バイト戦士なんだが、バイトしてたら初恋の子に会った。 作:入江末吉
「お姉ちゃん、入るよ」
断りを入れてから扉を開ける。お姉ちゃんは椅子に腰掛けて、窓の外を眺めていた。曇天の空からは、雨粒が落ちて道路を濡らしていた。雲に遮られた鈍い光によって出来た滴の半透明な影がお姉ちゃんの頬に落ちていた。窓の滴が落ちると、まるでお姉ちゃんが黒い涙を落としているように見えた。
お姉ちゃんは私が入ってきたことに気付いていながらも、窓から手を離さなかった。室内でも白く色づく息を窓に吐き、曇った硝子に指先でひたすらお兄さんの名前を書き連ねていた。そして、お姉ちゃんの手の温度で硝子表面の水分が滴になって垂れ始める。お兄さんの名前が血を流してるようで、お姉ちゃんがそれをやってると思うと少し目を背けたくなった。
ようやく私の方に向き直ったお姉ちゃんは、おかえりと言おうとして口を開いた。けど、その口から出てきたのは喉を通ってきた微かな呼気だった。それから困ったように笑ってお姉ちゃんは机の上の小さなホワイトボードに水性の黒ペンで手早く文字を綴った。
『おかえり、寒くなかった?』
「平気、お姉ちゃんこそパジャマだけで寒くない?」
私も平気、唇はそう動いていた。けどお姉ちゃんはまたしてもハッとして喉を押さえて、ぎこちない笑みを浮かべた。まるで笑えていない、お兄さんと生活していたときはもちろんアイドル時代の面影なんかこれっぽっちもなかった。要するに、お姉ちゃんはぜんぜん笑えなくなった。身内贔屓になるけど、少しだけお兄さんに対する憤りが強くなる。
「晩御飯、食べる? 何か作ってこようか?」
『大丈夫、さっき食べたばっかりでお腹いっぱいだよ』
字面だけでも明るくしようとしてるみたいで、丸みを帯びた文字がそこかしこを飛び跳ねる。けど、私はその言葉をこれっぽっちも信用してなかった。けど、言葉を発せないお姉ちゃんはずるいことを覚えたようで都合の悪い話になれば、ホワイトボードに書かず交信を拒否する。
「そう、あぁ今日も室畑さんと白石くんに会ってきたよ。二人とも心配してた」
『じゃあ、早く復帰しなきゃね。いつまでも――――』
いつまでも、で文字が止まっていた。その先に続く言葉を察して、私はお姉ちゃんからホワイトボードを取り上げた。それを机の上に置いて、お姉ちゃんをベッドの上に放り投げた。ここ最近のお姉ちゃんはずいぶん軽く感じた。まるで、あの日以来、何かが抜け落ちてるみたいに。
「もう寝ちゃいなよ。昨日も寝てないの、丸分かりだからね」
お姉ちゃんは机の上のホワイトボードに目をやってから、こくりと頷いて笑った。布団を被って、私に背を向けた。私は上着が弾いた雨粒がお姉ちゃんの部屋を水浸しにしてることに気付いた。
「おっとっと、撥水系の上着はこれが困るんだよね」
私は適当な布巾を都合するために下へ降りた。居間や厨房付近にお父さんやお母さんがいた。そして、テーブルの上に置かれラップに包まれてるおにぎりと冷え切った味噌汁に気がついた。それだけで、お姉ちゃんの嘘は瓦解した。そろそろスープ類でもなんでも、お姉ちゃんに食べさせないと危ないかもしれない。
「ただいま、布巾借りていくね」
返事を待たずにそこにあった布巾を手にお姉ちゃんの部屋へ戻った。途中自分の部屋に上着を放り投げておき、再びお姉ちゃんの部屋の扉の前に立った。
そして気付いた。中から、鼻を啜るような音と途切れ途切れの息の音が。私はそっと扉を開けた。
お姉ちゃんは布団から出て、窓の外を見て泣いていた。何度も何度も零れ落ちる涙を拭って、鼻を啜って、音にならない泣き声を精一杯張り上げてるように見えた。
私はそんなお姉ちゃんを見て、葛藤に襲われた。お姉ちゃんを慰めることが私に出来るだろうか。私は上面だけでお姉ちゃんを励ましてしまうんじゃないのか。
きゅっと唇を噛み締めた。そして、あの日。亜里沙に対して密かに行った宣誓を思い出し、意を決して扉を思い切り開いた。
お姉ちゃんは気付かない。もしくは気付いていても、振り返る余裕がない。けど構わなかった。後ろから、包み込むように冷えたお姉ちゃんの身体を抱き締めた。
密着すればするだけ、お姉ちゃんの叫びと震えが伝わってくる。嗚咽の振動はまるで嵐のように激しく、子供のように遠慮がなかった。
「よしよし……お姉ちゃん、そろそろ休もう」
私はお姉ちゃんが夜な夜な泣いているのを知っている。眠れずに枕を濡らしているのを知っている。だから、お姉ちゃんがずっと眠っていないのを、知っている。
お姉ちゃんは泣き止まなかったけど、私の言葉にしきりに頷いてゆっくりベッドへ戻っていった。お姉ちゃんから目を離すのが少し怖くて、私は濡れた床を拭くこともせずにお姉ちゃんと一緒の布団に入って、逃がさないように、けれども苦しくないようにそっと抱き締めた。
それから、お姉ちゃんが寝付く頃にはもうすっかり暗くなっていて、私も暗い部屋と暖かい布団で横になっていたからか少し頭が眠気に支配されかけていた。お姉ちゃんを起こさないようにゆっくり布団を抜け出した。床の水はもう完全に消えていた。自分の部屋の前を通ったとき、濡れっぱなしの上着をそのまま放り投げたままだったことを思い出してつい溜息が出た。
「雪穂」
ふと、自分の部屋へ入って寝なおそうと思ったとき。階段の下からこっちを覗き込むようにして、お母さんが声をかけてきた。
「穂乃果はどう?」
「寝かせた、私もちょっと眠いから寝ようかなって」
「そう、晩御飯は?」
本音を言えば、食べる気分ではない。ただ、お兄さんがいなくなってお姉ちゃんがご飯を拒絶する以上、誰かがお母さんのご飯を食べてあげなくちゃいけない。作ったご飯が残るのは、想像以上にちょっと辛い。
「おにぎりにして、そしたら後で食べられる」
「ん、わかった。おやすみ」
おやすみなさい、その言葉は自分の部屋へ入りきってから呟いた。戸を閉め、私は持ってきた付近で上着の水滴を拭き取ってハンガーにかけて、そのまま布団に潜り込んだ。開けっ放しにして、冷えた部屋の中にあったベッドはひんやりとしていて、さっきまでお姉ちゃんの熱を感じていた私には少々厳しかった。
「うぅ、寒い……」
ふと、自分はいつまで冷たい布団に寝ているのだろうか。お兄さんとお姉ちゃんはベッドを持て余すくらい一緒に寝ていた。自分は、お兄さん以外の男の人と寝る気になれるだろうか。
お姉ちゃん、お兄さん。年上ばっかりで、正直これ以上大人の人を傍に置くと気付かれでストレスになりそうだなぁ。
そんなとき、頭の中にチラついたのは先日会った男の子だった。良くも悪くも職場の先輩後輩という立場でありながら、この状況を打開するために尽力すると言ってくれた男の子。
白石勇人くん。年は私の方が年上で、彼はまだ高校一年生だ。見たところ、誠実そうでお父さんが気に入りそうなタイプ――――
「…………寝よ、馬鹿馬鹿しい」
こんなんじゃ、お兄さんのこと言えないな。そういった気持ちが、地面の底から湧き出てくるみたいに心に溢れてきた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
熱いお湯が俺の身体にぶつかっては跳ねる。垢だらけになった身体の表面で水滴が落ちるものかと張り付いていた。なぜ俺がシャワーを浴びているのか、それは母親が湯を熱めに張りすぎたので先に入って冷ませとのこと。シャワー浴びずに湯に浸かったら生まれてきたことを後悔させるというので、念入りに身体を洗わねばならない。決して頭の痒さに屈したわけではない。
『君、身体は腕から洗うんだねぇ~』
「……うるさい、消えろ」
『ボクと君の仲じゃんか』
ぬいぐるみさん、いつの間にか俺はこいつをこう呼ぶようになっていた。決して馴れ合ってるつもりではないけど、こいつの甲高い声を聞き慣れてしまったというのはある。
薄気味悪さもすっかり感じなくなってきた。馴れ馴れしい友達以下知人以上みたいな感じですっかり定着してしまっている。
しかし、俺がぬいぐるみさんと喋ってるうちはきっと、俺は正気じゃない。当然と言えば当然だが母さんたちにはぬいぐるみさんの声が聞こえない。というか
つまりぬいぐるみさんは俺の見てる幻、幻覚だ。自分の頭が生み出した幻にまで嫌味を言われてしまうと、なんだかもうすべてがバカらしくなる。世界中の人が俺を否定しているように思える。
ネット上の心無い書き込みが全て、自分に向かってくるように感じる。空に向かって吐いた何気無い一言がぬいぐるみさんによって皮肉に変換されて、自分へ突き刺さる。
シャンプーを普段より多く手にとって頭に馴染ませる。痒いせいか気がつくと引っ掻き回すように頭をかき回していたので、指の腹で揉むようにして洗う。蓄積された油がごっそりと洗い落とされていくのを感じて、少し……いやかなりスッキリした。泡を流すと、鏡に映る自分の顔が見えた。伸びすぎた前髪が目にかかってチクチクする。鏡越しに瞳が確認できないくらいに髪の毛が伸びていた。おかげで、水滴が髪に乗っかってる間は髪の毛がとても重く感じる。
「爪も、髪も伸びたな……」
『爪は切っとけよ。セックスするとき爪伸びてると相手を傷つけるぞぉ~』
「下品なやつだな……当然か」
そもそも、俺はレジ部員だ。お客さんの商品を直接手にするわけだから、爪はいつも短くしておくのが常識だった。だから少しでも伸びたら切るようにしている。でも、その習慣が無くなるとあっという間に伸びてしまう。髪の毛も、レジ部員は人相が命だ。目が隠れるほど前髪が伸びていたら、お客さんは萎縮する。ビジュアル的に、今の俺はレジ部員失格だった。
「情けないな、ここまで習慣って崩れるんだな」
『だってさぁ、君穂むらで半年近く生活してたんだよ? こっちの家での習慣なんてすっかり抜け落ちてるでしょ。ここ最近なんか猿みたいなセックスしかしてないんだしさ』
「お前それが言いたいだけなんじゃないのか……」
『ぷぷぷ、そうだね。猿だってもうちょっと情緒的だよね。猿ももっと丁寧に段階踏むよね。まぁ君の場合、段階踏んだらそれこそ修羅場なんだけどね、くすくす』
ぬいぐるみさんは相変わらず下品な茶々しか入れない。だけど、反論は出来ない。俺が欲のまま、海未ちゃんに手を出したのは事実なんだ。回数を経るごとに、背徳が快楽を倍増させて歯止めを利かなくさせた。背徳が、穂乃果ちゃんへの罪悪感が生み出したスリルが、俺と海未ちゃんを抜け出せない深みまで引きずりこんで行った。
「あれから……海未ちゃんは、どうしてるのかな」
『会いに行ったら? もっとも、君が今会いに行ったら最高にバッドエンド直行な気しかしないけどね、くすくす』
確かに、悔しいけど否定できない。何もかもぶち壊れた今、ブレーキなど存在しないのだ。海未ちゃんに会ったら最後、そのまま帰るなんて不可能かもしれない。我ながら下半身の我が強すぎる。
しかし、海未ちゃんが俺に放った言葉は刺激的だ。高貴という文字が人間になったような海未ちゃんが、自分のモノになるという言葉。俺はそれに甘えた、穂乃果ちゃん相手に遠慮した行為で彼女を汚した。穂乃果ちゃんを大事にする余り、抑えつけられた欲求は海未ちゃんを犯した。
目を瞑れば彼女の姿が目に浮かぶ。潤んだ瞳、上気した頬、我の強い口。意識すれば、見境無く下腹が疼く。俺は頭を振って、湯船に飛び込むようにして誤魔化した。
『そういやさ、穂乃果ちゃんがどうなってるかは気にならないの?』
「……気になってるよ」
『ふぅん、じゃあ教えてやるよ。穂乃果ちゃんはね、毎晩泣いてるよ。毎晩毎晩、声が出ないのに君の名前をひたすら呼んで、窓にひたすら君の名前を書いてるよ』
見てきたようにぬいぐるみさんが言う。俺はその言葉から耳を背けたくて、風呂の中に潜った。だけど、ぬいぐるみさんの声は水中だろうと容赦なく俺の耳朶へ響いた。
『そうやってさ、君はいつまで穂乃果ちゃんに申し訳ない振りをして被害者ぶってるんだよ。君に逃げ場なんか無い、ボクの言葉でボロボロになるまで擦り切れるのがお似合いさ』
被害者ぶってる、その言葉を聞いたからか。熱い湯船に潜ったから頭に血が上ったのか、俺は風呂から飛び上がると身体を適当に拭き用意しておいた着替えを身に包んだ。
どうしたらいいのかも、どうしたいのかも分からない。ただ、無性にムカムカするから。
それだけの理由で俺は家を飛び出した。ぬいぐるみさんの声なんかに気を取られずに、一直線に走った。
しばらく寝たきりだったのに加え、ろくな食べ物を腹に納めてないから体力もガタガタだけど、それでも走った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
穂乃果は、今日も一人です。広く感じる自分の部屋で、ずっと窓の外を見ていました。穂乃果の部屋から見える道路は街灯が等間隔で立っているので、夜でもよく見えます。
両手の指のうち、右手の人差し指だけ妙に冷たく感じます。きっと理由は、ずっと窓を擦っているから。彼の名前を書き続けていれば、帰ってきてくれるんじゃないかって。ありもしない希望に縋ってるだけです。
はぁー、っと息を吐くと、窓がじわりと曇ります。彼の名前が刻まれて、湿気の無い文字の部分も降り積もる雪が足跡を消すように綺麗に見えなくなりました。
街灯の光を逆光に、人差し指で硝子に触れます。そして、いつものように彼の名前を一文字ずつ丁寧に書きます。何度も何度も、そのことに意味があると思い続けながら、書きます。
先日、雪穂にやめた方がいいって言われたばっかりだけど、どうしてもやめられなかった。雪穂は今夜もどこかへ出かけています。亜里沙ちゃんの家に遊びに行ったって、おかあさんはそう言ってました。
だから、今はこうしていても雪穂にはバレません。雪穂が帰ってくるまでの、私のやらなくちゃいけないことなんです。
ふと、硝子に綴った彼の名前を見つめました。たった四文字が、彼を指し示す記号なんです。私は高坂穂乃果で五文字です。この五文字が私を私だって証明するものです。だから、彼の証明である彼の名前を見ていると、夏を思い出します。
彼と結ばれたあの頃、まだ見えている相手に嫉妬が出来ていた頃です。お店で並んでレジに入っていると、当然綺麗なお客さんがいっぱい来ます。絵里ちゃんより背が高くて、希ちゃんくらい胸が大きい女の人も来ます。そういう人を見ると、彼は声をちょっと高くするんです。緊張して、上手く口が回らないときもありました。
女子高のスクールアイドルをやっていたから、ファンは自然と男性が多かったです。人気が出始めると、当然町で声をかけられたこともあります。
だけど、どんなにかっこいい人でも彼以上に思ったことはなかった。だから、私以外に目移りする彼に対して拗ねたこともありました。
「…………っ」
胸が苦しい。指が震える。あの日、彼に言われたことが今でも耳にこびりついてます。
お泊り会、あの日に全てが壊れ始めたんです。穂乃果は、彼の力になれませんでした。海未ちゃんとのことを抱え込む彼から必死にそのことを聞き出そうとしました。今思えば、無神経だったな。
立場が逆になったら。もし私が他の男の人に抱かれたら、そのことを彼に言おうとは思えない。たとえ彼が知っている人でも彼と親しい人でも。
なぜか、それは好きな人が出来て初めて分かる恐怖。嫌われることへの、恐怖。
私も彼も、一時期ずっと一人だった時期がある。だからこそ、お互いの寂しさが共有できた。思い返せば、私たちは互いに、相手に依存していたんだと思う。
子供の頃の、一度は風化した気持ちが。彼という風を受けて蘇った。そして、一緒にいる時間大事に暖めて、育ててきた気持ちを相手に括りつけてしまったんだ。
相手に、気持ちを預けるのではなく、括りつけた。相手に渡すという意味では同じかもしれない。だけど、自分自身のワガママを相手に縛り付けていた。二人とも、それに気付かなかった。
だから、離れたときに引き千切れてしまった。私の身体に根を這っていた彼の愛は、離れると同時に私からいろんなものを根こそぎ千切っていったんだ。
「……っ、く……ぅ……」
掠れるように、声が潰れる。堰を切ったように、嗚咽が止まらなくなる。一人は嫌だ、もう一人は嫌。
海未ちゃんとことりちゃん、ずっと一緒だよって高校時代に言ったけど、私が二人に及ばなかったからその言葉が嘘になってしまった。
そして、代わりに隣に座った彼も、結局失ってしまった。
穂乃果はもう、誰の隣にも座れないのかな。穂乃果は、これからずっと一人で歩いていかないといけないのかな。
そんなの嫌だ、って冷たい窓ガラスに額が触れたときだった。彼の名前が書かれて、透き通っていた窓から外を眺めた。瞬間、息が詰まった。
街灯の下でこっちを、この窓を眺めてる男の子の姿が目に入った。ばっちり目が合った、視線と視線が重なった瞬間、私の身体は椅子から飛び上がった。すると、男の子――彼も、驚いたようにその場を走って逃げようとした。
待って、口を動かしても喉からは掠れた声を息しか出てこなかった。呼び止めることはやっぱり出来ない。
だったら、追いつくしかない。もう一度、彼を抱き締めよう。彼の温もりに触れよう。私が彼を許せば、きっと戻ってきてくれる。ううん、許すも何も怒ってなんかない。話せば、きっと――――!
「穂乃果!?」
お母さんの声が聞こえた。けれど、私は靴を履くのも上着を羽織る時間も惜しんで、そのまま家を飛び出した。夜の街は容赦なく肌に氷柱を突き立ててくるような寒さだった。裸足の足で踏むアスファルトは凍らせた剣山の上を歩いてるようで、踏み込むたびに冷たくなった欠片が足裏にちくちくと刺激を与えてきた。
加えて、ここしばらくの運動不足と栄養不足が祟って思うようにスピードが出せなかった。酸素を求めて体が熱く燃えているようで、眩暈までし始めた。
けれど、足を止められない。止めたら、もう二度と彼とは繋がることはできない。そういう気持ちで、自分を奮い立たせた。
待って、待って、待って…………!!
置いていかないで、あなたのこと今でも大好きだから…………!
止まって、帰ってきて、穂乃果のこと力一杯抱き締めて…………っ
だけど、彼の姿は見えなくなった。
どうして、止まってくれないの。
ここだよ、って言ってくれないの。
もう、愛してくれないの。
いやだ……
愛して。
愛して。
愛して。
――――――やっぱり、海未ちゃんの方が、好きなのかな。
そう意識した瞬間、足から力が抜けてしまった。アスファルトの上に、思い切り倒れてしまう。
曇り硝子みたいなぼんやりした視界で、道路の先に消えて行った彼に手を伸ばした。
倒れたまま、起き上がる力が出なくてじっとしていると汗が出てきて、身体が急激に冷えてきた。
寒い、寒い……誰か、助けて。
「――――高坂さん?」
「雪穂さん! 高坂さんが!」
「お姉ちゃん? お姉ちゃん!! 室畑さん! お姉ちゃんを運ぶの手伝ってください!」
「わ、分かった! 白石くん、上着貸してくれ!」
ごめんなさい、そういう声が聞こえて身体がふわっと浮き上がった。揺れる意識は、縦に上下するたびに荒削りしたみたいに狭まって行った。
希望の残光《アフターグロー》
まだ終わりじゃないです。読者も、穂乃果ちゃんも、一人じゃないっす。
それと花陽ちゃん、誕生日おめでとう。
バイトダイアリーでいつか君の出番作りたいけど難しいかもしれない。
無理だったら、新作で思いっきり出番挙げるから許して。