黄金樹の一枝 リヒャルト・フォン・ヴュルテンベルク大公記 作:四條楸
「ふぎゃふぎゃふぎゃ ━━━━ !」
ああ、産声出せるって素晴らしい! 俺、生きてますからね! 死産じゃありません、病弱でもありませんってことをアッピールするために、目一杯元気に泣き叫んでやった。産道の中で光を感じた瞬間から、俺の産声はスタンバイだ。
「まあまあ。お元気そうな御子さまですこと。伯爵夫人にそっくりでございますわ」
「ああ……、私の子……。無事なのね。体は? 身体に異常はなくて?」
「大丈夫でございます、夫人。大層元気な男の御子でいらっしゃいますよ」
「陛下もお喜びくださるかしら……。ところで陛下はいらっしゃってくださいませんの?」
悲しそうに疲れた顔を伏せる女性。なるほど、これが俺の母親なわけね。
栗色の髪、緑の目、白い肌、繊細な顔立ち。うん、日本人じゃないね。欧米人に決まり! 二十五歳前後のやや細身で優しげな女性だが、うーん、身体に不釣合いなくらい、胸が大きい……。
俺は清拭された後母親に渡されたが、俺を抱っこしようとした母親は、出産直後のせいかどうやら手つきがおぼつかないらしい。諦めて用意されていたベビーベッドに寝かされた。
うーん、新生児って身動きままならないんだな。首も動かないし、手足もほとんど動かせない。ちょっと手をにぎにぎできるくらいだ。
仕方ないので見える範囲を観察してみる。しかしおかしいな。新生児ってしばらく目が見えないって聞いたことあるけれど、これが憑依者のお約束か?
しばらくすると、俺と母は、産室(?)から薄い緑を基調とした、優しい色調の広い寝室に移された。壁にかかっている何枚もの絵画は、その善し悪しまでは解らないが、金無垢の高価そうな額縁が付いている。家具も一つ一つが豪華だ。母親が寝ているのは、五人は寝れるでしょって感じの寄木細工の天蓋付きのベッドだし、俺が寝ているベビーベッドも天蓋付きで、何とも繊細なレースのカーテンが下がっている。これ手編みじゃないの?
寝具などに使われているものも、おそらく最高級のシルクだ。このベビー服の肌触りのよいこと。オムツだって紙じゃないぜ。
詩の神いわく、贅沢三昧な生活ができそうな雰囲気に間違いはない。
室内にいるのは、母親と四人の女性。さっきまでもっと一杯いたんだか、現在は四人だ。行動から見るに、三人は医療従事者。おそらく産科医二人に看護師一人。残り一人は侍女って感じだ。
その侍女?の服装がレトロ! スカートではなくドレス! しかも足はつま先しか見えないって長さだ。こりゃ現代じゃなさそうだ。中世か近世だろうか。髪型も時空飛んでるし。
そういや陛下だの伯爵夫人だの言ってたぞ! 国王のいる、貴族制度のある国ってことだ。つまりアメリカではない。欧米ではなく欧州と考えて良さそうだ。
「ルイーゼ様。陛下は後ほどいらっしゃると思いますわ」
「そうですか。はやく御子の名を付けていただかないと」
又情報ゲット。ルイーゼといえばたぶんドイツ語圏の名前だ。そしてどうやら「陛下」とは俺の父親らしい。しかし伯爵夫人というからには、この母親は王妃ではなく、側室、恐らく公妾の類なのだろう。しかしルイーゼ母様、随分控えめな人だね。侍女?にまで丁寧語だよ。
今日のところはこの辺で観察を終えよう。新生児って長いこと起きていられないみたいだ……。