咲-Saki- とりあえずタバコが吸いたい先輩   作:隠戸海斗

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41志野崎秀介その12 記憶と喪失

気がつくとそこは真っ暗な場所、ではなかった。

 

今度は真逆、真っ白な空間だった。

 

「・・・・・・何だここは?」

 

そう呟きつつ、どうせまたあの死神みたいなのが来るんだろうと思い、周囲を見回してみた。

 

白いワンピースに身を包んだ金髪の美人がそこにはいた。

 

「ようこそ、いらっしゃいました」

 

そら来た、彼は軽く鼻で笑いその人物と向き合った。

 

「今度は死神じゃないんだな」

「はい」

 

彼女の正体、それは彼女の姿を見れば分かる。

金混じりの白い翼と、頭の上の輪っか。

 

「私は天使です。

 初めまして、「志野崎秀介」様」

「ああ、初めまして」

 

死神の次は天使か。

全くおかしな存在と縁があるものだ、と彼は笑った。

 

さて、死んだ自分はどうなるのかと疑問をぶつけたかったが、それよりも気になる事を先に聞いてみた。

 

「あの死神はどうしたんだ?」

「そう、私が何故ここにいるかという事は、その事と関係があるのです」

 

ほう、死神と天使が関係しているとは知らなかった。

もしやあの死神が言っていた友人と言うのはこの天使の事だったのか?

そんな事を思いつつ続きを促す。

 

「詳しく話して貰えるのか?」

「ええ、もちろん。

 それに当たってまずはあなたに感謝の言葉を送らせて頂きます」

 

・・・・・・感謝の言葉?

何を感謝される事があるというのか。

思わず胡散臭そうな表情をしてしまった彼に、天使は変わらぬ笑顔で言葉を続けた。

 

 

「まずは、「志野崎秀介」様。

 あの死神を殺して下さった事を感謝いたします」

 

 

「・・・・・・殺した?」

 

眉をひそめる彼に、天使は頭を下げる。

 

「死神というものは死んだ人間の魂を栄養にしたり、仲間に売り付けたりする非道な存在。

 浄化して来世へと送り届けてあげる私達天使からしてみたら全く持って憎い存在です」

 

そして天使は彼に手を差し出す。

 

「あなたはそんな死神を一人葬り去ってくださいました。

 まことに感謝をしております」

「・・・・・・待ってくれ」

 

話について行けない、と彼は一度天使の話を止める。

 

「まず確認させてくれ。

 あの死神が死んだだと?」

 

その言葉に天使は「あらあら」と意外そうな顔をする。

 

「てっきりご存知でいらっしゃると思いましたが。

 そこに転がっていますでしょう?」

 

何が、と彼は天使が指示した方向に顔を向ける。

 

 

「死神の亡骸が」

 

 

そこにはこの真っ白な空間に似つかわしく無い、砂とも錆とも区別がつかない細かい物体の小さな山。

 

「無意識で死神を殺すなんて、死神殺しの才能に秀でていらっしゃるようですね」

「・・・・・・待て」

「私達の慈愛の力を受ければ、これはおそらく立派な死神殺しに・・・・・・」

「待て! 待てと言った!」

 

彼の言葉に天使は首を傾げる。

 

「どうかなさいましたか?」

「死神が死んだってのはどういう事だ!?

 俺が何をして殺したと!?

 いや、そもそもこいつら、どうやって死ぬんだ!?」

 

天使は相変わらずキョトンとしている。

しかし説明は続けてくれた。

 

「あの死神は何も言っていませんでしたか?」

 

 

『ありったけの物を全て支払って、身ぐるみ剥がされて最下層に貶められて、色んな奴らの色んな処理道具にされても庇いきれないの!

 

 こっちの身だって危険になるんだから!

 

 そんなのヤだからとっとと見捨てて地獄に送ってやるんだからね!』

 

 

ああ、あの時は冗談か何かだと思っていた。

仮に本気だとしても、死神がそこまでして自分をかばう理由など無いと思っていた。

なのに、何だこれは?

 

『万が一また俺が何かの間違いでここに来たら、その時は遠慮なく俺を地獄に突き落してくれ』

 

ちゃんとそう言ったのに・・・・・・!

その記憶はあるのに!

 

「あいつまさか・・・・・・俺を助けたのか!?」

 

天使はくすくすと笑った。

 

「その通り、あなたはまだ死んでいません。

 死神は人を助ける為に力を使ってはいけない、というルールがあるんです。

 それを破ると死んでしまうから。

 逆にいえば死神に人を助けさせることができれば、彼らを殺す事が出来るという事です」

 

「・・・・・・あいつが・・・・・・何で俺を助けたんだ・・・・・・」

 

自分を見捨てて殺せばよかったのに。

そう言えば以前にも疑問に思った。

コネとか弱みとかお金とか、そんなものを自分一人の為に注ぎ込むとは一体どういうわけなのか、と。

 

天使は相変わらずくすくすと笑った。

 

「そこまでして守りたくなる理由なんて、一つしか無いではないですか」

 

もはやその笑いは天使に見えない気がする。

 

 

「彼女はあなたの事を愛していたんですよ。

 そして死神に自分を愛させる事が、死神を殺す一番の方法なのです」

 

 

「・・・・・・嘘だ・・・・・・」

 

「本当ですよ。

 私はその場を見ていませんが、死神が命を掛けて一人の人間を守ろうというのですから、その惚れっぷりは想像できます。

 彼女があなたを好きだということすら気付かなかったんだとしたら、それはそれは大した天然ジゴロっぷりですね」

 

彼は鷲掴みにするように自分の胸に手を当てる。

 

「・・・・・・俺は・・・・・・これからどうなるんだ?」

 

天使はにっこりとほほ笑んだ。

 

「死神を殺した実績がありますからね。

 例えばそうですねぇ・・・・・・」

 

んー、と少しだけ考え、天使はそれを告げた。

 

「その記憶を持ったままお好きな能力を追加で得て、新しく別の世界に転生する権利、なんていかがでしょうか?」

「ふざけるな!」

 

ダン!と彼は足を鳴らした。

 

「俺は生きる事を止めたんだ!

 こんな能力なんかいらないんだ!

 生まれ変わるというのならそれもいいだろう!

 だが記憶は消せ! 能力なんて物もいらない!

 俺を普通に生きさせてくれ!!」

「あらあら、それは困りましたねぇ」

 

天使はそう言いつつ、変わらない笑顔のまま言葉を続ける。

 

「折角の天使のご加護ですよ?

 断るなんて罰当たりですよ、受け取ってくださいな」

「断る! そんなものいらない!」

 

彼は天使を指差しながら告げた。

 

「俺は自殺したんだ!

 まだ生きられる人生を捨てて死を選ぶのは、天使の世界じゃ大罪じゃないのか!?

 俺は罪を犯した!

 だからもし天使の加護なんて物が受けられた上で転生できるというのなら、その権利を放棄する代わりに死神を生き返らせてくれ!」

 

彼は自殺を選んだ。

自身の能力が嫌で死を選んだ。

だがそれは彼が死ぬだけを望んだのであり、死神も一緒に死ぬなんてのは想定していない。

さっさと見捨ててくれればよかったのに、なんで自分を犠牲に俺を助けたんだ!

巻き込むつもりなんて無かったのに!!

 

だから彼は、死神の死を否定した。

彼女を生き返らせるよう頼んだ。

 

だが、天使は「やれやれ、困ったものですね」と、子供でも宥めるかのように言った。

 

「無理ですよ、死神を生き返らせるなんて。

 第一彼女はあなたを苦しめて辛い思いをさせたんじゃないんですか?」

 

その言葉に思わず押し黙る。

その能力を嫌ったからこそ彼は死を選んだ、確かにそうだ。

 

「あなたは彼女から貰ったその力をどう思っていましたか?」

 

その言葉に彼は意識を得てから今まで積らせた文句を思い浮かべる。

誰かにぶつけたかったがぶつけられなかった。

そんな話ができる相手など、ここにでも来なければいなかった。

そして、そんな思いを抱いてしまったことは間違いのない事実。

だから彼は、それを口にした。

 

 

「・・・・・・こんなもの・・・・・・麻雀じゃない・・・・・・」

 

 

「そうでしょう?

 あなたの愛した麻雀をあなたから取り上げた。

 そんな事をした相手ですよ?

 死んで当然ですし、それを成し遂げたあなたは祝福されて当然です。

 どうして助けようというのですか?」

 

その言葉に彼ははっとする。

 

何故死神を助けようとしているのか?

 

記憶が混濁している。

だがちゃんと辿れ。

自分は何を覚えている? 何を体験してきた?

 

「志野崎秀介」の人生に魂を突っ込まれたかのような自分の人生。

そこに竹井久の記憶は無い。

だから自分はそれを「知らない」と結論付けた。

「志野崎秀介」の人生にケチを付けたくなることもあった。

自分の人生にもケチを付けたこともある。

 

意識を失って死神に会って、目を覚ましたらこうなっていた。

 

じゃあ、それまでは?

 

今がおかしいのなら過去はおかしくなかった?

 

記憶を辿れ。

 

自分が知っているのは竹井久のいない人生。

 

だが、考えてみればそれではおかしな行動が多い。

いや、おかしな事が多すぎる。

死神との最後の会話もところどころ欠けている。

一体何故?

そこで何があった?

 

何があったからそんなことになっているんだ?

 

おかしい、何かがおかしい。

普通では無い。

記憶が混濁している。

 

いや、混濁しているのではない?

 

 

「・・・・・・俺は・・・・・・記憶を失っているのか・・・・・・?」

 

 

自分の頭を抑えながらそう呟く。

そうだ、そう考えればしっくりくる。

この妙な記憶と身体を勝手に使われているかのような感覚。

知らないはずの事が体験してきた事になっている、と感じてきたがそうではない。

やはりこれは体験してきた事を思い出せないという感覚だ。

何故今までこんな可能性に気付かなかったのか。

絶望で目が曇っていたのか?

それとも気付けたはずの元来の思考能力をも失ってしまっていたのか?

 

何らかの拍子に記憶を失って、しかしそんな自分とは別に身体を動かし言葉を発する「志野崎秀介」という人物がいる。

記憶を無くした事を周囲に悟らせないように、それこそ完全に記憶を無くすよりもよっぽど性質(タチ)の悪いやり方で記憶が消えたのだ。

 

何故そんな記憶の消え方をしている?

誰がそんな事をしたのだ!?

 

あの死神が・・・・・・?

そんな事をする奴だなんて思えない!

でも、死神なんだぞ? 天使じゃないんだぞ?

人の記憶をこんな形で消すようなことを・・・・・・いや、しかし・・・・・・だが現実に・・・・・・。

 

あの死神がやったのか、他の誰かがやったのか。

それとも他の事故か何か?

覚えていない。

だがこれだけは間違いないようだ。

だから彼はその言葉を改めて口にする。

 

 

「俺は・・・・・・記憶を失っているのか?」

 

 

その言葉に天使は驚きの表情を浮かべ、そして喜びとも悲しみとも区別がつかないような表情を浮かべ。

 

「おめでとうございます」

 

そう言って。

 

「あなたは上埜久、現在の竹井久に関する記憶を全て失った。

 それによって生じる不都合を補うために、おかしな形で別の記憶が補完されてしまった。

 さぞかし不都合だったでしょう、さぞかし苦しかったでしょう、さぞかし辛かったでしょう」

 

こちらに人差し指を突き出してきた。

 

「正解者にはご褒美を」

 

そして光を放ち始めたその人差し指を彼の額に当てた。

 

その途端、視界が揺れた。

 

記憶に無い「あの日」と、それ以前の久の記憶がよみがえる。

 

 

「そんならとっとと返事して手元に置いておきんしゃい。

 あんまり久を待たせたらいかん」

 

 

「シュウは部長ってガラじゃないしね」

「久はしっかり者だからな」

 

 

「俺と久の件には口出ししないと誓って頂きたい」

 

 

「・・・・・・特殊ルール二人麻雀」

「・・・・・・何もしないよりよさそうね」

 

 

「清澄高校なんてどう?」

 

 

「今はまだ・・・・・・仲のいい幼馴染でいてくれ・・・・・・」

 

 

「お前が悲しむくらいなら、この程度何でもねぇよ」

 

 

「シュウ・・・・・・助けて・・・・・・!」

 

 

「5リットルの血を吐いて死んでしまう身体になってしまったんだ」

「嘘おっしゃい」

 

 

「シュウくん・・・・・・靖子さんが手がつけられない・・・・・・」

 

 

 

「・・・・・・ありがとう・・・・・・」

 

 

 

「わ、私・・・・・・シュウの事・・・・・・!」

 

 

 

「お前が好きだ、久」

 

 

 

ああ、これが俺が忘れていたものか。

 

空と地面の区別もつかない真っ白な空間で、便宜上空と呼べそうな上を見上げてそう思う。

 

こうして記憶を取り戻してみると、自分が死のうとした事の何と愚かな事か。

 

この代償を抱えてでも、生きていたいと思えるものが俺にはあった。

 

 

「思い出せたようですね」

 

天使は笑顔でそう言った。

秀介もそれに笑顔で返す。

 

「・・・・・・ああ、ありがとう。

 お前のお陰だ、感謝するよ」

 

そして、それからと言葉を続ける。

 

 

「・・・・・・また会えて嬉しい」

 

 

天使の表情が消えた。

 

 

「・・・・・・えっと・・・・・・」

「ああ、悪い。

 見破られたらダメだとか決まりがあったらごめんよ。

 その辺薄ぼんやり誤魔化そう」

 

笑顔のままそう言った。

天使は困惑した表情であちこち視線を外していたが、やがて俯き、言葉を絞り出すように口を開く。

 

「・・・・・・どうして分かったの・・・・・・?」

 

秀介は事もなげに答えた。

 

「何年の付き合いだと思ってるんだ。

 確かに見た目は違うが、声はそう大差ない。

 お前が無理矢理敬語を使っておとなしく喋ればそんな感じになるだろうし、笑い方がどことなく似ていた。

 それにお前は命の恩人だし、他の人間には愚痴れないような秘密を共有した・・・・・・んー、なんていうかな」

「共犯者?」

「その言葉のチョイスはどうかと思うが、まぁそんなところかもな」

 

自信有り気に、というか自分の予想が外れているはずが無いというような前提で話す秀介。

そして天使の方もそれを受けて、小さくため息をついた。

 

「・・・・・・あたしがせっかく必死に天使に()()()()()っていうのに」

「・・・・・・ってことはやっぱりお前は天使じゃないんだな」

 

ぽりぽりと頭を書くその姿は先程までと同一人物の天使には見えない。

 

「天使には間違いないよ。

 だから、そこにあるのがあたしの死体ってのも間違いない」

 

先程の、この白い空間に似つかわしく無い砂だか錆だかの小さな山を指差しながらそう言う。

 

「・・・・・・でも俺にとって、お前はやっぱり死神だよ」

「ん、そうして話して来たのが長いからね」

 

やれやれと首を振ると、やがて彼女はニッと笑った。

 

「あたしも、また会えてうれしいよ」

「そりゃ光栄だ」

 

わざと大仰に礼をする秀介。

お嬢様を前にした貴族を気取るように。

 

「・・・・・・んで、死神だったはずのお前が何で天使なんてやってるんだ?」

「今言ったでしょ?」

 

少しばかり視線を外しながら、天使(死神)は言った。

 

「・・・・・・死神は人を助ける為に力を使ってはいけない。

 あたしはそれを破ってあんたを助けた。

 だからもう死神じゃないの、死神のあたしは死んでしまったのよ」

「それは確かに聞いた。

 だが、じゃあなんで天使になっているんだ?」

 

死んだのならもう会えないはず。

何故天使の姿で、こうしてまた会えているのか。

彼女はため息交じりに答えた。

 

「・・・・・・身を呈して人を守った死神を死神にしておくにはもったいないって、神様があたしを天使にしてくれたのよ」

「・・・・・・胡散臭いな」

「言われると思ったよ!」

 

ぷぅっと膨れる天使(死神)

それを見て秀介は笑い、つられて彼女も笑った。

その言葉が本当か嘘かは分からない。

だがこうして二人が笑っている以上それはどうでもいい事かも知れない。

 

 

一頻り笑ったところで秀介が話を切り出す。

 

「さて、天使(お前)が死神だと見破った上で話をしているわけだが、何かペナルティーとか無いのか?」

「平気よ、それに関しては問題無いわ」

 

ならよかった、と見破っておいて秀介は安堵する。

それはそれとして。

 

「他にも聞きたい事がある」

「あら、何かしら?」

 

首を傾げる天使(死神)に秀介は問いかける。

 

「さっき・・・・・・俺の記憶が戻る前に、散々死神(自分)の事をボロクソに言っていたような気がするんだが」

「・・・・・・」

 

ギクッと身体が跳ねる天使(死神)

 

「・・・・・・自虐することで「そんなことない! あいつは!」とか庇って欲しかったのか?」

「・・・・・・ソ、ソンナコトナイヨー?」

 

そんなことない? 本当かよ? なんて突っ込みは不要。

どう見ても嘘である。

 

「他にも色々言ってたなぁ。

 例えば・・・・・・「彼女はあなたの事を愛していたんですよ」、だったか」

「・・・・・・あんた・・・・・・久ちゃんはこんな風にからかったりしちゃダメよ!?

 ああ! 何これ! この感覚!

 なんかムカツクようなじれったいような!」

 

ぐぬぬと悔しそうにする天使(死神)

これは面白いな、なんて思ってる秀介に彼女は逆に問いかけた。

 

「仮に、「そうよ! 私はあなたを愛しているわ!」なんて言ったらどうするのよ?」

 

フフンと勝ち誇ったようにそう言う彼女。

秀介は特に考えるでもなく答えた。

 

「そうだな・・・・・・素直に嬉しいぞ?」

「・・・・・・」

 

その返事にまた彼女の表情は渋くなった。

 

「・・・・・・この卑怯者」

「はて、何がかな?」

 

むーと不機嫌そうだった天使(死神)だが、やがてフンと顔を逸らす。

 

「・・・・・・そろそろ話を戻しましょう。

 いつまでもこうして漫才してても仕方ないし、時間無いし」

 

漫才、そうだったろうか?

と思いつつも秀介は素直に黙る。

 

「とりあえずそうね。

 せっかくあたしがここまで身を呈して守ったんだし、この言い方が正しいのかはあたしにも分からないけど、あんたはちゃんと生き返るわよ」

「それは何より」

 

麻雀で無茶をして死んだなんてのを悔いる今の秀介にとって、生き返るというのはもちろんありがたい。

折角記憶が戻ったんだ、ちゃんと元に戻ってやることをやらなければ。

 

「それから伝えておくのは・・・・・・その「死神の力」の消し方ね」

「・・・・・・え・・・・・・消せるのか!?」

 

むしろそれが分かっただけでもありがたい、と言いたげに秀介が詰め寄る。

天使(死神)はそれをスイッとかわして言葉を続ける。

 

「具体的な答えは秘密。

 でもどうしても消したくなって必死に調べれば分かる程度にヒントだけ教えてあげる」

 

そして天使(死神)は答えた。

 

「「神の集う場所」に行きなさい。

 そうすればあなたの力は消せる、昔のように「麻雀を打つ事」が出来るようになるわ」

「「神の集う場所」・・・・・・」

 

ふむ、と秀介はその言葉を胸に刻む。

 

「そんなところかしらね。

 まぁ、あんたがあたしとの繋がりを消したくないって惜しむんならそのままでもいいけど」

「帰ったら真っ先に探そう」

 

二人はまた笑い合った。

 

 

「さて、じゃあそろそろお別れの時間よ」

「・・・・・・そうか」

 

またドアが現れてそこから帰るのだろうか。

確か今までは彼女が鎌を振るってそれを出していた気がするのだが、それを手にしていない今はどうするつもりか。

そう思っていると、天使(死神)はスッと近寄ってきて、秀介に抱きついてきた。

 

「・・・・・・おい」

「・・・・・・うるさいわね。

 別れを惜しんでるのよ、ちょっと黙ってなさい」

 

そう言われては黙らざるを得ない。

もう無茶をする気は無いし、今度はどれだけ会えないか分からない。

いや・・・・・・そうなるときっと今度こそ本当に、寿命で死ぬまでは会えないのだろう。

なるほど、秀介としても惜しみたくなる気持ちが分かる。

なので軽く抱き返してみた。

 

「・・・・・・もっと」

「ん?」

「もっと強く・・・・・・抱きしめて・・・・・・」

「・・・・・・ああ」

 

ぐっと力を入れる。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

両者とも何も言わない、抱き合ったままの沈黙が続く。

やがて彼女はスッと顔をあげて秀介と目を合わせる。

 

「・・・・・・あんたの事、好きだったよ」

「・・・・・・ああ、俺も・・・・・・」

 

好きだった、と言いかけたその口を人差し指で塞がれる。

 

「あんたの好きはあたしと違う」

 

そう言って彼女は秀介から離れた。

 

「それに、その台詞を言う相手はあたしじゃない」

「・・・・・・そうだな」

 

それは秀介も認めている事。

この死神と、これが本当に最後の別れだとしても、その言葉は彼女に言うべきではない。

他に言う相手がいる。

 

「うん、それでよし」

 

ニコッと彼女は笑った。

秀介も笑う。

 

「ホント・・・・・・お前は死神っぽく無いな」

 

「えへへ、あたしも自分でそう思うよ」

 

 

彼女がそう言うと同時に

 

ピシッとヒビが入った。

 

 

真っ白な空間と、

 

 

彼女の身体に。

 

 

 

「・・・・・・言ったでしょ? お別れの時間だって」

 

「・・・・・・おい・・・・・・」

 

「・・・・・・ありがとう。

 

 最期にまた会えてうれしかったよ・・・・・・」

 

ポロッと涙がこぼれる。

 

同時にまたヒビが入った。

 

「お前・・・・・・最期って・・・・・・!

 もしかして・・・・・・俺が天使になったお前を死神だと見抜いたからか!?

 なにかそれで、神の加護が無くなるとかそういう・・・・・・!」

 

「ちゃんと言ったでしょ?

 それに関しては問題無いわって。

 

 問題なのはその前にあたしがやったこと」

 

その前にやった事・・・・・・。

 

 

「死神だった頃にやった事を、天使になってから修正した。

 

 それは死神だった過去と決別して天使になったあたし自身の否定。

 

 死神だった過去にやった失敗を認めたという事。

 

 だから消えるの。

 

 だから、あんたは悪くない、何もしていない」

 

 

「・・・・・・俺の・・・・・・記憶を・・・・・・!」

 

 

再びポロッと涙がこぼれるが、死神はニッと笑った。

 

またヒビが増える。

 

 

「あんたと話していて楽しかった。

 

 あんたの生きている姿を見ていて楽しかった」

 

 

またヒビが入る。

 

彼らの足元に入るヒビも増える。

 

地面がぐらついた。

 

 

「あたしは自分がやった事を後悔していない。

 

 だから、あんたもあたしがやったことを悲しまないで、喜んで欲しいな」

 

 

秀介は彼女に歩み寄り、手を伸ばす。

 

 

その手が彼女に触れることは無かった。

 

 

地面が、崩れたから。

 

 

 

「さよなら」

 

 

 

彼女は崩れた。

 

 

地面も崩れた。

 

 

 

彼は落ちて行った。

 

 

 

落ちながらも彼は彼女に手を伸ばす。

 

だが悲しいかな、彼は彼女の名前を知らない。

 

こんな時に呼ぶべき彼女の名前を知らない。

 

それは辛くて悲しい事。

 

二度と会えなかったとしても、記憶を失う直前のあの時、名前を教えておいてくれればよかったのに!!

 

 

死神とずっと呼んでいた。

 

だがこの状況でその名を叫ぶ事はできない。

 

人の名前を知らないからって今生の別れで「人間」と呼ぶなどあり得ない。

 

 

だから彼は、彼女に向かって手を伸ばし、しかし彼女をどうやって呼ぶべきかも分からず、ただ黙って落ちて行くしかできなかった。

 

 

 

 

 

『む? これはこれは』

 

ふと、聞こえてくるものがある。

 

『ギャンブルに負けて薬漬けとな。

 ずいぶん酷いね、これは』

 

作り出した画面を覗き込んでいる死神の姿があった。

 

『名前は・・・・・・新木桂。

 変な名前』

 

死神はそう呟くとくすっと笑った。

 

『よしよし、あたしがチャンスをあげましょう』

 

 

 

その姿も声もその場に残したまま、彼は落下を続けた。

 

 

 

『・・・・・・死神の力だもんね。

 大丈夫かな? あいつ後で苦しむ・・・・・・だろうなぁ・・・・・・』

 

ふと、新たに見えるものがある。

 

『また会ったら、ちゃんとケアしてあげないとね』

 

鎌に寄りかかるようにしながら、作り出した画面を覗き込んでいる死神の姿があった。

 

 

 

その姿も声もその場に残したまま、彼は落下を続けた。

 

 

 

『転生ですか?』

 

誰と話しているのか、首を傾げる死神がいた。

 

『はい、分かりました。

 ちゃんと新たな人生を歩めるよう面倒みます』

 

 

 

その姿も声もその場に残したまま、彼は落下を続けた。

 

 

 

『よしよし、ちゃんと生まれ変わったね』

 

画面を覗き込んでいる死神の姿があった。

 

『伝説の麻雀打ちが少年に転生。

 はてさて、これからどうなるのやら。

 あたしは特等席で見させてもらうよー、んふふふ』

 

 

 

その姿も声もその場に残したまま、彼は落下を続けた。

 

 

 

『あいつ・・・・・・久ちゃんの為にあんなに・・・・・・』

 

画面を覗き込んでいる死神の姿があった。

 

『前世では家族なんて呼べる人もいなかったしね、それだけ大事ってことかな?

 まったくあいつってば』

 

死神はやれやれと首を横に振る。

 

『・・・・・・いいタラシになりそうね』

 

 

 

その姿も声もその場に残したまま、彼は落下を続けた。

 

 

 

『・・・・・・ありゃりゃ、断ったよ告白・・・・・・』

 

画面を覗き込んでいる死神の姿があった。

 

『・・・・・・ヘタレ・・・・・・』

 

 

 

その姿も声もその場に残したまま、彼は落下を続けた。

 

 

 

『いえ! お願いします! せめて後もう一回!』

 

姿が見えない誰かに頭を下げている死神の姿があった。

 

『もう二度とここには戻ってこないようにと伝えますから!

 多少のペナルティはあっても・・・・・・ここで終わりにするのは!』

 

死神は必死に誰かにそう訴える。

やがて少しだけ悲しそうな顔をしながらも、死神は頷いた。

 

『・・・・・・はい、分かりました』

 

 

 

その姿も声もその場に残したまま、彼は落下を続けた。

 

 

 

『話が違うじゃないですか!!』

 

姿が見えない誰かに怒鳴っている死神の姿があった。

 

『久ちゃんに対する好意とか、そう言うのだけを消すって・・・・・・!

 あれじゃ・・・・・・もう完全に別人・・・・・・!

 あんなの酷過ぎる!!』

 

直後、彼女はキッと歯を食いしばって押し黙る。

 

『・・・・・・はい、分かりました・・・・・・』

 

それだけ言うと彼女は振り向き、鎌を地面に突き立てた。

そして土下座するように地面に座り込み、頭を地面に擦り付ける。

 

『・・・・・・ごめん・・・・・・ごめんね・・・・・・そんなつもりじゃなかったのに・・・・・・!』

 

両手で両目を塞ぎ、しかし涙を溢れさせながら今度は空を仰ぐ。

 

『死神だからって・・・・・・人を助けたっていいじゃない!!』

 

一頻り泣いて、まだ泣きじゃくりながら彼女は呟いた。

 

 

『・・・・・・何であたし・・・・・・死神に生まれたんだろう・・・・・・?』

 

 

 

その姿も声もその場に残したまま、彼は落下を続けた。

 

 

 

今のが本当の光景かは分からない。

いや、それをいうならばその前の会話も崩れた世界も、全てが本当の事かどうか分からない。

 

なんせ死神だから。

人を騙したり嘘をついたりするかもしれない。

 

案外今も先刻(さっき)も彼を騙す為にそんな映像を見せて、小芝居を打って見せただけなのかもしれない。

そして当の本人は今の彼をどこからか隠れ見て、「あいつ本当に信じたよ」とケラケラと笑っているのだ。

 

 

だがそんなのはどっちだっていい。

 

志野崎秀介は死神に騙されて人生を弄ばれていたとしても、

 

そんな死神が気に入って別れを惜しんでしまうような人間なのだ。

 

 

死神が人を騙す為に嘘をつくというのなら、その嘘に喜んで騙される人間がいてもいい。

 

 

今見た光景が偽りの物なら死神はちゃんとまだ生きているという事。

 

いつかまた会える事があるかもしれない。

 

 

今見た光景が本当の物なら、それはそれで感謝。

 

 

だから彼は今の光景に対して一言告げる。

 

 

 

「・・・・・・ありがとう・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

今度は一度心音が消えた、心臓が止まった。

 

だからもうてっきり助からないものだと思って泣いてしまった。

 

そしてだからこそ、

 

再び心電図が音を鳴らし始め、

 

彼が目を開いた時には、彼女達は喜びよりも先に驚きで動きを止めてしまった。

 

 

目を開いた彼は周囲を見回す。

清澄のメンバーと靖子。

それから龍門渕透華と天江衣。

最後を頼んだ萩原という執事は確か彼女の専属だった。

そうか、ここは彼女の息がかかった病院か。

それに加えて美穂子やゆみや、合宿のメンバーが病室に入れるだけ入ったという感じだ。

 

そして当然、彼の手を握る彼女の姿も。

 

「・・・・・・久・・・・・・」

「・・・・・・シュウ!」

 

よかった!と彼女はまだ横になったままの彼に抱きついた。

それにつられて周囲のメンバーも喜びの声をあげる。

合宿で初めて出会ったばかりだというのに涙を流してくれているメンバーもいる。

ここまで心配をかけていたとは。

彼はポンポンと久の頭を優しく撫でると身体を起こす。

 

「・・・・・・あ、まだ無理しない方が・・・・・・」

 

起き上がるとなるほど、確かにまだふらつく。

大量吐血のせいなのは間違いない。

 

だがやるべきことがある。

 

 

「久」

 

「・・・・・・何?」

 

 

だから秀介は大きく深呼吸をして全身に新鮮な酸素を送り込むと、

 

「二回目になるが・・・・・・待たせてごめんな」

 

久に向き直って告げた。

 

 

 

「お前が好きだ、久」

 

 

あの時と同じセリフを。

 

 

「俺と付き合ってくれ、久。

 

 もっと言うなら・・・・・・」

 

 

だが

 

その台詞は最後まで言えなかった。

 

 

 

 

 

彼の唇を、

 

 

彼女のそれが塞いでしまったから。

 

 




皆が修羅場とか期待してるみたいな感想書いてたから、キャプテンの目の前でズキュゥゥンってやってやりたくなっちゃったじゃないですか(

バッドエンドはお嫌いですか?
私はたまーにそう言う空気に浸りたいと思う事があります。

但しこの作品に関してはお断り。

ようこそ、ハッピーエンド。

隠し味にほんの些細な、ビターなバッドを混ぜ込んで。

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