バイト戦士なんだが、バイトしてたら初恋の子に会った。   作:入江末吉

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俺が仕事休みの日がこの小説の更新公休日です。


卵特売日じゃないんだが、また初恋の子に会った その2

 

「いらっしゃいませー」

 

卵特売日を前日に控えた今日、俺はまたしてもバイトに勤しんでいた。幸い、明日は仕事があったので今日をどうにか生き残ろうと思う。

さー、頑張ろう。そう思った俺の目の前に飛び込んできたのは、チラシ。今週の特売品が写っている。えーなになに…………俺は今日を乗り切ると穂乃果ちゃんに誓ったのだ、今更退けるか。

 

チラシには超絶ヘビーなペットボトルや野菜の特売だった。中でも、もやし1袋5円は安い。大特価じゃないか、出来れば今日は客で来たかったぞこんちくしょう。

仕方ない、俺がお前らの会計してやんよってことでやってまいりました、青果コーナーに1番近い1番後ろのレジ。あんなこと言っておいてなんだけど、このレジはあんまりじゃないですか主任。

 

そのことを主任に話してみると、

 

「最近、君ずいぶん流すの速くなったからね。荷物の少ないお客さんが来たら速めに流して他のレジのお客さん引き寄せちゃってよ」

「つれーっす、それ本当つれーっす。明日なら喜んでやったのに」

「そういうことだから、まぁ頑張って」

 

くっそー主任め、俺のエンジンは穂乃果ちゃんがいないと火がつかないの! 明日に向けて燃料でも溜めとこうと思ったのに、明日ガス欠になったら恨むぞー。

とか言いながら待ってるが、よくよく考えれば青果コーナーは入り口付近で1番近いところでここから入って野菜だけ取っていく人って結構少ないから、1番楽なレジなのかもしれない。

 

「お願いしまーす」

「はーい、お預かりしまーす」

 

そしてやってくる、もやしの大群。籠から溢れるくらいもやしを持ってくる、もやしとは程遠い体格のおばさん。どうしたんだろう、1人暮らし始め立ての大学生でもこんなにもやし買っていかないのに……

もやしの袋を延々と隣の籠に移していく作業。俺は最初こそもやし1個の値段とそれを何点通したか読み上げていたが自然と言葉が止んでいた。今の俺はただもやしをスキャンするだけのマシーンだ。

 

……しまった、マシーンのままお金を請求してしまった。お客さんが戸惑っていらっしゃる、気にしないでくださいとは言えなかったのでとりあえず袋をつけておいたから大丈夫だ。うん、何が大丈夫なんだろう。

 

「あっとうざいやしたー」

 

おかしい、今のお客さん1人目だぞ……!? なんでこんな疲れる……! もしかして、寝不足が原因か? あくびが、あくびが止まらんぞ……!

 

「室畑くん、1番!」

「いってらっしゃいー」

 

とりあえずトイレで顔を洗ってひたすら頬を抓って、誰もいないのを確認して気合を入れるぞ!

 

「っしゃあ! 俺は今日1日頑張るって決めたぞ!!」

 

鏡の向こうの俺にひたすら頑張れ、とエールを送り続けること早2分。そのときトイレの扉が開いた気がしたが、俺の喉は既に新たな言葉の発射シークエンスを完了させていた。

 

「ファイトだよ、俺!」

 

直後、固まる空気。知っているか、空気って固体になれるんだぜ。それなんてドライアイス。しかもそれ空気じゃねーし。

 

「……頑張ってね」

 

清掃員のおばちゃん……! 応援ありがとう! ただその生暖かい視線はなんだッッ!!

そのまま清掃員のおばちゃんは部屋を間違えたと言わんばかりにUターンしていった、恥ずかしいところを見られた、くっそ恥ずかしい。顔を元に戻すためにもう1度顔を洗おう。

 

「タオル持ってくんの忘れたー」

 

数分後、そこには畳んだトイレットペーパーをハンカチのようにして顔中拭きまくる俺の姿が。ちょっと予想以上に時間使ったがあの強風自然乾燥機を顔に向かって使うわけにもいかなかったんだよ。

 

「ただいま戻りましたー」

「おかえりなすー」

 

室畑くん……俺がいない間にもやしとお茶に襲われたんだな、まだ1時間経っていないのに枯れかけていた。ファイトだよ室畑くん。

 

「いらっしゃいませー」

「こんにちは」

「やっほー」

 

…………。

 

 

 

…………総員、第一種戦闘配置ィィィィィ!! 高坂穂乃果嬢が妹君の雪穂嬢を連れてご来店なさったぞ!! 全身全霊、全力でもてなせ!! 猿ども、今こそ日本のおもてなしの心を見せろ!!

 

「いらっしゃいませェェェ!!」

「うわっ、びっくりした」

 

ごめんよ、雪穂ちゃんごめんよ。お兄さんちょっと舞い上がってるんだ、気にしないでくれ。

 

「……さて、き、ききき、今日はどんなご用でしょうか」

「もちろん、買い物だよ……って、あれ?」

 

穂乃果ちゃんは籠を置くと、俺の顔を覗き込んできた。ブルーの瞳がどんどん近づいてくる、彼女との距離が縮まるとその分俺の鼻の下が伸びる、すごい良い匂い。じゃなくって、

 

「な、なに?」

「なんかついてるよ、ほら」

 

そう言って、ひょいっと俺の頬に触ってくる穂乃果ちゃん。指先が触れたところに穴が開いてそこから幸せが溢れ出すんじゃないかってくらい感触が残っていた。

そして彼女の指先にあったのは、なんかの切れ端だった。見てみると、それは千切れたトイレットペーパーだった。それを認識した途端、たぶん俺の顔色が反転した。そして溢れてきたのは幸せではなく、汗。

どうしよう、どうしよう……まさかトイレットペーパーで顔を拭きましたなんて言えるかよ……そりゃトイレットペーパーも立派なティッシュの仲間だけど、物が物だからちょっとデリケートな女の子に対して出すものじゃないよなぁぁぁぁぁ………

 

「お、お姉ちゃん……きっと、ティッシュかなにかだよ」

「あー、本当だ。言われてみればティッシュだね」

 

雪穂ちゃんマジ天使、穂乃果ちゃんの次くらいに好きになりそう。どうやら俺の顔色の変化でも見て、だいたい話を察したらしい。なんだこの超人、本当に穂乃果ちゃんの妹かよ……ってこれは失礼か、穂乃果ちゃんは女神であります。

 

「今日は、私の買い物にお姉ちゃんが付き合ってくれたんです」

「えっへん」

 

えっへんって……えっへんて、君ね…………可愛すぎるだろぉぉぉぉぉ!! ちくしょう、あと俺を何人殺せば気が済むんだ!! いくらでも殺るがいいさ、俺は幸せだぞ!!

 

「でも、お姉ちゃんの方が荷物多いよね」

「えへへ、ちょっと買いすぎちゃった」

 

可愛い、もうそれしか言ってない。とにかく、あまり長話してると列が出来るしな。本当は、本音で言っちゃうと『すま穂+雪』なんだけど客商売でお客さんに塩撒くわけにはいかないし? 決して『すま穂』は塩対応ではありません、決して。お客様いつもご来店ありがとうございます、当レジは残念ながら高坂姉妹専用レジとなっておりますのでどうか他のレジをお使いくださいませあっち行け。

 

「じゃあ、お会計は別?」

「ううん、私が全部払うからいいよ」

「そんな、悪いよ~」

 

穂乃果ちゃんはなんと自分で財布を取り出す。雪穂ちゃんが何か言おうとしたけど、どうやら姉として顔を立てたいらしい穂乃果ちゃんを尊重して、財布をしまった。が、ハッと思い出したように顔を持ち上げると自分の籠を置いていきなりどこかへ走って行った。俺と穂乃果ちゃんは顔を見合わせて首を傾げた。

 

「じゃあ、えっとこのまま会計済ませちゃうね」

「お願いしまーす」

 

そういえば、すっかり対応がクラスメイトみたいになってる気がする。もし音ノ木坂が共学校だったなら、もし彼女と同じクラスだったら毎日こんな感じだったのかな。

まぁ今更たられば話をしたってしょうがない、俺は小計ボタンを押して穂乃果ちゃんに請求する。穂乃果ちゃんも前とは違い、満足気にお札を取り出した。

 

「はい、これお釣りね。レシートは?」

「もらうー、ありがとー」

 

わざわざ会話時間を延ばすべく、わざわざ商品を袋に入れていると穂乃果ちゃんとの世間話が始まる。

 

「最近、忙しい?」

「うん、お店は最近ずっと忙しいよ」

「そうなんだ、近いうちお饅頭でも買いに行こうかな……久しぶりに」

 

ぜひ、そういう笑みを浮かべる穂乃果ちゃん。俺は全ての商品を入れ終わったので、それを穂乃果ちゃんへ渡す。作荷台に荷物を置いて穂乃果ちゃんは雪穂ちゃんを待っていた。

どういうわけか、お客さんがまったく俺のレジに来ないので出来れば穂乃果ちゃんとお話したかったんだけど、さすがに作荷台まで赴いてまで話してると怒られかねないから断念。

 

と、そのとき。

 

「これ、追加でお願いします!」

「はい?」

 

雪穂ちゃんが戻ってきた、と思えば新しく持ってきた籠の中にはパン(クリーム系からピザ系までたくさん)が入っていた。しかもこれは近くのパン屋から卸しているものだった、結構人気で"パンの日"はよく売れる……そうか、今日卵特売日の前ってことはパンの日か。

 

「お姉ちゃんと、分けて食べようかなって思ったので」

「え、穂乃果ちゃんパン好きなの?」

「はい、あんパン以外ですけど……お兄さん、お姉ちゃんのこと好きですよね?」

 

そのとき、俺に衝撃が走るッッ!! なぜ、なぜバレたし!! と、思ったがよくよく考えれば穂乃果ちゃんと雪穂ちゃんの目の前で俺がやったことを思い出そう。

 

その1、穂乃果ちゃんが俺を忘れていたと知ったとき、俺は卵を落とした。10個の卵は全部おじゃん、鶏さんごめんなさい。

その2、これはついさっきだが、トイレットペーパーを発見され羞恥と恐怖で顔がキ○イダー状態だった。

 

しっかりものの彼女のことだし、ここまで明らかなボロを出したらそりゃバレるよなぁ……俺、いくらなんでも分かりやすいリアクションしすぎだろ。

そして、雪穂ちゃんは穂乃果ちゃんがそっぽ向いている間に俺にこっそり耳打ちした。

 

「お姉ちゃん、今フリーで絶賛彼氏募集中ですから。頑張ってくださいね、お兄さん……♪」

 

その内容は俺の頭を、金属バットで思い切りぶん殴る以上の衝撃が襲った。いや、金属バットで思い切り殴られたことないけど。それでも、さっきと同じかそれ以上の衝撃だった。

頭が上がらないよ雪穂ちゃん。いや、雪穂姐さんと呼ばせてくだせぇ……姐さん、あんた最高だぜ。義兄になりたい相手を姐と慕う男がいると聞いて。うん、キモチワルイ。キモいじゃなくてキモチワルイ、これ大事。

 

 

雪穂ちゃんはそのまま会計を済ませて、ニヤニヤしながら穂乃果ちゃんの元へと戻っていった。ある意味、すごい協力者が出来たと言っても過言じゃないんじゃなかろうか。

そうだよ、穂乃果ちゃんフリーだって。しかもパンが好きとか好物の情報まで入ったぞ、これで穂乃果ちゃんが卵特売日以外にパンの日にも来てくれる可能性が高くなったわけだし……結論、雪穂ちゃん最高。

 

「何話してたの?」

「別に~、お姉ちゃんは鈍いって話をね」

 

おい、バラすなよ!? バラすなよ!? フリじゃないからね!? そんな視線で彼女を睨むが、雪穂ちゃんはこっちを一瞥すると含みのある笑みを浮かべると、何も無かったように穂乃果ちゃんを追いかけた。

強力な味方、なのか? 本当に、なんか不安になってきたぜ……

 

「こいつぁ……一筋縄じゃいかねえ気がしてきやがった……恋ってのはわかんねえもんだぜ」

 

へへへ、俺仕事中だってのにドキドキしてきたぞ。こんな状況だってのに、俺もやししか持ってねぇぜ……!

……ん? もやし?

 

見るとそこには、早く会計しろと言わんばかりにこちらに向かって攻撃的なオーラをぶつけているお客様の数々。なんだ、お客様か。すま穂の魔法を食らえ!!

……どうやら、効果が無いらしい。お客様Aの反撃! もやしまみれの籠! 俺に精神的なダメージ!

 

「む、室畑くんヘルプ!」

 

俺は助けを求めた! しかし室畑は力尽きていた、彼はどうやらもやしスキャンマシーンになることで疲労から逃げていた。

 

「誰か、穂乃果ちゃん助けてぇぇぇ………」

 

5円のもやしが圧倒的物量で俺を襲う。それこそどっからこんなに仕入れたって数のもやしがやってくる。さらにお茶の段ボールやペットボトルの援護射撃。

そして数時間後。修行のような時間を乗り越え、なんとかその日のバイトを終えることが出来た俺。

 

「うん、なんとか無事致命傷で済んだぜ」

 

やっぱりダメだったよ、主婦のおばちゃんには勝てねえ。

タイムセールと特売の品にはみんなも気をつけよう。いつの時代もセールの時間を生き残れるのは歴戦の主婦だけだから。

ただ、その食卓のために犠牲になった人や店員がいることを、たまにでいいから思い出してくださいね。

 

 

え、無理? あっはい。

 

 

 




2日家を開けただけで、バイト戦士としての誇りを失ってしまったぜ。
働くことによってネタを得ている身、その日にしかない感動を穂乃果ちゃんによって再びもたらしてもらおうと思って書き始めた今作。

ネタが無いだけで想像力が凍りつくとは俺もまだまだのようです。

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