黄金樹の一枝  リヒャルト・フォン・ヴュルテンベルク大公記   作:四條楸

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第7話   ファーレンハイト男爵

 ファーレンハイト男爵領は、オーディンから20日ほどの距離にあり、辺境になるかどうかのギリギリに位置する惑星だ。未だ開発途中の惑星だが、先代、ハーラルト・フォン・ファーレンハイト男爵がレーション工場を建設し、軍に納めることも成功したため、まあまあ安定した収入が得られており、今でも少しずつ人口も増えている。

 

 ファーレンハイト領の基幹産業は、今でもこのレーションだ。イゼルローン回廊に近い所に位置しているため、要塞への輸送コストも低く、その分、レーション内容には工夫を凝らしているらしい。軍内でもファーレンハイト産のレーションは評判が良く、兵士のレーション社人気ランキングでは毎年3位以内には必ず入っている。

 

 レーション内容は他社のものとは少し違い、主食はパンやヌードルよりもライスに重点が置かれており、種類は15種類ほどある。兵士たちはこのライスの種類を毎回楽しみにしており、主食がたまにパスタやヌードルの時は、『今日はハズレの日』だそうだ。また副菜は野菜の種類が多く、『健康に留意しております』の謳い文句が付いているらしい。……開発者にアジア系でもいるのか?

 

 こうやって見てみると、男爵家にしては中々有望な家じゃないか。何で俺の閥族に残っているんだろう、と思い調べたところ、原因と思われるものがわかった。前ファーレンハイト男爵の従姉が、父上の弟で皇太子だった、クレメンツ皇子派の有力貴族の妻に入っていたのだ。その従姉は、皇位継承のゴタゴタが起きる以前に死亡していた上、子供もいなかったため、ファーレンハイト男爵家が事件において連座させられることはなかったが、貴族社会において姻戚関係は無視できるものではない。ファーレンハイト家はクレメンツ皇子よりの一族と思われ、貴族間では微妙な位置付けになってしまったらしい。

 

 そこで前男爵は、細い筋ながらも縁戚だった俺の祖父のヴュルテンベルク伯を頼った。当主の娘、つまり俺の母が寵姫に召し上げられたので、男爵家は一応皇室よりの一族として認められたらしい。伯爵の後押しで、立ち上げたばかりのレーション工場も軌道に乗ったそうだ。しかし母は出産後あっさり死亡し、現在はまたもや不安定な立場に置かれている。

 

 それなら俺の元閥族と同じく、有力な勢力にすりよればいいのになあ、とも思うが、現男爵は恩を感じているのかどうか知らないが、俺の閥族に留まってくれている。……有り難いことだと思おう。

 

 現男爵は、年齢は50歳で、長身で貴族的な風貌を持ち、白金の髪、空色の瞳の男だ。俺が調べた限り、後の三元帥の城に名を連ねる一人、アーダルベルト・フォン・ファーレンハイトと思われる男は、彼の従弟の息子に当たり、父親は帝国騎士の位を持っていた。現在12歳で、地元の基幹学校に編入している。ギムナジウムに進学していないから、卒業したら士官学校に行くつもりなんだな、きっと。

 

 しかしそれまで彼の家の経済力が持つかな。調べたところ、彼の父親は二年前に戦死しており、現在は母親が、実家の形ばかりの援助とわずかな軍人恩給で家計を支えている。しかも子供はアーダルベルトを筆頭に四人もいるし、一番下はわずか二歳で、働きに出るのもままならない。こんな生活は子供が成長していけばどんどん苦しくなるだろうから、家族の為にも『食うために軍人になる』のスタートラインに早く立ちたいだろうな。

 

 色々考えていると、侯爵夫人がニコニコしながら、侍女達を従えてやってきた。……侍女の一人の手には、とんでもなくフリルいっぱいの宮廷服が乗っている。

 

「さあ、リヒャルト。パーティのお着替えをしましょうねvv」

 

 いやああああ!!!!!

 

 

 パーティはなかなか盛況だった。侯爵夫人が気を遣って昼間の開催だ。貴族のパーティにしてはアットホームな雰囲気が漂っていたし、出席人数が寂しいということもない。何より、兄のルードヴィヒが顔を出して祝辞を述べてくれたため、パーティの格は嫌でも高くなってしまった。

 

 兄が退席すると俺は目当ての人物を密かに探した。ファーレンハイト男爵は壁際でワインを傾けながら、油断なさそうな眼をある女性に向けている。それは侯爵夫人だった。

 

 しばらくすると、男爵はしきりに侯爵夫人に話しかけ始めた。夫人は少々困っているようで、当惑した曖昧な笑顔を浮かべている。ははん成程、俺の閥族に留まっていたのは、侯爵夫人に接触できる可能性が高いからかもしれない。今の父上の第一の寵姫は侯爵夫人だ。しかし残念だね、男爵。あと五年もすれば、父の女の趣味は激変して、後宮の勢力図は変わってしまうんだよ。

 

 しかし彼にはどうやって話しかけよう。『あなたの従弟の息子さんのアーダルベルト君は、将来有望そうですね』、何て言えるわけがないし。『ご親戚にお困りの方がいらっしゃいませんか。援助しますよ』……ダメだ。不自然すぎる。

 

「リヒャルト、こちらはファーレンハイト男爵ですよ」

「初めまして、殿下。お会いできて光栄でございます。本日はお誕生日、おめでとうございます」

 

 うおっ、いつのまにやら男爵に紹介されてしまった。咄嗟に言葉が出ない。ちなみに俺は皇子の称号は失っているが、殿下の敬称が許されている。成人すれば、大公の位が授与されるからだそうだ。

 

「あらあら、ちゃんとご挨拶しなきゃダメよ」

「は、初めまして男爵、ご機嫌麗しく。今日はどうぞ楽しんでいってください」

「おお、六歳とは思えませんな。侯爵夫人も将来が楽しみでしょう」

「ええ、陛下をお支えする片腕になってくれれば嬉しいですわ」

 

 ここで、俺はちょっと閃いた。

 

「はい、私は将来軍人になって、父上、兄上のために戦うつもりです。男爵は軍人でいらっしゃるのですか?」

「いえ。私は内務省に勤めておりまして」

 

 知ってるよ。内務省の官吏だろ。男爵家の持つレーション会社は、彼の実弟が実質的な経営者で、多くの親族が役員などを務めて、おこぼれに預かっている。近い親族で軍人だったのは、たった一人だ。

 俺はあからさまにがっかりした顔をしてみせたので、男爵は目に見えて焦ったようだ。少年がカッコイイ軍人に憧れるのは普通のことだよね。

 

「し、しかし我がファーレンハイト家も皇室を守るためには、いつでも命を捨てる覚悟はございますぞ。おお、そういえば我が従弟、フェルディナントは、叛徒どもとの戦いで先年、武運拙く……」

「そうですか。お身内がそのようなことに。従弟殿には奥方やお子様はいらっしゃったのですか?」

「はい。それに長子のアーダルベルトは、将来士官になると言っているそうです。死んだ父親の跡を継ぐつもりなのでしょう」

「立派な志しですね。父子揃っての帝室への献身、嬉しく思います。それほど忠誠心篤ければ、是非将来は私の側近くに仕えてほしいものです」

「!!」

 

 俺は他の出席者とも言葉を交わすため、夫人と共にその場を離れた。男爵にとっては衝撃的な言葉だったろう。己の身内から将来の大公への側近を出すことが出来るなど、そんなチャンスは一弱小貴族の身では中々無いことだ。彼はきっと、頭の中で必死に算盤勘定をしている最中に違いない。

 

 彼の打算が欲望に傾けば、夢を現実にするためにアーダルベルトの家への援助を篤くするだろう。そしていずれは、彼を俺と会わせようとするはずだ。


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