バイト戦士なんだが、バイトしてたら初恋の子に会った。 作:入江末吉
夕焼けが沈んでいく中、静かに暗くなっていく街を俺は自転車で駆け抜けていく。今日は深夜からコンビニでのバイト、そして今からいつものスーパーだ。
しかし今日はいつもほどのやる気が出ない。というのも今日は卵の特売日じゃないからです。
つまり穂乃果ちゃんがお店に来てくれません。店長、卵毎日特売にしましょうよ。
無茶言うなと言うのはわかるんですけどねー……こればっかりはどうしようもないです、燃料の無い火なんかすぐ消えます。
「はー……しゃっせー」
休憩室のロッカーに適当に荷物を放り込み、制服を身に着けると適当なレジを開けられそこへダイブする。
いかにも枯れてるという雰囲気に数日前や1週間前の俺を知ってるお客さんは怪訝そうな顔で俺に籠を預ける。
「卵……お前が毎日特売日なら俺もお客さんもハッピーなのにな」
「特売値が定価になってるじゃない」
「あ、そうか……じゃあ特売の日増えろ」
ダメだこりゃ、とお客さんは頭に手を当てる。俺はそんなことなどどうでもいいという風に商品を流し、会計モードに入る。
「はい、2,443円頂戴いたします」
シジミ、シジミ……シジミが2つ。だが実際2野口と5朝顔もしくは500円で取引できるわけで……シジミ2つの価値が約3野口ってことに……何言ってんだ俺。
さすがに枯れすぎだな、そう思って俺は今のお客さんを捌くと後ろのレジの係員に向かって1つだけ指を立ててレジを閉める。
これは1番という我がスーパーのレジ部の暗号であり、1番の意味はトイレだ。ちなみに2番はお昼休み、3番は休憩だ。残念ながらこの時間のシフトは2番と3番は使わないので1番を覚えておけばいい。
男子トイレは清掃員が約数分に1度掃除に現れる(しかも男子トイレなのにおばちゃん)から、比較的に綺麗だし臭いも気にならない。
エプロンを外して顔を水で洗う。あんまり冷たくないけど、深呼吸の折に頭に酸素が回って幾分かスッキリする。
続いて鏡に真顔で向かう。真顔をキープしたまま指で頬を持ち上げて笑顔を作る。続いてその顔をキープしたまま今度は笑顔をイメージする。
するとどうだろう、鏡の向こうにはそれなりに爽やかな男の子が立っているじゃないか。背は低いし、髪の毛が男にしては長くてお粗末だが、悪くないんじゃないかな彼。うん、どう見ても俺。
トイレから出てきたら、元の場所に戻る。
「戻りました」
「それは分かったから顔を拭きなさい」
忘れてたんだって、今吹くよおばちゃん。レジに置きっぱなしにしていたタオルで顔を拭いて、髪も乾かす。前髪が濡れてぺったりと額に張り付いていた。目は隠れるし頭は丸く見えるしで不気味極まりない。
「らっしゃっせー、お預かりしまー」
す、すぐらい言えとは思うもののスピード作業だから。マジで口より手を動かせの仕事だから。
お弁当、お惣菜、冷凍食品、今日はその手の品が良く売れる。反面、卵はしばらくは売れない。買っていく人はいるけど、だいたい特売の日でも定価のままのLサイズの卵とかな。
そして2時間くらいお客さんを右から左へと送り出した頃だった。
相変わらず積み方が汚いだとか、明らかに飲酒済みのお客さんがやってきたりもする時間になった。俺はただただ頭を下げる、だって酔っ払いに何か言って逆上されると俺が被害を被る他、店にも他のお客さんの心象も悪くなる。
もっともそういう客を信じるか、誠実な対応をしている店員を信じるかと言われたら一目瞭然だろうが……まぁ、厄介ごとを通り抜けるに越したことは無い。
「はぁー……あれで積み方が汚いんだったらマイカゴ持ってきて自分で積めばいいのに。あぁ、出来ないのか。すみませんね、私心配りの出来ない見習い店員ですので」
酔っ払いを送り出しその背中にトドメの一撃をこっそり放つ。するとレジ部の主任がやってきて、ドンマイと慰めてくれた。ありがとうございます、主任。
しかし主任はそれだけではなく、俺のレジの前に停止板を置いた。停止板とはもちろん『このレジは休止中です、他のレジをお使いください』というあれだ。
「"リカー"、お願いね」
「……酔っ払い捌いたあとに頼む仕事じゃないっすよ」
俺はげんなりしつつ、主任の指示に従う。青果コーナーの裏、キンッキンに冷えたビールはバラからケースまで粗方無くなっていた。まぁあんだけ暑けりゃな、そりゃ売れるわな。
とにかく俺はまずは500ml缶のビールとチューハイを補充する。籠の中に開けた6個入りケースの入れ物だけ放り込んでいく。奥の方に残ってる缶を前へ持ってきたり、新しいのは奥の方で冷やしたりとかいろいろと考えなければならないことが多い。
「えっと、1番上の段は……」
全てのスーパーがそうなってるかは知らないけれど、うちのスーパーのリカーコーナーの1番上はフリースペース、2段目以降のビールでそれなりに売れているもののケースを置いておいたりする。だがやはりここも粗方買われていて、殆ど残ってない。
「これ、仕事終わるまでに終わるかな……」
穂乃果ちゃんがいればなぁ、エンジン入るんだけどなぁ……しょうがないよなぁ、今日卵特売日じゃないし。
というかもはや俺の頭の中で卵特売日=高坂姉妹と会える日みたいなイメージになっていた。でも大体合ってるし。
「あー、こんなところにいた!」
「はい?」
おい、今日は卵特売日なんじゃないのか。一瞬頭の中が360度回転して帰ってきた、おかえり。
というのもだ、そこには穂乃果ちゃんが立っていたからだ。デート? もしかしてデート? って思ったけど彼氏とデートする格好には見えなかった。これでデートって言われたら相手の男殺していたかもしれない。
「レジいないから、休みなのかなぁって思って。レジの人ってこんな仕事もするんだね!」
「あ、うん……」
相変わらず気の利いた台詞出てこねえな俺の頭ァ!!
目に見えてビールを補充する俺の手が遅くなる。出来るだけ穂乃果ちゃんを意識しないように心掛けつつも3秒に1回くらいそっちに視線をやって観察したくなる衝動に駆られる。
あぁやばい、夏最高。踝の見えるショートソックスに短めのホットパンツみたいなズボンに青い生地に『ほ』って書かれたTシャツ。しかしサイズが大きいのかなんなのか、肩がアンニュイなことになっていた。時々肩の部分を持ち上げるのだが、またズルっと下がって肩の頭が顔を出す、こんにちは。
「ビールすごい売れてるね、暑いからかなぁ」
「そうだね、この季節……冷ケースとか、箱はよく売れるんだよ。冬場は、あんまり冷えたのは売れないんだけどね」
ちょっと誇らしくなって、店のお客さん事情とかを話してしまう。誰かと来ているわけではないのか、穂乃果ちゃんはずっと俺の補充作業を見ていた。楽しいのかな、この仕事見てて。
「お、お酒はハタチになってからね?」
「分かってるってば、穂乃果は来年からだよ」
そっか、穂乃果ちゃん19歳か。そりゃそうだよな、俺が19だもん、元同級生だしね。というか、やばい。
穂乃果ちゃんの今日の格好肌色成分多すぎてちょっと眩しいっていうか永久保存っていうかなんかもう一緒にどこか行きたいどこでもいいから2人きりでどこか行きたい。大事なことだから、どこか行きたいって今の含めて3回言いました。
「そういえば、2人は元気?」
「2人? もしかして、海未ちゃんとことりちゃんのこと?」
「うん、同じ学校に通ってたんだよね?」
俺がそう聞くと、穂乃果ちゃんは少し困ったような顔をした。どうしたのかな、なんて思っていると彼女は口を開いた。
「いやぁ、恥ずかしながら穂乃果受験失敗しちゃって。同じ大学には行けなかったんだ、あはは」
だから、わかんない。そう言う穂乃果ちゃんは寂しそうな気がした。当然か、小学生の頃でさえあんなに仲が良かったんだ。きっと今までもずっと一緒にいて、これからもと思った矢先にこれだからな。
「……そっか、俺もだよ」
「君も? どういうこと?」
「というか、言っちゃうけど俺の方がよっぽどひどい」
恥ずかしながら、俺はビールを補充して仕事している風を装いながら穂乃果ちゃんに説明した。というのも、俺は大学受験に失敗した。失敗したっていうと語弊があるな……逃げたんだ。
勉強辛いから、大学には行かないって。親はそれでもいいって、無関心みたいだった。俺は許されたって勘違いして、そのまま卒業した。もちろん就活もしてなかった。
ニート万歳! そう思っていられたのは、たったの3日だった。次の日から、暇で暇で仕方なかった。そして3月が終わって、他の仲間たちが大学生や社会人へとランクアップしていく中俺はただ1人取り残されていた。
たったの1ヶ月で、部屋に篭っていることが苦痛になった。両親から何も言われないことが、もっとキツかった。
だから俺はたったの1ヶ月でニート脱却を目指し、新卒社会人と同じくらい働いてやろうと思って24時間をフルで使うようにバイトを始めた。そして今、俺は前に進まないまま"フリーター"って立場のまま1年が立ち、もう少しで1年と3ヶ月になる。
そう話して、俺はどうしたかったんだろう。穂乃果ちゃんに同情してほしかったのか、それともしばらく会わないうちに変わってしまった俺を知ってほしかったのか。
どちらにしろ、好感度の上がる話じゃなかったな。相変わらず、気の利いた言葉も出ないくせに後先考えないバカな頭だこと。
だけど、穂乃果ちゃんは笑わなかった。ドン引きされたかと思えば、そうでもないらしかった。
「そうだったんだ、君はすごいね。穂乃果は家の手伝いで、そのまま跡継ぎに向かってるままだもん。"本当にやりたい"って、思ってるか曖昧なのに……」
なんて言葉をかければいいか分からない。実家の老舗和菓子屋を継ぐこと、それがどんなプレッシャーなのか俺にはさっぱりわからない。でも、穂乃果ちゃんには雪穂ちゃんがいる。
たとえば、雪穂ちゃんが夢を叶えようとそれに向かっていけば、穂むらの跡取りは穂乃果ちゃんのままだろう。それが正しいことなのか、きっと自分でも分かってないんだ。正しいとも、思ってないんだ。
「"仲間"だね、私たち。受験失敗して、そのまんま1年が経っちゃった、仲間」
仲間、か……それも悪くない。けど―――
「俺は、"友達"がいいな。同じような環境で一緒に笑ったり、頑張ったりできる友達が」
ビールの補充は完全に止まっていた。けど、俺は今だけは怒られてもいいって思った。
なぜなら穂乃果ちゃんが心底楽しそうに笑っていたから。理由は、直後の彼女の口から放たれた。
「おかしいなぁ……私たち、ずっと友達でしょ? 友達のままだったんだよ、ずっとね。止まったままだったけど、また動き出した」
「すれ違っても、気付かないくらい大人になった頃にね」
目の奥が熱かった。本当は友達よりもずっと君の傍にいられる称号が欲しかったのに、君にそう思ってもらえたことが死ぬほど嬉しくて。
手放したくない、再燃したこの恋は……絶対に手放したくなかった。
「長話しちゃったね、バイバイ。また来るからね」
「うん、またのお越しお待ちしております」
友達だけど、お客さんと店員の関係に戻る。手を振って、彼女を見送る。なぜだか、彼女を肌色成分多めな服で出歩かせたくないなっていう思いが、ふつふつとだけど湧いてきた。
「おーい、もう少ししたらレジ開けてくれー!」
「はーい!」
さて、俺も仕事に戻ろう。とりあえず、補充補充補充ゥゥ~~!!!
「こ、こんばんは。あ、あはは」
「いらっしゃいませ」
その後、レジに戻った俺が最初に接客したのが籠一杯に食パンを始めとするパンを買っていこうとする穂乃果ちゃんだった。
なんだか真面目な別れ方だっただけに再開が気まずい。どうやら穂乃果ちゃんもそう思っているようだった。
「ま、俺は気楽にバイト戦士やってるからさ。実のところ、あんまり引け目とか感じてないんだ」
「そうなの? って、よく考えてみたら穂乃果もお店の手伝いでお仕事してるわけだし、お母さんとかは喜んでくれるからこのままでもいいのかも」
顔を見合わせて、へへへって笑う。穂乃果ちゃんもニッコリと笑みを浮かべる。
「でも、夏だからってその格好はまずいと思うな」
「き、気をつけます……」
今度こそ帰る穂乃果ちゃんの背中を見送る。やっぱりみんな、抱えてるもんがあるんだなぁって分かった。
俺が働いている理由もまた鮮明になってきたし、穂乃果ちゃんの持ってる焦りも見えた。
それでも、笑ってられればいいなって今日のバイト中に思った。
シリアルにしようと思ったのに、若干マジシリアスが入ってきて焦ったけど今日は別の話を考える時間が無いので、このままうpします。ちょっとはシリアルっぽいっしょ←
穂乃果ちゃんの格好ですが
上:夏練習着
下:冬練習着(レギンス無し)
で大体想像できると思います。
7/7 ちょいと一部修正しました。