途中書きのため、中途半端になっております。
346芸能プロダクションのとある一室、そこでは一人のプロデューサーと一人の事務員がいた。
プロデューサーは速水奏という女性アイドルを担当していた、彼女は彼のスカウトのもと事務所に所属したアイドル。
二人はコンビを組んでからひたすらに努力した、そのかいあってCDデビュー、ラジオ出演、テレビ出演、しっかり段階を踏んで有名になっていった。
しかし有名になるという事は深みにはまっていくということ、今回起こった出来事は当然の結果だった。
届いたのは一通のドラマ出演の指名メール、指名されたのは速水奏。
「ドラマ出演…速水に来た役は濡れ場ありのセフレ役……」
最近のドラマは人間の黒い話、大人向けの内容が多く、プロデューサーもそういう役がいつか来るのだろうと予期はしていた。
しかし、速水奏は女優ではなくアイドル、この仕事を受けることはファン、人気に悪影響を及ぼす可能性があった。
「千川さんはどう思いますか?」
プロデューサーは同僚の事務員、千川ちひろに意見を求めるが彼女は当然首を振る。
ちひろの言いたい事はプロデューサーにも分かる、しかし有名になってきているとはいえ仕事を選り好みして良いのだろうか?そう彼は悩んでいた。
しかし、アイドルとしては断らなくちゃいけない。彼が断りのメールを打ち始めた時、彼女、速水奏が事務室へと入ってきた。
「おはようございます」
何も知らない奏はいつも通りの様子で挨拶をする、けれどもプロデューサーとちひろは彼女にうまく返事を返せなかった。
奏はそんな二人の様子からすぐに異変を察知する。彼女は未成年でありながら大人の女性を演じ、大人らしい思考をする為、そういう事を感じ取る力に長けていた。
故にこんな仕事が来てしまったというのは酷い皮肉だ。
「何かあったの?」
奏は当然聞いてくる、プロデューサーとちひろは彼女に嘘はつけないだろうと正直に事の内容を話した。
それを聞いた時奏がどんな反応するか、プロデューサーとちひろは経験から予想がついていた。
普通の若いアイドルなら引いたり、嫌がったりする事だが、彼女は速水奏は違う。
「そっか、来たんだ。受けようよ、私のするべき仕事ってこういうのでしょ?」
奏は期待を含んだ声のトーンで応える、プロデューサーとちひろは彼女はそう言うだろうと半ば分かっていたが、改めて耳を疑ってしまった。
ちひろは表情に怒りの感情が浮かび上がる、奏が嫌いだから怒っているのではない、彼女を想うからこそちひろは怒っているのだ。
「本気で言っているんですか!?」
それに対して奏はちひろの怒りの意味を分からないかの様に振る舞う、しかしプロデューサーは奏がちひろの怒りの意味を理解しているのだと分かっていた。
奏はその上でこの仕事がしたがっている。けれどもアイドルとしてはおそらく許されない事、プロデューサーはちひろの側に立つ。
「俺も反対だ、濡れ場の意味をお前は理解しているのか?」
「別に実際そういうことするわけじゃないでしょ?精々下着姿で抱き合う程度……元々私はそういう仕事が来るような演技をしてきたわけだし、受けないと信用問題に繋がるわ」
正論だった、しかし何も知らない子供が適当に取って付けた正論だった。彼女の言葉を聞いたプロデューサーは気づくと腕を振り上げ……
パン!と甲高い音をあたりに響き渡らせていた。
「っ!……顔はやめて欲しかったわ、アイドルの命よ?どうしても顔にしたかったらキスで良かったのに」
「黙れ速水、少し会議室まで来い。一回話すぞ」
プロデューサーはグイッと奏の腕を引っ張って行きながら会議室の戸を開ける、中に入る寸前彼は一言ちひろに謝った。
「速水がアイドル辞めたらその時はすいません……」
「えっ…?」
「こんな所に連れてきて二人きり、期待してもいいのかしら?」
奏は連れてこられた意味を理解しつつも茶化す様な言い方をした、それが彼女のやり方。
プロデューサーはそんな彼女に対して遠慮する気はもう無かった。
「速水、そういう態度取ってるがヤったことはあるのか?」
「何?キスしたくなっちゃった?……分かった、答えるからそういう敵意の目を向けないでよ。勿論したことなんて無いわ」
下手したらセクハラだと弁護士を突きつけられても文句を言えない問い、けれども奏はプロデューサーの覚悟を察して問いに正直に答える。
「男に裸を見せたことは?」
「無い」
「……キスで舌をつかったことは?」
「あると思う?」
表情を殺して坦々と問いを繰り返すプロデューサーと、それに応える速水。
「今言ったことを知りもしない男、共演者とする覚悟は?」
その問いを聞くと奏は眼を見開いて僅かに体を震わせる。様子を想像して不安から震えたのか、また別の理由なのか、プロデューサーにはまだ分からない。
「……あるわ」
嘘だ、プロデューサーは彼女の震えと返答の間から確信を持つ。
「……速水、お前今震えてるぞ。そんな状態で現場に立ってみろ、ディープキスも知らない、裸も見せたことがない、そんな奴がいたら何回リテイクすると思う?何時間裸を晒す羽目になると思う?」
プロデューサーは奏に現実をつきけた。追い詰めるような言い方ではあるが、彼は嘘言ったつもりはなく間違ったことも言っていない。
「っ……さっきからしてる質問がセクハラだって貴方気づいてる?」
奏は耐え切れず話題を変えようとする、プロデューサーは彼女のその様にあわれみすら感じていた。
「逃げるな。怖いだろ、怖いはずだ……初めてのディープキスがカメラの前なんてことになったら、普通は一生の傷になる」
「……」
ついに奏はプロデューサーから顔を逸らす。逸らしたのは後ろめたいからなのか、彼が『男』だからなのか、それとも両方か。
「芸能界を舐めるな、頼むから今回は引き下がれ。」
「舐めてない…!私はただ……!」
頼むから、プロデューサーはそう口にしたが、奏に彼の想いは届かなかった。
「……そうか、なら俺はお前の担当を下りる。女優がやりたければ他の部所に行け、俺がプロデュースするのは『アイドル』だけだ」
「はぁっ!?」
誰も望まない最善かつ最悪の選択肢、やりたければ他所でやれ。
プロデューサーはできれば奏を止めたかったがそれが不可能な以上、彼にできるのは部所を守るためにもこれしかなかった。
「やっぱりやめる、は無しだ。ここで我慢してもまた討論する日が来る」
「っ!!」
速水はプロデューサーの言葉に反論出来ない、図星だったからだ。
だから……
「くっ!!」
「んむっ!?」
奏はプロデューサーの腕を力いっぱい引き寄せた、突然の事で倒れ込む彼の唇に彼女は自分の唇を強引に触れさせる……
重なり合う二人の唇、奏は口を舌を器用に動かしてプロデューサーの口をこじ開けるとその中へ自分の舌をねじ込んでいく。
「はぁっ…んんっ……!」
「んんっ…ぷはっ!や、やめっ!んっ…!?」
奏が息継ぎの為に口離すタイミングでプロデューサーは静止させる為の言葉を紡ごうとするが、彼女は焦るように呼吸をして直ぐ様彼の口塞ぐ。
「んんっ!」
奏にとっての初めてのキス、初めてのディープキス。
出来ることならもっとムードのいい場所で、互いの同意の上でしたかった。
そんな奏の小さくない後悔が彼女に迷う時間を与えた。
「ぷはぁっ!やめろって…言ってるだろ!!」
プロデューサーは奏の迷いでできた隙をついて、彼女を突き飛ばす。
奏は突き飛ばされたことでやっと落ち着き始め、自分のしたことの重さを噛み締め始めた。
「はぁ…はぁ……なんのつもりだ奏!」
「出来たでしょ…!ディープキス……!!リテイクなんてしない!」
自分が何をしているのか奏は理解しつつも、後には引けなかった。
引くわけにはいかなかった。
「いや…これじゃOKは出ない……!舌の動きがぎこちなかった、恐怖があった証だ。それにお前、泣いてるぞ……」
「えっ……?」
奏は自分の目元に手を触れ、涙の感触を感じ取る。
あぁ、これじゃダメだ…リテイクだ……
そんな言葉が彼女の中で生まれ、更に涙が溢れてだした。
「お前がやりたがる理由も、お前の考えも分からない……お前とはもうやっていけない、部所移動の届を書いてさっさと出て行け」
プロデューサーはバタンと大きな音を立てて会議室を出ていく。
奏は考える、何を間違えたのだろうかと。
「私はただ…早く大人になりたかっただけだったのに……」