バイト戦士なんだが、バイトしてたら初恋の子に会った。   作:入江末吉

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バイトが休みだから、初恋の子に会いに行った。その2

 

 電車に乗って、上野駅を目指す。さすがにこの時間からの移動はみんな考えることらしくて、ちょっと電車の中は混んでいた。席は当然埋まってるし、立っている乗客間の密度がすごい。必然的に密着しちゃうんだけど、すげぇ良い匂い。

 

「穂乃果ちゃん、大丈夫? 移動する?」

「ううん、ここでいいよ。ちょっとでも動いたら他の人に悪いしね」

 

 なんてお優しい……でも、浴衣ともなると立ちっぱなしはきつくない? って思って下を見たらク○ックス穿いてた、浴衣とのミスマッチ感すげぇけど長く歩くだろうし下駄よりはいいのかもしれないな。

 うーん、どこ探してもやっぱり空きの席は見つからないし……ここから隣に移動するにも人が混みすぎて下手に動けない……なら。

 

「よし、俺が椅子になるよ」

「え、なに?」

「ごめん、なんでもない」

 

 さすがにこの状況でお馬さん根性はまずいよ、公共の場で四つん這いになって椅子になってる男とか惨め過ぎる。でも穂乃果ちゃんが座るなら全然有りかな、うんやばいねこいつ。

 せめて寄りかかれるところ、ドア付近とか……次の駅で降りる人、そんな見込めないだろうけど準備はしておくか。

 

 そして吊り革に掴まりながら揺られること数分、電車の速度はゆっくりになりやがてピタッと停まる。反対側の出口が開き、社会人風の男たちがゾロゾロと出て行く。思ったより人が動いたな、よし。

 

「穂乃果ちゃん、人が入ってくる前に移動しよう」

「そうだね」

 

 人が移動するのに合わせて波に乗りながら、出口付近で立ち止まる。だけど本当に思ったより人の波が移動するから、押されて電車から下ろされそうになる。危ない危ない。

 

「わっ、わわっ!」

 

 しかしどうやら穂乃果ちゃんが電車から流されてしまった。電車から降りた人はある程度分散するから、穂乃果ちゃんもすぐ戻ってこれるようにはなった。なったんだけど……

 電車のドアが閉まる前の警告音、みたいなのが流れ出す。そしてドアが遠慮がちに動き始める。俺は何とか隙間から外へと抜け出した。慌てて抜け出したから、シャツが挟まれたけどなんとか引き抜けた、危ねえ。

 

「電車、行っちゃったね」

「そうだね、まぁ数分すればまた来るからさ……気にすることないよ」

 

 ……っていうか、電車を降りたリーマンの皆様ドサクサにまぎれて穂乃果ちゃんにセクハラしてないだろうな。もししてたらひどい目に遭うぞ、俺が。

 そうだった、俺は一応お父さんやお母さんや雪穂ちゃんから穂乃果ちゃんを任されているんだし、浮かれてる場合じゃないよな……よし、気合入れるぞ。ファイトだよ俺。

 

「あ、ごめん電話だ……もしもし」

 

 そのとき、ポケットのスマホが振動したので穂乃果ちゃんに断りを入れて通話ボタンを押す。やれやれ、誰だこんな大事なときに……

 

『あ、繋がった。お兄さん今どこ?』

 

 雪穂ちゃんだった。いったいどうしたんだろう、もしかして今から合流するのかな?

 

「今、秋葉。ちょっと手違いっていうか、運悪く電車を降りざるを得なくなって」

『そうなんだ、まぁ電話したのはちょっと釘を刺しとこうと思って。いくら祭りの日だからってあんまり非常識なことはしないでね』

 

 しねーよできねーよ、出来てたら19年生きてて童貞やってないわ。ちくしょう、目頭が熱くなりやがる……涙が止まらないぞぅ。

 

「やるなら段階踏めって言うんでしょ? 分かってるって」

『本当にね、お姉ちゃん泣かせるとお父さん怖いよ?』

 

 たぶん雪穂ちゃん泣かせても俺の命は無いだろう、肝に銘じておきます。まぁ、うん……さすがの俺もそこまでがっついたりしないよ、というかそう見られてるのかな。

 チラ、と電話中に横目で穂乃果ちゃんを眺めてみる。なんだかいつもの調子じゃないっていうか、あの頃の面影が今日だけは見えなかった。とにかく大人しくて、髪型もいつもと違うせいで似た顔の別人に思えた。

 

『それと、オシャレした女の子はちゃんと褒めたり、感想言ってあげないと男失格だからね。いくら思ってても言葉にしないと伝わらないことってあるんだから』

 

 年下に恋愛のイロハを叩き込まれる俺、いかに恋愛素人かが窺えますね~……泣きそう。でも確かに、浴衣の穂乃果ちゃんを見て俺は確かに何も言ってない。見惚れたり、勝手にはしゃいだり……ったく、何やってんだ。

 

 俺は雪穂ちゃんとの通話を切ると、スマホをしまう。そして午前中の電話のときのプレッシャー再来、穂乃果ちゃんのところへ戻るための脚が重い。いや、ここでへこたれるもんか。そうだ、俺はバイト戦士。どんなお客さんからも、決して逃げたことの無い男だ。

 そんな俺が、女の子から逃げるなど!! ……本音を言えば、逃げ出したい。それとなーく今日を楽しみたい。でも、ある種マナーみたいなものだし―――

 

「あ、あのあの、あのさ、あのっ」

 

 壊れたラジオみたいになってしまった、穂乃果ちゃんは振り返ると首を傾げる。なまら可愛いな、ほんま可愛いな。

 

「その、言うのが遅れたっていうか……ちょっと申し訳ないっていうか、その……浴衣、にあ、似合って、る……」

 

 顔が熱い、たぶん真っ赤だ。言われる側より言う側の方が恥ずかしいんじゃなかろうかこれ。対して穂乃果ちゃんはクラッチバッグで顔を隠しながらこちらを窺っていた。

 マジで今日は様子がおかしいぞ、穂乃果ちゃん。なんとかしないとな……

 

「あ、ありがとう……男の子に褒められるの、初めてだから結構照れるね」

「そうなんだ……」

 

 可愛い! 可愛い!! なんだこの生き物は、俺を確実に萌え殺せる戦略兵器じゃないのか、ってくらい可愛い。頬を真っ赤にしてパタパタと手で仰ぐ穂乃果ちゃん。

 

「あ、暑いね今日……タオル持ってきててよかった」

 

 そう言ってクラッチバッグからハンドタオルを取り出した穂乃果ちゃんは顔や首周り、そして鎖骨付近を丁寧に拭き始めた。そのときだけ、俺の目は充血するかってレベルで強く見開かれていたかもしれない。

 鎖骨、鎖骨、穂乃果ちゃんの鎖骨……やばい、ちょっと……っふふ、やばい鼻血出そう。顔が緩みますぞ、いかんいかん。

 

 無心。そう意識しなければ、自己主張の強いやつが暴れだしそうだった。意識している時点で無心ではないのだが、そんなこと気にしてられないくらい色っぽい鎖骨。

 そうだよなぁ、浴衣の舌には下着なんかつけないもんなぁ……俺の集中は3秒も持たないのか。

 

「あ、電車来たよ! じゃあ行こ」

「う、うん」

 

 穂乃果ちゃんが入り口の横に立つ。俺はもちろん彼女の後ろをキープする。なぜかって? 不埒な輩から彼女を守るためさ、俺が1番不埒くさいのはこの際置いといてだ。

 電車の扉からまたしてもいっせいに人が降りていく。流れが止まったら、今度は入っていく。1番前の穂乃果ちゃん、その次俺と続いていき、またしても電車の中はいっぱいになってしまう。

 

「座っていいよ、俺は立ち慣れてるからさ」

「ありがとう、そうするね」

 

 空いている席が1つしか残ってなかったので、俺は穂乃果ちゃんを座らせた。慣れない浴衣で疲れるだろうから、今ぐらいは座っててもいい。帰りで俺が寝る可能性? むしろ穂乃果ちゃんの寝顔を拝むために死ぬ気で起きてるね。

 しかし、また混んだなぁ……吊り革も少し湿っている、前の人の手汗か……嫌だなこれ。ズボンで手汗を拭おうとしたとき、大きく電車が揺れた。

 

「おっと……あっぶねー」

 

「あっ……」

 

 目の前に、穂乃果ちゃんの顔があった。瞳の奥には、俺がいた。目が合うなんてもんじゃない、ド至近距離で見詰め合っていた。バランスを崩した際に、思わず穂乃果ちゃんの後ろの窓に手をついていたみたいだった……ってぇ!?

 

「ごめん、びっくりした!」

「ほ、穂乃果もびっくりしたぁ……あはは」

 

 ぶわぁっと全身から湧き出す汗、慌ててズボンで手を拭うと吊り革に掴まった。その際後ろの人にぶつかったがそれどころじゃなかった。すみません、慌てていたもので。

 穂乃果ちゃんはというと、苦笑いを浮かべていた。にしても危なかった、意識してなかったけど穂乃果ちゃんの顔がほんの数cm先にあった。もしあれがもっと強い揺れだったら、俺に命は無かっただろうなぁ。主にお父さんに脊髄引っこ抜きの刑で。

 

 ふぁ~、顔が熱い! パタパタ、と俺も顔を必死こいて仰いでいるときだ。車内のクーラーがこっちに向いた瞬間、俺の鼻になんだか大人の臭いが寄ってきた。間違いなく、酒の臭いだ。

 未成年からは嫌悪の対象でしかない酒の臭い、その元を突き止めることは容易だった。明らかに赤い顔でフラフラしている中年のおじさんがいた。吊り革に掴まっているのがやっとというほど泥酔している。

 

「穂乃果ちゃんちょっと」

「え、えっ? どうしたの?」

「別に、ただ君みたいに可愛いのはちょっかい出されれやすいから……」

 

 俺は穂乃果ちゃんに立ってもらうと、そのおじさんと穂乃果ちゃんの間に割って入る。俺の身体がもう少し大きければよかったんだけど、そうもいかないから。

 そう思って振り返ったときだった。そのおじさんの姿はなくなっていた。嘘でしょ、怪奇現象……?

 

 と思ったらちゃんといた、けど……やっぱり俺の思った通りだった。音ノ木坂学院の制服を着た女の子にちょっかいを出していた。やれやれ、見てなければ見送ったのに……

 

「ここにいて」

 

 穂乃果ちゃんにそう言って俺は人混みを縫って進む。ようやく出口周辺の広いところに出ると、おじさんは女子高生相手に少し近づきすぎなくらいべったりしていた。女子生徒も、露骨に嫌がってるわけじゃないからおじさんも気を良くしている。放っておいても問題なさそうに見えるけど、おじさんの目がさっきからスカートにしか向かってないから見放せない。

 しかし、踏み切れないなぁ……あの子がせめて嫌がってる仕草でもしてくれれば間割ってけるんだけど……どうやら優しすぎるらしい。

 

 そのときだ、ついにおじさんはフラついた振りをしてスカートに手を伸ばし、思い切り上へ捲り上げた。白だ!!! 違うそうじゃねえ!

 

「ストップ! おじさん、さすがにやりすぎ」

「あぁんどうした兄ちゃん!! おっ、なんだよ離せよ! 離せってのおら!!」

 

 俺がおじさんの腕に掴みかかる、もちろんできるだけやんわりと。だけどおじさんは男に絡まれたのが不愉快なのか、俺の手を振り払った。しかし俺の拘束が緩かったせいで、女子生徒の顔におじさんの手が当たってしまった。

 女の子の顔に不可抗力とはいえ、乱暴するなど許せん……!!

 

「俺が怒らないうちに隣の車両に移った方がいいですよ」

「なんだと!? てめぇ俺を脅そうってのか!」

「少なくともあと数分で駅に着きますよね、駅員さんに通報することも出来るんです。悪いことは言わないからさっさとどっか行け」

 

 少しだけ怒気を含ませた声が効いたのか、おじさんは人にぶつかりながらも隣の車両へ移動した。しまった、てっきり隣の車両って言っちゃったけど……隣の車両でまたやらかしたりしないよな。

 とにかく、今はさっきの子に怪我がないか確かめないと……

 

「君、大丈夫? 顔に手が当たってたよね」

 

 そう聞くと、女子生徒はこくりと頷いた。だけど、どうやら目に当たったりはしてないみたいでおでこの部分に当たったみたいだ。これなら目立たないし、痣にもならないだろう。

 

「あの、ありがとうございました!」

 

 突然、頭を下げられてしまった。感謝されることでもない気がするけど……周囲もなにニヤニヤしながらこちらを見ていやがるのでしょうか。俺は慌てて手を振った。

 

「いやいや、なんていうかあのおじさんもやりすぎだなって思ったから……」

 

 どうしてもお礼がしたいとか言われないよな? 俺は君が見せてくれた白いあれだけで十分だから、気にしないでおくれよ。思ったけど俺キモイね。

 

「大丈夫? 何かあったの?」

「あ、穂乃果ちゃ―――」

「穂乃果さん!」

 

 そのときだった、同じように人の間を縫って穂乃果ちゃんがやってきた。瞬間、周りの温度が少し高くなって男性陣から向けられる視線に棘々しさが見えるようになった。気持ちはわかる、だが落ち着いてほしい。俺は片思いなんだ。あなた方が思ってるような関係じゃないんだ、悲しいことにね!!!

 

「どうしたの?」

「花火大会に行く予定なんです、雪穂ともそこで集合って」

 

 雪穂? ってことは、この子が雪穂ちゃんの友達? 可愛いなぁ、小動物みたい。っていうか今気付いたけど、彼女すごい綺麗なプラチナだ……地毛かなぁ? でも結構日本語流暢だけど、こっち長いのかな?

 とりあえず彼女の名前が分からないし……そうだな、境遇的にエルメスたんと呼ばせてもらおう。

 

 穂乃果ちゃんとエルメスたんが話している、俺は混ざれない。よくあるよね、2人でいるときに相方が旧友に会うと疎外感を感じるあれ。うん、寂しくなんかねーやい。

 ……嘘です、寂しいから構ってください。

 

 しかし俺の思いも空しく、結局エルメスたんは電車を降りるとそのまま走って行ってしまった。名前すら聞けなかった、どうやら俺は予想以上に女子相手にヘタレるようだった。

 

「とにかく、着いたし行こうか」

「うん、何食べよっかなぁ~」

 

 さっそく食い物っすか、色気より食い気。でも十分色っぽいっていうね、隣を歩いてるだけでくらくらする。それくらいの色気が穂乃果ちゃんにはあった。

 駅のホームを出ると、ぞろぞろと浴衣を着た女の子たちが1つの方向目指して歩いていた。中にはカップルみたいな人たちもちらほらいた。心底羨ましい、俺だって勇気があれば穂乃果ちゃんとなぁ……

 

 なんて思っていると、だいたいのカップルがしていた。していたってのは、手を繋いでいた。

 俺は横目で隣を歩く穂乃果ちゃんに視線を送ると、どうやら花火に出店が楽しみみたいで少し高ぶってるみたいだった。

 

 いける、かな……

 

「あの、あのさ……穂乃果ちゃん」

「なに?」

 

「俺ぇ~……その~、この辺あんまり来たことなくってさ。はぐれたらたぶん、探しに行けない

から……手、手を繋ごう」

 

「……うん、いいよ。それじゃ、手を繋ごう!」

 

 穂乃果ちゃんが、俺の左手を取る。その瞬間、鳥肌と一緒に炭酸の泡みたいな興奮が全身を駆け巡った。どうしよう、手汗拭ってねぇ……!

 めっちゃドキドキする、これが恋か……予想以上に甘酸っぱいなふふふ、キモチワルイな俺。

 

「暖かいね」

「むしろ暑いくらいかな」

 

 心臓が早鐘を打つ、弱すぎず強すぎないくらいに穂乃果ちゃんの手を握ってみると同じくらいの力で握り返されて、速すぎる鼓動が1周回って心臓が止まりそうだった。

 

「じゃあ、改めて出発!」

 

 浴衣集団を追いかけるように、俺たちは歩き出す。花火も出店も関係ない、とりあえず……

 

 今が最高だなって本気で思った。

 

 




エルメスたん、古いですかね。というか俺の年齢がバレそう。
ちなみに今作のエルメスたん、誰かは分かりますよね。ハラショー妹です。

たぶん数日後に主人公宅にKKE印のペアカップが届くんじゃないでしょうか(適当)

感想評価ありがとうございます、いつも嬉しいです。

それと、なんだか切りが良い気がしますが続き書きましょうか悩みますね。
このままでも良いような気がしますが。


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