黄金樹の一枝  リヒャルト・フォン・ヴュルテンベルク大公記   作:四條楸

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第5話   この世界の名

 葬儀から帰った俺の頭は大混乱中だった。そのため、帰った場所がいつもと違う部屋だと気づくのが遅れたくらいだ。

 

「リヒャルト、今日からこの館があなたの家、この部屋があなたの部屋です。ルイーゼ様との約束通り、私があなたを立派にお育てしてみせますからね」

 

 俺は生活の場が侯爵夫人の館に移ったらしい。以来、彼女を母親として育つことになった。

 そしてその日の夕方、とうとう父と対面することになった。……生後二ヶ月も過ぎてようやく対面かよ。しかも母の葬式にさえ来なかったな。

 

「皇帝陛下がお見えでございます」

 

 シュヴァーベン館の執事が来訪を告げると、それまで俺をあやしていた侯爵夫人はサッと居住まいを正し、腰を折って陛下を迎えた。あれれ、俺の父は国王ではなく、皇帝だったのか。

 

「ユーディット、夕食を一緒にと思ってな。おお、その子がリヒャルトか」

「ようこそおいでくださいました、陛下。陛下の可愛らしい皇子ですわ。是非抱いて差し上げてください」

「おお、おお。丈夫そうな可愛い子じゃ」

 

 俺を抱き上げた陛下は、想像の斜め上をいっていた。母や侯爵夫人の年齢から考えて、30前後の若い男を想像していたのだが、40くらいにはなっていそうだ。痩せて顔色も悪く、威厳のある風もない。容姿が悪いという訳ではないが、奇妙に疲弊した感じで、男としての魅力も感じられない。

 

(うーん。もっと若くて颯爽とした男をイメージしていたんだが。ま、現実はこんなものか)

 

「陛下、リヒャルトの正式なお披露目はどういたしましょう。皇宮で行なうのですか」

「それなのだが、リヒャルトにはヴュルテンベルクの家を継がせることを決めた」

「何ですって!?」

 

 食事を摂りながらの会話は、いきなりの侯爵夫人の糾弾めいた悲鳴によって断ち切られた。な、何だ。俺が母の家を継ぐことに何か問題があるんだろうか。

 

「ヴュルテンベルク伯爵家当主になるということですか? そ、それでは皇籍を……」

「うむ、皇籍離脱をさせて、母方の実家に臣籍降下という形になろう。私には既に皇太子もおるし、この子は皇妃の子供でもない。中途半端に皇族に連なるよりは、そのほうが良かろうと思ってな」

「そ、そんな。生まれたばかりで母君を亡くしたばかりだというのに、父君からも離れて皇宮から出すということですか?」

「いやいや、可愛い我が子にそんなことはせぬ。リヒャルトの養育はこのままそなたが、この館で行うが良い。いずれは三人の兄、姉にも会わせてやらねばなるまい」

 

 なるほど、光源氏のように臣籍降下というヤツだな。皇位継承者がいるのなら、その方が後継者争いとか起きにくくなるからいいだろう。皇族からは除籍されるから、継承権とかは無くなるのかな。それにしても兄弟が三人もいるのか。前世では一人っ子だったから、ちょっと嬉しいかも。

 

「ヴュルテンベルク伯爵家は公爵家に陞爵し、リヒャルトが成年に達したら、大公位を与えることにする。庶子でも皇子の生まれであることに変わりはない。兄弟仲良くして欲しいものじゃ」

「ルードヴィヒ様は、この子を気に入ってくれるでしょうか……」

「気に入らぬはずがない。アマーリエもクリスティーネもじゃが、リヒャルトもいずれはルードヴィヒを支える柱になるのじゃからな。我がゴールデンバウム皇室の藩屏たるに相応しく育てておくれ」

 

 ……ゴールデンバウム? ゴールデンバウムって言った? って何だよ! ここ、銀英伝の世界かよ!? ちょっと待て、あんな死亡フラグが年に一本は立っているような世界なの!? 冗談じゃない! しかも俺、皇帝の息子! 破滅することが決まってるじゃないか! いやまて、ゴールデンバウムなんて、よくある名前だきっと。リンデンバウムは菩提樹で、バウムクーヘンはドイツのケーキ、きっとゴールデンバウムもよくある名前さ、ルードヴィヒもアマーリエもクリスティーネも、ドイツ系にはよくある名前だ、あはははは……。

 

「ところで陛下、アマーリエ様には、ご結婚の話が出たとか」

「ははは、ユーディットにはかなわぬな。ブラウンシュヴァイクの息子にどうかと思っておる」

「一度何かのパーティの時にお会いしましたわ。アマーリエ様とはお年頃も良く、お似合いでしょう。確かオットー様でしたか」

「うむ、ブラウンシュヴァイクはカストロプやリッテンハイムと並ぶ名門。嫁ぎ先としてはふさわしかろう」

 

 ……悪あがきして済みませんでしたね。認めりゃいいんだろ。ここは『銀河英雄伝説』の世界だよ!!


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