黄金樹の一枝  リヒャルト・フォン・ヴュルテンベルク大公記   作:四條楸

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第25話   リッテンハイム侯爵家

 リッテンハイム家のお茶会は、13時から開催とのことだ。昼食を兼ねるらしい。昼食、会話、午後のティータイム、興が乗れば舞踏会となるそうだ。俺は舞踏会はパス出来るらしい。まあ、夜遅くなるしね。

 

 リッテンハイムの館は、新無憂宮から20分ほど地上車で走った所にあった。昼食を兼ねたお茶会なので、昼間のオーディンの街中が見えるかと思ったのに、やはりクリスティーネ姉上と一緒だったから、近衛の車に取り囲まれて広通規制もバッチリ為されていた上、大通りしか走らなかったからよく解らなかった。道路は綺麗だったよ。段差もゴミも無い。大通りを直角に曲がったら、広い道路と広場があって、その先に、雪を頂いた山を借景にした館がどーんと現れた。すごくダイナミックだ。

 

「宮殿のようですね」

「そうね、素敵なお館ね」

 

 リッテンハイムの館はクリーム色を基調とした、コの字形のロココ風の建築物だった。絢爛豪華な漆喰装飾が見事だ。21世紀だったら観光名所になるだろう。入口では客人たちが、招待状チェックと赤外線ボディチェックを受けていた。勿論、俺と姉上はフリーパスだったが。

 

「ようこそいらっしゃいました。殿下、クリスティーネ。心から歓迎いたします」

「お招きありがとうございます」

 

 リッテンハイム侯爵夫妻と共に俺たちを出迎えた姉上の婚約者は、終始ニコニコ微笑みながら、俺たちを大広間に案内した。北欧神話の名場面を綴った巨大なタペストリーが何枚も掛かっており、美術館のようだ。天井画も同じように神話の名場面のオンパレードだ。ただし俺はギリシャ神話ならともかく、北欧神話には詳しくないので、よほどの名場面でないと解らないが。

 

「皆さん、クリスティーネ皇女さま、ヴュルテンベルク公爵、お出でになりました」

 

 大広間にいた客が一斉に起立して礼を取る。壮観だね。昼間のお茶会だけに、あまり仰々しくはないが。現リッテンハイム侯爵は、黒髪を綺麗に撫で付けた長身の男で、息子ウィルヘルムに良く似ている。夫人は金髪のチャーミングな方だが、夫より身長が30cmは低いのでデコボコカップルだ。夫婦に見えん。

 

 侯爵が最初に挨拶を述べ、内々の話だが、と前置きした後で、姉上と息子ウィルヘルムの婚約を告げた。歓声が上がり、大きな拍手が鳴らされる。若い二人は照れくさそうに見つめ合うと、出席者たちに微笑んだ。まあ、愛し合っているように見えるし、幸せそうだ。俺としてはヨシとしよう。

 

「今日は、あまり堅苦しくならないよう、ブッフェ形式にいたしました。どうぞ各人、お好きなものをお取りになり、料理と会話をお楽しみください。子供たちには庭園に遊園地も設置いたしました。退屈はさせませんよ。それでは挨拶はこれぐらいにして、始めましょうか」

 

 へえ、あまりスピーチが長くない。感心だ。侯爵の話の後で、出席者たちが一斉に起立し、『クリスティーネ皇女さま、ウィルヘルムさま、おめでとうございます。来年も良い年でありますように。銀河帝国に栄光あれ!』と、唱和した。

 

 昼食は着席ブッフェスタイルで、料理元卓から好きな料理を取ってきては、自分の席に戻るという形式だった。8人くらいが座れる円卓が一ダースほどあるから、100人前後の昼食会っていうことだな。侯爵家にしては小規模だ。俺の席は姉上とその婚約者と同じ円卓だった。

 

 俺と姉上は、ウィルヘルムがお薦めの前菜をいくつか取って席に戻り、円卓の客人がすべて揃ってからナイフを取った。カトラリーの一つ一つに侯爵家の紋章が刻まれており、柄の部分は恐ろしく繊細な彫金だ。これ、絶対に銀だね。

 

「これ美味しいわね」

「お気に召されましたか。シェフが喜びます」

 

 確かに美味しい前菜だった。もう一度取りに行きたい誘惑に打ち勝つのは努力が要った。ブッフェスタイルとはいえ、それはマナー違反になるからなあ。メインの肉はターキーを選んだ。俺、前世ではターキーって食べたことないんだよね。期待していたほどではなかったが、美味しかったよ。

 

 食事が半分ほど終わったころ、やはり姉上へのお祝いの言葉がてら、俺との繋ぎを付けようとする貴族は後を立たなかった。しかしお年頃手前の女の子たちは、今回はいなかった。というより、子供たちは庭に作られた遊園地で遊んでいるか、別室の子供のみを集めた広間で食事を摂っているらしい。この大広間にいる子供は、俺一人だ。

 

 ブラウンシュヴァイク家と違って原作キャラは小粒だね。モーデル子爵とヘルクスハイマー伯爵だけしか知っている名前はいなかった。軍人系で誰か来ないかなーと期待していたのだが、どうも本当に親族を中心とした集まりのようだ。

 

 庭では設置された遊園地でその子供たちが遊んでいる。しかしさすが門閥貴族だ。大広間では客を飽きさせないように、室内管弦楽が終わったと思ったら、手品や有名アーティストのコンサートが行われるし、庭では子供向け遊園地でピエロが愛想と風船を振りまいている。かなりアットホームだ。

 

 食事の最後はデザートとコーヒーだ。これは別室に移動した。特別なお菓子というのはやはりシュトレンで、ドライフルーツやナッツが沢山入った大きな菓子パンだ。俺は食べたいとは思わなかったが、スライスしたものをお義理で頂いて、口だけを付けることにした。うーん、ラム酒が効いている、酔いそうだ。プラム・プディングがあったので、取ろうかとと思ったが、たっぷりブランデーをかけてフランべされていたため、手が出せなかった。バウムクーヘンは無かったよ。今までにも見たことが無かったから、もしかしたら製法が廃れてしまっているのかもしれない。

 

 コーヒーが終わったところで、ウィルヘルムが姉上の手を取って、一段高いステージに連れ出し、ワルツを踊った。その後、本格的に舞踏会に移行するのかな、と思ったら、ウィルヘルムが姉上に向かって膝まづき、小箱を差し出した。ええー、ここでプロポーズですか? もう婚約発表がされているのに? と思ったが、小箱の中身は婚約指輪ではなかった。

 

「クリスティーネ、これは我が一族の者が持つ、印章指輪です。あなたは私の妻となるお方、この一族に連なる方となります。どうかこれを受け取ってください」

「まあ……」

 

 ちらっと近くの人たちを見てみると、同じような指輪を右手薬指にしている。リッテンハイムの紋章と、自家の紋章をあしらっているらしい。指輪のターコイズブルーの色は統一されているから、おそらくその色が、一族の証しだということだ。

 

 姉上はにっこり笑うと右手を差し出した。ウィルヘルムが薬指にそれを嵌め、姉上がその手を前方に掲げると、一際大きな拍手が上がった。なるほど、これで姉上もリッテンハイムの親族の一員となったと言うことだ。だから親族だけの集まりだったんだな。

 

 

 やがて俺は姉上より一足先に、新無憂宮に帰ることとなった。夕方より先はやはり舞踏会となるらしい。俺と同じように帰る客は少数だった。

 

「殿下、実は参加者の女性の一人が欠席となりましたので、お土産が余っております。是非お持ち帰りください」

 

 ウィルヘルムが、俺を送り出しながら、包みを差し出した。パーティなどでは退出時には女性だけにお土産が渡される。大体は皿とかカップとかが多い。侯爵夫人もよく持って帰って来る。軽いお茶会なのに土産があるんだな、と思いながら、礼を言って受け取った。

 

「お疲れですか?」

 

 ずっと広間の片隅で警備をしてくれていたテオドールが声をかけてくれる。お疲れなのは俺じゃなくてお前の方だろう。食事も新無憂宮を出る前にサンドイッチをつまんだだけだしね。

 館に帰ると、侯爵夫人が出迎えてくれた。何かちょっとホッとしたような顔だった。お土産の中身は一対のティーカップだった。ターコイズブルーと盛金装飾の上品でゴージャスな作りだ。

 

「あら、まだ何か入っているわよ」

 

 夫人が取り出したのは、一枚のディスクと小さな箱だった。ディスクのラベルには日付が書かれてあった。『帝国暦455年7月28日』と。


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