ある日の事。
大神一郎は帝劇の中庭で空を見上げていた。
流れる星に願いをかける大神。
そこへマリアがやってきて。

帝劇中庭シリーズ第6弾です。

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帝劇中庭シリーズ第6弾です。


流れる星に

 見上げる空に星が流れる。

 一つ、二つ、少し間を置いてまた一つ……

 

 美しい夜だった。

 空気は冷たくどこまでも澄んでいて、見上げる空には流れ星。

 冬の夜空は綺麗だというけれど今日は特別美しいと思う。

 途切れること無く流れる星の理由すらも分からないまま、大神はじっと空を見上げる。

 とても真剣なまなざしで。

 

 何かを願う様に……何かを祈る様にー

 

 見回りの途中で、上着すら身に付けていない。

 普段の服のままだというのに、冬の寒さをまるで感じていないかの様に微動だにせずに立っている。

 ただその唇だけが動いて、何か言葉を紡いでいる。

 微かな声だ。

 唇からもれる白い空気の流れだけがその言葉の存在を教えていた。

 

 

 

 

 また、星が流れた。

 瞬間、大神の唇が言葉を紡ぐ。

 

 「どうか……」

 

 あまりに儚い声は、凍った空気の中に溶け込んで消えてしまう。

 だが、それでいいのだ。

 それは誰かに聞かせるための祈りではないのだから。

 

 ー星に、願いを

 

 大神は祈る。真剣に。

 そう、あまりに真剣すぎて背後から近付く誰かに気付くゆとりも無い程にー

 

 

 

 

 「隊長?」

 

 その声はあまりに唐突で、大神をひどく驚かせた。

 大きく目を見開き振り向いた彼に、声の主は柔らかく微笑みかける。

 

 

 「流れ星に、願い事ですか?」

 

 「ーマリア」

 

 愛しい人の名を呼び、大神はまぶしいものを見る様にそっと目を細めて、唇の端に笑みを刻む。

 マリアはそのままゆっくりと近付いて来て大神の隣に立ち、彼と同じ様に夜空を見上げた。

 柔らかな、金糸の髪に縁取られた美貌ー翡翠の瞳に浮かぶ真摯な輝きと相まってか、その横顔は美しくも儚いー

 

 そんな彼女を見ながら大神は思う。

 夜空の輝きを全てここに集めて人の形を取らせたとしても、きっと今の彼女の美しさには叶うまいーと。

 しかし、次の瞬間にはそんな自分の考えに思わず赤面し、照れくさそうに夜空へと視線を移すのだった。

 

 少女はそんな青年の様子にまるで気付かないまま、流れる星を見つめている。

 その唇もまた、何か言葉を紡いでいた。

 本当に微かなー流れる空気にすらかき消されてしまいそうな程の儚さで。

 それでも大神の耳は愛しい人の声をしっかりと捕らえていた。

 微笑み、尋ねる。一心に何かを願う彼女を驚かせてしまわない様に、そっと、囁くような声で。

 

 「ーマリアも、何か願い事かい?」

 

 マリアが微笑む。

 

 

 「ええー。隊長は何をお願いしたのですか?」

 

 「色々さ。この帝都の平和や、花組のみんなのこと、次の正月公演の成功や、それからー」

 

 

 そこまで言ってから、はっとしたように言葉を途切れさせ、大神はマリアを見た。

 そしてマリアもまた、言いかけで言葉を飲み込んだ大神を怪訝に思い、彼の方を見る。

 なんとも言えないタイミングで二人の視線が絡まり、慌てた様に大神が、あらぬ方に視線をそらす。

 そうして、顔をそらせたままの状態で、少しうわずったような彼の声。

 

 「あ、後は秘密だよ。そう言うマリアはどんな願い事をしたんだい?」

 

 マリアの位置からでは彼の顔を伺うことは出来ない。

 だが、彼の首から耳にかけて、夜の闇の中でも分かるくらいに真っ赤に染まっていた。

 ただそれを見ただけで、教えてくれなかった彼の最期の願い事が分かった気がした。

 

 嬉しくてー堪えきれない笑みがこぼれる。

 目の前の青年が愛しくて仕方が無い。

 好きで、好きで、大好きでー溢れる思いがクスクスと弾ける笑いへと変わっていく。

 

 「教えません。私も秘密です」

 

 笑いながら、答えた。

 ずるいよー言いながら青年が振り向く。

 その顔がまるで子供みたいで、可愛くて、何故かもっといじわるをしてみたいような気にかられた。

 知っていますか?ーマリアはいたずらっ子のような表情で彼にそのことを伝える。

 本当か嘘か、確かめようの無いーかと言って間違いだとはっきり断言できるわけでも無いそんな約束ごとを。

 

 

 「願い事は、流れ星が現れてから消えるまでの間に三回唱えないと叶わないんですよ?」

 

 「いいっ!?三回もっ??」

 

 

 案の定、大神はそんな約束ごとは露程も知らなかったらしい。

 驚いた様にそう言って、それからがっくりと肩を落とした。

 

 「無理だよ、三回も……。それじゃあまるで早口言葉じゃないか」

 

 溜め息混じりのそんな情けない台詞をはく姿すら愛しく思えて困ってしまう。

 なんだかそれ以上いじめるのも忍びなくて、マリアは彼の大きな背中に声をかけた。

 

 

 「すみません。冗談です、隊長。そんなにがっかりしないで下さい」

 

 「冗談?ひどいよ、マリア。本気にしちゃったじゃないか」

 

 

 ひどいよーと言いながら、言葉ほど怒ってはいない。大神は笑ってマリアを見た。

 

 「でもさっき言った事は嘘じゃありませんよ?そう言う定説があるのは本当です」

 

 言われて首を傾げる大神。

 流れ星一つにつき、同じ願いを三回唱えることーその約束ごとが本当にあるのなら、自分の願い事はやはり無効なのではないか?

 再びがっかりしかけている大神の気配を敏感に感じ、マリアは安心させる様に大神に笑いかけた。

 

 

 「意味の捉え方だと思うんです。流れ星に願いを三回唱えると言っても、実際に三回言わなければいけないと言うことではなくて。ようは気持ちの問題だと思うんです。多分、流れ星が流れきるまでのほんの一瞬の間に三回唱えきれるほどに強く願えば、きっとその願いを叶えるだけの思いの強さがその人にはあるってことを言いたいんじゃないでしょうか?」

 

 「……うん」

 

 「だから、回数は問題じゃないんです。大切なのは思いの強さ、でしょう?」

 

 「そう……だよな」

 

 

 そして大神はやっとほっとしたような笑顔を浮かべた。

 夜の闇をそのまま写したような黒い瞳が、再びゆっくりと天を仰ぐ。

 それに習う様にマリアもまた、空を見上げた。

 星が、流れる。人の切なる願いを叶える願い星が。

 願い事はたくさんある。でも、何をおいても叶えたいーそんな願いは一つだけ。

 どうかーマリアは祈る。

 どうか、これから先もずっとー

 

 「……隊長と、これから先も、ずっとー」

 

 そんな彼女の声が聞こえたのだろう。

 大神の目が驚いた様にマリアを見た。

 少し恥ずかしそうに、真白の肌を微かな朱に染めて、マリアもまた、目の前の青年に視線を移した。

 

 「隊長と、いつまでも一緒にー。それが、私の一番の願いなんです」

 

 翡翠色のまなざしが、まっすぐに大神を射る。

 

 「マリアー」

 

 そのまなざしを受け止めて、大神が笑った。

 それはもう、この上も無く幸せそうにー

 

 「ー俺も、同じだよ。君と一緒にいたい。ずっと、いつまでも、こうして…」

 

 大きな手の平が、そっとマリアの手を包み込む。

 その優しい、確かなぬくもりがただ嬉しかった。

 しかし、そうして二人寄り添う様にしていても、冬の夜気は容赦なく冷たい。

 不意に大神が、マリアを気づかう様にその顔を覗き込んだ。

 

 

 「寒くないかい?マリア。もう、中へ戻ろうかー?」

 

 「…いえ」 

 

 

 答えて、大神の手を強く握り返す。

 

 「もう少しこのままでー」

 

 そんなマリアを大神は愛しそうに見つめ、それから夜空を見上げた。

 

 

 「それなら、もう少しここで星を見ていようか」

 

 「はい」

 

 大神に寄り添ったまま、マリアもそっと夜空をあおぐ。

 それは、流星群の美しい夜ー星だけが、二人を静かに見守っていた。

 

 

 

 



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