バイト戦士なんだが、バイトしてたら初恋の子に会った。   作:入江末吉

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卵特売日(台風並大雨)だけど初恋の子に会った。

 雪穂ちゃんに俺の気持ちがバレてから早2週間、それ以前に気付かれているのなら穂乃果ちゃんと再会した日からほぼ1ヶ月。

 あれから何かあれ2人はうちのスーパーへ買い物へ来るようになったし、卵の日は姉妹で、パンの日は嬉しいことに穂乃果ちゃんだけだが来てくれる。恐らく雪穂ちゃんが気を使ってくれているのだと信じよう。

 

 そして、やってきた卵特売日。天気は生憎の雨、それどころか傘を差せばぶっ壊れるレベルで風も強い。俺は自転車を諦め、ハンドタオル2つとバスタオルを念のため持ってきていた。

 今日は来ないかもなー、なんて思いながら休憩室で髪の毛を拭いて服や鞄をバスタオルで拭いてからハンガーに掛けた。緊急時以外のスタッフのスマホ使用は禁じられているので、ロッカーにスマホを放り込んできた。

 

「じゃあ、今日は11レジよろしくね」

「また1番後ろっすか」

「その代わり、今日は早上がりにしてあげるから」

「マジっすか、素直に喜べないけどやったぜ」

 

 俺は主任に言われた通り、始めから無人だった11レジにログインすると停止板を取っ払う。さて……今日は卵の日だけど、雨の日は基本的にお客さんの入りが悪い。加えて1番後ろのレジ、今日は暇かなぁ。

 ……なんて思ってたのは最初だけ、今日も俺を襲うのは歴戦の主婦共ならびにそのご家族。貴様らそこまでして卵が欲しいか……あっいえなんでもないです、お預かりしまーす。

 雨の効果で人が減ってるかと思えば、そんなことはなかった。おかしい、今日は客の入りが普段の雨の卵特売日を確実に上回っていた。

 

「なんか卵の他に安いもんあったかなぁ……」

 

 思い出そうとするが、今日は昼間仕事前になるまでずっと寝てたせいで遅刻ギリギリ。従ってチラシ見てません、てへりん。

 1人でアホくさいことやってると、いつものように籠から溢れ出し掛けているにも関わらず積み重ねたお客さん一家が現れた。籠は2つ、どうやら下のはカップラーメンのようなデカイ商品がいくつか入っているだけで数は多くないらしい。

 

「いらっしゃいませ、こちらお預かりいたします」

 

 新たに現れたお客さんの籠を預かる。またしても数人組の卵狙い。商品を流す間にチラチラと窺い見ると、髪や服のいたるところから滴が垂れていた。あぁもうレジの前水浸しだよ……大丈夫かこれ。

 

「雨、まだすごいっすか?」

 

 何気無く俺が切り出すも、その親子は首を縦に振った。なるほど、どのくらいすごいのか聞きたかったけど、見ればわかるだろって反応が怖いから、黙っておく。

 卵と野菜、それに加えて袋を出して代金を請求する。お客さんは終始無言のままレジから出て行った。そして、清掃員のお兄さんが横に長いモップを使ってレジの前を一生懸命拭いていく。大変だなぁ……ありがとうございます。

 

 モップで床掃除が終わると、次のお客さんたちがやってきた。またしても数人組で、少し年配のおじさんたちだった。卵はおまけで、今日はむしろ晩御飯のおかずで惣菜を買いに来たって感じだった。

 当然俺は、惣菜に箸をつけるか尋ねないといけない。

 

「お箸、お付けしますか?」

「いらない」

 

 さいですか、でも断り方があるでしょ。いらないなら、結構ですとか大丈夫ですとかさ。いらない、はさすがにちょっと感じ悪い。

 けど、そんなこと説教しようものなら店長や主任が頭下げないといけないわけだし、こんなくだらないことでイチイチ店長に迷惑かけるわけにはいきましぇーん。

 

「あっとうざいやしたー」

 

 ずぶ濡れおじさんたちが去って行く背中を見て、少し嫌な気分になった。まぁ、お客さんからすればレジの店員なんて会計を済ませるパーツか何かだと思ってるんだろうな。

 けど、俺だって人間だし粗雑に扱われるのは辛いし、嫌になったりもする。そんな気分のまま仕事を終えるのだけは、なーんかヤなんだよなぁ。まぁ、雨でジメジメ続いてイライラするってのもわかるけどねぇ。

 

 ……などと、吐き出すにも困る独り言を内に秘めていると、雨合羽を着た1人のおばさんがやってきた。しかし合羽はしっかりと水を払ったのか、滴は少ししか零れていなかった。

 

「あ、いらっしゃいませ」

「ふぅ~……すごい雨だったぁ。あ、お願いしまーす」

 

 おばさんは1人だというのに結構な量を買い込んでいた。しかも合羽を着ているってことは、恐らく歩きか自転車だろうな。傘は風が強いままなら、自転車が妥当か。

 そんな中こんな大荷物を持って帰るってんだから、さすがだよなぁ。しかも、今日の特売品である卵もちゃんと抑えていた。

 

「やっぱり、まだ雨すごいですか?」

「すごいすごい、最初は傘差して歩いて来ようと思ったんだけどね、ビューって風で壊れちゃったから歩いて来たのよ」

「なるほど、じゃあ帰りも濡れて帰るしかないですね~……あ、俺の話です」

 

 そう言うとおばさんは朗らかに笑った。愛想が良くて、俺もちゃんと接客しなきゃって気持ちになる。もちろん、どのお客さん相手もそういう気持ちを持っているけど、こういうお客さんは普段よりもしっかりしようと思ってるんだ。買い物していってくれて、俺の気分までよくしてもらったんだからこっちも何かで返そう。でも店員の俺に出来ることって接し返すことしかないから、その分気合を入れて接客する。

 

「お待たせしましたー、2,046円頂戴いたしまーす」

「はーい、じゃあ5,000円でお願いします」

 

 おばさんにお釣りを返して、俺は精一杯の笑顔で送り出した。ふぅー、仕事したって感じするなぁ……

 みんな、あのおばさんみたいに愛想良くしてくれれば俺たちレジ部も快く仕事が出来るんだけどなぁ。けど、それってどうなんだろう。俺たちがお客さんに愛想良くしていないから、お客さんが返さないのか。

 答えは出ないだろうなぁ、さっきのおじさんたちのような人たちに愛想を良くした所で反応は変わらないだろうし。

 

 平行線辿ってんなー、そう思っているとまたしてもお客さんがやってきた。

 

「おー、兄ちゃん今日も仕事か。昨日も仕事してたろ」

「シフト週4ですからねー、むしろ休みの日が珍しいっていうか」

 

 働き者だなぁ、とおじさん。このおじさんはここへ来れば惣菜、卵はおまけ。そしていくつかのお酒をいつも買っていく。箸をつけるのは暗黙の了解となっている。つまりは常連さんだ。

 よく俺が入っている時間に来るし、何度か話しているうちに俺のいるレジに入る事が多くなっているけど、おじさん曰く偶然らしい。本当かなぁ、偶然にしてはすげー頻度だけど……そういうことにしておこう。

 

「うし、じゃまた来るからよ。そんときも頼むわ」

「ありがとうございましたー、またどうぞー」

 

 おじさんが手を上げて応える、顔は見せない。背中で語る、渋いなぁ。みんなさっきのおばさんやおじさんみたいになってくれればいいのに。

 あぁ、あと……穂乃果ちゃんや雪穂ちゃんとかね。

 

「楽しそうだね」

「まぁね、愛想良くしてもらえると俺も楽しいし頑張れるから……は?」

 

 いけね、つい素の声が出た。それを受けて君を傾げる首、違うくみをかしげるきび、でもなくて首を傾げる君。

 

 

 …………。

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 ………………………………。

 

 

 

 

 

「(きたああああああああああああああああああああああああああ!?)」

 

 なんで、なんで、なんでいるの。今日雨だよ? 雨降ってるときにわざわざ卵買いに来なくてもいいじゃん、濡れるよ風邪引くよ? で、本音は?

 ありがとうございますッッッ!!! 全身全霊で、おもてなしの時間だ!!

 

「雪穂ちゃんは?」

「雪穂のことが気になるの?」

 

 どっちかっていうと君の方が気になる。ただ卵2つなのに人間1人だと片方163円になるからさ。周囲を見渡してもいない……うーん。

 迷った挙句、俺は停止板を立てた。これでこのレジにはお客さん来ないし、他のスタッフで十分対応できるでしょ……うるさい! 俺は穂乃果ちゃんに今日会えた感動に浸ってるんじゃい!

 

「というか……隠れてて見えなかったけど、卵3つあるんだね」

「うん、もう1人来てるんだ。今雪穂と一緒に他の物探しに行ってるけど」

 

 なるほど、雪穂ちゃん以外にもう1人来てるのか。お母さんかな、俺のこと覚えてるかな……考えるのは止そう。

 

「にしても、すごい雨……車で来たのにびしょ濡れだよ」

 

 そう言う穂乃果ちゃんは確かにいつもよりは厚着だった。前よりは長いハーフパンツにオレンジ色のTシャツ、その上から白いパーカーを羽織っていた。パーカーの腕は半袖に出来るタイプで夏場は涼しそうだった。

 

「オシャレだね……」

「え、なになに?」

 

 なんでもないです!! 独り言です!! 見逃してください!! あぁ、でも首を傾げてぽかんとする仕草ほんま可愛いなぁ……くっそ嫁に欲しい、ちょっとやめないか。

 

「それで、愛想良くしてもらえると仕事頑張れるの?」

 

 痛いところ突かれたー……不真面目なやつだって思われたらどうしよう……なんて心配は無用だったらしく、穂乃果ちゃんはなんか「ぺかー」って効果音が聞こえてきそうな眩しい笑みを浮かべてくれた、うおっまぶし!

 

「これでどう?」

「いや、なんか……ありがとうございます」

 

 癒された、はぁーもう穂乃果ちゃん可愛いなぁ。マジで太陽……穂乃果ちゃんマジで俺のお日様。しかし時間というのは残酷だ、どれだけゆっくり商品を流そうといずれ終わりが来てしまうんだ。時間の悪いところは必ず訪れることなんだ。良いことは過ぎ去っていくこと、できれば過ぎ去ってほしくないんですけど。

 

「そういえば、明日花火大会だね~」

「ん? あぁ、隅田川の?」

 

 そうそう、穂乃果ちゃんはそう言って財布を開いた。残念ながらお会計の時間です、穂乃果ちゃんから代金を受け取ると、お釣りを渡す。ちなみに卵代だけど、彼女のことを信用してあと2人いるという前提で会計を済ませた。あんまりこういうことしちゃいけないんだけどな……今はそれよりも。

 

「もしかして、穂乃果ちゃん花火大会行くの?」

「えっ? あ、あぁ~うん……ゆ、雪穂が一緒に行こうって!」

 

 なんだかばつが悪そうに穂乃果ちゃんがどもる。どうしたんだろう、姉妹で花火大会見に行くってそんなにおかしいことかな?

 

「ど、どうせ雨が降って行けないよ、あは、あはは!」

「そうかなぁ、明日は晴れると思うけど」

 

 明日にはさすがに風も雨も止んでるんじゃないかな、っていうかどうしたんだ彼女。様子がおかしいぞ、隠し事……ま、さか……男か!?

 鬱だ、死のう……先を越された……みんなすまねぇ、俺はこれまでだ………

 

「で、でさ……もし良かったら一緒に見に行かない? あ、でも……明日もバイトあるよね」

 

 はぁ~……俺のバカ、俺のバカ、気の利いたこと言えないし空気は読めないし背は低いし…………ん?

 

「ごめん、もう1回言ってもらっていい?」

「え?えっと、明日も仕事あるよね?」

「多分その前」

 

「うぅ……恥ずかしいなぁ……あの、あのね……明日良かったら花火大会行かない? 仕事が入ってるなら、諦めるけど……」

 

 ふむふむ。

 

 なるほどね。

 

 つまりは、明日仕事無かったら花火大会に行きませんかとそういうことか。

 

 そうかそうか、ん?

 

 

 

 

 

 ん?

 

 

 

 

 

「(まっ、マジかぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!?)」

 

 信じらんない、どっかに雪穂ちゃんが隠れて俺の様子観察してんじゃないの? え、これドッキリじゃないの? 穂乃果ちゃんパーカーのフード被って押し黙っちゃうし……え、これマジなの?

 他所のレジの喧騒がガラスの向こう側のようなフィルターがかかって、音がぼやける。

 

「そ、それ、それって、いわ、いわゆるで、デデデ、デートってやつじゃないのか……?」

 

 どうする俺……確かに、明日シフト入ってないぞ。奇跡的になんのシフトも入ってないはずだぞ!! どうする、どうすんのよ俺!

 湧き上がっていた、羽が生えて俺の心有頂天で雲の上。だから、今自分が呟いてるなんて露ほども思ってなくて。

 

 フードを被ったまま俯いたままの穂乃果ちゃん、微かに見える首の部分まで真っ赤に見えた。

 対して俺、大口開けたまま固まっている。2人して微動だにしなかったが……俺は全神経の放つGoサインに背中を押されて、ついに―――

 

「お、俺なんかでよかったらぜ――――」

 

 ひ、と言おうとしたその時。停止板を無視して籠が置かれた。俺はちょっと俺以上に空気を読めていない闖入にさすがに文句の1つも言いたくなって―――戦意を喪失した。

 そこには、強面の作務衣を纏った男が立っており、その後ろからは雪穂ちゃんが顔を覗かせて舌を出して苦笑していた、悪戯? じゃなくて……

 

「か、会計お願いします」

「は、はい……ただいま」

 

 雪穂ちゃんに促されるまま、やってきた籠から商品を取り出して隣の籠へ移す。その際、チラッと一瞬だけ男の人の顔を窺う。

 憤怒か威圧なのか分からないほどの迫力に思わず変な声を上げそうだった。その目には「うちの娘に何か?」という意思が込められてる気がした。「うちの娘"が"何か」じゃないところがポイント。

 

「お、お待たせしましたー」

 

 愛想よく、愛想よく、いいか少しでも笑みを崩してみろ殺されると思え。俺はそーっと、目上の人間に献上するように籠を運んだ。会計をささっと済ませると、その男は穂乃果ちゃんと一緒に作荷台で荷物を纏め始めた。

 

「ゆゆゆ、雪穂ちゃんあれ誰!」

「お父さんだよ、お姉ちゃんたちの空気がただならぬ様子だったから思わず飛び込んじゃったんだね」

 

 マジかよお義父さん、あっまだ早いっての。旦那、旦那? 小物かよ俺は、小物か。

 

「でも、明日の花火大会……まさかお姉ちゃんから誘われて来ないなんてことは……」

「い、行きたいさ。でもシフト入ってないか、確実に分かってるわけじゃないし……」

 

 穂乃果ちゃんと対の黒いパーカーを身に付けている雪穂ちゃんは嘆息するとフードを被って不意に俺の耳元で不思議な数字の列を唱え始めた。俺は爪で腿をなぞりながら記憶する。

 11桁の数字の文字列、最初の3文字のおかげですぐ分かった。電話番号だ。

 

「明日の朝くらいには連絡してよね、私の気遣いを無駄にしないでほしいなぁ」

 

 ニヤニヤと俺の胸を小突く雪穂ちゃん、俺は雪穂ちゃんよりも父親の隣で袋に荷物を詰めていく彼女の横顔が気になった。

 朱に染まった頬と、心なしか緩んでいるように見える口元。俺が好きな、穂乃果ちゃんのレアな横顔。

 

 正直これだけでも十分な気はするのだ、だけどさっきだって言いかけた。きっと大丈夫だ、他の誰かにチャンスを譲るようなことはしたくない。

 

 ―――じゃあ、やってやろうじゃん。花火大会デート作戦じゃああああああああッッ!!

 

「じゃあね、お兄さん。()()()()♪」

 

 悪戯っぽく笑いながら雪穂ちゃんが去って行く。急いで次のお客さんを捌くも、俺の脳裏にはさっきの穂乃果ちゃんの姿や雪穂ちゃんの言葉だけが浮かんでいた。

 そうだよ、なにはともあれ男が女とイベントに出歩くのだ。これは誰がなんと言おうと立派なデートだそうだそうだ、そういうことにしてくれ。

 

 でも、まさかお父さんまで来ないよな……? もしそうなら、明日は戦争になりそうだな……

 

 

 




さっそく色つき評価になってお気に入り登録が増えたので、ある意味夏の記念回です。
たぶん明日明後日につながります。


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