バイト戦士なんだが、バイトしてたら初恋の子に会った。   作:入江末吉

9 / 35
穂むらでバイト編
パンの日だから、初恋の子が会いに来た。


 

 バイト戦士になって、早1年。ありそうでなかった経験が、俺を襲っていた。

 

「ママー!! うわぁあああん!!」

 

 泣き喚く少年の頭を撫でながら、彼のことをここまで連れてきてくれた穂乃果ちゃんとサービスカウンターで待機していた。穂乃果ちゃんもどうにか泣き止ませようと笑顔を向けたり頭を撫でたりしているんだけど、これまた効果が薄い。

 主任は事務所だし、時期が時期だから他の店員も対応に追われてる。じゃあなんで俺が今こうして暇やってるかっていうと、レジを上げてしまったから。もう撤収済みだからお客さんの相手したくても出来ないのだ。

 というのも今日は珍しく朝から夕方まで、つまりいつも働き始める時間までのシフトになっていた。つまりそれを穂乃果ちゃんに伝え忘れていたので、穂乃果ちゃんは当然いつも通りの時間に来た。俺がレジを上げてしまったと言うと心なしか残念そうな顔をしていたかもしれない。

 

 じゃあ帰ろうかな、と穂乃果ちゃんが言ったので送っていくよと言う勇気が出なかった矢先、この迷子少年がやってきたのだ。帰り際だった俺は主任に目をつけられ、退勤したことになっているにも関わらずサービスカウンターでこの少年の相手をすることになってしまった。そしたら穂乃果ちゃんが付き合ってくれるって申し出てくれたのだ。

 ちなみにそのときの会話だけど、

 

「私でよかったら付き合うよ?」

「マジで!?」

 

 とまぁ、勘違いして大恥を掻きました。この場に雪穂ちゃんがいなくて本当に良かったわ。いたら笑い者じゃすまなかっただろうなぁ。でも、俺はカウンターの中穂乃果ちゃんはカウンターの外で男の子と一緒、俺が隔離されています。助けてください。

 男の子は未だに泣き続けている。お母さんとはぐれるって心細いもんなぁ、俺にも覚えがある。ちなみにこれは秘密だけど、小学校1年生のとき穂乃果ちゃんはお母さんと一緒に学校来ては「ママ帰っちゃやだー!」って泣いてたんだぜ。あの頃から気になってたし、よく覚えてる。うふふ、あの頃の穂乃果ちゃん可愛かったなぁ。いや、今が可愛くないとかそんなんじゃないから。今は今で大人の可愛さ持ってるから、そこんとこ気をつけて。

 

「うぅぅぅぅぅぅぅ……」

 

 居辛い、何も出来ない手前この場に居辛い。とにかく、名前を聞き出さない限りはどうにもならないんだよなぁ……よし。

 

「君、名前はなんて言うの?」

「……」

 

 少年は答えない。それどころか俺の顔を見て、穂乃果ちゃんにしがみついた。て、てめぇ……! そこは俺の席だぞォォォォォォォ!!!

 がるるる、と牙を剥いて威嚇するとさらに穂乃果ちゃんにくっつく少年。許さん、君のような若造にすま穂はまだ早い……まだ早いぞ!! いいか、すま穂ってのは一流のバイト戦士のみが使用を許される至上の魔法なんだよ!!

 それを義務教育中の子供に横取りされて堪るか!! というわけで、俺はカウンターを出て少年とは反対側に腰を下ろす。どうだ少年、もはや隣に座ることなんか造作も無いんだよ!!

 内心嫉妬に狂い続ける俺を他所に、穂乃果ちゃんが少年に尋ねた。

 

「僕? 僕って歳でもないか、お名前はなんていうの?」

「……りく」

「りくくんか、苗字は?」

「……袴田、ぐずっ」

 

 泣くなって、正直子供相手にムキになりすぎたよ。ただな、たとえ子供とはいえ穂乃果ちゃんに抱きつくのはやめてくれ、心臓に悪いし死ぬほど羨ましい。ハンケチーフ持ってたら噛み締めて引きちぎってたぞ。

 とにかく、男の子の名前が分かったし内線でアナウンスをかけるか。と言っても、サービスカウンターのアナウンスは業務連絡用なので正直効果は薄い。なので事務所に頼むことにした。事務所へと内線を繋ぐと受話器を耳に当てる。

 

「こちらサービスカウンター、迷子さんのお名前分かりました。袴田りく君、年の頃は恐らく7歳から9歳くらいかと。

 自分が子供であることを利用して女の子にしがみつくなどというスケベで無口で羨まけしからん男の子ですが、お母さんとはぐれて不安そうなのでアナウンスお願いします」

 

『お、おい? どうした、大丈夫か?』

「あ、いえなんでもないです。とってもいい子です、えぇ俺には懐いてませんけど」

 

 気にしてないから、子供受け悪いことあんまり気にしてないから。受話器を壁に掛け直すとしばらくして店内アナウンスが流れた。りく君のお母さんはしばらくしたら来るだろう。それまで相手を―――

 

「お姉ちゃん、好き」

「本当に? ありがとう~!」

 

 俺の方が好きですぅぅぅぅぅぅぅ!! 何年片思いしてると思ってんだてめぇ!! ふーっ! ふーっ!! ちくしょう、子供なんぞに……子供なんぞに俺の恋心はわからん!!

 などと嫉妬に狂うなんてレベルじゃないくらいりく君に敵意を剥き出しにしていると、買い物籠をカートに乗せた女の人がやってきた。どうやら彼女がりく君のお母さんらしい。

 

「ママ!」

「ごめんね~、お買い物は済ませたからもう帰ろ」

 

 お母さんもどうやら安堵したようだ。子供とはぐれるのは親も落ち着かないものなんだな、だってカートの押し方がガチだったもん。後もう少し速かったらたぶん何人か轢かれててもおかしくなかったもん、母は強し。

 

「あなた方が、りくの面倒を?」

「あ、俺は店員なんで。お礼なら彼女に、りく君の相手はだいたい彼女が」

 

 俺はお母さんにそう言ったんだけど、それでもお母さんは俺にも頭を下げてお礼を言った。いや、本当に俺なにもしてないんで。むしろりく君相手にめちゃくちゃ嫉妬してましたから、恥ずかしいことこの上ない。

 そんな俺の懺悔を他所にお母さんは穂乃果ちゃんにお礼を言った。けれど穂乃果ちゃんは笑ってそれを受け取った。やがて袴田親子が去って行くとき、りく君が穂乃果ちゃんに向かって手を振ったので俺も手を振り替えしたら睨まれた、そんなに俺が嫌いか。

 

「俺もあの子くらい素直になれたらな」

「どういう意味?」

「あ、いや……か、帰ろう! 家まで送るよ」

 

 いつか、俺は君を腕の中に迎え入れることが出来るだろうか。君は俺を受け止めてくれるだろうか。

 わっかんないな~、今は何とも言えない。でも、2人っきりのデートをこなしたから距離は近づいている気がした。だというのに出口に向かう途中、なぜか手を握る勇気は出なかった。

 

「そういえば、穂乃果ちゃんは子供好きなの?」

「うん、学生のときはよく近くの幼稚園とかにボランティアに行ってたよ」

「そうなんだ、保母さん向いてるなぁって思ってさ」

 

 今はもう保育士だっけか。でも穂乃果ちゃんなら、子供たちに囲まれてきっと人気者になれるはずだ。その姿を想像していると、ぐふふ頬が緩みますよ。俺の頭の中に子供に囲まれながらオルガンを弾き、子供たちと一緒に歌う穂乃果ちゃんの姿が浮かぶ。さらに子供がお昼寝の時間には隣で添い寝……添い寝ェェェ!!!

 いいなぁ、子供いいなぁ添い寝とか素晴らしいじゃん。抱きついても合法じゃん、子供すげぇじゃん。うわー今ほど大人になりたくないって思ったの初めてだわ、なお時既に遅い模様。

 

「穂乃果は無理だよ……君は、なんでも出来そうかな」

「そんなことないって。こんな俺でも仕事が嫌になったことがあるよ」

 

 今でこそ、商品を早く正確に流すことが出来るけど、それは時間があったから。レジ部の人手不足が原因で仕事に多く駆り出されたからってのはある。

 初心者だったのに、数日で基礎を覚えろだとかむちゃくちゃ言われたことがある。ちなみに同僚の室畑くんはその辺りからの付き合いだ。同じタイミングで仕事を始めたから、意気投合も早かったり。

 

「へぇ、そうなんだ。なんか意外だなぁ」

「意外?」

 

 俺が尋ねると穂乃果ちゃんは俺の顔をまじまじと見て、うんうんと頷きながら言った。

 

「いつも、仕事楽しくやってるように見えるけど」

 

 それは、穂乃果ちゃんが俺のレジを使ってくれるから。卵の日みたいに、会いに来てくれるから頑張れてるだけだよ。それ以外の日は手を抜いたりするし、人並みに現金な奴だったりする。

 けど穂乃果ちゃんはそんなことを知ってか知らずか、また向日葵みたいな笑みを俺に向けていた。

 

「それは……まぁ、最近は仕事が楽しいから」

 

 曖昧な返事で言葉を濁すことしか出来ない。なんて答えても、穂乃果ちゃんに気持ちを打ち明けかねないからなぁ。生憎ヘタレなもので、そんな勇気は無い!

 

「穂むらは忙しいの?」

「うん、絶賛バイト募集中だよ」

 

 …………なん、だと?

 

 バイト募集中? 穂むらで? 俺が? 働けるだと……?

 これはチャンスか、いやチャンスだ間違いない。穂乃果ちゃんが言ってくれてるんだから間違いないって!

 

「あ、でもバイトの人が来たら穂乃果のお小遣い減っちゃうなぁ、それは困るかも……」

 

 え……今気分的にラブレターもらう夢見て目が覚めた気分、察して。

 

「だって、それだと卵の日はともかく、パンの日は会いに来れなくなっちゃうから」

 

 夢じゃなかったー!! もらう夢見て、あー鬱だってなったら下駄箱にぶっこまれてたやつ!! なんだ今日は、昨日のハイスコアの影響がまだ残ってんのかな!!

 じ、じゃあ……勝負に出てみないともったいないんじゃねえの……!!

 

 それとなーく、自転車を跨いで反対側へ移動して穂乃果ちゃんの手を握ろうとして、俺は両手が自転車のハンドルを掴んでいることに気がついた。

 速報、ハイスコアボーナス終了。くそっ、自転車置いてくればよかった。まぁ、いいか。昨日ずっと手を繋いでたんだし、がっついてると思われるよりは踏みとどまった方がいい。

 

「確かに、穂乃果ちゃんここのところずっと来てくれてるもんね。そろそろ財布が寂しくなっちゃうかもね」

「そうそう、そうなの! だから、ちょっとは抑えないとダメかなぁ~って」

 

「それは……俺が寂しいから、なんか嫌だなぁ」

 

 一応、卵特売日は週に1日しかないしパンの日は2日。単純計算でも週3日は会いに来てくれてる。それだけで満足しないといけないんだけどねぇ、やっぱ穂乃果ちゃんに会いたいしさぁ……

 

「寂しい、って穂乃果に会えないのが?」

「うーん……え、あっ!? もしかして声に出てた!?」

 

 しまった痛恨のミス! 夕焼けが頑張っても隠し切れないほど顔が赤くなってる気がする。うっわ恥ずかしい……

 

「いや、ほら、そうだよ! 穂乃果ちゃんとここのところ毎日会ってるし会えない日があると寂しいっていうか……やばい何口走ってんだ!?」

 

 やばいよこれ、もう弁明出来ないんじゃないのかなああああああああ……しかし俺のその呟きの意味は考えなかったのか、穂乃果ちゃんがじゃあと提案した。

 

 

「やっぱり、うちでバイトしてみる……? 今なら穂乃果が、いろいろ教えてあげるよ?」

 

 

 俺の一日の自由時間が減る音がした。とりあえず今日は履歴書買ってこようと思いました。




すま穂:一流のバイト戦士のみが唱えられる最上級魔法。穂乃果ちゃんに関する何かで独占が可能。成功率はバイトレベルによって上昇する。

迷子の男の子って結構仲良くなりやすいんですが、敢えて僕が仲良くなれなかった子を参考にしました。なお袴田りく(仮名)ですのでご心配なく。

そして、夏デートを終え新章突入!
最近ランキングに乗れているのもひとえに皆様のおかげでございます。
ポッと始めた短編が元ですが思いの他反響も多く、楽しんでいただけてるんだなと嬉しく思います。

感謝と共に、皆様に改めてすま穂の魔法を送りたいと思います。

すま穂!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。