咲-Saki- とりあえずタバコが吸いたい先輩   作:隠戸海斗

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む、最長話更新してしまった、時間がある時にどうぞ。

上でも斜めでも無く、せっかくだから俺は読者の予測の外を行くぜ。



39竹井久その7 役割と決着

ゴブッ、ゴブッと音を立てて、まこが買ってきてくれたリンゴジュースを飲む秀介。

一気に半分以上が姿を消した。

ペットボトルを口から離すと、ふぅと一息つく。

 

「もう一本あった方がよかったですか?」

「いや、十分だ。

 これだけあれば最後までもつよ」

 

秀介はまこに笑いかけながらお礼を告げた。

 

「ほんならいいですけど。

 ただ、途中何局か見られなかった分はいつか何らかの形で返して貰いますよ?」

「ああ、分かった。

 ちゃんと後で請求してくれれば、感謝の気持ちを込めて「まこ100回箱割れ」で返すよ」

「それは暗に「請求するな」って脅迫ですよね!?」

 

そんなやりとりを合い間に挟みつつ、秀介は賽を回してメンバーに向き直る。

彼女達は秀介とまこのやりとりを見ていながらも気を緩めることなく卓に意識を向けていた。

 

これから始まるのは南三局。

もしかしたら秀介が安手差し込みで終わらせ、続く南四局(オーラス)に早上がりで決着をつけに来るかもしれない。

南四局(オーラス)に速さ勝負となったら秀介には勝てない。

だからこの南三局で、少しでも差を詰めておかなければならないのだ。

もしも秀介が差し込みで局を進めようというのなら、彼女達は安手の聴牌なんか崩していって高い手のみを目指すようにすればいい。

しかしあまり高い手にこだわり過ぎると、逆に秀介が連荘を目指して引き離されてしまうだろう。

加減が難しい。

何よりも彼女達の協力体制(コンビネーション)が不可欠だろう。

 

このメンバーが三人がかりで打って、それでも届くかどうかという壁なのだ、この志野崎秀介という男は。

 

 

 

南三局0本場 親・秀介 ドラ{八}

 

秀介 129200

 

{二六(ドラ)③④[⑤]15689南白} {中}

 

久 88100

 

{二三九②④④⑥⑥⑧⑨[5]南白}

 

ゆみ 88400

 

{三三三五[五]九①③2889東}

 

衣 93000

 

{二二四九①⑧4778北北中}

 

 

「・・・・・・」

 

秀介の視線がゆみの手牌に向き、その後衣へと向かう。

 

(・・・・・・{二}が使えないな・・・・・・)

 

{二も三}も全て誰かしらの手牌に存在している。

すなわち秀介はこれらの牌に能力を行使できないし、手の内で使うこともできない。

しかも{二}を捨てると衣に鳴かれた上、その後のツモが衣の優位に働くのが見える。

それらに対して毎巡能力を行使しては身体が持たない。

この対局中は持たせなければならないのだ。

 

「・・・・・・」

 

暫し考えた後、秀介は{中}を捨てた。

 

次に久。

 

{二三九②④④⑥⑥⑧(横①)⑨[5]南白}

 

一通がほのかに見える手牌。

まず久は{九}を捨てた。

 

続いてゆみ。

 

{三三三五[五]九(横八)①③2889東}

 

ドラツモ、それはありがたい。

だがこの手はどうにもまとまりそうにない。

 

(・・・・・・精々七対子くらいか)

 

赤もドラもあるこの手が七対子になれば跳満は狙える。

裏が絡めば倍満だ。

上がれれば他の二人より一歩秀介に近づくことができる。

あくまで近づける程度だが。

 

(それさえも無理となったら、せめて志野崎秀介の妨害だけでもしなければな)

 

{東}を切り出した。

 

そして衣。

 

{二二四九①⑧477(横五)8北北中}

 

(点差では衣が一番しゅーすけに近い。

 だがそれでも3万点以上差がある。

 衣に親番が残っていない以上満貫直撃を2回繰り返しても逆転できないし・・・・・・)

 

衣は手牌から{①}を捨てながら秀介に意識を向ける。

 

(・・・・・・そもそもしゅーすけからロン上がりなんてできるのか・・・・・・?)

 

そこが一番の問題。

ロン上がりが出来ない、ツモ上がりのみでこの差を逆転するとなれば、一先ずこの局では倍満クラスの手が必要だ。

でなければオーラスに逆転の目処が立たない。

 

(この手を倍満・・・・・・)

 

衣は自分の手牌に視線を落としつつ唇を軽く噛む。

可能性があるとすれば・・・・・・と視線を向けたのは王牌のある当たり。

 

(・・・・・・少し時間がかかる、速攻では無理だ)

 

2巡目の秀介の{南}切りを見て、衣は秀介の手が早くない事を祈った。

 

次に久の手番だ。

 

{二三①②④④⑥⑥⑧(横3)⑨[5]南白}

 

{[5]}に繋がる有効牌だが、筒子で一通を目指すとしたら両面待ちの{二三}か赤の絡む{3[5]}どちらかを途中で捨てなければならない。

一先ず{南}切りで様子見をする。

 

続いてゆみ。

 

{三三三五[五](ドラ)九①③2(横2)889}

 

いよいよ七対子くらいしかないか。

 

(目指すだけ目指すさ)

 

ゆみは手牌で暗刻になっている{三}を捨てた。

 

そして衣。

 

{二二四九①⑧477(横六)8北北中}

 

{九}を切り出す。

 

3巡目、秀介。

 

{二六(ドラ)③④[⑤]⑥15(横9)689白}

 

「・・・・・・」

 

秀介は山と各々の手牌を改めて見回し、{白}を捨てた。

 

そして久。

 

{二三①②④④⑥⑥⑧(横⑦)⑨3[5]白}

 

(よし)

 

一通に一歩前進、秀介と同じく{白を切る}。

 

続いてゆみ。

 

{三三五[五](ドラ)九①③22(横5)889}

 

久の手に既に{[5]}があることはもちろん知らない。

なのでそのツモを期待して{9}を捨てた。

 

最後に衣。

 

{二二四六①⑧477(横北)8北北中}

 

狙っていたツモが一つ、衣の手に舞い込む。

{⑧}を切る。

 

各々の狙いが渦巻く中、動きがあったのは4巡目。

 

{二六(ドラ)③④[⑤]⑥15(横發)6899}

 

秀介は無駄ヅモの{發}をそのまま切る。

 

続いて久だ。

 

{二三①②④④⑥⑥⑦(横6)⑧⑨3[5]}

 

{3[5]}のカンチャン受けが{[5]6}の両面受けになった。

なら赤が生かせる{[5]6}を残すべきだろう。

そう思って久は{二}を捨てた。

 

「ポン」

 

声を上げたのは衣だ。

 

{四五六4778北北北中} {二横二二}

 

{4}を捨てる。

 

そしてこれで海底コース。

全員の手が止まった。

 

{二六(ドラ)③④[⑤]⑥15(横發)6899}

 

{三①②④④⑥⑥⑦⑧(横白)⑨3[5]6}

 

{三三五[五](ドラ)九①③2258(横東)8}

 

揃ってツモ切りしたその巡に、衣に聴牌が入る。

 

{四五六778北(横6)北北中} {二横二二}

 

役は{北のみの7か中}単騎待ち。

だが、衣はあっさりとツモ切りした。

 

(・・・・・・これではダメだ。

 この手を化けさせるには、「アレ」を引かないと・・・・・・!)

 

衣が望む牌をどのタイミングで誰が引くのかは不明。

だがもし衣が望むタイミングで来てくれれば・・・・・・!

 

そしてしばらく無駄ヅモが続く一同。

 

そんな中、衣はツモった{北}ににやりと笑いながらそれを晒す。

 

「カン!」

 

カンとは珍しい。

嶺上牌はツモ切りする衣。

だが、新ドラとして現れた牌は{西}。

すなわち衣はこれでドラ4!

 

(・・・・・・なるほど)

 

ゆみは今の衣の一連の動きに注目する。

もちろん意識したのはドラ4のところだけではない。

 

(実際にドラが4つ乗ったのが狙い通りかは分からない。

 だがドラを増やしたかったのだろうと予測が出来る。

 ということは・・・・・・それまでの数巡、天江衣がツモ切りしてきた牌の中に上がり牌があるのではないか?)

 

上がり見逃しまでは行かずとも、有効牌をあえて切り捨てている可能性もある。

そして海底コースも外れた今。

 

(天江衣が再び海底コースに戻るか、聴牌し直すまでの間が勝負だ)

 

ゆみはそう考える。

しかし衣はおぼろげながら感じ取っていた。

 

(・・・・・・{7}・・・・・・近いうちに捨てられるな。

 それもおそらく・・・・・・鶴賀の大将からだ。

 それを鳴けば再び衣が海底だ!)

 

そうして再び秀介を含む他家の有効牌を封じ込めれば衣の上がりに繋がるだろう。

カンを入れたことで海底牌がずれて、現在は{中}。

だから衣は{7ポンの後8}を切る。

それで衣の上がりだ。

 

そう考え少しばかり笑いを浮かべる衣の全身を

 

直後、激しい悪寒が走る。

 

「・・・っ!?」

 

思わず席を立ち上がりかけるが必死に抑えた。

視線はもちろん今しがた牌をツモった秀介の元に。

 

(・・・・・・今・・・・・・)

 

ごくりと唾を飲み込みながら見つめるのは、秀介の手牌に乗っているツモ牌。

 

(・・・・・・何かを()()()()・・・・・・!?)

 

まさか今のツモは!?

 

{二六(ドラ)③④[⑤]⑥15(横7)6899}

 

ゆみがツモるはずだった{7}が、秀介の手元にあった。

衣の一向聴地獄もこの男には無効。

ましてや衣自らそれを解除してしまったこの状況であればなおさらだ。

 

(喜ぶのはまだ少し早かったか・・・・・・)

 

だが一向聴地獄が解除された以上、久とゆみのツモも復活する。

 

(・・・・・・できれば衣がしゅーすけを倒したいが・・・・・・さすがに無理はできない)

 

最悪他の二人の援護も視野に入れつつ、衣は各々の動きに目を向けた。

 

秀介が{1}を切り出し、そして久の手番に移る。

 

{三①②④④⑥⑥⑦⑧(横③)⑨3[5]6}

 

下側のペンチャンもようやく埋まった。

{三}を捨てる。

 

ゆみ

 

{三三五[五](ドラ)九①③22(横3)588}

 

オーラス間近のこの状況、ツモはゆみに微笑んでくれない。

だがそれでも諦めず、投げ出すこともせず、ゆみは{九}を捨てる。

 

そして衣。

 

{四五六778北(横⑦)北北中} {二横二二}

 

(くっ・・・・・・)

 

ツモ切り。

 

 

鳴きが入って捨て牌にバラツキがあるが、これが10巡目だろうか。

 

秀介

 

{二六(ドラ)③④[⑤]⑥56(横③)7899}

 

{二}を切り出す。

 

そして久。

 

{①②③④④⑥⑥⑦⑧(横7)⑨3[5]6}

 

(・・・・・・どうしようか)

 

少しばかり悩む。

完全に一通に狙いを定めて{④⑥}を切り落としたいところだが、ここまで来ると{3}も不要だ。

{⑤をツモる事が出来れば④④⑤⑥の④-⑦待ちか、④⑤⑥⑥の③-⑥}待ちを選ぶことができる。

切ってしまおうかと{3}に手を伸ばす。

しかしその手は止まった。

 

(・・・・・・この{3があったから[5]}を諦めずにとっておいて、結果面子に繋がったわけだし・・・・・・)

 

そんな願掛けにも似た思いが頭をよぎる。

 

(・・・・・・うん)

 

そして久は{④}に手をかけ、それを切り捨てる。

 

(あの時の決断の切っ掛けになった{3}、この牌に意味があったと信じましょう)

 

続いてゆみ。

 

{三三五[五](ドラ)③2(横八)23588}

 

(・・・・・・なんとか{(ドラ)}が重なったか)

 

このツモで七対子により近づいた。

{①}を切り出す。

 

そして衣。

 

{四五六77(横四)8中} {北■■北二横二二}

 

いっそ海底に眠っている{中}は捨てて受け入れを広くしようかと考える。

 

(・・・・・・だがこの手北ドラ4だけじゃ安い・・・・・・)

 

その為に海底をつけたというのに。

考えに考え、衣はそのままツモ切りした。

 

(ダメだ、衣が自ら武器である海底を捨てるなんて!

 この手は海底を付けた跳満で上がるんだ!)

 

無論それが当初の予定より低い目標なのは気づいている。

だが跳満だからと諦めるわけにはいかない。

次局がきつくなるのは目に見えているが、衣は狙いを変えなかった。

必死に目指した強い意志が無ければ秀介には勝てない!とそんな風に考えながら。

 

 

11巡目。

 

秀介

 

{六八③③④[⑤]⑥56(横⑧)7899}

 

ツモってきた{⑧}はそのままツモ切り。

 

そして久。

 

{①②③④⑥⑥⑦⑧⑨(横⑤)3[5]67}

 

(よし!)

 

悩むことは何も無い。

{⑥}を手にとって横向きに捨てる。

 

「リーチ!」

 

{3}は中張牌な上に衣が一枚捨てている。

さらにゆみの手牌にも一枚あるので山にあるのは残り一枚。

そもそも手に残りやすい3・7での単騎を選択している時点で悪待ちは当然。

 

この得意の悪待ち単騎で秀介に勝負を挑む!

 

ゆみ

 

{三三五[五]八八③22(横一)3588}

 

(・・・・・・久はまた悪待ちか?)

 

楽しそうな久を頼もしげに見る一方、自分の手の進まなさを嘆く。

それでもまだ{一}をツモ切りして七対子で進め続ける。

諦めたらもう挽回は効かないのだから。

 

そして衣。

 

{四五六77(横七)8中} {北■■北二横二二}

 

再び受け入れを悩ませるツモだ。

だがもう衣は決めたのだ。

 

(海底を諦めない。

 その為に{四五六は面子で確定、778}を鶴賀から鳴いて面子にするんだ!)

 

衣は{七}をツモ切りする。

意志の強さを表すかのように、その牌は強めに捨てられたように感じた。

 

刹那、声が上がる。

 

「チー」

 

秀介が動いたのだ。

 

{③③④[⑤]⑥567899} {横七六八}

 

{横七六八と晒して5}を捨てる。

後ろで見ているメンバーが意味も分からずに首を傾げる中、衣の身体がビクンと跳ねた。

 

(まさか・・・・・・!?)

 

衣がゆみから鳴けば海底コース。

それはすなわち、誰であろうと上家から鳴けば衣が海底コースになることを意味する。

なのでこれで衣が海底コースに入ったというわけだ。

だが何故わざわざそんな事を?

衣に有利な事をするとは考えられない。

だから衣は必死に頭を働かせた。

 

(海底コースになれば衣以外は有効牌が引けない・・・・・・。

 だからこれで清澄の悪待ちがツモ上がりできない、それはいい。

 だが衣だって有効牌をツモれば・・・・・・あっ!?)

 

バッと捨て牌に目を向ける衣。

衣がこの手を聴牌して海底の{中で上がるには、778}の面子を完成させなければならない。

すなわち{679}のいずれかを鳴くかツモるかする必要があるのだ。

 

(まさか・・・・・・もう山に残っていないのか!?)

 

だとすれば衣は有効牌をツモることができない、鳴いて聴牌しなければならないのだ。

だが海底コースに入った今、鳴きを入れれば自ら海底コース(その道)を外れることになってしまう。

そこから海底牌までに再び鳴きを入れて聴牌し直すなんて不可能だ。

 

そこまで考えて、衣はようやく秀介の狙いを悟った。

 

(・・・・・・流局してノーテン宣言する気だ・・・・・・それが一番罰符が少ない・・・・・・!)

 

全員が共同して高い手を目指したこの局、秀介自身も安手に振り込んで局を流すことは不可能だと察したのだろう。

ならば流局させてしまえばいい。

そうすれば他の三人が聴牌宣言をしたとしても3000の支払いで済んでしまう。

この状況で3000点以下の聴牌を目指す人物などいるはずがない。

衣はドラ4が確定しているし、久は一通にリーチをかけている。

ゆみは聴牌に遠いが、赤を含めて七対子のドラ3。

ならば流局が一番安いのだ。

 

現在、ゆみの捨て牌に{9、そして衣自身が北カンを目指している途}中{でツモ切りした6}が一枚。

そして秀介の手牌に{6と7が}一枚と{9}が二枚。

久の手牌に{67}が一枚ずつ。

つまり山にはまだ{6と9}が一枚ずつ残っている。

 

だがそれらをツモっても衣の手からは{7}が溢れることになる。

ノーテンでいいのだから秀介はそれをチーして手を崩せばいい。

そうすると海底は秀介がツモるので、衣の上がりを阻止して流局にすることができる。

 

ついでに秀介がその能力を行使すれば衣に有効牌をツモらせないことなど容易。

実質衣はこの手を聴牌までもって行けないことになる。

 

(くっ・・・・・・くぅぅ・・・・・・!!)

 

狙いが読めてもそれを防ぐことができない。

その悔しさに衣は泣きそうな表情で小さく震える。

 

 

「・・・・・・」

 

そんな衣の様子をゆみが見ていた。

 

(・・・・・・天江衣のあの様子・・・・・・やはり志野崎秀介の方が上回っているということか・・・・・・)

 

しかし、である。

 

{三三五[五]八八③2(横[⑤])23588}

 

ゆみは捨て牌に目を向ける。

主に久の捨て牌に。

 

(・・・・・・そうそう思惑通りには進ませない)

 

そしてゆみは手牌から{3}を抜き出し、それを捨てる。

 

(久・・・・・・)

 

驚いた表情の久と視線を合わせ、フッと笑うゆみ。

 

(後は任せたぞ)

 

その意思を受け取ったのか、久は小さく頷いた。

 

「ロン!」

 

{①②③④⑤⑥⑦⑧⑨3[5]67} {(ロン)}

 

「リーチ一通赤」

 

そして裏ドラを返す。

衣のカンで増えた裏ドラ、現れたのは両方共{2}。

 

「裏4、16000!」

 

 

この上がりでゆみは4位に転落。

だが秀介129200に対し、久は104100、差は25100。

一発でひっくり返すにはきつい点差だが、久が親番になるのだ。

連荘できれば満貫2回でも何とかなる。

 

 

そして、南四局(オーラス)突入だ。

 

 

 

南四局0本場 親・久

 

この展開に周囲の一同からはもはや咳払い一つ上がっていない。

久が秀介を逆転するのか、それとも秀介が逃げのびるのか。

 

(この一局でどうなるのか・・・・・・勝負よ!)

 

賽の目は5。

久は秀介に挑発的な笑みを向けながら山に区切りを入れ、ドラを表にした後に配牌を取る。

ドラは{六}、使い勝手に困らない牌だ。

 

{③⑥二[5]}

 

赤牌あり。

仮にリーチをかけるとするならば、とりあえず満貫まで残り二翻。

続いて次のブロックを取る。

 

{③⑥二[5]} {589(ドラ)}

 

ドラ1つ。

残り一翻、タンヤオでも何でもつければ満貫だ。

カチャカチャと理牌し、最後のブロックを取る。

 

{二四五(ドラ)③⑨5[5]789南}

 

悪くない、なんてものでは無い。

速さで言えば文句は無い。

そして最後の二牌。

 

{二四五(ドラ)③⑨(横④)5[5]789(横中)南}

 

(やった!)

 

まずは{中}を切る。

有効牌が上手くツモれれば平和もつくし、満貫まで容易そうだ。

 

(ここで満貫をツモれれば、私が116100でシュウが125200。

 点差は9100!)

 

9100ともなれば三翻40符のツモ、2600オールで逆転できる点差だ。

久の表情に笑みが浮かぶ。

 

(これが上がれれば逆転が見える・・・・・・次の局で)

 

「楽が出来る、とか思ってるのか? 久」

「・・・・・・えっ?」

 

思わず秀介の方に視線を向ける久。

まさか・・・・・・こちらの考えが読まれた!?

 

「かなり早い、そして点差を考えて二局くらいで逆転できそうな手なんだろう?

 現在二向聴の満貫手ってところか」

「な、なんで!?」

 

思わず声を上げてしまう久。

結果秀介の言った事が正解だと認めてしまっているが、それでも何故分かったのかが気になってしまったのだ。

秀介は笑いながら軽くため息をつくと答えた。

 

「顔に出てるぞ、分かりやす過ぎ。

 もう少しポーカーフェイスを覚えないとなぁ」

「くぅ・・・・・・!」

 

悔しそうに顔をしかめる久。

だがすぐにフンッと強がって見せる。

 

「仮にそうだったとして、いくらシュウでも追いつけるのかしら?」

「・・・・・・そりゃ無理だろうよ」

 

秀介はあっさりとそう答えた。

「ほらごらんなさい」と言いたげに久は笑う。

 

秀介の手から不要牌が捨てられるまでの間だけ、だったが。

 

「俺の方が先を行ってるからな。

 まだ俺を超えるには早い、楽させるわけにはいかねぇよ」

 

秀介はそう言って笑うと{六}を捨てた。

 

 

横向きに。

 

 

「ダブリーだ」

 

「んなっ!?」

 

余裕だった表情が一気に崩れる。

ゆみと衣も思わず驚愕の表情を浮かべていた。

 

まさかこの状況でダブリーとは!

 

思わずフリーズしてしまったが、すぐに山に手を伸ばしながら久は声をかける。

 

「・・・・・・安手で上がらせる為のノーテンリーチとかじゃないでしょうね?」

 

それに答えたのは、引き攣ったような笑みを浮かべるまこだった。

 

「安心せい、久。

 志野崎先輩はちゃんと聴牌しとるよ」

「そ、そう・・・・・・」

 

「ま、まぁ、当然ね」などと言いながら久は牌をツモる。

 

{二四五(ドラ)③④⑨5[5](横⑦)789南}

 

このツモで{⑦⑧⑨}と繋がる可能性が見えてきた。

{南}を捨てる。

 

(・・・・・・こうなってくるとこちらの責任も重大だな)

 

ゆみはそう考えながら牌をツモった。

 

ゆみ 72400

 

{八234668(横6)99東北白發}

 

混一が狙いやすそうだ。

しかしその際に溢れるこの{八}が安全だという保証は無い。

いや、そもそもダブリー相手にこの巡目で安牌も何も無いのだが。

だが久を援護した身として、例え事故であろうとも秀介に振り込むのは避けたいと考えるのは当然だろう。

ゆみの視線は久に向いた。

 

(今、{南}を切る時に久は特に緊張した様子は無かった。

 行かなきゃならないという考えで突っ込んでいった可能性もあるが・・・・・・久は志野崎秀介が字牌待ちではないと考えているのか?)

 

根拠に乏しいし、自分がそれを基準に捨て牌を考えようというのも余りにも頼りない考えだ。

だが。

 

(せめて久の援護は完遂する。

 背を向けた無様な闘牌は見せられない)

 

ゆみは{北}を抜き出し、切った。

 

衣も秀介の動向に気を向けざるを得ない。

 

{四五六①③③⑦27(横北)9西北中}

 

とりあえず今切られた{北}は通る。

だがその後はどうすればいいのか・・・・・・。

衣とて一矢は報いたい。

だがこの状況で一矢報いる為には、とにかく久に連荘して貰わなければならない。

そうすれば次の局で、秀介に直撃をぶつけて2位に引き摺り落とすという形にはなるが、一矢報いることはできる。

もちろんそれが可能であるかどうかは別として。

 

(・・・・・・今・・・・・・衣にできる事・・・・・・)

 

かすかに震える指先に力を入れて、衣は{⑦}を切った。

一同が驚くのをよそに衣は一人気合いを入れる。

 

(清澄の悪待ちが将来困りそうなところを先に通しておく!

 その途中で振り込んでしまったら、衣は所詮そこまでの存在だったという事だ!)

 

無謀な挑戦か、それとも勇気か。

ともかく衣は危機に自ら突っ込んでいく選択をした。

 

そして秀介が切ったのは{1}。

まだ他の誰の手にも存在していない牌だった。

 

 

2巡目、久のツモ番。

 

(・・・・・・えっ!?)

 

ツモ牌を見た途端に表情が変わる。

 

{二四五(ドラ)③④⑦⑨5(横南)[5]789}

 

前巡捨てたのと同じ{南}。

 

(無駄ヅモ・・・・・・っていうかもしかして・・・・・・さっきの{南}は切っちゃいけなかったの?)

 

そんな事を言われても困る、とばかりにその{南}をツモ切りする。

もしも先程の{南を残していた場合、5}とのシャボ待ちで聴牌だろうか。

そういえば{南}は風牌だし、リーチ南ドラ赤の満貫手もあった。

 

(迂闊だったかしら・・・・・・ここでのミスはまずいわ)

 

ゆみも援護してくれたのに、あっさり負けるわけにはいかないのだ。

 

続いてゆみは{②ツモの東}切り。

衣は{六}ツモ切りだ。

 

その後、秀介は{二}をツモ切りした。

 

({二}・・・・・・?)

 

秀介の切った牌を意識しながら、久は山に手を伸ばす。

 

3巡目。

 

{二四五(ドラ)③④⑦⑨5(横⑤)[5]789}

 

(聴牌だ・・・・・・)

 

カンチャン{⑧待ちだがともかく秀介が今しがた切った二}を切れば聴牌だ。

「丁度いいタイミングじゃない!」と嬉々として切る事を、しかし久はしなかった。

むしろ逆の考え。

 

(・・・・・・タイミングが良すぎる・・・・・・)

 

もちろん既にリーチをかけている以上牌を選んで切ることはできない。

だがそれでも久はそのタイミングのいい{二}切りを素直に受けられないでいた。

 

()()()()()()

 

そんな不確かな直観だが久は{二}を手中に収めたまま、代わりに2巡目に衣が切ったのと同じ{⑦}を捨てたのだった。

 

(・・・・・・この選択、後悔するかもしれない・・・・・・。

 でも決めたの。

 だから進むわ)

 

自分は道を選んだ。

後悔することがあってもその道を引き返すことはしたくない。

だから久は、突き進むことを決めた。

 

ゆみ

 

{八②2(横三)34666899白發}

 

{發}を捨てる。

やはり衣のように突っ込むことはできない。

 

そして衣。

 

{四五六①③③27(横②)9西北北中}

 

衣は妙な気分になっていた。

何だろうかこの感覚は。

 

(・・・・・・安心するというか、なんかあったかい気持ちだ・・・・・・)

 

それは、今しがた久が{⑦}を切ったのを見た時から感じた気持ち。

 

役に立った、役割を果たしたんだというような気持ち。

 

(この局・・・・・・少し悲しいが、衣のやることは終わったんだな・・・・・・)

 

衣は手牌から安牌の{北}を捨てた。

 

秀介は{中}をツモ切りした。

 

 

4巡目。

 

{二四五(ドラ)③④⑤⑨5(横三)[5]789}

 

久の待ちが広がった。

今度は迷わない。

 

「待たせたわね、シュウ」

「おう、よく追いついたな」

 

久の言葉に秀介は笑った。

 

「リーチよ!」

 

{⑨}を切り、久はそう宣言した。

その光景に久も衣も安心したように笑う。

後はめくり合い、そうなれば久の三面張は強い。

 

だが同巡、秀介は{5}をツモ切りした。

久の表情が少しだけ険しくなる。

 

(・・・・・・もしも{南}を切らないで対子にしてリーチしていれば・・・・・・あの{5}で打ち取ってた・・・・・・)

 

これはミスか、と久は思った。

だが後悔はしない。

 

(私は{南}切りを選択した。

 その結果は受け入れないとね)

 

例え負けたとしても。

 

 

決着は3巡後についた。

 

「ツモ!」

 

{二三四五(ドラ)③④⑤5[5]789} {(ツモ)}

 

「リーヅモ平和ドラ1赤1、4000オール!」

 

この上がりで秀介はリーチ棒を失って124200、久は117100。

点差はわずかに7100。

もはや2000オールのツモで逆転する点差だ。

 

ほっと一息つきながら久は秀介に声をかける。

 

「・・・・・・ところでシュウ、あんたの待ちは?」

 

その言葉に秀介は笑いながら手牌を倒した。

 

{一二八八⑦⑧⑨234678}

 

ペンチャンの{三}待ちだった。

 

(・・・・・・{5と南}のシャボ待ちだったら打ち取ってたなんて思っていたけど、その場合{三}をツモ切りしちゃってて振り込んでいたのね・・・・・・)

 

またしても息をつく久。

そして笑った。

 

「次、私の上がりで逆転させてもらうわよ」

「ふむ、それを許すわけにはいかんな」

 

秀介も笑った。

 

 

 

南四局1本場 親・久 ドラ{⑨}

 

そしてこの局、決着は実にあっさりとついた。

 

「ツモ」

 

手牌が倒れたのは実に4巡目。

その早さにゆみと衣は呆然とするしかなく、秀介はただ一人笑っていた。

 

{三四五五六①②③⑤⑤345} {(ツモ)}

 

「平和ツモ、400(よん)700(なな)の一本付け」

 

そして久も呆然としていた。

 

「言っただろ? まだ俺を超えるには早いって」

 

その言葉に、がしゃーんと卓に倒れ込む久の姿があった。

 

 

 

秀介 126000

久  116300

衣   88500

ゆみ  67900

 

 

 

こうして、長かった三回戦第二試合は終わりを告げた。

 

 

 

誰が始めたのか、パチパチという拍手を合図に周囲の全員から試合をしたメンバーに拍手が送られる。

そして今の試合を見た感動やら興奮やらを仲間内やこの合宿で新しくできた友人や、今しがた試合を繰り広げたメンバーと語り合い始めた。

 

 

「ワハハー、お疲れ様ゆみちん」

「お疲れ様です」

 

ゆみの元に真っ先に訪れたのは蒲原と妹尾、ではなく。

 

「お疲れ様っす、先輩」

 

いつの間にか、既にモモがゆみの腕に自分の腕を絡ませていた。

 

「ありがとう。

 生憎と最下位だ、済まなかったな」

「いいんす、先輩が悔いのない試合をしていたのなら私達からは何も」

「そうだぞ、ゆみちん。

 ゆみちんが好きなように楽しんでいれば、それで私達も十分楽しいんだから」

 

可愛い後輩と相変わらずワハハと笑う部長の言葉に、ゆみも心底楽しそうに笑った。

 

ああ、楽しかった。

実に楽しかった。

 

(欲を言えば勝ちたかったがな)

 

それはまたの機会に取っておくとしよう。

そう、またの機会ということはつまり。

 

(また戦おう、天江衣、久)

 

それに、と彼に視線を向ける。

 

(志野崎秀介、お前もだ。

 次は負けないぞ)

 

一番活躍しただけあって、一番注目を集めている秀介はこちらに気を向けていないようだ。

だがそれでも構わない。

ゆみは秀介に笑みを向けながら再戦を誓ったのだった。

 

 

「ただいま、トーカ」

「・・・・・・お疲れ様です、衣」

 

透華はそう言ってよたよたと歩いてきた衣を抱きとめた。

衣は喜んでいるわけでも悲しんでいるわけでもない。

呆然としているという言葉が一番似合いそうな表情だった。

衣が3位で終わるところなんて見たことが無い。

だからこんな呆然とした表情をしているのは、それが原因で衣の何かが壊れてしまったのではないかと不安で、だから透華は衣を抱きとめた後、どうすればいいのか悩みながらとりあえずその頭を撫で回した。

 

「ふぁぁ・・・・・・あんまり撫でるな、トーカ」

 

その反応はいつもの衣。

予想外の反応に透華も「あら?」と改めて衣に視線を落とす。

 

「こ、衣? 大丈夫ですの?

 何かこう・・・・・・気分が優れないとか」

「別に何も無いぞ?」

 

む?と首を傾げられては透華も首を傾げざるを得ない。

 

「何やら呆然としていたように見えましたけれども・・・・・・大丈夫ですの?」

「ぼーぜん?」

 

少し考える仕草を見せた後、衣はゆっくりと頷いた。

 

「そうだな・・・・・・何と言うか、こう・・・・・・」

 

そしてしっくりくる言葉を探すように声を紡ぎだし、やがて「うん」と頷いた。

 

「楽しかった試合が終わってしまったのだなーと。

 それを残念に思っていたのだ」

 

そう言って衣は笑った。

そんな予想外の言葉に透華は目をぱちくりとさせる。

周囲を見回すと少しばかり困った表情の純がいた。

一も同じような表情をしていたが、まるで子供でも見守るかのような表情で衣に問い掛けた。

 

「衣は今の試合、楽しかった?」

「ああ、楽しかったのだ!

 またしゅーすけと打ちたいと思ってるぞ!」

 

衣はそう言ってはしゃぐ。

 

「・・・・・・んまぁ、元気ならそれでいいか」

 

純の言葉に一と透華は同意するように笑い、衣と今の試合について語り始めるのだった。

と。

 

「智紀はまたしゅーすけを睨んでいるのか?」

 

そんな衣の言葉に一同は揃ってそちらを見る。

確かにまたしても智紀が見ている先には秀介がいた。

が、さすがにそんな指摘を受けてまで見ているような智紀ではない。

すぐにこちらに向き直る。

 

「失礼しました」

 

透華達は何故智紀が秀介を睨んでいるのかが未だにわからない。

だがそんな智紀の様子に何かを思いついたのか、衣が笑顔で問い掛けた。

 

「智紀はしゅーすけと戦ってみたいのか?」

 

その言葉に智紀は少しばかり驚いた表情を浮かべた後、こくりと頷いた。

 

「・・・・・・そうですね、戦ってみたいです。

 そして叩きのめしてやりたい、是非とも」

 

何が智紀をそこまで駆り立てるのか。

それは知らないが衣は、ぱぁっと笑顔を一層輝かせる。

 

「ならトーカ、この合宿が終わった後もしゅーすけを龍門渕高校(うち)に誘おう」

「え?」

 

その台詞を何度か頭の中で繰り返した後、透華はバッと衣の肩を掴んだ。

 

「お、お待ちなさい衣!

 それはつまり、あの男を我が校にお招きするという事ですの!?」

「もちろんそうなのだ」

 

相変わらず笑顔の衣。

対して透華は何やらわなわなと震えながらあちこちを指差していく。

 

「あ、あの男は! 一をトバして泣かせたんですのよ!?

 それに風越キャプテン(あの女)も泣かせたり! 清澄部長(あの女)を誑かしたり!

 私を衣への挑戦状のダシに使ったり!

 それに良く分かりませんけれども智紀を怒らせたり!」

 

そして最終的にズビシッと秀介を指差した。

 

「良く分かりませんけれどもろくでもない男ではありませんか!」

 

良く分からない割に酷い言われようである。

だがそれだけ言っても衣はキョトンと首を傾げるのみだ。

 

「しゅーすけが強いのはトーカも分かっているであろう?

 なら強いしゅーすけと繰り返し打つことで衣達の強化に繋がるのではないか?」

「ぐぬ・・・・・・」

 

確かにその通り、正論である。

実際彼女達はまだ全員二年生、来年の大会を考えれば十分助けになる提案である。

真正面から正論をぶつけられてはさすがの透華も言い返せない。

そしてそんな透華の肩をポンと掴む者がいる。

 

「・・・・・・何ですの? ともき」

「・・・・・・透華さん、私にあの男との対戦の機会を」

 

賛同者が一人増えた。

助けを求めた透華は残った二人に視線を送る。

 

「・・・・・・んー、ボクはちょっと苦手だな、あの人」

「オレはあの男と戦ってみたいぞ。

 どうしても無理にとは言わないが、確かにオレ達の強化に繋がると思うし」

 

賛成3、反対2、賛成多数で可決である。

これにはさすがの透華も「ぐぬぬ・・・・・・」と声を上げつつ認めざるを得ない。

 

「わ、分かりましたわ。

 但しもちろん、あの男が頷いたらですけれどもね」

 

その言葉にハイタッチを交わす三人。

残った透華は一を引き込みこっそりと作戦を立てるのだった。

「何としてもあの男から断らせましょう」作戦を。

 

「・・・・・・透華、皆は呼んでもいいって言ってるんだから。

 ボクも苦手だとは言ったけど、皆の為になりそうだし我慢するよ」

「はじめ! 何を言っているんですの!?

 嫌なことは嫌とはっきり言っていいんですのよ!?」

 

果たしてその作戦が上手く行くのか行かないのか。

それは今すぐには分からない。

 

 

「お疲れ、部長」

 

真っ先に久に声をかけたのはまこだ。

続いて清澄メンバーと一緒に美穂子がやってくる。

 

「お疲れ様です、部長」

「お疲れだじぇ!」

「お疲れ様です・・・・・・ひ、久、さん・・・・・・」

 

まだ名前呼びに慣れていないのが明らかに分かる。

だがそれだけのメンバーに労いの言葉を掛けられても。

 

「・・・・・・また勝てなかったわー・・・・・・」

 

久は悔しげに声を上げるのみだった。

無理もない、一時期あった大差を埋めてもう一息というところだったのだから。

本気で打っている秀介を相手でも喰らいついて行けていると、少しばかり自信を持っていたところに最後の最後であれである。

憎らしい、実に憎らしい。

憎らしいがそれでも。

 

(・・・・・・やっぱり楽しかったわ・・・・・・)

 

ところどころ引っかかるところはあったものの、それでもやっぱりそう言い切れる。

うん、この試合は楽しかった。

むくりと起き上がると久は来てくれたメンバーに笑いかけた。

 

「勝てなかったけど、楽しかったわ。

 あーあ、またリベンジの機会はお預けかぁ」

 

そう言って伸びをすると周囲のメンバーも久が落ち込んでいない事にほっとした。

 

「お疲れ様、どうぞ」

 

そう言って美穂子が差し出したのは氷入りのドリンクが注がれたコップだった。

 

「わざわざありがとう、美穂子」

「い、いえ・・・・・・」

 

やはり名前で呼ぶのも呼ばれるのも慣れていないらしい。

そんな美穂子を可愛く思いながら久はドリンクを口にする。

うん、冷たくておいしい。

それに水分が身体に染み渡る。

秀介と違って試合中にはほとんど水分を取っていなかったし。

そう思いながら秀介に視線を向ける。

 

いや、向けたと思ったのだが。

 

「・・・・・・あれ?」

 

いると思っていた場所にいない。

先程まで一番活躍していただけあって一番多くの人に囲まれていたのに。

どこに?とキョロキョロ見回すと、この麻雀部屋から外に出るドアの近くでその姿を見つけた。

 

それを見た途端、久の全身を不安が襲う。

 

何だろう?

 

何だか急に秀介が、久の手の届かない遠いところに行ってしまう気がして。

 

だから久はとっさに周囲のメンバーを退けて秀介の元に早足で駆け寄った。

 

「シュウ!」

 

声をかけると秀介はドアに手をかけながら「ん?」と振り向いた。

 

「ああ、挨拶してなかったな。

 お疲れ、久」

「そうじゃないわよ。

 あんた・・・・・・どこに行く気なの?」

 

試合が終わってすぐにどこかに移動なんて。

 

まるで何か、都合の悪いものでも見せたくないかのように感じてしまう。

 

秀介の方も、何やら答えずらそうに頭を掻きながら返事をする。

 

「・・・・・・それを聞いてどうするんだ?

 ついてくるとか言うんじゃないだろうな?」

「・・・・・・ついてこられると何か不都合でもあるの?」

 

久は不安を隠すように、少し強めにそう言う。

やがて秀介はため息をつくと、久に向き直って真面目な顔で言った。

 

 

「・・・・・・いや、さすがに飲みすぎたからトイレに」

 

 

男子トイレ。

そこは確かに久の手の届かない遠いところで、都合の悪くて見せたくないもので、女子についてこられると不都合なところだった。

確かによくリンゴジュースを飲んでいたし、不思議ではない。

むしろ良く今まで行かなかったなと思えるくらいだ。

 

「・・・・・・さっさと行ってきなさいよ」

 

これにはさすがの久もバツが悪そうに視線を逸らしながらそう言うしかなかった。

 

「ああ、分かってもらえて助かった。

 そうするよ」

 

秀介はそう言うと麻雀部屋を後にしてドアを閉めた。

 

(・・・・・・心配して損したわ)

 

やれやれと久はメンバーの元に戻る。

 

ふと、秀介の席の備え付けのテーブルに飲みかけのリンゴジュースが残っているのが見えた。

まだ残っているなら飲んでしまえばよかったのに、と思いつつさすがにトイレが優先かと納得する。

久はそれを手に取り、麻雀部屋の出口に一瞬視線を送った。

 

(帰ってきたら渡してあげましょ)

 

そしてまたメンバー達との会話に戻った。

 

 

 

 

 

よろよろと壁にもたれながら秀介は麻雀部屋を離れる。

あの場で倒れるわけにはいかないから。

すぐに仲間が聞きつけて駆け寄ってくるのだとしても、ほんの少しでも長く時間を稼ぐ為に。

 

ふと、彼の前に一人の人物が現れる。

 

「志野崎秀介さん」

「あぁ・・・・・・萩原さん、でしたか」

 

龍門渕家に仕える万能執事の姿がそこにはあった。

お互いに視線を交わす。

 

「・・・・・・少しばかりあなたの事を調べさせて頂きました。

 過去に入院の経験がおありですね?」

 

秀介はフッと笑い、視線を外した。

 

「・・・・・・なら説明をするまでも無いですかね。

 後を頼んでも構いませんか?」

「・・・・・・大事にはしたくないのですね。

 すぐに気づかれるかと思いますし、病院の手配をするとなると私も透華お嬢様に報告しなければなりませんが」

「バレる分には構いません。

 ただ・・・・・・」

 

秀介はちらっと後ろを振り返る。

これから次の試合が始まり、また麻雀を打つであろう彼女達の方を。

 

「・・・・・・少しでも長く、麻雀を楽しんでいて欲しいもので」

「・・・・・・それだけの気遣いを、少しでもご自分に向けられてはいかがでしょうか?」

「なるほど、確かに」

 

ははっと笑い、秀介の膝がガクッと折れる。

床に倒れ込む前にその身体をハギヨシが支えた。

その口元にタオルが当てられる。

これから起こる事を想定しているように。

だから秀介は安堵の表情を浮かべ。

 

 

「げふっ! がはぁ!」

 

 

そのタオルに吐血した。

 

 

「・・・・・・!?」

 

そんな万能執事の表情が変わる。

吐血は予想の内、だがその量があまりにも多すぎる。

床を綺麗にするよりは自分の服を変える方が容易。

だからハギヨシは秀介の血が床に垂れないように自分の服で秀介の吐いた血を拭った。

 

やがて脱力した秀介が床に倒れ込む。

血は床に垂れていない。

ハギヨシはそれを確認すると秀介の身体を抱え、合宿麻雀で盛り上がっているメンバーに気付かれないように離れた場所に救急車を手配するのだった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・えっ?」

 

その途中、不意に秀介が何かを呟いた。

 

この万能執事が人の言葉を聞き間違える事は無いだろう。

だがそれでも彼は自身の耳を疑った。

もし秀介の意識がまだあったのなら聞き返していたところだろう。

 

それほど不思議で、あり得ない言葉が聞こえたのだ。

 

「・・・・・・」

 

ハギヨシはその疑惑を抱えながら秀介の身体を抱き上げ、救急車を呼び出した場所に移動を始めた。

 

一体彼は何と言ったのか、何故そんな事を言ったのか。

 

移動しながらそれを考えてみるが全くもって理解が出来ない。

 

 

「・・・・・・ざまぁみろ・・・・・・」

 

 

確かに志野崎秀介がそう言って笑ったのを、ハギヨシは聞きとっていた。

 

 

 

 

 

「・・・・・・ざまぁみろ・・・・・・志野崎秀介・・・・・・」

 

 

 


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