バイト戦士なんだが、バイトしてたら初恋の子に会った。   作:入江末吉

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タイトルオチってそれいち


ポッキーの日に幼馴染が大集合してきた。

 どうも、皆様バイト戦士でございます。いかがお過ごしでしょうか? 僕はですね、売れ行く棒状のお菓子を買っていくお客様に嫌がらせで箸を混ぜる作業をしています。

 何がポ○キーゲームじゃふざけやがって……棒状のお菓子はト○ポだろ、トッ○ゲームにしろよ!

 

 …………っていうのは冗談で、妙にそわそわしてる穂乃果ちゃんを隣に作業しています。なんだか緊張してる?

 

「どうかしたの?」

 

 そう尋ねてみても生返事しか帰ってこない。恋? って聞いたら怒られそうなので、聞きかねてます。もうすぐ閉店時間なんだけどな。

 お腹空いてるのかな? それとも…………あ、女の子の日か!?

 

「生理か!」

「声が大きいって! しかも違うし!」

 

 違うらしい、頭に出来たたんこぶを撫でる。ちょっと今気付かないうちに頭引っ叩かれたらしい。将来鬼嫁になるなこれは……

 そんな風に穂乃果ちゃんの浮かない表情を眺めること数十分、閉店前15分前を知らせる音楽が鳴り始めた頃だった。

 

「いらっしゃい…………ませぇー!?」

 

 俺が素っ頓狂な声を上げる。だって、だって…………

 

「こんばんは、今日は冷えますね」

 

 だちゃん襲来、いかん……ててて、手汗が……落ち着け、落ち着くんだ……なぜここに。

 彼女はもう冬物のコートを着込んでいた。ダッフルコートで控えめにオシャレしてる彼女、頬は外から来たせいかほんのりと朱い。

 

「いらっしゃい、海未ちゃん! ことりちゃんも来てるの?」

「えぇ、ここで集合になっていますから」

 

 はい? ことりっちも来てるの? 周囲を見渡すと、つい先日見たばっかりの鶏冠……じゃなくて前髪の女の子がとてとてと小走りでレジに走ってきた。

 

「穂乃果ちゃん久しぶり! 会いたかった~!」

 

 カメラはどこだ!! 幼馴染が感動の再会で抱き合っているのだ!! この瞬間をカメラの!! メモリーの最深部に刻み付けて、鍵をつけておくのだ!!!

 ……ってのも冗談で、端から見ればお客さんに店員が正面からホールドされてるようにしか見えないので、それとなーく二人を離す。

 

「ことりちゃん久しぶり~! 変わってないね~!」

「えへへ~、そうかな~?」

 

 甘い、急にコーヒーがほしくなるくらい甘い。いいなぁこの光景……ってそうじゃねーよ。

 

「二人とも、今日はどしたん?」

「え、聞いてないんですか?」

「穂乃果ちゃん伝えてないの?」

 

 なんのこっちゃ、と思っていたら穂乃果ちゃんが苦笑いを浮かべながらこっちを見上げて「あはは」と笑っていた。

 だが結局教えてもらえず、そのままレジ上げの時間を迎えてしまった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「このっ! このっ! 今日という日は許さないぞぉぉぉ!」

「ごべんなざぁ~い!!」

 

 両手で穂乃果ちゃんの頬を挟んでぐりぐりする。あぁ~良い揉み心地というか挟み心地というか……柔らけぇ……じゃなくて。

 

「まさかお泊り会なんか企画してるなんて思わないって」

 

 そうらしい、どうやら穂乃果ちゃんの家に二人がわざわざ泊まりに来た。さすがに邪魔するのも気が引けたので雪穂ちゃんの部屋に行って一晩泊めてくれって言ったら蹴っ飛ばされた挙句部屋から追い出された、なんでやねん。

 

「まぁ土産話もありますから」

「私は穂乃果ちゃんたちのラブロマンスが聞きたいなぁ~!」

 

 ぶふっ、失敬。オレンジジュースを噴き出した。ことりっちはお酒弱いらしく、だちゃんも好きではないということで冷蔵庫にあったオレンジジュースを拝借してきた。もしかして雪穂ちゃんに蹴っ飛ばされたのってこれ勝手に飲んだからだろうか。明日二倍にして返してやるか、いらないって言われたらどうしよう。

 

「えぇそうですね、その話はじっくりお聞かせ願いたいものです……」

 

 笑みが黒い……! 今だちゃんの後ろに蛇が見えた気がする。睨まれている、後ろの蛇が鎌首を擡げている……!! と、そんな時。

 

「うんとね、私達が再会する切欠は卵の特売日で、雪穂と一緒にお買い物に行ったんだ。そうしたら私達の入ったレジにちょうど君がいてね、そのときは私は忘れてたんだけどね……あはは」

 

 そういえばそうだった。あの日穂乃果ちゃんに忘れられてたショックで卵を一個ダメにしたのを覚えてる。そんで、紆余曲折あったっけな。

 

「それで、次の卵の特売日も買い物に行ったんだ。で、ふと後ろを見たら目が合ってね」

 

 あ、紆余曲折も話すのね。それで穂乃果ちゃんが会計を済ませた雪穂ちゃんを置いて、わざわざ商品を持って俺のレジに来ようとしたらしい。けど、そのとき穂乃果ちゃんが前方不注意で商品棚にぶつかって。

 

「あんときすげぇ音したっけ」

「うん、痛かった。それで彼にね、またねって言ったら顔真っ赤にしちゃってさ。可愛かったなぁ、あの時」

 

 やめろ!! なんか思い出して恥ずかしくなってきた!!

 それは聞いてる方もらしく、だちゃんも少し顔を赤くして苦笑していたしことりっちは身悶えていた。

 

「穂乃果ちゃんずいぶん初々しかったんだね~! 可愛い!」

「や~め~て~よ~! ことりちゃんくすぐったいよ~!」

 

 久しぶりに会ったからなのか、ことりっちのテンションが天元突破していた。だちゃんと俺はそれを微笑ましく見守った。それから恥ずかしながら、雰囲気に酔って何を喋っていたのかいまいちはっきりしていない。

 でも多分、俺たちが出会ってから今日に至るまでの話はしたんじゃないかな。ことりっちもそれで満足したらしい。

 

 俺は一人部屋に残って布団を敷き始めた。他の三人はお風呂タイムだ。覗いていいか、って聞いたらだちゃんに殺されると思ったので聞いてません言ってません、本音を言うと覗きたいです。

 しかし、穂乃果ちゃんの部屋に布団が三つ並んでいる。さすがに四つ並ぶと狭いなこの部屋も。既にテーブルは片付けてあるし……やっぱ俺の荷物が邪魔か。

 

「あ、おかえり」

「ただいま~、ありがとう~」

 

 その時、頭が幾分か大人しくなったことりっちが帰ってきた。髪の毛を横で結んでないからか、なんだか新鮮だな。ことりっちは少なくともここには無かった派手な枕を布団の上に下ろして横になった。どうやら貞一は窓際らしい、寒くないのかな。

 

「は~、穂乃果ちゃんのお家の匂いがする~……良い匂い~」

「ね、そういえばことりっちはお泊り会常連だったっけ。話は聞いてる」

 

 高校生でも普通にお泊り会とか羨ましいんですけど。いやまぁ女の子同士の特権か、俺は野郎同士でも家に泊まりに行ったことはない。なんかこう、どこかの穴に危険を感じません?

 

「でも、男の子がいるのは初めてかなぁ。ちょっとドキドキしてる」

「そ、それはどういう意味でしょう……言っておくけど、俺は何もしないからね」

「じゃあ大丈夫かな」

 

 ニコニコと笑いながらことりっちはそう言った。そりゃあ、穂乃果ちゃん以外の女の子はもちろんのこと小学校のときのクラスメイトに手を出したりしませんって、俺が死ぬ。

 まぁ約束しよう、俺からは何もしませーん。

 

「ちぇっ、少しくらいドキドキしてくれたらいいのに。ことりはそんなに魅力無いですか?」

「あるけど、穂乃果ちゃんがいるし」

「…………しょぼーん」

 

 あ、萎れてる。なんか可愛いぞ、ことりっち。手は出さないけど。

 

「君は昔から穂乃果ちゃんしか見てなかったよね」

「そうかなぁ、割とあの頃は節操無かったような気がするけど――――」

 

「ううん、君は穂乃果ちゃんしか見てなかったよ。誰がどんなに強い気持ちを向けてても、穂乃果ちゃんだけ見てた」

 

 食い気味に、有無を言わさぬようにことりっちはそう言った。俺は何かを言い返す気になれなかった。そんなに一途だったか、当時の俺。

 しかしことりっちは気まずくなったのかわからないけど、枕を抱えたまま俯いて黙ってしまった。なんだか、話しかけ辛い雰囲気が残っていて、俺も口を開き辛かった。

 

 そんな空気を打ち破るように穂乃果ちゃんと海未ちゃんが帰ってきた。

 と思ったら穂乃果ちゃんは髪の毛をまたまた適当に湿らせたまま帰ってきた。そして俺の前に座した。これは俺に対しての合図のようなものだった。

 

「あぁ~極楽~……」

「はいはい、動かないでねー」

 

 穂乃果ちゃんは風呂上りに髪を乾かすのを面倒くさがるので、俺がやってます。気分はトリマーです。まぁ穂乃果ちゃんが気持ち良さそうにしてるんで、いいんですけどね?

 

「結局、穂乃果は一人じゃ髪を乾かせないんですね……」

 

 だちゃんが溜息を吐く。どうやらお泊り会ではいつもだちゃんがやっていたようだ。ドライヤーで風を送りながら穂乃果ちゃんの髪を梳く。水分がだんだん無くなってさらさらになった穂乃果ちゃんの髪からいい匂いが漂ってくる。

 

「乾かせるけどそれが面倒くさいんだもーん!」

「それを乾かせないと言うんです!」

 

 眦を吊り上げるだちゃんに穂乃果ちゃんが戦慄する。この二人の力関係はいくつになっても覆らないんだな。

 ドライヤーを片付けると、さっそく穂乃果ちゃんは布団に潜り込んでいた。そう、ベッドではなく布団の方に。

 

「あれ、穂乃果ちゃんそれ俺の布団なんだけど……」

「お泊りの日は穂乃果も布団なの。ベッドで寝てもいいよ」

「え、あぁ…………はい、お邪魔します」

 

 ベッドが冷たいです先生。でも穂乃果ちゃんの良い匂いがするよ…………スーハースーハー!! やっべー超良い匂いするうひひ。

 しかし穂乃果ちゃんの布団だと足の先が少しだけ出てしまうので身体を折り曲げないと眠れなさそうだった。

 

「穂乃果、もう寝てしまうんですか?」

「お仕事して疲れてるの~……でも、もっとお話したいし~……」

 

 穂乃果ちゃんは俺の布団に潜るなり枕に頭を預けていた。だちゃんとことりっちが驚いているが、確かに今日はお客さんの入りすごかったしなぁ。

 しかし睡魔に対抗して穂乃果ちゃんは起き上がり、また倒れた。

 

「寝たまんまでもお話は出来るもんね!」

「ぐうたらですね」

 

 と言ったものの、穂乃果ちゃんはほんの数分で寝付いてしまった。またしてもだちゃんは溜息を吐いた。ことりっちは苦笑していた。

 

「そういえば、ことり」

「何? 海未ちゃん」

「勝負はまだ、ついていませんよね?」

 

 何のことだ、そう思っていたときことりっちは布団に潜り込んだ。だちゃんは布団を叩いてことりっちを引っ張り出そうとしたが、頑として出てこない。

 本日何度目かの溜息を吐いて、だちゃんはこっちを向いた。

 

「一試合、お付き合いいただけませんか?」

「ポーカー?」

「いえ、ババ抜きです」

「え?」

「ですから、ババ抜きです」

 

 そんな真顔でババ抜きって言わないで、じわじわくるから。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「どうして、いつも勝てないのですか……!!」

「さ、さぁなんでだろう……勝負は時の運っていうから……」

 

 納得はしないだろう、かれこれ数十ゲームはやったが俺の全勝。だって、だって、だちゃんの顔にこっちがジョーカーですって書いてあるんだもん!!

 二人でババ抜きするじゃん? すると最終的にどっちかの手札が二枚になって、片方が一枚、ババじゃない方を引いたもん勝ちになるじゃん? そうなったらもう勝てる。というか初手でこっちにババがあってもだちゃんに引かせることが出来る時点で俺の勝ち確定みたいな。

 

「もう一度です!」

「え、あの……もう二人とも寝てるし……こ、今度会ったら付き合うよ!」

 

 そう言うと、引かないと思っていただちゃんがカードを納めた。ホッとしながら俺は穂乃果ちゃんの布団に入った。だちゃんが電気を消して、布団に潜っていく音がする。

 他の二人の規則的な寝息が聞こえている。俺は街灯と月明かりの混じった光がかすかに照らす天井を見た。

 

「貴方と、穂乃果の出会いをまた聞かされてしまいましたね」

「お恥ずかしい限りだよ」

 

 そうだった、確かだちゃんには一度話したことがあったはずだ。前回、俺たちが遊びに行って、俺と穂乃果ちゃんがある意味付き合うきっかけになった日に。

 

「いつまで経っても、貴方は穂乃果以外に興味が無いのですね」

「それことりっちにも言われたっけ、しかもさっき」

 

 俺がそうやって言うと、だちゃんは押し黙った。言葉を選んでいるのか、息を殺して待っていたときだった。

 

 

 

 だちゃんは口を開いた。

 

 

 

「えぇ、私がことりに言いましたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――彼は、ちっとも振り向いてくれないって」

 

 

 

 

 

 絶対零度の声音は俺の背筋を凍りつかせた。だが、じわじわと俺の胸がその氷を溶かそうと熱を上げた。バクバクと胸が高鳴った。排熱作用が働き、発汗が始まる。悪夢を見たときの寝汗のように、シャツがびっしょりと濡れる。

 

「貴方は、変わってないと思ってました。穂乃果が好きでも奥手で、気持ちを口にするなんて無理だと高を括っていました」

 

 言葉が出てこない。少しでも発声したら、寝ている二人を起こしてしまうと思ったから。今思えば、起こしてしまった方が良かった。

 ただこのときの俺は、騒いだ理由を説明することを恐れてしまった。

 

「ずっと前から、ですよ。思いを伝えられないまま小学校を卒業して、中学校、高校と胸を焦がしてきました。それで、いざ大学生になった途端貴方が顔を出したんです」

 

 だちゃんの独白が続く。心臓の速度がどんどん速まって、息が苦しい。汗が気持ち悪い。

 

「驚きました。私があのスーパーで貴方の近くへ寄っても気付きもしなかったのに、穂乃果が貴方のレジに入っただけでわかってしまうなんて。それを聞かされた私の気持ち、わかりますか?」

 

 あれほど早鐘を打っていた心臓が止まった気がした。彼女の得意な弓道、その矢で射抜かれたような錯覚を覚える。震える手で胸元をなぞる。矢は突き刺さっていなかった。それほどまでに強烈な錯覚が俺を襲った。

 

「いいんです、あの頃の私は貴方より奥手で貴方に話しかけたのも、数える程です。私が貴方にもう少し積極的になればよかったんですよね」

 

 問いかけてくるだちゃんに、俺は答えることが出来なかった。どう答えればいい、ああそうだそうしてくれれば良かったのに? そんなのは、あまりに馬鹿げている。

 

「だから、貴方に呪いをかけたつもりでした。私がどうしても言えなかった、愛しているという言葉。貴方が穂乃果に言えなければ交際を認めないなんて、子供らしくて馬鹿馬鹿しい呪いをです」

 

 だが、俺はその呪いを解いてしまった。皮肉なことに彼女が呪いをかけてしまったからだ。その呪いがきっかけで、俺は穂乃果ちゃんと結ばれてしまった。

 これ以上に無い皮肉だろう。

 

 俺がごくりと泡立った唾液を飲み込んだときだ。すすり泣くような声が聞こえた。だちゃんだ、泣いている。俺のせい、だろう。

 考えてみた。今まで俺たちがしてきた惚気が、どれだけ彼女に刃を突き立てたのか。そして彼女は笑いながらその突き刺さった刃を奥へと沈めていったんだ。

 

 流れ出る(なみだ)を隠して、笑っていた。だけど、ついに堪えきれなくなった血を俺に見られてしまった。

 

 布団に篭る熱と気味の悪い汗が我慢できず、俺が上体を起こしたときだ。月明かりに照らされて輝きながらカーペットへ落ちる滴が見えた。

 直後、男の俺が抵抗できないような力でベッドへ押し戻された。やられた、そう思った。だちゃんは俺を誘い出していたのだ。

 

「やめて、だちゃん……二人が起きるって」

「……貴方は、いつだって……私を名前で呼んだこと、ありませんでしたよね」

「え…………?」

 

 だちゃんが俺に覆いかぶさるようにして言った。彼女の長く美しい髪が俺の顔の横へ垂れてくる。穂乃果ちゃんとは違う髪の匂いが俺の意識を混濁させそうになる。

 

「穂乃果も、ことりも……名前で呼ぶのに、私だけ名字のあだ名で…………悔しいんです」

 

 ぽたり、彼女の頬を伝った涙が俺の頬へ落ち、それもつーっと頬を伝っていく。それは雨粒のように俺の頬や鼻の頭へと続いて落ちてきた。

 

「お願いします、私を助けてください……開放してください……」

 

 その言葉を、耳から取り入れて反芻している間に、だちゃんの顔が近づいてきた。俺は背けることが出来なかった。だちゃんが動きを止めなかったら、危なかった。

 

「ま、待って! こんなの気の迷いだよ! だちゃんは滅入ってるんだ!」

「その名前で呼ばないでください! どれだけ、どれだけ私を苦しめるんですか…………っ!」

 

 ハッとさせられた。俺の顔に零れ落ちている滴が何なのかを思い出した。急に、彼女の涙が伝った跡が焼けるように熱を発している気がした。

 

「う、海未ちゃん……頼む、お……俺は、穂乃果ちゃんの……」

「…………っ」

 

 闇の中で彼女が歯を食いしばった。だが暗闇の中であっても彼女の瞳がどこにあるのかはわかった。その中でキラキラと光っていたからだ。

 

「どうすれば、俺は君を助けられるの……」

 

 海未ちゃんは答えなかった。その時、彼女の拘束が緩くなった。しかし目を合わせていると、動けなかった。海未ちゃんはその白魚のような手で俺の頬を包み込んだ。

 

「貴方の心に傷をつけます。私は最低です……嫌いに、なってください」

「無理だよ、友達だもん…………っ」

 

 ようやく、海未ちゃんが何をする気だったのか察しがついた。いいや、さっきから分かっていたことだった。

 ただ頭が、それを遠ざけて目を瞑っていた。だから、俺は反応が遅れた。

 

 穂乃果ちゃんとは形の違う唇が俺の唇に押し当てられた。直後、心臓に杭が打ち込まれた気がした。真人間としての俺が絶命した。

 打ち込まれたのはそれだけじゃない。別の生き物のように暖かく滑る海未ちゃんの舌が、必死に繋ぎ止めていた唇を突き破って侵入してきた。そして蹂躙するように俺の口内をかき回す。

 

「……! ~~っ!!」

「…………っ! っふ、んっ……ちゅ……んん、はぁ……」

 

 心臓が加速する。酸素を求めているのだ。しかし俺の口は塞がれ、抵抗しようにも海未ちゃんを引き剥がすことが出来なかった。

 だがこれを、海未ちゃんを助けるためにしている行為だと思ってしまったら、いつか俺も海未ちゃんも折れてしまう気がしたから。

 

 俺は襲われている、そう思わなければいけなかった。

 

 そう思わなければいけなかったのに俺を襲ってる人間が涙を流している。俺の唇を食みながら罪の意識を抱えている。

 

 海未ちゃんの腕が俺の首に回され、いよいよもって逃げる場所が無くなってしまった。このまま穂乃果ちゃんが起きてしまったら、なんて考えるだけでゾッとする。

 事実から目を背けるように俺はただただ目を瞑った。

 

 背徳の快楽に溺れている俺も確かに存在したからだ。海未ちゃんの舌は穂乃果ちゃんとは違い、おっかなびっくり俺を攻撃してくる。だが、俺の舌が反応すると一気に攻め立ててくる。

 まるで安全確認を行っているように。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい…………っ!」

 

 唇を離す。月明かりに照らされる唾液の糸は、俺と海未ちゃんを繋いでいた。そして、海未ちゃんは自分のパジャマのボタンに、そして俺の寝巻きであるジャージのファスナーに手を掛けた。

 

「遊びだと思ってくれていいんです……もう貴方は私のものにはなれません。私も貴方のものじゃ、ありませんから……」

 

 一つ一つ外れていくボタン。下がり切るファスナー、俺の手がピクリと動いた。恐らく、これが最後の抵抗だったのかもしれない。

 ただ、押し寄せる罪悪感が海未ちゃんを傷つけたことに対してなのか、穂乃果ちゃんを裏切ったことに対してなのかわからないくらい、感覚は麻痺していた。

 

 

 

「いいえ…………私を貴方の"モノ"にしてください。恋人になれない私が望むのは、もうそれだけです」

 

 

 

 俺が知っている園田海未は、そして誰もが知っているバイト戦士で、一途で、女の子と喋るのも苦手だった俺は死んでしまったのだ。

 

 勢いよく上った俺の腕が海未ちゃんの身体を掴み、そして――――

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「ん…………」

 

 朝、か……んん~、よく寝た! 久しぶりの布団は気持ちよかったなぁ……

 

「穂乃果ちゃん、おはよう」

「ことりちゃん、もう起きてたんだ……!」

 

 時計を見てみると朝の六時、早いなぁ~……って大学生なら普通か、あはは。身体を起こして伸びをする。思わず欠伸が漏れちゃって、目から涙が出てくる。

 どうやら海未ちゃんも起きてるみたいで、早起きな海未ちゃんにしては少し腫れぼったい顔をしていた気がする。

 

「起きて~、朝だよ~。穂乃果のベッドから出て朝ご飯の時間だよ~!」

 

 私のベッドで寝てる彼を起こそうと揺すった瞬間、布団の中の大きな身体がビクンと大きく跳ねた。そして凄い勢いで布団を引っ張って部屋の隅へ転がり落ちた。

 

「だ、大丈夫……?」

 

 心配で、近くに寄ったときだった。嗚咽が漏れていた、布団の中から彼の啜り泣きが聞こえてきた。

 

「どうしたの? 具合悪いの?」

 

 布団に手を掛けた。すると反抗するみたいに布団が彼から剥がれなかった。どうやら内側で強く握っているらしい。

 

「言わなきゃわかんないよ~?」

 

 私も初めて見る状態で、正直お手上げだ。でも、もし具合が悪いなら放っておけない。

 

「具合悪いなら、布団で寝よ? 穂乃果も一緒に寝てあげるよ~」

 

 少しバカにしちゃってるかも。子供をあやすように布団を抱き締めながらそう語りかけた。

 

 

 

 

 

「すまない…………穂乃果ちゃん以外は、帰ってくれないかな…………」

 

 

 

 

 

 その言葉を最後に、彼はその日私と口を利いてくれなかった。




正直すまんかったと思ってる。

感想はようやく時間が出来たのでぼちぼち返していきます。いつも遅れて申し訳ないです。

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