黄金樹の一枝  リヒャルト・フォン・ヴュルテンベルク大公記   作:四條楸

9 / 28
第9話   ブラウンシュヴァイク公爵家

 本日はブラウンシュヴァイク家のパーティに行かなきゃならない。男の支度は女性のそれと比べると簡素ですむが、それでも正装は窮屈だよ。いつもは子供だからか、侯爵夫人の趣味かは知らないが、大きなレースが袖口に付いたミニ宮廷服を着せられるが、今日はカフリンクスを付けるため、背広にちょっと似たシンプルな宮廷服でフリルも少ない。わーい、おとなになったきぶんさー。

 

 生まれて始めて新無憂宮から出た。姉二人とはもちろん違う車だ。皇位継承権保持者たちが、同じ車にのるなど有り得ない。皇族二人が動くため、周り中近衛の地上車に取り巻かれて、バッチリ交通規制もされてスゴイ警備だ。内心、オーディンの街の様子が見れると楽しみにしていたのだが、ダメだった。ブラウンシュヴァイク家は、新無憂宮の門を出て車で10分足らずの所にあった。……そりゃ、帝国でも有数の名家だもんな。皇宮近くにあるのは当然か。屋敷の門から入口までの方が遠かったなあ。

 

 ブラウンシュバイク公爵家のパーティは、俺のお誕生日会(笑)などとは及びもつかないほど豪勢なシロモノだった。姉上も「素晴らしいわね」などと言っていたから、多分、皇女二人と俺が出席することで、相当気張って目一杯豪華なパーティにしたんだろう。410年産ワインがあんなに用意されているなんて、オーディン中買い占めたのかもしれない。あの中の一本で、未来の義兄上は自殺するのかもしれないけど。

 

 しかし、クリスティーネ姉上が俺から離れた途端、わらわらと群がってくる幼女達は何なんだ。5才くらいから10才くらいまでの、これでもか!というくらい着飾った少女たちに、俺は取り巻かれてしまった。反応の仕方が解らないから硬直しちゃったよ。社交界デビューもしていない幼女がなんでこんなに沢山来てるんだ。

 

「殿下、マリア・ヘートヴィヒ・アウグステ・ドロテア・フォン・ヴォルフェンビュッテルと申します。我が侯爵家は、ブラウンシュヴァイク家の縁戚ですわ。是非来月のパーティにいらっしゃってください」

「カタリナ・フォン・ベルンブルクと申します。母が是非サロンにおいでくださいと申しておりました」

「リヒャルトしゃまー。ちょっとまえのおたんじょびオメデトございましゅ。カロリーネももうすぐ、五歳になるんでしゅ。たんじょびパーティに来てくだちゃい」

 

 ええい、うるさいうるさい! そんな長ったらしい名前覚えられるか! 貴族女性のおしゃべりと噂話のサロンに伺って、俺に何を話せって言うんだ! それから舌っ足らずの幼女に喋らせるな! 悪印象しか持たれんわ!

 

 どうやら俺は、お年頃手前の女の子のターゲットらしい。たぶんこの子達はブラウンシュヴァイク家縁故の者たちで、俺を陥落させるために集めさせたんだろうなあ。そりゃ大公妃になれれば実家は栄達できると夢見るだろうし、ブラウンシュヴァイク家の覚えも目出度くなる。俺と年齢の近い娘を持つ有爵貴族が狙うのは当然だろう。みんな両親に言い含められているんだろうな。

 誰か助けてーと会場を見回したが、アマーリエ姉上は婚約者と一緒に挨拶廻り中、クリスティーネ姉上は若い男性貴族たちと楽しそうにおしゃべり中だ。恋人のいる身でいいのかね。リッテンハイム家はブラウンシュヴァイク家と仲が悪いのか、彼は招待されていないのだ。(だから俺がパートナーなんだが)

 

 すると、壁際に俺と大して年も変わらないだろう、黒髪の女の子が佇んでいるのが見えた。俺の方をすごく面白そうな目で見ている。俺はその子が誰かすぐに解ったが、彼女は俺が10人もの美幼女達にどう対応するのか興味津々といった感じに見える。よし、ではご期待に応えよう。

 

「ムッターとファーターとお兄ちゃまとお姉ちゃまがいーよって言ったらねー」

 

 少女たちの中で、俺より年上の娘たちは一瞬毒気を抜かれたように動きが止まってしまったので、俺は隙をみてその輪から抜け出した。ふん、まだ六才なんだ。家族の許可が必要なんだい、ひとりでおうちからでられないんだもん!

 そして俺は先程目を付けた壁の花に近づいた。

 

「フロイライン、ワルツのお相手をお願いできますか?」

「え、えええっ、わたし!? は、はい、喜んで」

 

 俺の部屋に備え付けられたコンピューターは、宮内省や典礼省のデータも閲覧できる。宮廷内でならば、これは秘密事項ではない。そのため俺は原作に関わる主要キャラをリストアップしている。家系や容姿、学歴なども、有爵貴族であれば詳細が載せられている。彼女は後にアンネローゼの親友となる、マグダレーナ・フォン・ヴェストパーレ男爵令嬢だった。実は彼女って俺の好みなんだよな。ハッキリとした顔立ちと性格で、精神的にも大人な自立した女性だから。(今はまだ8才だけど)

 

 ヴェストパーレ嬢の手を取ってくるくるとワルツを踊る。今はこれしか踊れないしあまり上手でもないけど、子供同士のダンスだからそのへんはご愛嬌だ。でも周囲はご愛嬌どころではないらしい。俺が並みいる名門貴族の令嬢ではなく、いっかいの辺境領主の男爵令嬢とファーストダンスを踊っているからだ。後で面倒事になることは解っているはずなのに、俺の誘いを断らなかった彼女は勇者だな。

 

「殿下、なぜ私と踊ってくださいますの」

「簡単なことです。この会場で姉上方を除けば、最も美しい女性があなただからですよ」

「………」

「それもありますが、この会場の少女たちの中で、あなた一人が私を結婚相手とは目していないことがわかったからです」

「我が家は男爵家。殿下とは釣り合いが取れませんわ」

「私は私が選んだ女性と結婚したいと考えております。それができないのであれば、独身を貫くほうがマシでしょう」

「まあ、私と同じ考えですわね」

 

 ヴェストパーレ嬢はパッと顔を輝かせた。

 

「意に沿わない結婚をして、しおらしく家に収まるなんて、私我慢できませんの」

「確かにあなたなら、女男爵として、一門を率いる立場になってもやっていけるでしょう。ご夫君に任せるよりも上手くいきそうだ」

「ええ、そのための努力は惜しみませんわ。私自身に価値を付けなければなりませんもの。紅茶や香水の名前当てに、ワインの銘柄、レースの編み方など習って、何の役に立ちます? そんなものは最低限の知識を身に付けた後、嗜み程度に知っていれば良いことですわ」

「しかし、あなたのドレスに飾られているレースは素敵ですよ」

 

 令嬢はフフンといった顔になった。

 

「ドレスは私がデザインしましたが、レースは気に入らなかったので、我が家のレース編みの講師に作らせましたわ。日頃の恨みを晴らすために、目一杯複雑な模様を指定しましたが、彼女も講師としてのメンツがあったのでしょう。素晴らしい出来で、気に入っております」

「なかなか人を使うのがお上手ですね」

 

 8才でドレスをデザインするとは見上げたものだ。マゼンタ色の斬新な型のドレスに、薄緑色の繊細な模様のレースは彼女にとても良く似合っている。8才児が着るデザインとはとても思えない斬新さだし、マゼンタ色を選ぶなんて本当に勇者としか思えないよ。

 

「殿下の袖口の宝石も素敵ですわ。瞳の色と同じですわね」

「それは言わないでください……」

 

 気づかれない方が公爵家への失礼になるんだろうが、やっぱりゲッソリするよ。俺はふと、パーティの中心地帯に、まるで自分が主催者であるかのように大勢の取り巻きに囲まれて笑っている男に気づいた。

 

「あそこで多くの方に囲まれておられる方はどなたかご存知ですか?」

「ああ……」

 

 ヴェストパーレ嬢は描いてもいないのに美しい眉を片側だけ潜め、小さな声で「カストロプ公」と囁いた。なるほど、あれが悪名高い未来の財務尚書か。背は高めで、やや肥満気味だが、風采は悪くない。脂ギッシュな中年のオヤジを想像していたのだが、金の亡者にも見えないし、上品で押し出しのよい紳士にさえ見える。原作知識が無ければ騙されただろうな。

 

「存じませんでした。公はブラウンシュヴァイク家とも仲がよろしいのですね」

「ええ。二ヶ月前の疑獄事件で仲良く容疑者の一人ともくされるほどには」

 

 なるほど。同じ穴のムジナというやつか。ワルツが終わった後にも二人で話し込んでいると、アマーリエ姉上が婚約者とやってきた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。