咲-Saki- とりあえずタバコが吸いたい先輩   作:隠戸海斗

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ここのところ文字数が増えています。
もうちょっとでこれだけ詰め込む必要もなくなるので少しだけお付き合いくださいませ。



33藤田靖子その3 困惑と決断

「うーん・・・・・・」

 

予想通り順位を伸ばした者もいれば予想外に順位を落とした者もいる。

そんな荒れた展開となり、予想以上に長かったような気がする二回戦がようやく終わった。

三回戦に備えて休憩をとったり、二回戦の盛り上がりについて話し合ったりと、参加者は皆思い思いにくつろいでいた。

休んだり牌譜を見直して勉強したり色々できるようにと便宜を計らい、靖子は三回戦開始まで1時間の休憩を取った。

 

まぁ、それは建前。

実際には靖子自身考えたい事があったからだ。

その考え次第では時間を置く方が靖子にとって望ましい結果となるというのもある。

 

のだが。

 

「むむむ・・・・・・」

 

麻雀卓のある部屋から離れて喫煙所へ移動し、煙管をふかしつつコーヒーを飲みつつ靖子は頭を悩ませていた。

一体どうしたものだろうか。

 

「藤田プロ、何かお悩みですかな?」

 

そんな靖子に南浦プロが声をかけてきた。

やはり自分一人で悩んでいても仕方が無い、同じプロとして意見を聞こうと靖子は悩みを切り出した。

 

「ご察しの通り、大いに悩んでいるのです」

「どのような悩みですかな?

 年の功もありますし多少なら相談に乗れますよ」

 

そう言って靖子の隣に座り、南浦プロはタバコを取り出す。

それに驚いたような表情をした後、靖子は火を差し出した。

 

「南浦プロ、タバコを吸われたのですか。

 普段は吸わないようですが」

「ええ、吸うのは久しぶりです」

 

スーッとタバコの煙を吸い込み、それをゆっくりと吐き出す。

 

「・・・・・・して、悩み事とは?」

 

南浦プロの言葉に、靖子は手に持っていた紙を差し出す。

 

「これは?」

「組み合わせです、三回戦の」

 

どうやら事前に決めていたらしい。

点数を見て丁度よさそうな組み合わせを作るよりははるかに楽だろう。

箱割れしても5万点で復帰できるルールだし。

 

ともかくその用紙を見てみると、すぐに南浦プロも表情をしかめた。

 

「・・・・・・これは・・・・・・」

「悩みたくなる組み合わせでしょう?

 三回戦の、それも第二試合ですよ。

 二卓同時に行っているから試合再開となったらすぐにその試合が行われるのですよ」

 

そう言って再び頭を抱える靖子と、それに続いて頭を抱える南浦プロ。

あらかじめ決めておいた組み合わせで何をそんなに悩んでいるのかというと、元々「その枠」には靖子が入る予定だったからだ。

それを別の人物に入れ替えた結果、こうして思い悩む事になっているのである。

 

「・・・・・・試合再開は何時の予定でしたか」

「二回戦で連荘してくれた奴がいましたからね、予定より伸びていますがそれでも17:30ですよ」

「なるほど、早いですな」

「ええ、早い」

 

ふーむ、とお互い考える。

そして再び靖子が口を開く。

 

「試合の組み合わせを改めて考えるのは少しだけ手間です。

 ただ単純に後ろに回すのも手ですが、しかし・・・・・・」

 

続いて南浦プロも。

 

「・・・・・・このままではもう一試合の方が集中できない可能性もある」

「・・・・・・それもありますね」

「仮に後ろに回したとしても、この組み合わせがある事をこの時点で知ってしまった以上・・・・・・」

「ええ、我々のはやる気持ちが抑えられない」

 

はぁ、と小さくため息をついた。

何が問題なのかは不明だが、ともかくこのまま考えっぱなしで済むわけではない。

時間がくれば再開しなければならないのだ。

やれやれ、困ったものだと南浦プロは頭をかく。

 

「こちらも相談事があって来てみたらこの様とは・・・・・・」

「相談事?」

 

悩んでいた靖子の元にやってきた南浦プロが相談事とは。

何の用事だろうかと気になったが自分の悩みもある。

聞くべきかどうするかと悩みを増やした後、おそるおそるという雰囲気で靖子は口を開いた。

 

「・・・・・・ちなみにどのような相談ですかな?」

 

南浦プロはうむと頷いた後に答えた。

 

「志野崎秀介君についてです」

 

 

 

 

 

「・・・・・・済みませんでした、キャプテン」

「いえ、謝ることじゃないわ深堀さん」

 

ぺこりと頭を下げる深堀と、それを宥める美穂子。

だが深堀は小さく首を横に振った。

 

「前半に飛ばして途中で息切れ、我ながら情けない打ち方です。

 普段の打ち方をしていればもう少し点数を稼げた可能性があります。

 ひとえに後半の天江衣と真正面からぶつかってどうなるだろうかと考えてしまった未熟な・・・・・・」

「深堀さん」

 

延々と反省を続けそうな深堀の言葉を止め、美穂子は笑いかける。

 

「試合、楽しかったかしら?」

「・・・・・・」

 

美穂子の言葉に深堀は一瞬顔をあげ、小さく頷いた。

 

「負けて悔しい、勝ちたいと思うのは当然よ。

 でもやっぱり楽しむのが一番よ」

 

そう言って美穂子は深堀にそっと寄り添ってその肩をポンポンと叩く。

 

「・・・・・・ありがとうございます」

 

いつに無く弱気に見える深堀を、美穂子はそうやって宥め続けた。

周囲の風越メンバーに羨ましそうに見守られながら。

 

 

 

「お疲れ様、モモ」

 

戻ってきたモモに声をかけたのはゆみだ。

 

「点数減らしちゃいましたっす、ごめんなさい先輩」

 

えへへと笑いながらも心底残念そうな表情でモモは応えた。

ゆみはそんなモモの頭にポンと手を乗せ、笑いかける。

 

「何を謝ることがあるか。

 風越と清澄一辺倒だった流れを食い止め、その上天江衣から直撃まで奪ったんだぞ」

「それは・・・・・・天江さんから直撃取ったのは自慢できるっすけど。

 でもあの二人を止めたのは天江さんの援護があったからっす・・・・・・」

 

ゆみが褒めているにも関わらず、モモは未だ落ち込んだ様子。

無理も無い。

 

「それに・・・・・・私の残り点数は29700、さすがにここから決勝に残るのは無理っすよ」

 

それは彼女に限ったことではないが、さすがに二回戦終了ともなればそろそろ自覚しなければならない事だ。

大負け大勝ちがあれば別だが、現在の4位は咲の76600。

彼女が大負けする可能性は少ないだろうし、それを逆転するとなると持ち点は6万点程無ければ厳しいだろう。

まぁ、上位とは離れていたが二回戦で圧倒的トップに立った秀介という前例があるが、さすがに例外過ぎる。

一試合で75000点以上稼ぐなんて、どこぞのチャンピオンじゃあるまいし。

少なくともモモは自分にそんな力があるとは思っていない。

だからこその落ち込み。

そしてそれに対する慰めの言葉をゆみは持ち合わせていない。

精々抱きしめてやるくらいか。

 

「こらこらー」

 

そんな二人に声をかけてくる人物がいる。

同じ鶴賀のメンバー、その部長でもある蒲原だ。

 

「落ち込んだ顔してるなー、モモ」

「部長・・・・・・」

 

落ち込んだモモやそれを慰められないゆみを目前にしてもなお、相変わらずの笑顔でワハハーと笑う。

 

「消えたそうな顔してるぞ、モモ。

 県大会が終わった時のゆみちんと立場が逆だなー」

 

あの時、ゆみは呟いた。

どこかに消え入りたい気分だ、と。

 

「あの時はモモが「大声で世界中探し回る」なんて言ってたけど。

 今モモが消えたら今度はゆみちんだけじゃない・・・・・・」

 

そう言って妹尾と津山の方を指し示しながら言葉を続ける。

 

「私達全員でモモを探し回っちゃうからなー」

 

そう言ってやはりワハハーと笑った。

その言葉が嬉しくて、なんとなく涙が出そうになるけれど、モモはぐっとこらえて。

 

「そんな恥ずかしい事させるわけにはいかないんで、消えるわけにはいかないっすね!」

 

ようやく笑顔を浮かべた。

それを見て蒲原も嬉しそうに笑うのだった。

 

というか。

 

「・・・・・・蒲原・・・・・・もしかしたら妹尾と津山も、あの場面見てたのか・・・・・・?」

「わっはっはー、喋ってしまったぞ」

 

そんなゆみの呟きに顔を背ける蒲原。

あれは当人同士だからこそいい思い出であるものの、それを誰かに見られていたとなっては話が変わる。

一瞬にして恥ずかしい思い出に変貌だ。

 

「まぁまぁ、いい思い出ってことでいいじゃないか。

 別に私達はからかう気があるわけじゃないし」

「むぅ・・・・・・」

 

まぁ、あの時に割って入られるよりはこうして後から話される分にはいいか、と思い渋々怒りを納めるゆみ。

 

「っていうか」

 

蒲原は言葉を続けた。

 

「・・・・・・本当に消えたいのは私の方なんだけど・・・・・・」

 

蒲原は現在17000点。

これは箱割れした美穂子と京太郎を除けば最下位だ。

さらに一回戦が終わった時の京太郎以下の点数でもある。

ワハハー・・・・・・と寂しげに笑うその言葉に、鶴賀メンバーに沈黙が訪れた。

 

「慰めに来たのか落ち込みに来たのか、どっちなんだお前は」

「・・・・・・いいじゃない落ち込んだって、人間だもの、智美」

 

力無く落ち込む蒲原に、やれやれとゆみは肩に手をかける。

 

「お前はお前で頑張っただろう。

 それとも、お前はこの試合つまらなかったか?」

 

見ていても打っていても、この試合は楽しかった。

だからそう言われては頷けないし、いつまでも落ち込んでいられないと思うだろう。

 

「・・・・・・まぁ、ゆみちんは私の点棒を削ったうちの一人なんだけどね」

 

言ったのがゆみで無ければ。

 

「・・・・・・なんかすまん」

 

その後鶴賀メンバーが本格的に落ち込む前に、津山と妹尾が割って入ってどうにかその空気を盛り上げようと画策する羽目になった。

 

 

 

「戻ったぞー」

「お疲れ、衣」

 

満面の笑みで戻ってきた衣を迎える純。

自分は点数を稼いだし、戦ったメンバーからは楽しかったと言われたし、不機嫌な要素は全く無い。

 

「・・・・・・追いつけなかったのだ」

 

点数が秀介に追いつけなかった事以外は。

衣の点数は118900。

これは既に十分過ぎる点数なのだが、秀介はそれを上回る127600だ。

先程も参考に出したが4位の咲が76600なのを考えれば、この二人がどれほど異質なのか理解できるだろう。

 

「・・・・・・しかし、何故不満気ですの?」

 

透華はそう言って首を傾げる。

 

負けているのだから不機嫌なのは当たり前では?と思うだろう。

だが県大会決勝で敗北を喫した咲相手の場合、涙を流していたものの「楽しかった」と笑い合っていた。

だからむしろ僅差であろうと上回っている相手と出会ったならば、衣なら喜びそうなものだが。

現に「奇幻な手合が増えるのなら嬉しい」と言っていたし。

 

点数が負けているのがそこまで不満か?

確かに一回戦の段階で衣は言った。

「あのような男より、衣の方が上だ」と。

だが現状僅差であるが衣の方が負けている。

代わりに秀介はその後の体調不良から察するに相当無茶をしていたように見える。

ならば次の三回戦で同じだけ稼ぐことは難しいだろう。

そうなれば衣が順調に稼げば追い抜くことも可能だ。

今点数で負けているだけで、おそらく三回戦でまた抜き返すことも可能だろう。

 

むーっと表情をしかめながら衣は応えた。

 

「・・・・・・衣にもよく分からない。

 最初にあの男に会った時には酷く心が躍ったものだ。

 冷たいトーカや咲とは違う、本当に人では無い何かに守られているかのような・・・・・・」

 

その言葉に一は、「それは普段ボクらが思ってる事だよ」と思ったが口にはしなかった。

 

「衣はあいつに、衣に似た境遇があるのではと思ったのだ。

 だからあいつと麻雀を打てば、咲と打った時みたいに新しい何かに気づけるのでは、と」

「似た境遇・・・・・・それにしちゃ大分明るい性格してないか?」

 

純の言葉に一が割って入った。

 

「もしかしたらボクらの知らない裏では調子が違うのかもよ」

「なるほど」

 

ふむ、と頷く純。

衣もそれに頷いた。

 

「あの男が衣と同じ、そして清澄の悪待ちがトーカと同じ。

 そして衣みたいに仲間をいっぱい作ったのだと思ったのだ。

 でも・・・・・・」

 

そこまで言って衣は声の調子を落とす。

雰囲気もどこか落ち込んだようになった。

 

「・・・・・・あいつの麻雀を見ていて何かが違うと思ったのだ。

 確かにあいつの麻雀は見ていて楽しいと思える。

 

 それこそ、盛り上げる為にあえてあんな打ち方をしているかのように」

 

「・・・・・・どういう事ですの?」

 

衣の言葉に透華は首を傾げる。

それはつまり、あれだけ点数を稼いでおきながらまだ本気ではないという事?

それとも・・・・・・?

衣は小さく首を横に振る。

 

「・・・・・・よく分からん。

 だがもしかすると・・・・・・あいつは・・・・・・」

 

そこから先は言葉にせず、ちらっと顔をあげて秀介の方を見る。

戻ってきた久達と笑い合う秀介。

その姿には衣がもしやと感じた「悪い予感」が該当するようには思えない。

傍目で見ているだけでは判断できない事なのだろう。

そうなれば、やる事は一つ。

 

「・・・・・・あいつと麻雀を打てば、きっと何か分かるのだ」

 

咲とだって麻雀を打って新しい自分を見つけられた。

人と分かり合う事が出来たのだ。

ならばきっとあの男とだってそうだ。

幸い秀介は現在総合1位で衣は2位。

このまま行けばよっぽど大量に点を落とさない限りは決勝で対戦できるだろう。

そこできっと何かが分かる。

 

決心をして大きく息をつくと、もう衣は普段の明るい衣に戻っていた。

 

「・・・・・・うん、なら何も不満は無いのだ。

 衣はあのしゅーすけという男と麻雀で分かり合いたいのだ」

 

にこっと笑いながら衣はそう言った。

 

「・・・・・・衣・・・・・・」

 

そうして衣が笑顔になると同時に、周囲は不機嫌になっていった。

何故?

ポンと衣の肩を掴み、透華達は告げる。

 

「・・・・・・それは確かにある意味めでたい事ですけれども。

 しかし・・・・・・衣にはまだ早いですわ!」

「そうだ! まだ早いぞ!」

「そうだよ! 早い!」

「・・・・・・何が?」

 

周囲の反応にキョトンと首を傾げる衣。

何故周囲が不機嫌なのかが分からない。

なるほど、確かにまだ早い。

 

「何がどう早いのだ?

 そうだ、智紀なら分かってくれるはず・・・・・・」

 

そう思い、今まで話に入ってきていなかった智紀の方に視線を向ける。

 

 

ずーんと落ち込んだ智紀の姿が目に入った。

前髪が前に垂れて顔を隠しているその姿はどこかのホラー映画のよう。

ましてや頭を抱えて何かブツブツ言っているのだから余計に。

 

「・・・・・・智紀、何をそんなに落ち込んでるんだ」

 

ようやく純が声をかける。

いや、戻って来た時から声をかけたかったのだが、この雰囲気にどうしても尻込みしてしまったのだ。

だが何とか声はかけた。

さぁ、智紀はどう動くか。

 

声をかけたことでブツブツと呟いていた何かは止まった。

が、顔をあげて髪の隙間からこちらを見る目が見えた時には思わず声をかけた事を後悔してしまった。

だって怖いんだもの、物凄く。

涙目で智紀は聞いてきた。

 

「・・・・・・私・・・・・・どうして負けたんですか・・・・・・?」

 

負けたというのは久にであろうか。

確かに56000点差は敗北と言えよう。

だがこの落ち込みようは不自然だ。

そもそも彼女がここまで感情を露わにするのも、もはや異常だ。

異常といえば対戦中の彼女の打ち方もそうだったが。

 

「・・・・・・私の方が強いと思ってたのに・・・・・・なんで? どうして・・・・・・?」

 

何がそこまでショックだったのかは不明。

だが落ち込んでいるのは分かる、誰がどう見ても。

やれやれと透華は智紀に正面から向き直って告げる。

 

「ともき、しっかりなさい。

 何故あなたがそこまで落ち込んでいるのか、何故対局前にあんなに怒っていたのかはあえて聞きません。

 ともかくあなたが敗北したのは・・・・・・」

 

一瞬躊躇ったが、はっきりと彼女はそれを告げた。

 

「あなたが弱かったからですわ」

 

その言葉に智紀ははっと目を見開いた。

 

「・・・・・・私が・・・・・・弱い・・・・・・」

「ええ、そうです。

 しかし、だからこそ強くなってリベンジすればよろしいのですわ!

 あなたにはまだ成長の余地があるということでしょう」

 

透華はそう言って今度は優しく微笑みかける。

きつい言葉の後に優しい仕草、落ち込んでいる人間はこれに弱い。

さすがお嬢様、人の心を掴む方法をしっかりと知っている。

智紀もその言葉に心を打たれたようで、ポロッと涙をこぼしたのを最後に深呼吸で息を整えた。

 

「・・・・・・ごめんなさい・・・・・・ありがとうございます」

「気になさらないでくださいまし。

 私たちは「家族」なのですから」

「そうだぞ、智紀。

 落ち込まないで笑っていて欲しいのだ」

 

透華と衣の言葉に、智紀はようやく落ち着いたようだ。

 

「・・・・・・そうですね、私はまだ弱い。

 だから・・・・・・強くなります」

 

そして、と智紀の視線は秀介の方に。

睨む気持ちもあるようだが、対局前と比べれば大分柔らかい視線を向けた。

 

次こそは、私が勝ちます。

 

「・・・・・・その、卓外に意識を向けるのも止めた方がいいよ。

 智紀らしくないし」

「そうだぞ、いつもは卓上で冷静に振舞ってるのに」

 

一と純の言葉に智紀は、そうですねと少しばかり天井を仰ぎ見る。

 

「・・・・・・確かにいつもの私らしく無かったです。

 でも、私だって熱くなる事情の一つくらいあります」

「それはどんな?」

 

透華の言葉に智紀は少し考え込む。

 

「・・・・・・何と言えばいいのか・・・・・・憧れ・・・・・・」

 

そして。

 

「・・・・・・もしかしたら恋かもしれません」

 

そう告げた。

 

「誰が!?」

「誰に!?」

 

再び一と純の言葉。

透華もあんぐりと口を開けて智紀を見ることしかできない。

そんな反応に、智紀はクスッと笑った。

 

「冗談です」

 

それは実に珍しい、見る者を魅了するような智紀の笑顔だった。

例えるならまさに恋する乙女か。

 

「・・・・・・何て笑顔を・・・・・・本当に誰かに恋を・・・・・・!?」

「どこのどいつだ、俺達の智紀に・・・・・・」

「てっきりパソコンが恋人だと思ってたのに・・・・・・」

「・・・・・・皆さんが私をどう思っていたかよく分かりました」

 

3人の反応にため息をついた智紀の表情は、もう普段のクールなものだった。

そしてずっと首を傾げてばかりだった衣は、いつも通りに戻った智紀の表情に笑顔を向けるのだった。

 

 

 

そしてこちらは清澄。

休憩に入って大分時間も経ち、盛り上がりは収まっている。

それでも麻雀関係から話題は離れない。

何せ現在の総合順位の上から4人の内3人が集まっているのだから。

 

「しかし稼いだな、久」

「まぁね、誰かさんに刺激されたかしら」

 

そんな話をしているのは秀介と久。

総合順位の1位と3位だ。

誰かさんとは誰であろうか。

智紀、マホ、やはりトップの秀介も入っているだろう。

 

「つまり少しでも早いとこ志野崎先輩に追いつきたかtt・・・・・・」

「ちょ、まこ!」

 

にやにや笑うまこの言葉を途中で止めさせる久。

その慌てっぷりを見ると本当にそう言う事情もあったのかもしれない。

というかそもそも試合中に「私のカレに色目使わないで」と言っておいて、からかわれないと思ったのだろうか。

 

そんな風に騒いでいる3人と、それを羨ましそうに見守っている京太郎を放っておいて和達は和達で話していた。

 

「・・・・・・点数を落としてしまいました」

 

少しヘコんでいる和。

咲が総合4位と点数を伸ばしているのに、自分が伸ばせなかったのが残念だったようだ。

 

「惜しかったよ、原村さん。

 部長があんなに稼いじゃったら仕方ないよ」

 

久は二回戦で46000点以上稼いだ。

一人あたりの出資に換算すると、6000点程しかマイナスになっていない和はむしろ頑張った方だろう。

 

「落ち込む事ないじぇ、のどちゃん。

 試合は盛り上がったし、楽しかったんじゃないかい?」

「・・・・・・確かに盛り上がりましたけど」

 

優希の言葉に和はそう返す。

 

「マホも頑張ったんだじぇ」

「そうだね、要所要所で上がりを取ってたし」

 

そう言って咲もマホも褒める。

が、彼女の表情は固かった。

 

「は、はい、頑張りました。

 だから、あの、その・・・・・・食べられたりしませんよね?」

「誰が食べるんですか」

 

呆れる和の言葉にちらっと久に視線を向けるマホ。

試合が終わってからずっと根に持っているのではないかと不安らしい。

こればかりは時間に解決してもらうしかないか。

一先ず話題を変えようと咲は優希に言った。

 

「優希ちゃんも試合盛り上がったね。

 楽しかった?」

「おー! もっちろんだじぇ!」

 

ぐっと高らかに拳を振り上げる優希。

衣に新しい意識の持ち方のアドバイスも貰ったし、むしろ彼女の麻雀はこれからまだまだ楽しくなっていく事だろう。

 

「まぁ、点数はちょびっとマイナスになっちゃったんだじぇ。

 それだけちょっと心残り・・・・・・あ、2万点以上稼げなかったってことは確か膝枕をやるんだったじぇ」

「「え?」」

 

咲と和の声が同時に上がる。

そう言えばそんなルールがあったような、無かったような。

何やら不意に目が合う咲と和。

直後にお互いボンッと顔が赤くなった。

 

(えっと、確かさっき目標達成できなかった染谷先輩が志野崎先輩を膝枕してたよね・・・・・・)

(という事は私が宮永さんを・・・・・・ひ、膝・・・・・・!)

 

別に言っていなかったしやらなくてもいいと思うのだが。

そんな二人をニヤニヤ見守りながら優希は京太郎に声をかけた。

 

「おーい、京太郎。

 膝枕してやるからこっち来るんだじぇ」

「え!? 俺が和に膝枕して貰えるって!?」

「のどちゃんは咲ちゃんとだから私とだじぇ」

「なんだ、優希かよ」

「何ー!? 嫌なのか!?

 なら私が無理矢理お前の膝に寝るじぇ!

 むしろ乗るじぇ! どーん!」

「ちょ! やめ! ぐはぁ!」

 

前言撤回、彼らの盛り上がりは未だ収まっていなかった。

 

 

 

ガチャリ、とドアを開けて入ってきたのは靖子と南浦プロ。

喫煙所から戻ってきた今の時刻は17:30を過ぎようかというところだった。

まだ太陽が山にかかる気配は無い。

 

「皆、揃っているか?

 そろそろお待ちかねの三回戦を始めるぞ」

 

はぁーやれやれと肩を回しながらそう言う。

どうやらずっと二人で話し合っていたらしい。

全員が揃って靖子達の前に集まる。

 

「さて、メンバーの発表の前に・・・・・・あ、しまった、点数と順位まとめてない。

 誰か、一覧にしている者がいたらヘルプ」

 

組み合わせ発表を心待ちにしていたところにそんな台詞、思わず全員でずっこけるところだった。

今から大きな紙に書き出す時間ももったいないのでと、智紀や風越用ノートPCを持って来ていた文堂が一覧表を出し、全員に見せて回ることとなった。

 

 

 

秀介 127600

衣  118900

久   92300

咲   76600

数絵  74000

 

妹尾  65100

透華  61400

未春  60300

ゆみ  59900

純   57000

 

まこ  52700

一   51600(失格)

和   49300

優希  45200

池田  41800

 

津山  40000

深堀  38700

智紀  36300

文堂  32300

モモ  29700

 

マホ  25200

蒲原  17000

美穂子    失格

京太郎    失格

 

 

 

前述のルールの通り、マイナスになっている美穂子と京太郎は5万点持ちで再開だ。

 

やはり上位2人が飛び抜けている。

咲は数絵とわずか2600点差だし、久は咲と16000点差。

前者はあっという間に引っ繰り返せるし、後者も無理な点差ではない。

秀介と衣は余程失点しない限りこのまま上位だろう。

そうなると残った久や咲は他のメンバーから狙い打たれる可能性が十分にある。

 

 

「・・・・・・なんて事を思ってるんじゃないだろうね?」

 

全員で点数を確認した後に、靖子はそんな事を言い出した。

思ってるんじゃないだろうねも何も事実としてそうなるとしか思えない。

のだが、靖子は不敵に笑った。

 

「そうでもないのだよ、とこう考えればプラス要素も増えるというもの。

 じゃ、試合のメンバーを発表するぞ」

 

そんなわけのわからない事を言った後、靖子はメンバー発表に入ってしまった。

 

 

「三回戦、第一試合、龍門渕高校-国広一、風越女子-福路美穂子、同じく風越女子-深堀純代、平滝-南浦数絵」

 

 

「あら、同じ卓ね、深堀さん」

「はい、よろしくお願いします、キャプテン」

「こちらこそ、よろしくね」

 

軽く挨拶を交わし、美穂子は咲に視線を向ける。

一も警戒を怠っていい相手ではないが、やはり注目すべきは総合5位になっている数絵と同卓だという事。

 

(彼女の点数を少しでも削っておけば吉留さんの助けになる。

 それに華菜や深堀さんが爆発してくれれば彼女達も届くわ)

 

既に失格となってしまった美穂子にできるのはそれくらい。

と言っても同卓の深堀に露骨な援護はしない。

彼女なら自力で勝ち上がるだけの力があると信じているから。

だから自分がやる事はまず一つ、南浦数絵を狙い打つ事。

美穂子はそう心に決めた。

 

そしてメンバーの続きが発表される。

 

 

「第二試合、鶴賀学園-加治木ゆみ、龍門渕高校-天江衣」

 

 

おや、と視線を向け合う二人。

県大会の決勝で戦った二人だ。

点数確認の為に集まっており、お互い割りと近くにいたが直接話すには少し遠い距離。

お互い目線で語り合う。

 

(今回は負けないぞ)

(やってみるがいい)

 

 

「清澄-竹井久」

 

続くメンバーがまた一人発表される。

ざわっと声が上がった。

総合2位の衣と3位の久が同卓!

潰し合えばどちらかが上位陣から脱落することもあり得る。

 

「あら、私?」

 

だが当の久は嬉しそうに笑った。

この合宿の話を靖子に聞いてからぜひ一度機会を作って戦ってみたいと思っていたメンバー、ゆみ、衣、美穂子。

そのうち二人と同卓できるとは。

主催者様々だ、後で靖子には感謝しておこう、久はそう思った。

 

 

そして最後の一人が発表される。

 

靖子のニヤッという笑顔と共に。

 

 

「同じく清澄-志野崎秀介」

 

 

辺りが静まり返った。

 

 

総合2位の衣、3位の久。

彼女達が同卓なだけでも驚きなのに、そこに更に総合1位の秀介まで加わるなんて!

下手をしたら二人、上位争いから落ちる。

 

仮に二人上位から落ちたら、後から試合をやる者達にとって希望になるだろう。

だがおそらく、いや確実に高レベルな試合になる。

そんな試合を見た後に通常通り試合をしろというのか。

一部から靖子に不満の視線が浴びせられる。

 

「・・・・・・いや、仕方なかったんだよ。

 今更組み合わせ変えるのもめんd・・・組み合わせにミスが出るといけないからな」

 

そんな靖子の言い訳が聞こえた。

いやそれにしても、と顔を見合わせるメンバー。

 

 

「・・・・・・どうしよう、透華」

 

一は透華に振り向きながら声をあげる。

 

「ボク、あの試合凄く見たい」

「・・・・・・ですわよねぇ」

 

透華も驚きが収まっていない表情のまま答えた。

 

 

(あの二人の対決が!? こんなタイミングで・・・・・・!)

 

美穂子も驚きの表情で衣と秀介を交互に見ていた。

これは気になる、とても気になる。

てっきり決勝卓で戦うものと思っていたのだが、まさか三回戦でとは!

見たい、だが試合がある。

これは・・・・・・。

 

 

数絵は何かそわそわした様子で南浦プロをちらちら見ていたが、南浦プロは南浦プロで黙り込むしかできない。

彼も靖子同様、この試合の組み合わせを知ってはやる気持ちを抑えきれなかったからだ。

もう一試合のメンバーが集中できないかも、という可能性を知りつつもそこに孫娘が入るとは予想していなかった。

そもそも衣と秀介という組み合わせに気を取られていてもう一試合のメンバーを確認していなかったのも原因だ。

 

 

そう、こんな組み合わせがあったらもう一卓のメンバーが集中できない。

これも問題点だ。

もう一卓の試合が気になるとは言え、ちらちら見ていたら自分達の試合どころではない。

そこのところをどう考えているのか、靖子は。

第一試合のメンバーから視線が集まる。

が。

 

「では10分後に試合を始めるぞ」

 

普通にそう進めた。

 

「お待ちください藤田プロ!」

 

それに対して声をあげたのは透華だった。

 

「何か用か? 龍門渕透華」

「こんな試合を隣で行われていては、うちのはじめが試合に集中できない恐れがあります。

 試合を後ろに回すか、同時ではなく別々に行わせては頂けませんか?」

 

それはまさに第一試合のメンバーにとって恵みとなる提案。

だが靖子はそれを受けてフッと笑った。

 

「例えばプロは、全員が揃って同じ部屋の中で試合を行う。

 中には全員が注目する試合もある事だろう。

 だがそんな時、「気になる試合があるから後にしてくれ」などという提案が通ると思うか?

 当然通らない。

 お前の今の提案はただのワガママだ、諦めろ」

「くっ・・・・・・」

 

靖子の言葉に俯いて黙りこむ透華。

その言葉には誰も何も返せない。

余りにも正論で、実際プロでなくても大会などでそういう事もあるだろうから。

確かに大会の個人戦などでそんな事を言ってはいい笑い者だ。

 

「はい」

 

そんな空気の中、手を挙げる者が一人。

 

「・・・・・・どうした、竹井久」

 

毎回ではないがこう言う時に上手く利用したり丸めこんだりするのが久なのだ。

roof-top(ルーフトップ)で秀介やまこと打っている時には名前を呼び捨てにされるし、プロとしての威厳大幅ダウンである。

そんな久が何を言い出すのかと思うと不満気になってしまうが、しかしこんな場で発言を許さず封殺するのも大人げない。

仕方なく靖子は久を指名する。

久はにこっと笑って声をあげた。

 

「そう言うのをプロが徹底する気持ちは分かるけど、今は楽しく過ごして交流を深める合宿なんだから別にいいんじゃない?

 私も当事者じゃなかったらこの試合を見れないのは辛いわ」

 

そう言って久は何やら携帯電話を取り出す。

 

「それとも、これから雑誌の取材とか入っちゃってこの試合が見られなくなるのも仕方ないって割り切るのかしら? 藤田プロ?」

「なっ!? ど、どこの雑誌だ!? どこで連絡先を!?」

「「ウィークリー麻雀TODAY」の西田さんって人が和を気にかけててね。

 名刺までくれたらしいのよ」

「ぐぅぅ・・・・・・!!」

 

表情を歪める靖子。

対してフフンと笑う久。

 

「さぁ、どうする?」

 

やがて靖子はプイッとそっぽを向いた。

 

「・・・・・・分かった。

 第二試合だけ先にやって、後から第一試合をやる。

 その代わり時間もあるから第一試合は第三、第四試合と一緒にやるからな」

「はーい」

 

靖子の言葉に返事をすると久は周囲のメンバーにぐっと親指を立てて見せる。

わっと歓声が上がった。

 

 

さて、ともかくそんなわけで決定されたのだ。

 

この合宿一番の注目株、天江衣と志野崎秀介の試合が。

 

 

 




六回戦と決めて六回戦をやるのは愚の骨頂って赤木しげ・・・なんとかさんも言ってた。
この場合は意味合いが全然違うけど。
決勝戦を用意して決勝戦をやる気など全く無し。
gdりそうで(

追記:
ご指摘を受け、第一試合の方のメンバーを入れ替えました。
なんで和VS美穂子の時は気付いて咲さんの時には気付かなかったのか(

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