凄い笑顔なのだ。

 

「・・・・・・分かった」

 

笑顔を直視できないのか微妙に逸らしながら久も席に着いた。

それを確認して衣が卓に手を伸ばす。

 

「では、言い出しっぺの衣が賽を振ろう」

 

カララララと賽が回り、その間に同卓のメンバーは用意された牌を卓に流し込んで山が出来るのを待つ。

賽の出た目は8、智紀だ。

 

「・・・・・・私が親でいいですか?

 それとももう一度振りますか?」

「いいんじゃないかな、そのまま親で」

「・・・・・・では」

 

秀介の言葉に智紀が起親マークをセットする。

 

「しゅーすけ」

 

不意に衣が話しかけてきた。

 

「衣を楽しませよ」

 

同時に襲いくる殺気にも似たプレッシャー。

卓に座っていない他のメンバーが怯むような圧力の中、しかし秀介は相変わらず笑って返した。

 

「そちらこそ、気を抜いているとあっという間にその点棒(クビ)攫っていくぞ」

 

 

 

東一局0本場 親・智紀 ドラ{五}

 

退院して初めての麻雀、相変わらず秀介の目には麻雀牌が透けて見えた。

だがもう絶望は無い。

 

(・・・・・・ああ、この感触・・・・・・いいなぁ・・・・・・)

 

チャッと見えている牌をツモる。

 

(自分が楽しみ、そして見ている者も楽しませる)

 

山を見通した上で不要牌を手牌から抜き出して切る。

 

(これも、麻雀だ)

 

今秀介の表情には笑顔しかなかった。

 

8巡目。

 

「・・・・・・ツモ」

 

{一二三①②③③③123西西} {(ツモ)}

 

「リーヅモ三色裏1、4000オール」

 

まずは親の智紀がそのまま上がりを取った。

チャンタに出来なかったのは残念だが、スムーズにまとまった手で上がりを取ったのは流れを呼ぶのにちょうどいい。

 

「・・・・・・お二人で盛り上がるのはご自由ですが」

 

点棒を受け取りながら智紀は口を開いた。

 

「除け者にしてもらっては困ります」

 

その言葉に、衣も秀介も笑った。

 

「ああ、もちろんだぞ」

「卓上に部外者はいないからな」

 

そして久も。

 

「そ、そうね」

 

考えてみれば思った以上にこの卓はレベルが高いなー、と今更ながら気後れしているように見えた。

が、実は本人はどちらかと言えば智紀に意識が行っていた。

 

(相変わらず少し不機嫌そうにシュウの方を見てる・・・・・・やっぱり気があるのかしら?)

 

 

 

東一局1本場 親・智紀 ドラ{②}

 

智紀が連荘したこの局、実にたったの6巡で決着はついた。

 

「ツモ」

 

秀介の上がりで。

ジャカッと手牌が倒される。

 

{⑤⑤⑦⑦117788北白白} {(ツモ)}

 

「リーヅモ七対子裏2、3000(さん)6000(ろく)の一本付け」

 

あっさりと無駄ヅモの無い最速上がりだ。

 

「相変わらず早いな」

「このメンバー相手じゃトップギアでもなきゃ失礼だ」

 

衣の言葉に秀介はそう言って点棒を受け取り、点箱に仕舞う。

 

ただ一つ、久が渡した100点分を残して。

 

「ちょっと、忘れ物よ」

「ああ、悪い」

 

スッと久が改めて手渡してきたそれを、秀介は直接口で銜えた。

 

「なっ、ちょ!」

 

赤い顔でとっさに手をひっこめる久。

公衆の面前で点棒ごと指を銜えられるかと思った。

が、秀介はそんな久の反応を楽しんでいるようで、加えた100点棒を指で挟み、ぷぅと息を吐いた。

 

まるでタバコを吸っているかのように。

 

「退院祝いだし・・・・・・」

 

それを見て智紀は一層表情を険しくし、衣はぱぁっと表情を輝かせ、久はやれやれとため息をつくのだった。

 

 

「タバコが吸いてぇな」

 

「高校生でしょ、成人まで待ちなさい」

 

 




締めはやはりこのやり取りで完結。

と見せかけてまだあります。

一番時間をかけたのは秀介が好きな機体を語るところ(
割と直前までゴーストファイターではない奴とどっちにするか悩んでました。

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