咲-Saki- とりあえずタバコが吸いたい先輩 作:隠戸海斗
新木桂・・・・・・一体何者なんだ(
「・・・・・・
「・・・・・・で、それ誰だ?」
真顔で問いかける純。
と、小さく声が上がる。
「・・・・・・新木桂・・・・・・まさか・・・・・・!?」
「ん? どうした智紀?」
「・・・・・・」
純が声をかけるが智紀は「・・・・・・何でも」と首を横に振る。
そしてパソコンの別ウィンドウで新たに操作を始めた。
「以前調べてまとめた物があったはずです、少し待ってください・・・・・・」
そうして智紀が調べ始めると同時に一が声を上げた。
「・・・・・・思い出した。
透華、この牌譜確か旦那様がオークションで手に入れたものだよ」
それを聞いて透華も思い出したように「あっ!」と声を上げた。
「そうですわ!
新木桂・・・・・・確か存在する牌譜が半荘5回分しか無く、世間で出回っているのは牌譜をコピーしただけの物。
私のようなデータを集めるだけの者としてはコピーでも十分だったところを、お父様が高値でオリジナルを落札したとか。
本当か嘘かその為に子会社を潰したとか笑っていましたけど・・・・・・」
それは笑い事ではない。
純も「さすがに嘘だろ・・・・・・」と呆れている。
「・・・・・・ありました」
そんな話をしていると智紀から声が上がった。
どうやら探していたファイルが見つかったようだ。
「新木桂・・・・・・不敗と噂の伝説の麻雀打ち。
プロの内何人かが世話になっており、さらに「新木桂がいなければ自分はプロになれなかった」とまで言われた人物。
その正体や私生活はまったくもって不明」
「・・・・・・漫画とかの主人公で出てきそうな設定だな」
純がそう言うと、智紀は珍しく少しむっとしたようで言葉を続ける。
「・・・・・・実在したのは間違いないようです。
それほど多くは無いですが実際にプロも話していますし。
・・・・・・まぁ、確かに信じられない伝説もいくつか残っていますが」
「例えば?」
今度は一に聞かれ、智紀は新たに別のファイルを開く。
「・・・・・・現役生活は15年以上、その間無敗。
デジタル思考の先駆者。
彼の打ち方は堅実で安定した勝利をもたらす。
しかしある時期を境にデジタルではありえない打ち方で勝ち続けるようになる。
その打ち方を見た者は、まるで未来を見通して牌を操っているかのようだったという言葉を残している。
点数申告の仕方が独特。
生涯麻雀以外では稼がなかった。
自称彼の弟子は全国中にいる。
天和で大逆転。
満貫以上の上がりはされなかったのに気づいたら箱下だった。
八連荘を認めていれば死ななかったのに」
「なんで認めてたら死ななかったんだよ」
何があったのか知らんけど逆じゃね?という純の突っ込みで新木桂伝説とやらは終わった。
一同でむーっと考えてみる。
「・・・・・・どれもこれも胡散臭いですわね」
透華の言葉に揃って頷く。
「・・・・・・で、結局どういうことなのだ?」
ふと気付くと、いつの間にか衣がソファーに座っていた。
先程までどこにいたのやら。
「あの志野崎という男の打ち方が新木桂とやらと似ていたとして、それはつまりどういうことなのだ?」
衣にそう言われて一同も「そういえばそうだった」と思考を改める。
「・・・・・・まぁ、単純に考えれば子供とかそういう?」
一がそう言う。
苗字が違うのは色々考えられるし可能性としてはあり得そうだ。
しかし智紀は首を横に振る。
「彼に子供がいたという話は無いようです。
もしかして話に上がらない所で・・・・・・という可能性はあるかもしれませんけれども。
ただやはり志野崎さんが新木桂の血を継いでいる可能性は低いと思いますし、直接の面識もありえません」
「何故ですの?」
血を継いでいる可能性はまだしも直接の面識もありえないとは。
透華の言葉に、智紀はパソコン画面に表示されているとある数字を指差しながら告げた。
「彼は私達が生まれる10年以上前に既に亡くなっているからです」
「・・・・・・新木桂・・・・・・?」
同じ頃、南浦プロの前で同じくその名を口にしていたのは久である。
突然の南浦プロの言葉に首を傾げる久とまこ。
そんな二人の態度を見ても南浦プロは変わらず秀介をじっと見ていた。
知っているはずだと確信しているように。
そして秀介は「ふむ・・・・・・」と考え込むようにし、苦笑いをしながら小さく首を横に振った。
「いえ、生憎と」
「・・・・・・他の人がいる前で話し辛いということなら別に場を設けるが」
一歩近寄ってさらにそう言う南浦プロ。
だが秀介はやはり考えるそぶりを見せる。
「・・・・・・確かに新木桂と言う名前は知っていますが、私とは無関係です」
その言葉に、南浦プロは表情を険しくして更に詰め寄る。
「それを信じろというのか・・・・・・。
あの打ち方は瓜二つだ、生まれ変わりと言っても信じるぞ」
「・・・・・・そんな非科学的な事を信じておいでで?」
秀介はそう返す。
そしてそれ以上の言葉は続けない。
普段久達をからかっている時のような表情で笑うのみ。
年齢的には大先輩と言えるプロを相手にその仕草。
大丈夫なの?と久もまこも心配そうに二人の様子を見守っている。
秀介の言葉に南浦プロは苦虫をかみつぶしたような表情になった。
「・・・・・・確かに、自分で言っていて何だが私は生まれ変わりなんて信じていない。
あの人に子供がいるなんて話は聞いていないし・・・・・・」
ごくっと唾を飲み込む南浦プロ。
唾と同時に緊張をも飲み込むかのように。
「・・・・・・君があの人を直接知っているわけがない」
「・・・・・・ええ、そうですね。
確かに私と新木桂は接点が無い。
あるはずがない」
「・・・・・・それでも、君があの人と全く無関係などとは思えない・・・・・・」
そんな呟きを最後に二人の間に沈黙が流れる。
やがて南浦プロもこの場でこれ以上は聞き出せないと判断したようで、小さく息をついた。
「君・・・・・・志野崎秀介君と言ったね」
「はい、清澄高校所属の3年生です」
「・・・・・・また後日、改めて話を聞かせてはもらえないかね?」
「・・・・・・さて、その時に新たに話せるような事があるかどうか」
最後に南浦プロが「失礼した」と頭を下げて二人の会話は終わった。
南浦プロの背中を見送りながら再びリンゴジュースを飲みだした秀介に、久が声をかける。
「・・・・・・シュウ、今のは・・・・・・何の話?」
すると秀介は、しまったと少しばかり表情を曇らせる。
「そうか、今度はお前達からも聞かれるわけか」
答え方を誤ったかなと思いつつ、やはり少し考えて秀介は返事をした。
「南浦プロの年代の人たちにしか通じない話」
「・・・・・・そう答えられると、何であんたがそんな話ができるのかって質問に続くんだけど」
結局のところ今の回答では何も通じない。
だがこの話の濁し方、付き合いが長い久はよく知っている。
真面目に答える気が無い時の話し方だ。
答える気が無いというか、答えることが秀介にとって何らかの不都合になる時の答え方。
ならばこれ以上問い詰めても答えは聞けなさそうだ、と久は判断する。
しかしまこはまだ納得いかなそうに喰いついてくる。
「志野崎先輩、新木桂って誰なんじゃ?」
その質問に、秀介は何か遠い目をしながら答えた。
「・・・・・・懐かしい・・・・・・その名を聞いたのは実に30年ぶりくらいだ」
「志野崎先輩、今いくつじゃ」
「18」
「計算が合わないじゃろが」
「うむ・・・・・・あれは俺がまだ-12歳くらいだった頃の話だ」
「-12歳ってどんな状態じゃ!?」
はっはっはっと笑いながら真面目に取り合わない秀介を、まこはぐぬぬと睨むことしかできなかった。
鶴賀のゆみは取っていた牌譜を見ながら険しい表情をしていた。
「どうしたっすか、先輩?
怖い顔をしてると幸せが逃げるっすよ?」
「それはため息だと思うのだが・・・・・・」
やってきたモモの言葉に突っ込みつつ、そこは重要じゃないかと思い直した。
「今の試合の南一局、福路美穂子が親の時に気になることがあってな」
そう言ってゆみは牌譜とは別のメモ帳に何やら書きこんでいく。
やがて書き終わったのか、それをモモにも見えるように持ち変えた。
「南一局、龍門渕透華の配牌がこの形」
{一七①④⑤⑥⑧
「そしてその後のツモが、無駄ヅモを除けばこれだ」
{八534④六}
「これで聴牌にこぎつけてリーチをした結果、彼女は見事上がりを取っている」
{六七八④④⑤⑥234456} {
「そうでしたっすね」
ゆみのメモを見ながらモモが頷く。
で、それのどこが気になったのか。
「・・・・・・今度は福路美穂子の配牌だ」
{七③[⑤]⑧⑨1234899北} {發}
「この後、彼女のツモ番が回ってくる前に志野崎秀介が鳴きを入れ、ツモをずらす。
その結果龍門渕透華は上がれたわけだが。
仮にここで喰いずらしが無かったら・・・・・・」
鳴きが入らなかった時のツモは先程の透華のツモと同じ、{八534④六}。
これを美穂子の配牌に加えて不要牌を消していく。
すると手牌は綺麗な上がり形になった。
{七八③④[⑤]23344599} {
「・・・・・・このように、龍門渕透華が聴牌した巡目で既に彼女は上がりの形になっていたわけだ」
「ふむふむ・・・・・・」
そう頷いておきながら、モモはすぐに「む?」と首を傾げる。
「・・・・・・どういうことっすか?
鳴きが入った結果龍門渕さんが上がったけど、喰いずらしが無かったら風越のキャプテンさんが上がりを取っていた、っすか?」
「そうだ」
その事実を突きつけられ、モモはむむむと表情をしかめる。
「そんなの・・・・・・偶然としか思えないっす」
「私もそう思いたい。
だが・・・・・・」
ゆみも同様に表情をしかめながら、しかし何かを確信するように告げた。
「・・・・・・福路美穂子の上がりを阻止して龍門渕透華に上がらせる。
それ以外に、志野崎秀介が龍門渕透華の第一打を鳴いた理由が思い浮かばんのだ」
モモのしかめっ面が驚きに染まる。
そんなまさか、と。
「そんなこと・・・・・・狙ってやるなんて・・・・・・」
ごくりと唾を飲み込みながらモモは言葉を続けた。
「絶対無理っす、できるわけない・・・・・・ありえないっすよ・・・・・・」
それはゆみも思っていた。
無理だ、絶対に、ありえない。
口元に手を当てつつちらっと視線を秀介の方に向けてみる。
彼は久達と何か話しているようでこちらの視線に気づいた様子は無い。
志野崎秀介、お前には何が見えている・・・・・・?
まさか・・・・・・
未来が見えているとでも言うのか・・・・・・!?
「はてさて、そろそろ二回戦最後の試合を発表するぞー」
不意に聞こえた靖子の声に、それぞれ色々な理由で盛り上がっていた各校のざわめきが収まる。
気になることはいっぱいあるが今はまだ試合の途中に過ぎない。
いつまでも盛り上がって進行を止めるわけにはいかないのだ。
とは言っても二回戦最後の試合なので誰が戦うかは分かりきっている。
後は誰と戦うかという心構えだけ。
「第五試合、龍門渕-天江衣、風越女子-深堀純代、鶴賀学園-東横桃子、清澄-片岡優希
第六試合、龍門渕-沢村智紀、高遠原中-夢乃マホ、清澄-竹井久、同じく清澄-原村和
以上のメンバーは試合の準備をするように」
そのメンバー発表に、静まっていた周囲はまたざわめきだす。
特に第五試合の組み合わせが気になるのだろう。
東場で大爆発をする優希、一回戦で一発逆転を見せた深堀、そして衣も大火力を持っている。
唯一モモはそんな火力を持たないが、ステルスによる上がりはタイミングによってはリーチ一発も絡むし何より精神的ダメージが大きい。
初めから大火力の応酬になるのか、それとも序盤は下地作りに力を入れて後半で爆発を見せる展開になるのか。
いずれにしろ荒れる試合模様になりそうだ。
かと言って第六試合も捨て置けない。
様々な能力により衣を相手にしておきながらオーラスまでリードを保ち続けたマホ、一回戦ではあまり活躍できなかったが県大会では大量点を稼いだ久、デジタルで僅差の逆転を演じた和。
こちらも全くもってどのような試合展開になるのか予測がつかない状況だ。
各々どのような試合になるのか期待しつつ仲間を送り出していく。
「そんじゃ、行ってきますっす」
ゆみの気になる話に耳を傾けていたモモだったが、試合で呼ばれたのならばと大きく伸びをしてそう告げる。
「・・・・・・済まなかったな、折角の試合前に妙な話をしてしまって」
「いえ、私も気になっちゃいましたけど、試合は試合で頑張ってくるっすよ」
本当にすまなそうに頭を下げるゆみに、モモは笑顔で言葉を返した。
それを聞いてゆみも笑顔に戻る。
「でも先輩」
「ん?」
不意に声を掛けられて、どうした?と聞き返すゆみ。
モモはちょっとだけ拗ねたような表情で言葉を続けた。
「男の人を気にかけるのは、私の前じゃ禁止っすからね」
そう言ってビシッと指差した。
別にそう言うのではないのだがな、と少しだけ呆れながらもフッと笑ってゆみはモモの肩をポンと叩く。
「分かった、もう気にしない」
「約束っすからね。
じゃ、行ってくるっすよ」
「ああ、楽しんで来い」
お互いに手を振り合った後、モモは卓に向って行った。
決して「いってらっしゃーい」と小さく手を振る残りの鶴賀メンバーの事が頭から消えているわけではない、と思う。
こちらはこれから試合を行うメンバーが最も多い清澄の優希、和、久。
そして和達の後輩マホだ。
「宮永さん、大丈夫ですか?」
「うん、もう平気。
心配かけてごめんね、原村さん」
心配そうな表情の和と対称的に笑顔を浮かべる咲。
先程の秀介の試合を見ていてとてつもない悪寒に襲われた咲だったが、和がずっとそばにいたことで立ち直ったようだ。
もっとも和自身は何かをしたというよりも、そばにいるだけで何も出来なかったと思っているようだが。
オカルトな話を嫌う和にとっては「自分の能力を模倣された悪寒で動けなくなった」なんて理解不能、どうやって慰めようかなんて見当がつかない。
それでもずっと一緒にいて背中や頭を撫でていただけで次第に咲が落ち着いていったのは、それまでの二人の絆があったからだろう。
「落ち着いたようでよかったじぇ。
のどちゃんは咲ちゃんをだっこできて役得とか思ってたりするのかー?」
「なっ!? そ、そんなことは思ってません!」
イシシシと笑う優希に声を荒げる和。
その一事だけでどうやら和の中にあった些細な落ち込みも無くなったようだ。
付き合いの長い二人。
それだけに些細な落ち込みも無くして全力で戦ってほしい、なんて想いが優希にはあったのかもしれない。
「じゃ、そろそろいくじぇ。
のどちゃんのついででいいから私の応援も頼むじぇ、咲ちゃん」
「ついでなんて・・・・・・ちゃんと二人とも応援するよ」
優希の言葉にそう返す咲。
その返事に嬉しそうに笑顔を向けると、優希は隣の後輩にも声をかけた。
「マホも頑張るんだじぇ!」
「は、はい、頑張ってくるです!」
両手をぐっと胸の前で握るマホ。
気合いを入れているつもりなのかもしれないが傍目にはただの可愛い構えにしか見えない。
「3人共、頑張ってきてね!」
咲の応援に3人はそれぞれ手をあげて応えた。
さて、それでは早速応援の為に自分も卓に向かわなくては。
そうだ、部長の応援も忘れずに。
「ついでに京ちゃんも何か・・・・・・」
応援の言葉を言えば良かったのに。
そう言いかけたが、その京太郎は気づけば近くのソファーにもたれて何やらぐったりとしていた。
「・・・・・・大丈夫だ、咲。
試合が始まるまでには立ち直るから・・・・・・それまでさっきまでのように放っておいてくれ・・・・・・」
第三試合でトバされた京太郎。
だが一や美穂子がトバされた時と違い誰かが慰めに来てくれたようなシーンは無かった。
秀介の試合の盛り上がりが激しくて皆がそちらに注目していたせいだろう。
だから未だに立ち直れなくても仕方のないことだ。
しょうがない、ここは幼馴染として自分が少しくらい慰めてやらなくては。
咲はそう考えて京太郎に声を掛ける。
「大丈夫、京ちゃんは京ちゃんで頑張ったよ」
「・・・・・・そうか、どの辺が頑張ったか教えてくれ・・・・・・」
そう返されてはどうにも返事ができない。
何せ咲も京太郎の試合を見ていなかったのだから。
これは困った、どうしよう?
困った時には先輩を頼るべし。
きっと同じ男である志野崎先輩が言っていた慰めの言葉なら京太郎も立ち直ってくれる事だろう。
そう考えた咲はぐっと親指を立てながらその言葉を告げた。
「最後の{[⑤]}切りは見事だったよ」
「それは染谷先輩の試合内容を見てなかった志野崎先輩の言葉じゃねぇか!!」
そして残る清澄の一人、久は髪を両サイドでおさげにまとめた後に軽く両肩を回していた。
「じゃ、行ってくるわね」
「ああ、行って来い」
そう言って見送る秀介は未だソファーにもたれかかったまま、まだ具合が悪そうだ。
久は小さくため息をつく。
「・・・・・・まったく。
やっぱり卓から無理矢理引き離してやればよかったかしら」
「引き離す方法は確か・・・・・・膝に乗ったり後ろから抱きついてみたりするんだったか?」
「そんなことしないわよ!」
顔を赤くして、むぅぅと怒る久。
それを見て秀介は笑い、まこはやれやれとため息をつく。
そんな二人の反応に久はやがてプイッと横を向いてしまった。
「もういいわよ。
ふらふらしたまま立たれてても困るわ、しばらくそうして休んでなさい」
「分かったよ。
でも応援はしてるからな」
久の言葉にそう返す秀介。
その返事にいくらか機嫌を直したのか、素っ気なく「じゃあね」と手を振りつつもどこか嬉しそうに久は卓に向って行った。
「・・・・・・志野崎先輩、やっぱり無理はいかんよ。
次にまた倒れるような事があれば、例え意識が無くてもわしは先輩を殴るよ」
久の気持ちの代弁、それに自身の想いもあるのだろう。
それだけ怒っているのだという意図を込めて、まこは少しきつめの声で秀介にそう言った。
のだが。
「・・・・・・志野崎先輩、どこ見とるんじゃ」
肝心の秀介の視線はこちらに来ていない。
かと言って久に向いているわけでもない。
どこを見て?とまこもそちらを向いてみる。
そこにいたのはおそらく、これから卓に向かおうという一人の少女。
「どうかしたんか?」
まこが改めて秀介に声をかけると、むぅと少し困ったような表情で秀介は答えた。
「・・・・・・何か睨まれてた」
「・・・・・・何をやらかしたんじゃ?」
「心当たりが無い・・・・・・って言うか、何で俺が悪いと思った?」
「悪いのは大概志野崎先輩だからじゃ」
「酷い言われようだ、後輩の面倒見がいい先輩に対して。
お前、俺のいない所で久に対しても同じような態度取ってるんじゃないだろうな?」
「酷い扱いを受けてきた事に対する些細な復讐じゃ、志野崎先輩以外にはせんよ」
「周りにはいい顔で特定の男子にだけツンツンする、とな。
確か「ツンデレ乙!」とか言うんだったな」
「・・・・・・」
もういい、こんな先輩放っておいて応援に行ってやろう。
言葉じゃ勝てないのだし。
そう思ってまこはソファーから立ち上がる。
「・・・・・・部長の応援行ってくる。
志野崎先輩はそこで大人しくしとれ」
部長、さっさと試合終わらせてこの先輩の面倒見とくれや。
そんな事を思いながらまこは秀介に背中越しに手を振り、その場を離れる。
「おう。
俺もすぐ行くから、それまで俺の分も一緒に応援頼むぞ、まこ」
「・・・・・・」
放っておこうと思った矢先にそんな言葉を向けてくるか。
本当に言葉では勝てない。
「では・・・・・・行ってきます」
スッと頭を下げるのは風越の大火力、深堀。
それに対して「頑張って!」「キャプテンの分まで!」と風越メンバーから声が上がる。
そんな中、キャプテン美穂子も深堀に駆け寄って声をかけてきた。
「深堀さん・・・・・・頑張ってきて」
今しがたトバされたばかりでまだ落ち込むところもあるだろうに、キャプテンとして示しがつかないとか自分自身を追い込む考えもしただろうに。
なのにそれを感じさせないようにいつものような笑顔で応援。
それだけで深堀を奮い立たせるには十分だった。
そんなキャプテンの想いに対する深堀の態度は、ぐっと拳を見せるだけで何も語らずに卓に向っていくというものだった。
その姿は実に頼りがいがある。
とても女には見えないなどと言ってはいけない。
例え美穂子以外の風越メンバー3人がそう思ったとしても。
それにしても。
(・・・・・・キャプテンを狙い打ちできる人間がいるなんて・・・・・・)
ちらっと秀介の方に目を向ける。
あの打ち方、手さばき、それに運もだろう。
全国トップクラス・・・・・・それどころかプロにも至るかもしれない。
男子とは言え今までそんな人間の噂が耳にも入らなかったなんて。
まぁ、風越は女子高だしそう言う噂自体まれだが。
それにキャプテンが清澄の部長の出場を、県大会の決勝戦まで知らなかったという前例もあるし。
当の秀介は同校のメンバーの応援をしているようだが、無理でもしていたのか今はソファーに座り込んだまま。
結局一度も視線が合わないまま深堀は卓に向き直る。
さて、今回は同卓に同じ風越の選手は一人もいない。
それはつまり一回戦の未春のように仲間に差し込んだり、仲間から上がらないように工夫したりと言う必要が無いことを意味する。
しかも対戦相手は高火力の優希と衣、そして県大会では一方的にやられた和。
今回は絶対に負けられないな。
そう気合いを入れながら腕をゴキンと鳴らす。
周囲にいた人たちは空耳に違いないと決め込んで視線を逸らしていた。
「衣」
帯が緩んでいた衣の浴衣、それを直しながら透華は話しかけていた。
「この時期にもなるとまだしばらく日は沈みませんわ。
そうなればいくら衣といえどもあの清澄、風越の高火力相手に油断はできませんわよ?」
「言わずもがな」
透華の言葉に衣は不敵に笑い返す。
「あの二人とは是非とも全力で戦ってみたいと思っていたのだ。
今の状態で相手をするとなれば油断などしようもない」
「・・・・・・なら、いいですけれども」
少し長めの帯を腰に巻きつけ、きつくならない程度に引っ張りながら結わく。
余った部分で蝶々結びを作って完成。
「はい、できましたわよ」
くるんと回って浴衣が緩まないのを確認し、よしと嬉しそうに笑う。
「ありがとう、トーカ」
そして純や一が衣を応援しているのを見て、透華はさてと改まって智紀に向かい合う。
「ともき、分かっていると思いますけれども・・・・・・」
一回戦が終わった後でもした説教にも似た小言。
それが再び繰り返されるのかと思いきや、どうやらそうでもないらしい。
何故なら声をかけられた当の智紀本人がこちらを見ていないからだ。
パソコン画面も既に閉じられている。
いつもならば「とーもーきー! こちらを向きなさいな!」とムキーと怒りながら言うところだろう。
実際そうしかけた。
だがそんな雰囲気ではない。
どちらかと言えば無表情なことが多い智紀が、今まで見たことが無い不機嫌そうな表情で別方向を睨んでいるのだ。
不機嫌と言うかむしろ・・・・・・怒っている?
「・・・・・・ともき?」
どうなさいましたの?と言うよりも先に智紀はチャッと眼鏡に手を当てながら視線をこちらに向けた。
「・・・・・・では透華さん、行ってまいります」
「・・・・・・はい」
いつもとは別人のような雰囲気に押されそうになりながらも透華は返事をした。
そして智紀は衣と共に卓に向かう。
「・・・・・・智紀、珍しく怒気が溢れているぞ。
何かあったのか?」
衣にそう言われ、智紀は取り繕うこともせずにあっさり頷く。
「・・・・・・少しばかり。
いつになくやる気になったと思ってもらえれば」
「ふむ・・・・・・確かにいつになくやる気なようだが」
そこで言葉を区切り、衣は智紀の心の内を探るように問い掛けた。
「・・・・・・この二回戦で衣をも超えようなどと思っているのか?」
「・・・・・・まさか」
再び眼鏡に触れながら智紀は告げた。
「目標だけなら、総合トップに立ちます」
「・・・・・・く」
智紀の言葉に、衣は嬉しそうに声をあげた。
「奇幻な手合が増えるのなら、衣は嬉しい」
そして手をスッと上げる。
「決勝で会おうぞ、智紀」
「・・・・・・」
智紀も黙って手をあげ、二人は軽くハイタッチを交わした。
もっとも身長差のせいで衣がぴょんと跳ねなければならず、重苦しそうだった雰囲気は一瞬でどこかへ行ってしまったが。
衣を見送ると智紀は再びチラッとその人物の方に視線を向ける。
今度はしっかりと視線があった。
(・・・・・・志野崎秀介・・・・・・)
私は・・・・・・。