機動戦士ガンダムSEED Destiny 凍て付く翼   作:K-15

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第13話 それぞれの想い

深海に隠れる天使、アークエンジェル。

あの戦闘介入から連合とザフトの追手から逃れる為にダーダネルス海峡で息を潜めて居た。

長距離を移動するのではなくこの場に留まる事で相手の思考の逆を付く。

両軍ともに損傷しており、捜索の為にダーダネルスに出向けば再び接触する可能性もあり迂闊には出せない。

アークエンジェルにとってこの場に留まる事が最善の策だった。

そのブリッジで艦長であるマリュー・ラミアスはクルーの1人であるアンドリュー・バルトフェルドからコーヒーの入ったマグカップを受け取る。

ブリッジに居るクルーは全員、白と青を基調としたオーブ軍の制服を身に纏って居た。

 

「ありがとう」

 

「いいえ。探してた豆が手に入ったんでね。良ければ感想を聞かせてくれ」

 

「私の感想で良いのなら」

 

マリューは受け取ったマグカップを片手に艦長シートに腰を下ろし、スクリーンに表示された文字に視線を向けた。

CIC担当のダリダ・ローラハ・チャンドラII世はマリューに送られて来た電文を読み上げる。

 

「艦長、ミリアリアからの暗号通信です」

 

「ミリアリアさんから? 内容は?」

 

「ダーダネルスで天使を見た。正義の騎士がアナタを探してます。会いたい。以上になります」

 

「正義の騎士……」

 

意味を探るマリュー、そこへブリッジのドアが開き着物を着たラクスも入って来る。

彼女は場の雰囲気を感じ取り、すぐにマリューの元へ歩み寄った。

 

「どうかなさいましたか?」

 

「えぇ、ついさっきミリアリアさんから暗号通信が届いたの」

 

「まぁ、ミリアリアさんから。もうあれから2年になりますものね」

 

ラクスは軽く触れる程度に両手を合わせると、久しぶりに聞いた名前に喜びを表す。

笑みを浮かべる彼女にバルトフェルドはまたコーヒーの入ったマグカップを手渡した。

 

「ありがとうございます。あの、お砂糖は?」

 

「勿論、入れてますよ。個人的には豆本来の味を味わって貰いたいのですがね」

 

「すみません、ブラックはちょっと。それでミリアリアさんは何と?」

 

「ダーダネルスでアークエンジェルを見たらしい。それは良いんだが正義の騎士って部分……これはアスランの事か?」

 

正義の騎士、2年前の大戦でアスランはザフトが開発したジャスティスに搭乗し、戦争を終わらせる為に単機で多くのモビルスーツを撃破した。

最後はジェネシスのレーザー砲が地球に発射されるのを阻止する為に機体を自爆させデータベースから抹消される。

 

「アスランもあの場に? ミリアリアさんと一緒なのですか?」

 

「そこまではわからん。だが、もしかしたらアスランはザフトに戻った可能性もある」

 

「ザフトに……」

 

「そうだ。だから悩んでるんだよ。後ろにザフトが居るならそう安々と出て行けないからな。この前の件で俺達はお尋ね者だからな」

 

重苦しい空気が流れる中、またもブリッジのドアが開いた。

その先にはオーブの制服を着たキラが立って居る。

 

「どうしたのラクス? 何かあった?」

 

「ミリアリアさんから電文が来まして」

 

「ミリアリアから!?」

 

驚くキラ、戦場カメラマンとして活動する彼女とはもう久しく会えてない。

バルトフェルドはキラに視線を向けると事の次第を説明した。

 

「この前の介入をアスランも見てたらしい。だがそれと同時にザフトに戻った可能性もある」

 

「アスランが?」

 

「そうだ。俺達と接触したいらしいが、ザフトに戻ったとなると話は別だ。確証がないとこっちも動けない」

 

この話を聞いてキラは即決で判断した。

悩む素振りすら見せず、皆の前で堂々と言う。

 

「会いましょう。アスランに会えるのなら今のプラントやザフトの情勢もわかる筈です。でもアークエンジェルが動くのはまだ早いです。ここは僕だけで行きます」

 

「1人でなんて……」

 

「大丈夫だよ、ラクス。ただ会って話をするだけだし」

 

「ですが……」

 

1人で行くと言うキラを気にするラクス。

それは他のクルーも同じで仲間であるキラを危険に晒したくはない。

頑ななキラにバルトフェルドは1歩前に出た。

 

「だったら俺も行こう。それなら心配ないだろ? キラもだ。万が一と言う事もある」

 

「バルトフェルドさん、わかりました。ならアスランとは僕と一緒に」

 

「あぁ、所で肝心な日時だ。アスランは何処で俺達と会うつもりだ?」

 

ダリダはコンソールパネルを数回タッチしモニターに表示された映像を見る。

ミリアリアの暗号文には座標位置と時間だけが端的に打ち込まれて居た。

 

「明日の15時ですね。座標をモニターに出します」

 

ブリッジの大型モニターにも表示される座標位置。

バルトフェルドはマグカップのコーヒーをひと口飲むとこれからの事を考えた。

 

「場所はそんなに離れてないな。フリーダムを使えばひとっ飛びだ」

 

「でもモビルスーツを使えば目立ちますよ」

 

「海から行けば良い。そうすれば誰にも見えない。それまでは狭いコクピットで2人仲良く缶詰だがな」

 

「海……それなら確かにあまり目立ちませんね」

 

「なら決まりだ」

 

///

 

アスランはミリアリアから渡されたメモを頼りに言われた場所に来た。

時間は14時58分、約束の時間は近い。

周囲は見渡す限りの砂浜。

青空に輝く太陽、潮の流れが耳に届く。

サングラスを付けたアスランは季節外れの砂浜に1人で立って居る。

 

「ミリアリアを信じるしかないか」

 

今のアスランにはアークエンジェルクルーの誰かが来ると信じて待つしか出来ない。

時間を頻繁に気にしながらも、待つ以外の手段はなかった。

 

「うん?」

 

岩場の影から2人の姿がチラリと見えた。

アスランは注意深くその人物に視線を合わせ、相手が何者であるのかを確かめようとする。

歩きながらゆっくりと近づいて来る2人。

それは幼い頃からの友人であるキラ・ヤマトと同じザフト軍だったアンドリュー・バルトフェルド。

 

「キラ!!」

 

サングラスを外したアスランはキラの元へ駆け寄った。

キラもアスランが居る事がわかりいつものように声を掛ける。

 

「アスラン、プラントに居るって聞いてたけど」

 

「こっちにも事情があってな。バルトフェルドさんもキラと一緒に?」

 

「そうだ。単刀直入に聞くぞ。お前、ザフトに戻ったのか?」

 

バルトフェルドの問にアスランは視線を下げてしまう。

それだけでもアスランがザフトに戻った事は簡単にわかったが、あえて何も言わず彼の口から語られるのを待つ。

キラも同様にこの件に付いては何も言及しない。

2人の視線を浴びながら、アスランは重たい口を開いた。

 

「プラントが攻撃されたと聞いて居ても立っても居られなかった。自分にも出来る事を考えたらザフトに戻るのが最善だと判断したまでだ」

 

「それじゃあアスランはあの時もモビルスーツに乗ってたの?」

 

「あぁ、だからアークエンジェルとフリーダムも見た。キラ、何故あんな事をした?」

 

アスランは強い口調でキラに言う。

キラも目を細め、確固たる信念の元に応えを返した。

 

「止めたいと思ったから。オーブにはカガリも居る」

 

「それはわかってる。だが今の世界の動きを見ればそんな事も言ってられない。プラントの敵として来るのなら撃つしかない」

 

「ならアスランが僕達に会いに来た理由は何なの?」

 

「こんな戦闘介入は止めさせたいからだ。こんな事をしてたらオーブにもザフトにも被害が及ぶ。要らぬ犠牲が増えるだけだ。この戦争、切っ掛けはユニウスセブンの落下事件だ。パトリック・ザラ……父の意思に同調したコーディネーターが部隊を編成してテロに打って出た。何とか地球への落下は阻止出来たが、その後の動きはどう考えても連合が悪い。プラントは交戦の意思など示してないのに」

 

「アスランの言いたい事はわかったよ。でもプラントは本当にそう思ってるの?」

 

「どう言う事だ?」

 

「また始まった連合とプラントの戦争。デュランダル議長は本当に早期解決を目指してるの?」

 

「当たり前だ。お前だって議長の言葉は聞いてるだろ」

 

「なら、あのラクスは何なの? 偽物を使って」

 

本物のラクス・クラインはアークエンジェルに居る。

大衆は今活動してる人物をラクス・クラインと信じて疑わないが、キラ達には彼女が偽物だと言う事は当然わかった。

アスランもその事には気が付いてる。

そして偽物のラクス・クライン、ミーア・キャンベルとも会った事があり、デュランダルの思惑に付いても多少は想像が付く。

 

「戦争が始まってプラントの情勢は不安定だ。ザフトの士気を高める為にラクスの存在を使ったのかもしれない」

 

「だったらどうして本物のラクスが殺されそうになるの?」

 

「何だと!?」

 

「オーブに居た時、僕達はザフトのモビルスーツに襲撃された。だから僕はもう1度フリーダムで戦った。もう誰かが死ぬなんて嫌だから。もしアスランが言う事が本当なら、どうしてラクスが狙われないといけないの? それがわかるまで、僕はプラントもデュランダル議長もすぐには信用出来ない」

 

「それは……」

 

初めて聞く情報にアスランは喉を詰まらせる。

必死に頭を回転させるが詳しい情報ない今は答えを導き出す事は出来ない。

キラは黙ってアスランの表情を眺めるだけ。

緊迫し張り詰めた空気が流れる中、隣に立つバルトフェルドの視線が鋭く光った。

 

(この感覚は……)

 

///

 

ヒイロとルナマリアはアスランの姿を追ってこの海岸にまで来て居た。

双眼鏡と指向性マイクを持つヒイロは、アスランとキラの会話を見つからないようにして聞いて居る。

ルナマリアは別地点でスナイパーライフルのスコープを覗き、通信機からヒイロの合図を送られるのをジッと待つ。

貫通力の高いライフルの銃口は正確にアスランの頭部を狙って居る。

 

「目標が接触した。合図を送るまでは待機しろ」

 

『了解』

 

ヒイロは双眼鏡で相手の動きを観察しながら指向性マイクが拾う声を聞く。

情報漏えい、裏切りと見られる行為、アークエンジェルと今も密接な関係があると判断した場合、即刻排除するようにタリアからも命令を受けて居る。

慎重に注意深く、アスランの出方を待つ。

 

『こんな戦闘介入は止めさせたいからだ。こんな事をしてたらオーブにもザフトにも被害が及ぶ。要らぬ犠牲が――』

 

(どうやらアークエンジェルとの関係は2年前に終わってるらしいな。だが動向は探る必要がある。敵になる可能性がある限り、これからもマークする必要があるな)

 

 

狙撃の合図はまだ送らない。

上層部を通してタリアから命令を受けて居るが、繋がりがあると言う事は向こうの情報を引き出す事も出来る。

その逆もまた然りだが、判断を下すにはまだ早い。

 

『戦争が始まってプラントの情勢は不安定だ。ザフトの士気を高める為にラクスの存在を使ったのかもしれない』

 

『だったらどうして本物のラクスが殺されそうになるの?』

 

キラの発言を聞いたヒイロは息を呑む。

表舞台に立つラクス・クラインが偽物だと言うのは見抜いて居たが、本物が狙われる理由は初めて聞く情報。

アスランと同様に情報が少ない現状ではヒイロも全てを知る事は出来ない。

 

(だが連合とプラントの裏で何らかの組織が暗躍してるのは確かだ。デュランダルが言ったロゴスの事か?)

 

思考するヒイロだが双眼鏡のレンズの先に居る3人に動きが見えた。

キラの護衛の為に一緒に来たバルトフェルドが懐から銃を抜き周囲を警戒する。

それを見てヒイロは通信機に手を伸ばす。

 

「引くぞ。気付かれた」

 

『何で? 600メートルは離れてるのに』

 

「直感的に気が付いた可能性もある。位置を見てもグゥルに忍び込むのは無理だ。別ルートからミネルバに帰還する。後は自己の判断で行動しろ」

 

スナイパーライフルのスコープには光りが反射しないように処置も施されて居る。

それでもバルトフェルドに気付かれたのは長年の経験と勘、第六感が感じ取る自分に向けられる殺意。

ヒイロの通信を聞いてルナマリアはアタッシュケースの中にスナイパーライフルを収める。

行きはアスランが乗るグゥルに隠れてここまで来たが、この状況で再び見つからずに忍び込むのは困難だ。

言われた通りにルナマリアは速やかに狙撃位置から離れて行く。

ヒイロはこれ以上は情報を聞き出す事は出来ないと判断し、ルナマリアと同じく現場から離れた。

 

(ロゴス……調べてみる価値はあるな)

 

影を悟られないように逃げる中、ヒイロは本物のラクス・クライン暗殺を企てた首謀者の事を頭の片隅で考えた。

一方、狙われて居たアスラン達は岩場へ姿を隠す。

遮蔽物に囲まれれば被弾する確率も下がる。

バルトフェルドは銃を構え周囲を警戒しつつも、アスランに視線を向け重い口調で話した。

 

「断言出来る訳ではないが、お前はザフトに狙われてる」

 

「ザフトに!?」

 

「2年前の大戦と今回の事で繋がりがあると疑われてるんだ。無理もない話だがな」

 

「そんな……」

 

「兎に角、今はミネルバに戻れ。俺達と行動を共に出来ないと言うのなら、そうするのが1番安全だ」

 

言いながらバルトフェルドは構えを解き銃口を足元の砂浜に向けた。

 

「引いたか? 気配が消えた」

 

「アスラン、僕には僕の出来る事をする。やっぱり、このままオーブを見てる事なんて出来ない。カガリだって居る」

 

「それはわかってる。だが、お前のやり方に俺は賛同出来ない。幾らお前とフリーダムが強くても、たった1人でどうにか出来る問題ではない」

 

「アスラン……」

 

悲しげなキラの瞳。

アスランはそれ以上何も言わず、グゥルの元に歩を進める。

遠ざかってく背中をキラとバルトフェルドは見つめるだけだ。

 

「良かったのか? アイツはこれからもプラントの為に戦うぞ。俺達がまた戦闘に介入すれば、アイツとも戦う事になる」

 

「今はまだわかりません。僕とアスランが想う願いが違うかもしれないから。でも、カガリを想う気持ちだけは同じだと信じてます」

 

「想いと願いねぇ」

 

陽は沈み始め、海岸は赤い光に包まれる。

 

///

 

アスランが出た数時間後アーサーからの指示でロドニアへの探索任務が言い渡された。

シン、レイはミーティングルームに集まり任務の概要を聞く。

「地域住民からの情報なんだが、連合軍の息のかかった基地があるらしい。今は静かなそうだが以前は車両や航空機、はてはモビルスーツまで出入りしてたかなりの規模の施設らしい。2人には明朝、この施設の調査に行って貰いたい。連合が秘密裏に進める計画を入手出来るかもしれない」

 

「こんな仕事に俺達が?」

 

地味な仕事に不満を漏らすシンにアーサーは続けた。

「そんな仕事とか言うな。ミネルバの移動ルート上にこの基地がある。もし武装勢力が立て篭もってたらどうする? そう言うのも含めた探索任務だ」

「了解しました」

 

「了解」

 

レイとシンは椅子から立ち上がりアーサーに敬礼をした。

けれどもシンは乗り気にはなれず、その声からも覇気は感じ取れない。

 

「良し、明日は早い。きちんと体は作っておけよ。準備も抜かり無くな」

 

言うとアーサーはミーティングルームから出て行く。

扉が閉まるのを確認して、シンは敬礼を崩し椅子の上に座る。

 

「何で俺がこんな事を。ルナとヒイロはどっか行っちゃうしさ」

 

「シン、これも作戦だ。俺達は完璧に遂行する義務がある」

 

「でもさ~」

 

「行きたくないなら俺1人でやる。任務が終わるまで部屋で待ってろ」

 

「わっ、わかったよ」

 

レイに注意されようやく真面目にやろうと考えるシン。

このミーティングから6時間後、シンとレイはパイロットスーツ姿でモビルスーツデッキに来た。

シンはコアスプレンダーのコクピットに乗り込み、発令を待たずにカタパルトから発進する。

 

「シン・アスカ、コアスプレンダー行きます!!」

 

操縦桿を握り、右足でペダルを踏み込むとスロットルを上げる。

メインスラスターから青白い炎を噴射し推進力を生み出すと、コアスプレンダーは空に飛び立つ。

同時にチェストフライヤーとレッグフライヤーもカタパルトから射出される。

ガイドビーコンで位置を固定させコアスプレンダーと各フライヤーはドッキングした。

背部にはフォースシルエットを背負い、バッテリー電力が供給された装甲は鮮やかなトリコロールに変化する。

変形したフォースインパルスの後ろにはグゥルを土台にして空を飛ぶレイのザクが居た。

 

「敵影ナシ。上空を飛行して目的地へ行く」

 

「了解。レイ、ザクで行けるのか? 今ならセイバーもグフもあるのに」

 

「使い慣れた機体の方がやりやすい。それにグゥルはシミュレーションでも確認しておいた。問題はない」

 

「なら良いけど」

 

「では行くぞ」

 

2機はメインスラスターを噴射させミネルバの進路上を先行する。

アーサーから指示された施設はそこまで離れておらず、飛行して30分でそれは見えた。

コンクリートで作られた巨大施設。

手入れどころか使用すらされておらず壁は黒ずみひび割れて居る。

電力も供給されておらず、室内から人の気配は感じ取れない。

 

「見えた。やはりモビルスーツは探知されないな。着陸して内部を探る」

 

レーダーを確認したレイは通信でシンに伝えるとザクの高度を下げさせた。

入り口近くに機体を着陸させるシンとレイ。

ハッチを開放しワイヤーで地面に降り立つ2人は、目の前にそびえ立つ施設を見上げた。

 

「ここは……一体?」

 

「中に入って確かめるしかない。だが警戒は緩めるな」

 

頷くシンは銃を取り出し右手に構え、左手には逆手でフラッシュライトを握る。

レイも防衛の為に銃を取り出してタクティカルライトを装着し、2人は施設内部へ足を踏み入れた。

中は一切光りがなく、静まり返った室内では足音だけが良く響く。

設置された機器の元へ向かいパネルを触るレイ。

長期間触られてない機器には埃が積り、指で触った部分に痕が付く。

けれども電力は供給されてない為、パネルをどれだけ触っても機器に反応はない。

 

「ダメか。だが兵器を開発してたようではないな。もっと別の何か」

 

「なぁ、レイ。この臭いって何だ? もっと奥から来てる気がするけど。嗅いだ事のない臭いだ」

 

シンは眉を潜めながらも奥に向かって歩いて行く。

その先に悪臭の原因がある。

反応がない機器を後回しにしてレイも後から続いた。

暫く暗闇を進んだ先には隔離されるように巨大で頑丈な鉄の扉が広がって居る。

しかし今は僅かな隙間が開き、悪臭と共に冷たい空気が流れ込んで来て居た。

 

「この先か。レイ、左を頼む」

 

「わかった」

 

2人は左右に別れて鉄の扉を力一杯スライドさせる。

サビ付いたレール上の車輪がゆっくり動き出し、中からは耐え難い異臭と冷たい空気が流れ込んで来た。

 

「何だ……何なんだよコレは……」

 

そこには円柱のカプセルのようなものが複数立ち並び、濁った液体が充満して居た。

フラッシュライトで照らし中を覗き見ようとするが、濁った液体は光りをほとんど通さず、けれども何かの影だけは見える。

目を凝らして良く見ると、それは人の手の形をして居た。

驚きで心臓が締め上げられる。

息をするのも忘れて手に握るライトを他に向けると、そこには悪臭の正体があった。

 

「う゛っ!?」

 

思わず目を伏せたシン。

向けられたライトの光りの先にあったのは人間の死体。

床には流れ出た血がもう固まって居る。

死んで腐敗した肉が部屋を覆い尽くす悪臭の原因。

しかもそれは1つや2つではない。

広い部屋の中を見渡すとそこかしこに死体は転がっており、とても長時間ここに居る事は出来なかった。

 

「レイ、ここは普通じゃない。1度ミネルバに戻ろう。レイ?」

 

返事を返さないレイ。

その表情は大きく目を見開いて強張っており、普段と違い血色も良くない。

口は魚のように開いたり閉じたりを繰り返しており、次第に体が震え始め立つ事も出来なくなった。

 

「う゛ぅっ!! ハァハァハァッ、ググッ……はぁ、ハァハァハァ!!」

 

「レイ!! 大丈夫か、レイ!!」

 

「はぁ、はぁ、はぁ!! カハッ!!」

 

「ミネルバに戻ろう。ここに居たらダメだ」

 

レイの肩を担ぎシンはこの部屋を後にする。

悲惨な現場はもう見るきにすらならず、死体の腐敗臭をこれ以上嗅ぐのも嫌だった。

呼吸をするのもやっとのレイと一緒にシンは足早にこの施設から出て行く。

 

(連合軍はここで何をして居たんだ? 兎に角、ミネルバに報告しないと。レイだって……)

 

思考は後回しにして今は外に出る事を優先した。

待機させたインパルスの足元にまで来るとレイを地面に降ろし安静な状態にさせる。

中に居た時と比べれば呼吸は落ち着いており静かにまぶたを閉じて居た。

 

「良かった、取り敢えずは大丈夫そうだな」

 

シンは伸びたワイヤーに掴まりコクピットハッチまで上昇する。

ものの数秒で登り切ると開放されたハッチからコクピットに滑り込みコンソールパネルを叩いた。

緊急でミネルバに通信を送る。

 

『こちらミネルバ。シン、探索はどうだった?』

 

聞こえて来るのは通信士のメイリンの声。

 

「言われた施設には来たけど、中が普通じゃない。上手く言えないけどおかしいんだ。それにレイも倒れた」

 

『レイが!? すぐに艦長に報告するから』

 

「頼む。それと捜索隊の準備も進めてくれ」

 

『了解』

 

言うべき事を手短に伝えるとシンは通信を切る。

 

///

 

艦艇のブリッジでネオは上層部から送られて来た作戦指示に頭を悩ませる。

ミネルバと介入して来たフリーダムのせいでオーブ軍のモビルスーツは大打撃を受けた。

連合軍の機体には被害が及んでないが、増援がない状態では物量で劣ってしまう。

片手に持った書類をマスク越しに見ながらネオは愚痴を零す。

 

「どうしたモンかね。ポンポン新型を出して来るミネルバをそう何回も相手出来る程、こっちの戦力は充実してないからな。それにフリーダムの件もある。オーブ軍を使えば、また現れる可能性もある」

 

「上層部からの指示はミネルバの足止め。可能ならば撃沈させよ、との事ですが?」

 

「簡単に言ってくれる。最前線で戦う俺達の身にもなってくれ」

 

「そうではありますが……」

 

「あぁ、無視する訳にもいかんしな。完膚なきまでにやられたら、逃げる事も出来るか。それなら文句言われまい」

 

下士官と冗談交じりに話すネオ。

そこにブリッジの扉を開けてステラがやって来た。

彼女の表情はいつもと比べると暗く、視線も下の方ばかりを見て居る。

 

「ネオ……」

 

「ステラか、どうした?」

 

「何だか気持ちが悪い。ざわざわする」

 

「医務室には行ったのか?」

 

「そう言うのじゃない。よくわからないけど違うの」

 

不安がる彼女の腕を掴むネオ。

肌のふれあいから伝わる感覚にネオも危機感を抱く。

 

(鳥肌が立ってるな。何かを感じてるのか?)

 

数秒後、ネオの予感は的中する事になる。

ブリッジに通信が繋がり、スクリーンには『SOUND ONLY』の赤い文字が表示された。

 

『こちら爆撃班。緊急事態です』

 

「何があった? 状況を報告しろ」

 

『はい。ロドニアのラボのすぐ傍まで来てます。ですが我々よりも早くにザフトの機体が敷地内に』

 

「何、本当か?」

 

『はい。あれは……ザフトの新型とザクです。どうしますか? 我々だけではモビルスーツに対抗出来ません』

 

爆撃班はロドニアに建設されたラボ破壊命令を受けて向かってる最中だった。

だがミネルバのモビルスーツ隊の方が一足先に到着しており、モビルスーツが居るとなっては爆撃班は内部に侵入出来ない。

 

「無理に動いてこちらの足取りを掴まれるのも厄介だ。撤退するしかあるまい」

 

『撤退ですか?』

 

「そうだ。今からではどうにもならん。相手に見つかるなよ」

 

『了解です』

 

それを最後に通信は途切れた。

次々に起こる問題にネオはまた愚痴をこぼすしか出来ない。

 

「やれやれ、どうしてこうも良くない事ばかり起きる」

 

「ネオ、ラボってなに?」

 

「ラボって言うのは……そんな事聞いてどうする?」

 

「何か……忘れてるような」

 

ステラの出生を知ってるネオはこの言葉に焦りを抱く。

コーディネーターよりも優れた兵士として開発されたステラ、彼女は強化、開発の為に数年前まではこのラボに居た。

そして開発が終了しファントムペインとして戦闘する頃には、かつての記憶は邪魔になると催眠治療と薬物投与で消されてしまう。

けれどもそれが今、何らかの要因によりほつれが見え始める。

 

(マズイな、昔の記憶を思い出して来てる。1番長く居たのがあのラボだからな。データみたいに人間の記憶を完全に消し去る事は出来ないか)

 

「ステラ、確かめて来る」

 

言うと彼女の行動は早かった。

誰の許可も受けずにブリッジからモビルスーツデッキ目指し走り出してしまう。

ネオが止めようとした時にはもう、ステラは走り出して居た。

 

「待つんだステラ!! チィッ!! 今日は本当にツイてない!! モビルスーツデッキに回線繋げろ。ステラをモビルスーツに乗せるな!!」

 

走るステラは全速力でモビルスーツデッキに向かった。

止めるモノは誰も居らず、数分でデッキに到着すると立ち止まり自分の機体であるガイアを探す。

右へ、左へ視線を移すと装甲が灰色のガイアが直立してケージに収まって居る。

また走り出す彼女の前に、ネオの命令を受けた連合軍兵士が銃を構えて立ち塞がった。

 

「止まるんだ!! モビルスーツには――」

 

「邪魔するなぁ!!」

 

一瞬で詰め寄ったステラは手首を締め上げ銃を奪い取る。

弾が装填されてるのを瞬時に確認し、左の太腿に銃口を密着させるとトリガーを引いた。

 

「ガァァッ!!」

 

甲高い銃声が響くと次には激痛に喘ぐ連合軍兵の悲鳴が聞こえる。

飛び散った血が銃とステラの右手を汚すが、そんな事は一切気にせず開放されたガイアのコクピットの中に滑り込んだ。

慣れた手付きでコンソールパネルを操作しハッチを閉じると、OSを起動させてバッテリー電力を供給させる。

 

「ハッチを開放して。でないと弾き飛ばす!!」

 

装甲に色が宿りツインアイが輝きを帯びる。

握ったビームライフルを向けるガイアに連合軍兵は慌てふためくしか出来ない。

 

「クーデターでも起こすつもりか!!」

 

「ビームはマズイ!? 言う通りにしろ!!」

 

ケージを跳ね除けるガイアはゆっくりと歩きながら閉鎖されたハッチ前にまで来た。

ステラの要求によりハッチは破壊される前に開放され、ガイアはカタパルトも使わずにメインスラスターの出力を上げる。

背部の羽から青白い炎を噴射して、ガイアは艦から飛び出して行く。

 

「ラボ……みんなが居る所……」

 

モビルアーマー形態に変形するガイアは加速して地面を駆け抜ける。




鉄血のオルフェンズは泥臭い男も多くて地上戦も多い感じがするから期待してます。けれども悲しいかな、Gレコがもう過去の作品として扱われるのは…… 批判は多いけど富野の作品だし好きなんだよなぁ。
ご意見、ご感想お待ちしております。

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