バイト戦士なんだが、バイトしてたら初恋の子に会った。   作:入江末吉

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ようやっと書き終わった←
というか、これでいいのかという葛藤が多くてですね……



バイトが休みだから、初恋の子に会いに行った。その3

 茜色の空へ花火が上がり、その花火も見納めとなった頃。思わずはしゃぎまわって、くたくたになっちゃったぜ。

 駅への道のりがだいぶきつかったけど、繋いだ手から穂乃果ちゃんの熱が伝わってきて心臓は早鐘を数時間の間打ち続けていた、よく生きてたな俺。

 そう、俺は花火を待つ間も出店を回るときも、出店で会計を済ませるとき以外は穂乃果ちゃんとずっと手を繋いでいた。あと3週間くらいは手を洗いませんぐふふ。

 

 電車へやっとのことで乗り込む、神田駅まではたった2駅しかない。けど、割と限界に近かった俺たちに救いの手が差し伸べられたかのように空き座席が2つあった。周りの人には悪いけど穂乃果ちゃんを1番端に座らせて、俺がその隣へ腰を下ろした。なぜ穂乃果ちゃんを端にしたか? 穂乃果ちゃんの隣に座っていいのは今は俺だけだからだよ!! 文句あっか!

 

 すまない、今穂乃果ちゃんの隣は俺専用なんだ。

 

 まさにすま穂。

 

「すごい楽しかったね~!」

「本当、さっきから俺すごいしか言えてないもん」

 

 他の乗客の迷惑にならないように、俺たちは小声で談笑する。しかし気にしなくてもいいくらい、周りは花火の感想なんかで盛り上がってた。この車両はあれか、2次会会場か何かか?

 それから秋葉駅を通り過ぎた頃、不意に穂乃果ちゃんが握った手に力を込めてきた。なんだろうと思って顔を向けると、穂乃果ちゃんは寝息を立てていた。こくりこくりと前へ傾いては持ち上がる頭、なんだこの超絶可愛い生き物は。

 手がすごく熱い、穂乃果ちゃんが前に傾くたびうなじの部分が見え始める。このままだと起きたときに首を痛めるかもしれないな。

 

 そこで俺の頭の中に現れる天使の俺と悪魔の俺。相談者である俺と2人で円卓を囲んでいる。

 

「あの、このままだと穂乃果ちゃん首を痛めかねないよね。どうしようか」

 

 俺が尋ねると、先制したのは天使だった。

 

「そうだね、少し浅く座って肩の位置を下げてあげて肩を枕代わりにしてあげれば? 前よりは横のほうが楽だと思うけど」

 

 そう言うと悪魔の方は意地悪そうな笑みを浮かべて言った。

 

「それ採用、首に負担がかかると思って枕になったよって言えば大丈夫だろうし、お前正直やりたいんだろ肩枕」

 

 さすが悪魔の俺、俺のことは1番分かっているみたいだった。そしたら今度天使の俺が挙手して言った。

 

「やっちゃえよ、良い匂いするぜきっと」

「お前実は悪魔だろ! 俺の頭の中には煩悩しかねぇんだな!!」

 

 脳内会議は音速で終了、この間わずかコンマ1秒。俺はすすす、と座席に浅く座ると肩の位置を下げる。そして軽く穂乃果ちゃんの身体を揺らすと振り子みたいにフラフラしながら、俺の肩にトンッと頭が乗った。

 やべぇ!! これやばい!! すげぇ気持ち良い! 穂乃果ちゃんの頭、俺の肩に乗ってるぅぅぅぅ!! ちょ、反対側のガラスに穂乃果ちゃんに恋人みたいに寄り添われてる奴がいますぞ、羨ましいですぞ……あ、俺かうふふ。

 

 穂乃果ちゃんの浴衣が、首で引っ張られて微かに肌蹴そうになる。んっっふぅぅぅぅ、ごちそうさまです。うん、死ね俺。

 ちょっと尖った唇、規則的な寝息、ちょっと首を捻れば見えるうなじ、そして穂乃果ちゃんの匂いの全てが俺の理性を含めた全てを緩く攻撃してきていた。

 

 あぁ、電車さん停まって。走行中に補強工事って言って電車停まんねぇかなぁ!! 停まらないかぁ! 残念だなぁ死のう……

 

 しかし俺の願いも虚しく、本当に電車は走り続け神田へとたどり着いてしまった。電車の揺れがゆっくりになると、穂乃果ちゃんは自然に目を覚ました。すごい、俺だったら折り損ねるところだぞ。

 

「おはよう」

「おは、よう……? あっ、ごめん重かったよね!?」

 

 いえいえ、あれが幸せの重さなんだなぁって改めて思った。はーめっちゃ穂乃果ちゃんおんぶしたい、さすがに引くわ。俺が俺にドン引き。

 ガバッと離れていく穂乃果ちゃん、寂しいなぁ……もしかしなくても、俺と密着してるのが嫌とかじゃないよね? 一度可能性を思いつくととことん沈む……

 

「じゃあ降りよう? 入り口閉まっちゃうよ」

「あ……」

 

 勢いよく立ち上がった穂乃果ちゃん、そして長らく繋がっていた俺たちの手は解かれてしまった。手の中に残る穂乃果ちゃんの熱の余韻は、まるで祭りが終わったあの寂しさのようだった……泣きたい、うわぁん。

 まぁ、今日という日を堪能したし良しとするか! 穂乃果ちゃんにはエルメスたんのことも聞きたいと思ってたし!

 

「はい、じゃあ帰るまでまた手を繋ごう?」

 

 穂乃果ちゃああああああああああああああああん!!! ありがとう、神様仏様穂乃果ちゃん様ありがとう……ありがてぇ。

 

「よっ、ふふ、ふひひ……ごめんごめん、よろこんで」

 

 拙者、初デートが初恋の子でしかも手を繋ぐなどという堂々のスキンシップを長時間、しかも2回行えましたぞ。幸せで明日槍が降ってくるかもしれない、降ってきても避けられそうだった。今なら竹槍だろうがグングニルだろうが避けられそうな気がした、でも穂乃果ちゃんが降ってきたら全力で受け止めちゃうなぁ参ったなぁさすがにキモイよ俺~。

 

駅から出ると、そこからはあっという間だった。穂乃果ちゃんの実家こと穂むらに着くまで俺たちは話すこともなかった、いや話したかったんだけどなんか黙ってる方が心地よい空気だったからさ。

結局無言を貫いて、穂むらまで辿り着いた。時間的にはまだ営業中なわけだし、少し甘いもの食べていこうかな。そういえばエルメスたんのことを聞きそびれていた、この際雪穂ちゃんに聞いた方がいいかもしれないな。

 

「無事に帰ってきたことも報告しないとね」

 

ガラガラと引き戸を開けて、入っていく。すると、営業中でもお客さんはゼロだった。やっぱりみんな2次会とか行ってるんだろうな。

 

「ただいまー」

 

穂乃果ちゃんがそう言うと部屋の奥からバタバタと雪穂ちゃんやお母さんが出てくる。お母さんはなんだか俺の顔を見てニヤニヤとニコニコの中間くらいの顔を浮かべて笑っていた。髪型が変? そんなことはなかった。

 

「あっ」

 

バッと穂乃果ちゃんが手を引っ込めた、そういえば繋いだままだったっけ。あ、お母さん違うんです俺たちそういう関係では、いやなりたいけど。

そのあと穂乃果ちゃんはお母さんに急かされ、部屋の奥に消えていった。着替えるのだろう、俺はちょっと図々しいかと思いながらテーブルに着いた。

 

「なにか、注文ありますか?」

「えっと、じゃあ餡蜜と雪穂ちゃんで」

「キャバクラじゃないんだからさぁ!」

 

メニューで頭を引っ叩かれた、むぅ……借りにもお客さんなんだけどなぁ……いけないいけない、お客様は神様だがそれを掲げて大きな顔をする客は神じゃない、むしろ紙屑だ。シュレッダーにかかって塵芥になればいい。よく見れば雪穂ちゃん、顔を真っ赤にしていた。ははぁん、俺に散々恋愛の教えを説いたくせにお主さては初心なネンネだな!?

 

「……それで、お姉ちゃんとはどこまでいったんですか?」

「へ? 隅田川の花火大会だけど……」

 

俺がそう言うと雪穂ちゃんは心底呆れた、みたいな顔をした。な、なんだよ俺なんか悪いこと言った?

 

「そうじゃないです、チューしたとかないんですか?」

 

ぶふぅっ!? 思わずお茶を噴出した、危ない危ない。いや、危なくねーよ。もう噴出してるんだよ、ちなみに雪穂ちゃんこれをお盆で回避……っていやいや!

 

「ねーよ!? だって釘刺したの雪穂ちゃんじゃん!」

「えー、夏祭りで2人っきりなのにキスもしなかったんですか? お兄さんもしかしてヘタレ?」

 

悪かったな! 甲斐性無しで悪かったな!! そりゃ俺だって手を繋ぐだけじゃなくておんぶとかさ、もっと濃密なスキンシップしたかったよ!! けど、友達だから!! まだそこまで発展してないから!! ちくしょう泣きてえ!!

 

「……冗談です、さすがにふざけすぎました」

「いや、本当冗談じゃないよ? 一瞬手を出さなかった俺を呪ったからね?」

 

涙目で訴えると雪穂ちゃんはクスクスと笑い出した、ちくせう年下のくせにぃ……っと、そうだそうだ。

 

「そういえば、雪穂ちゃんも花火大会来てたんでしょ、エルメスたんと一緒に」

「エルメス、たん……? 誰ですか、それ」

「えっと、プラチナで背が雪穂ちゃんよりちょっと小さくて穂乃果ちゃんの知り合い」

 

勢いで羅列したが、どうやら検索結果該当有りらしかった。雪穂ちゃんは店の奥に引っ込むとすぐ戻ってきた、そして1人の女の子を引き連れていた。

背が低くて、綺麗なプラチナの髪に、子犬のような愛くるしい顔。というか、

 

「エルメスたんだ!」

 

つい大声を出してしまう、するとエルメスたんは首を傾げるがやがて俺の顔を覚えててくれたのか、手をパンと合わせて寄ってきた。

 

「さっきのお兄さん!」

「……やっぱり、亜里沙が言ってたのはお兄さんだったか。お姉ちゃんが一緒にいたわけだし、間違いないとは思ってたけど」

 

雪穂ちゃんがなんだか機嫌悪そうに言う、そんなぷりぷりしないでよ。この子、亜里沙ちゃんっていうのかぁ……さらばエルメスたん(仮称)。

 

「初めまして、絢瀬亜里沙です。雪穂の同級生で、音ノ木坂学院3年生です!」

「亜里沙ちゃんね、よろしく。俺は……そうだな、しがないバイト戦士。今朝方、晴れてバイト勇者にクラスチェンジしたんだよ」

「バイト勇者……さんって言うんですか? ハラショー……」

 

いやいや、バイト戦士もバイト勇者も名前じゃないって。けど呼びたきゃ戦士でもいいし、勇者でもいいよ。うん、俺は病気なんだな。

……亜里沙ちゃん今ハラショーって言ったか? 確かロシア語だろ、うちの近所にもロシア語を使うお姉さんがいるから知ってるんだぜ。

 

と、俺が知識(笑)を披露していると雪穂ちゃんが亜里沙ちゃんに耳打ちをした。と思ったらまた頭突きされた、なんか俺より彼女の頭が心配。

 

「あの、応援してますから!」

「おい何を喋った雪穂ちゃん」

 

お兄さん怒らないから言ってごらんなさい。……あっ、こら待ちなさい! 雪穂ちゃ~ん! お兄さん怖くなーい! ユキホマイフレンド! あぁ麗しの雪穂嬢! 俺の義妹になってくれ!!

 

「っていうか、お兄さんはもう少し自分に向いてる好意に気付けば……近い、近い!!」

「さぁ白状しなさい、絢瀬・エルメェス・亜里沙ちゃんに何を喋ったのかな」

「ミドルネーム!? っていうかお兄さん本当に近いからぁ!」

 

さすがに接近しすぎて雪穂ちゃんの間合いへ飛び込んでしまった、当然俺に襲い掛かるお盆のクリティカルヒット。めっちゃ痛いです。

 

「……そもそも、その反応は何話したのか気付いてるでしょ」

 

「予想と確定は近くて1番遠い何かだよ、覚えておきたまえ」

 

ごめんなさい、すかした態度取った俺が悪かったからもう殴らないで、死ぬ。

亜里沙ちゃんが俺のたんこぶを撫でてくれる、なんだこの子天使か。こうやって世の男どもを虜にしているのか……亜里沙ちゃん女子高通いだったっけか、つまり百合か素晴らしいな。音ノ木坂は花園だったのか。

 

「亜里沙、手が腐っちゃうよ」

「ひどい! もういくらなんでもひどい!! お母さんに言いつけてやる!! もちろん雪穂ちゃんの!」

 

小学生か、しかし思ったより効果はあったようで雪穂ちゃんは目に見えてうろたえた。ははぁ~ん、そうだよなぁお母さん知ってるもんなぁ、俺が穂乃果ちゃんのこと好きだって知ってるもんなぁ。まさかその妹に酷いこと言われまくってますなんて言われたくないよなぁ、そうだよなぁ……ド外道か俺。

 

「さて、冗談はこれくらいで。餡蜜頂きます」

「冗談じゃなかったくせに……どうぞ、召し上がれ!」

 

それから俺は餡蜜を食べてる様を亜里沙ちゃんと雪穂ちゃんに観察され続けた。何か、君たちの生まれた星では男が何かを食べる様ってのはそんなに珍しいことなのか。そんなにジロジロ見られたら食べ辛いじゃないか、やれやれご馳走様おかわりください。

 

「あれ、帰ってなかったの?」

 

ズシャア、俺が机に突っ伏す音。それは、帰れってことですかね……しくしくしく、悲しい。感情を失いそうで悲しい、失ってねーじゃねえかキレそう。

 

「お姉ちゃんのこと待ってたんだもんね?」

「え、ちょっ、待っ……」

 

おのれ雪穂ちゃんめ……どうしてくれる、彼女の目の前で顔真っ赤にして恥ずかしいじゃないか。しかし穂乃果ちゃんは花火大会の会場を回ってるときと違って、いつも通りだった。

そう、いつも通りニコニコしてて誰にでも優しいような笑顔を浮かべていて、さっきまで一緒にいたのは別人だったんじゃないかって錯覚を覚える。

 

「そっか、嬉しいな……ご氏名ありがとうございます」

「キャバクラか」

 

思わず突っ込む、それで穂乃果ちゃんと雪穂ちゃんやっぱり姉妹だなって思った。貧乏性が祟って残ってしまった黒蜜を啜る俺、なんだかやけに甘い気がした。

 

 

 

やがていつもとは違って俺がお客さん、穂乃果ちゃんが店員さんとして会計を済ませる。名残惜しくも穂むらを後にし、あれから何時間も停めさせてもらっていた自転車に跨る。

すると再び穂むらの扉が開かれた。気になって振り返ると、そこには穂乃果ちゃんが立っていた。

 

「今日はありがとう! すっごい楽しかったよ」

 

「こちらこそ、たぶん10代で最高の思い出だよ」

 

穂乃果ちゃんはそう言うと、手を後ろに隠して空を見上げた。俺も空を見ると、東京の空だというのにやけに綺麗に星が見えた。

 

「綺麗だね」

 

君の方が綺麗だよ……ふふっ失敬さすがに笑う。でも、穂むらから漏れる光で照らされながら空を仰ぐ穂乃果ちゃんは冗談でもなんでもなく、本当に綺麗だった。

 

「明日、パンの日だよね?」

 

突然そんなことを聞かれた、確かに卵特売日の1日後はパンの日だ。俺が頷くと穂乃果ちゃんは、

 

 

「――会いに行くね」

 

 

満面の笑みで爆弾を落としていった。手を繋いでいたときと同じくらいドキドキして、穂乃果ちゃんの顔を見ることが出来なかった。

だが!! 俺はバイト戦士、来てくださるお客様には最高のおもてなしをさせていただく!

 

「ご来店、お待ちしております」

 

途端に恥ずかしくなって、俺は自転車のペダルを思い切り踏み込んで走り出した。あの再会した日のように舞い上がった俺は自転車をかっ飛ばし、自宅の前にまた大きなタイヤ根を刻み込んだ。

ただいま、我が家。家族はどうやらまだ外出中らしく、俺は自室に閉じこもると窓を開け、扇風機を強でつける。

 

 

 

753:バイト戦士「いない間に伸びすぎw」

 

754:名無し「バイトキター!!」

 

755:名無し「おかえり、首尾はどうだ」

 

本当にいない間に書き込まれまくってるな、みんなして俺と穂乃果ちゃんのデート風景想像してる。穂乃果ちゃんそんな口調じゃねえよ、とか、俺もそんなこと言わねえよとか微笑ましい書き込みばっかりだ。

俺はとにかく今日の出来事を文字に起こし始めた。

 

 

764:バイト戦士「とりあえず手を繋いだった、今日はそれくらいかな」

 

 

 

 

 

 

 




これにて夏祭りデート編完結! 明日から日常です。

感想評価ありがとうございます、いつも読んではやる気もらってます。
返事はだいたい更新した直後辺りか直前になってますが、頂いた時点で目は通しております。

重ねてありがとうございます。


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