黄金樹の一枝  リヒャルト・フォン・ヴュルテンベルク大公記   作:四條楸

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第6話   俺の血族、俺の閥族

 リヒャルトです。突然ですが、明日六歳になり、パーティが開かれます。一年ほどは、飲む、寝る、漏らすの黒歴史ベイビーライフでしたが、『身体は幼児、頭脳は大人』なので、可愛い子供を演じつつ、情報収集は怠りなくやっております。

 

 俺は母の門地に周辺の皇帝直轄地をいくつかプラスされたものを、公爵領として受け継いだ。名前も『リヒャルト・フォン・ヴュルテンベルク公爵』となり、一応、一門を率いる長だ。新ヴュルテンベルク領は、公爵領としてはやや小さいらしいのだが、豊かな星が多いらしく、税収としては公爵領として恥ずかしくないそうだ。しかし俺が直接統治できるはずがないので、現在は祖父の代から仕えている行政官達と、父帝が派遣した代官が統治してくれている。あまり酷い搾取とかしないでくれよ。

 

 ところで何故代官が派遣されるのかと思っていた。普通当主が若年の場合、一族中の長老みたいな人が統治するのが本道らしいのだが、残念なことにヴュルテンベルクには、ロクに親族がいないのだ。母は一人娘だったし、祖父母は宇宙船の事故で共に死亡している上、その祖父も一人っ子だったため、ホントに係累が少ない家系だったのだ。だから俺が産まれたことで、ヴュルテンベルクは廃爵となることを免れたと言っていい。

 

 俺はこの六年の間、情報収集と共に、銀英伝の小説を思い出しては、一生懸命死亡フラグを折る道を考え続けた。

 

 詩の神が言っていた『贔屓の一族を滅ぼすアポロみたいなヤツ』は、間違いなく、ラインハルト・フォン・ローエングラムだろう。贔屓の一族というのが、ゴールデンバウム家なんだ。俺はあの神はオーディンだと確信している。何故なら、俺を送りこむ一瞬に見えた奴の左目が潰れていたからだ。オーディンは魔術を得る代償に片目を失っていたはずだし、この世界で帝国の神話は北欧神話で、オーディンは主神として崇められている。……その割には、俺の母を助けてはくれなかったが。

 

 しかし、俺にラインハルトと対抗しろというのか。あんな戦争の天才と! しかもヤツが敵とするゴールデンバウム家の皇子とは、正直理解した時は、絶望感が漂ったよ。

 だが俺は出自のアンラッキーを帳消しに出来るかもしれない、大きなアドバンテージを生まれながらに手にしていたのだ。

 

 それは、本日が帝国歴468年6月30日ということだ。つまり俺の誕生日は帝国歴462年7月1日ということなのだ。既知のことだが、ラインハルトが誕生したのは帝国暦467年3月14日。つまり、現在ヤツは産まれてわずか一年三ヶ月、俺の忘れたい黒歴史をようやく卒業できた頃なのだ!

 

 自分はヤツより五歳の年長、つまり彼の姉、アンネローゼと同い年ということだ。この五歳の差は、実際かなり大きいと思う。俺はこの世界の大まかな歴史を知っているだけに、色々と先回りが出来るし、自分の出自を最大限に利用することも可能だ。

 

 俺は皇籍離脱を行なったが、継承権は完全には失われていない。もしも継承者が居なくなった場合は皇籍復帰出来るらしい。ただ俺が男子であっても、皇妃の子供とその子女が優先されるのだ。現在継承権一位は皇妃の第三子ルードヴィヒ皇太子、二位は第一子の皇女アマーリエ、三位は第二子の皇女クリスティーネとなっている。この三人は今後結婚し、それぞれ一人ずつ子供が生まれるはずだ。その場合、順に、ルードヴィヒ、エルウィン・ヨーゼフ、エリザベート、サビーネ、そして俺という順位になるのかな?

 

 しかし姉二人は、降嫁するか出産すると皇位継承者から外されるんだろうか。

 

 よく解らんが、原作でもアマーリエ、クリスティーネ姉妹の女帝の可能性は言及されていなかったから、多分臣籍降嫁すると継承権が無くなるんだろうな。でも継承権が無くなった母親から産まれた娘は継承権を持っている? 訳わからん。それとも姉二人も継承権を変わらず持ってはいたが、妻が女帝になるより、娘が女帝になった方が政治を意のままにできると降嫁先は思ったのか?

 

 どちらかは解らないが、将来俺は、一時的にでも継承順位が高くなる可能性もあった訳だ。うげげ、危険極まりない。皇籍離脱したのは僥倖だった。

 

 そういう訳で、現在の俺に継承権は無いし、将来皇籍復帰しても継承順位は高くない。これは身を守るためには良い傾向だ。最も成長に伴って、危険度は増すのだろうが。

 

 兄、姉の三人とは、俺は零歳児の時から顔を合わせている。皇妃は三人も子供がおり、地位が確立しているためか、それとも夫の余りの女癖の悪さに諦めの境地に達しているのか知らないが、あまり夫の側室たちに確執を持っていないらしい。現在は公務と子育てに専念されておられるので、腹違いの兄弟を会わせることにもそれほど抵抗が無かったらしい。

 

 一番年上のアマーリエ皇女は、弟のルードヴィヒ皇子より7歳ほども年齢が違い、落ち着きと威厳のある皇女らしい性格で、好感が持てる。彼女は今年結婚する予定だ。クリスティーネ皇女は現在、リッテンハイム家のウィルヘルムと交際中だ。ルードヴィヒ皇太子は姉弟の中では俺と一番年齢が近いので、いいお兄ちゃんぶって、シュヴァーベンの館に頻繁にやってきては、俺と遊んでくれる。子供の遊びを強要されるので、正直、ウザイと思うこともあるくらいだ。かなり過干渉なんだよね。……友達か恋人いないの?

 

 だが、俺は兄を守りたいと思っている。

 

 ルードヴィヒ皇太子は、エルウィン・ヨーゼフの年齢から逆算すれば、帝国暦481年から486年の間に亡くなるはずだ。これがもし回避されれば、ラインハルトに対して、兄は大きな障害になる。

 まずは兄を守ること、そしてアンネローゼを父の愛妾に入れないこと。これが大前提だ。

 

 そして自分自身の保身も考えなければならない。

 

 原作を知っている俺は、フリードリヒ4世の子供の死亡率は、余りにも高すぎると思う。絶対に何らかの外的要因があったはずだ。

 たとえゴールデンバウム家に大きな遺伝的欠陥があったのだとしても、流産6回、死産9回、夭折9人、成人後の若死に二人だなんて、異常としか言いようが無い。この世界では医学が21世紀よりずっと発達しているはずなのに、原作開始時点で、生存率は7パーセントだなんて不気味すぎる。特に俺は侯爵夫人の息子の死産は、暗殺されたものだと確信している。誰が行なったかまではまだ解らないが、同じ目に遭った兄弟姉妹がきっといたはずだ。

 

 俺の後見には侯爵夫人がなってくれているとはいえ、これは極めて脆弱な立場だ。もし彼女に実子が産まれれば、現在母親としての愛情を不足なく注いでくれる夫人も、必ずや変化しないではいられないだろう。それに耐えるには、俺自身も力を付けなければならない。

 

 ヴュルテンベルクの祖父母が生きていた頃、伯爵家はそれなりの門閥を形成していた。一応名門の端に引っ掛かっていたので当然だろう。しかし祖父母の死後、閥族は他の大きな勢力にだんだん組み込まれていき、現在では、取るに足らぬ勢力であるため他の門閥にも相手にされないという類の、弱小貴族が残っているに過ぎない。

 しかし侯爵夫人は、そんな頼りにならない閥族でも俺の勢力を維持するためには必要だということで、その結束を高めるために、明日の誕生日パーティを利用するらしい。

 

 正直勘弁してくれ、な気分だった。門閥を再形成して、宮中で勢力を振るうつもりなんて無い。しかし考えてみれば、必要なことなのかもしれない。

 

 俺の敵はラインハルトだけではない。宮中に巣食っている、他の門閥貴族はすべて敵と見なすが相当だろう。それを俺一人で対抗出来るはずはない。頼りなくとも、それなりの味方は必要かもしれない。

 

 それにパーティに出席する俺の閥族の中に、驚くべき名前を見つけたのだ。 ━━━━ ハインツ・ヴィルヘルム・フォン・ファーレンハイト男爵。


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