バイト戦士なんだが、バイトしてたら初恋の子に会った。   作:入江末吉

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タイトルオチ←


恋人の幼馴染が顔を出した。

 

「うぇーい、お疲れ様でしたぁ!」

 

 少しハイテンション気味にそんな声を上げる。というのも、今日は諸事情で昼間から夜まで仕事だったバイト戦士だよ。

 こないだみたいな夜の部だけの仕事も無く、俺は着替えを済ませて店内で籠を持ってぶらついていた。閉店まで15分、しかし従業員出入り口から帰る俺たちに通常の出入り口の門限は適応されないのです。

 

 そうだなぁ、チューハイくらい買っていこうかな。ビールは俺らにはまだ早いのよ。まぁ、まだまだ子供ってね。いや、ハタチ超えたら流石に大人か? 思うに選挙権を与えられたら大人かっていうとそれもまた別の話な気がしないでもないのよね。ハードボイルドに言うと、自分のケツ自分で拭けたら大人ってか。

 

「穂乃果ちゃんは葡萄のサワー、俺はレモン。趣向を変えてグレープフルーツなんかもありかもしれんね」

 

 どちらにしろ、家飲みだから買い置きも考えておくならグレープフルーツも込みで買っておいてレモンを冷やしておくのもありだね、よしそうしよう。

 お酒のつまみ、の代わりにパンを少々買っておく。今日はパンの日だし、穂乃果ちゃんが恐らく最後にレジを上げるからだ。

 

「こんばんは、いらっしゃいませ!」

「こんばんは、店員さん美人だね」

 

 なんて軽口、平気で吐くには経験値が足りない。現に顔は真っ赤、火が出るくらい熱い。

 今日俺のレジと穂乃果ちゃんのレジは珍しく別だった。俺が先に入ってたってのもあるんだけどね。なおそれでもレジは前後だった、主任様々である。おかげで? 俺は? 野郎が穂乃果ちゃんのレジに並びまくるという屈辱的な光景を後ろのレジで延々と見せられたわけなんですが? 前言撤回である、主任絶対許さねえ。

 

「主人に愛されてますから」

「こらこら、まだ結婚してないでしょ?」

「愛されてるのは違いないでしょ? 愛してくれてないの?」

 

 軽口の応酬に関しては穂乃果ちゃんの方が何枚も上手だった。さらっとそういうこと言えるんだもの、たぶんこれから穂むらの常連は何度も希望を打ち砕かれることだろう。頼む、強く生きてくれ。

 レジ機を挟んで穂乃果ちゃんと並ぶ。ちなみに第三次成長期に入れたのか、俺の身長がほんのりとだけ伸びました。ほんと、微妙な差だけど。具体的に言うと東京タワーとスカイツリーくらい。どこが微妙な差なんですかねぇ。

 

「すいません、愛してます」

「どれくらい?」

「これくらいかな」

「もっと愛してほしいなぁ……」

 

 ははは、手厳しいやこりゃ。しかし、穂乃果ちゃんが1人でレジに入ってる姿はなかなかレアだなぁ……いかん、さっきのこと思い出して腹立ってきたぞ……なんだよ客のくせに、ここは握手会の会場じゃねえっつうの、なんで買い物に来た程度で握手求めてんだそれは俺の嫁だぞおいこら。

 あーダメだダメだ、接客業のダークサイドに目覚めてしまったヨーダ、フォースを感じるのだ。

 

「お会計2,024円頂戴致します」

「はーい、じゃあ3000円でお願いしまーす」

「3000円お預かり致します! えーっと、976円のお返しでございまーす」

「釣りはいらねぇ、チップ代わりに取っておきな……」

「誤差が出ちゃうので、お断りしておきますね」

 

 渾身のギャグを上手い具合にスルーされたでござる。まぁ誤差出るのは知ってたし、このお釣使って後で飲み物でも奢ってあげるか。レジを抜けると、主任が作荷台のところで立っていた。

 

「主任お疲れ様です」

「お客様、係員を口説かれては仕事に支障が出ますのでご遠慮ください」

「え、穂乃果ちゃん口説いちゃダメなんですか!?」

「限度があるでしょうよ、限度が!」

 

 いてぇ! お客様殴ったな訴えてやる! と意気込んだのも束の間、主任の放つオーラが完全に修羅のそれなので断念、俺が悪かったですはい。

 

「高坂さん、上がりでいいよ」

「はーい、お疲れさまです」

 

 穂乃果ちゃんがレジの周囲を整頓して、レジの電源を落とすと今日の売り上げデータを取りに事務所へ戻っていった。すると主任が穂乃果ちゃんを顎で指した。

 

「迎えに行ってあげないの?」

「二人っきりになると彼女ブレーキ壊れちゃうんで……あはは」

 

 苦笑しながら伝えると、主任は腰に手を当ててふんふんと頷いた。

 

「なるほど、休憩室でイチャついたらぶっ飛ばすかんね」

「休憩室以外ならオーケーなんですか!?」

「殺すぞ」

 

 殺気以上の何かを感じたのでこれ以上下手なこと言わないように口を閉じる。死ぬかよ、俺の幸せはまだ絶頂を迎えちゃいないのよ。

 

「おーい! お待たせー!」

「お疲れ様ー……ほら、さっさと連れて帰んな、帰ったら好きなことすればいい」

 

 そう言い残して主任は欠伸を漏らしながらサービスカウンターへ戻っていった。遅番の人はまだ残ってたりするが、退勤扱いになってる俺たちに手伝えることは何も無い。さっさと帰ろう。

 当然のように穂乃果ちゃんと袋を持ちながら手を繋ぐ。はぁ、もうすぐ冬だからか繋いだ手がとっても暖かい。

 

「今日は大変だったねぇ……穂乃果疲れちゃったぁ」

「俺も、昼間からやると足がねー、辛い」

 

 お互い若くないな、と全国の年上に喧嘩を売る発言。仕事終わりのテンションだからか、少し話も弾んだ。帰ってくると、お母さんが作ってくれた晩御飯をつつきながら買ってきたチューハイの缶を開ける。うーん、ご飯には合わないね、まだまだ若い!

 

「あぁ~……お腹一杯!」

 

 お酒もご飯も全部お腹に放り込んだ穂乃果ちゃんはその場でごろんと横になる。すぐ横になると太っちゃうよ、と伝えるとガバッと起き上がって俺の肩にドンと頭を下ろした、ちょっと痛かったです。

 

「もう酔っちゃった?」

「酔ってないれす」

 

 呂律が回ってないって。お母さんの方を見やると、唇に立てた指を当ててから上を指した。どうやら早く飯食って連れてけってことらしい。

 

「了解っす」

 

 重い左肩をバランス取りながら持ち上げ、椀のご飯をかきこみ味噌汁で流し込むと食器類をお母さんに預けて、穂乃果ちゃんを横抱きにする。もう寝ちゃってるのか、すごく重かっ……重くないです。

 階段を上るたび、腕に穂乃果ちゃんの体重がダイレクトに伝わってきて……羽のように軽かったです。なんとか部屋の扉を開けると穂乃果ちゃんをベッドに寝せる。

 

 顔は真っ赤に上気していて、お酒のせいだとはっきり分かった。穂乃果ちゃん、ものすごいお酒弱いんだな。あんまり度数強いお酒飲ませたら急性アル中で危ないかも、気をつけよう。思えばお父さんもお母さんもそこまでお酒強いわけじゃなかったしね。

 

「穂乃果ちゃん、着替えて。服洗濯機まで持っていくから」

「面倒くさーい……」

 

 穂乃果ちゃんはそう言って布団をかぶってしまった。こ、これが倦怠期か……!! い、いやいや俺はラブ全開だから、倦怠期ではない! ……はずだ。

 

「しょうがない、俺も寝よう」

 

 なんだかんだ言って、仕事で疲れてるし。まだ9時回ったくらいだけど、このまま寝てしまおう。とその時、家のインターホンがなった。誰か出てくれるだろうと思って布団を被ったら、お母さんが部屋に入ってきた。

 

「穂乃果ー? ってあれ、寝てる。お客さんなんだけどなぁ……」

「あ、じゃあ代わりに俺出ますよ」

 

 そう言って玄関へ向かった。穂乃果ちゃんへのお客さんって誰だろう、しかもこんな夜中に。夜中ってわけでもないか……はい?

 玄関へ向かうと、少し暖かそうなコートを着た女性が立っていた。幼さの残る顔立ちに、片側で円を描くように結われた長い髪。その唇に、見覚えがあった。

 

「もしかして、ことりっちか……?」

「ぇ……? うん、もしかして……?」

 

 お互いに指差しあって、慌てて手を引っ込めるが次の瞬間俺は懐かしさで飛び出していた。近くに寄ってみると、ぜんぜん変わってない!

 南ことり、穂乃果ちゃんと俺の同級生でμ'sの元メンバー。今は確か、大学に進学していたはずだけど……?

 

「どうしたの、こんな夜中に」

「穂乃果ちゃんがね、今度会えないかって連絡をくれたの。それでね、連絡返そうと思ったんだけど携帯失くしちゃって……部屋とか、職場のどこかに落としちゃったと思うんだけど」

「仕事? ことりっち、なんかアルバイトしてるの?」

 

 ちょっと意外だ、いったいなんの仕事をしてるんだろう。気になって尋ねてみた。

 

「服飾関係の仕事なんだ。アルバイトだから手伝いくらいだけど、結構勉強になってるんだ」

「へぇ、μ'sの衣装担当って聞いてたからすごいとは思ってたけど、その道まっしぐらな感じなんだね」

「うん。それで……μ'sのことは、穂乃果ちゃんから?」

 

 ことりっちの問いに頷く。というか、あまり声に出して言えないけど穂乃果ちゃんと付き合って、住み込みで働くようになってからμ'sについて勉強したりした。PVやステージの衣装は全部ことりっち監修で作られたっていうんだから思い出してみればすごいなんてもんじゃない。

 

「そっか、穂乃果ちゃんは元気?」

「まぁ、元気かな。といっても、一年前のことまでは知らないけど……」

 

 言ってしまってから、口を噤む。だちゃんから聞いてた通り、この二人はそのことを何より気にしていたし、責任を感じていた。

 

「あの、今日は遅いから……あんまり、長くいられないけど……穂乃果ちゃんのこと、よろしくお願いします!」

「う、うん……分かった。遅いから、送ろうか?」

「ううん、大丈夫。やっぱり、君は優しいね。あの頃から変わってないんだ」

 

 そう言うと、ことりっちは薄く微笑んだ。街灯に照らされたその顔はちょっと朱に染まって色っぽくて、思わずドキリとした。そして後ずさるようにして下がっていき、ことりっちは帰路に向かって走り出した。思わず手を伸ばしたが届くはずもなく。改めて彼女が尋ねてくるのを待とうと思った。

 

「ことりっちは、なんか大人っぽくなってたなぁ」

 

 顔立ちとか、唇の仕草はぜんぜん変わってないのにその変わってない中で色気を手に入れた気がする。あれがアダルトってやつか……穂乃果ちゃんにはない物だ。無くても可愛いけどね、穂乃果ちゃん。

 旧友に会ったせいか、少し晴れ晴れして嬉しい気持ちになって部屋に戻った。その時、俺を襲ったのはとんでもない光景だった。

 

 穂乃果ちゃんの服が俺の布団の上に転がっていた。相変わらず穂乃果ちゃんは布団の下に潜り込んでいた。靴下が見当たらないけど下着は見当たったので、恐らく今穂乃果ちゃんは生まれたままの姿に靴下装備した状態ってことになるな。

 

「穂乃果ちゃん、いくら布団被ってても風邪引くよ、ちゃんとパジャマ着て」

 

 流石俺、下着が散らばってるぐらいではもう驚いたりしない。なお緊張はする模様。

 

「めんどくさい……」

「とか言って、結局脱いだじゃない。ほら、着るまで一瞬だよ」

 

 新しい下着とパジャマを出して、布団の中に放り込むと穂乃果ちゃんはのそのそ動いて布団の中でパジャマを着た。俺は穂乃果ちゃんが脱いだ方の服と下着をバスケットに入れると電気を消して布団へ潜り込んだ。

 

「……おやすみ」

「あ、うん……おやすみ」

 

 珍しく、穂乃果ちゃんが俺の布団に入ろうとしてこない。本当に疲れてるのかもしれないな、俺も疲れてるし早く寝よう。

 瞼を閉じて、時間が通り過ぎていくのを感じつつ意識をまどろみへと解かして行った。

 

 そして、俺が意識を失うのと同じくらいに、

 

 

 

 

 

 ――――――カーテンの隙間から月明かりが入り込んで、俺の頭に掛かった。

 

 




繋ぎ回なので、短めに。
そろそろ雲行きが怪しくなってくるかもな~(ゲス顔)


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