バイト戦士なんだが、バイトしてたら初恋の子に会った。   作:入江末吉

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なればこそ俺も今一度、遅番の勘を取り戻すのだ。


恋人がパンの前出しで気合いを入れていた。

 

「レジ上げ終わりましたー!」

「高坂さんはパン初めてだよね?」

「はい、楽しみです!」

 

 いい気合いだ、と主任の号が飛ぶ。穂乃果ちゃんはというと、いつになく気合いが入りまくりだった。あ、バイト戦士です。

 今日から本格的に夜の部のバイトになった俺と穂乃果ちゃんは数時間という勤務時間をイチャイチャしながら送ってからレジを閉め、閉店時間を過ぎた今サービスカウンターへと足を運んでいた。

 

「よし、旦那に教えてもらいな。彼はこう見えて遅番の神だって評判なんだ」

「へぇ~……すごいんだね! 穂乃果にも分かりやすく教えてほしいな!」

 

 了解でござるよ。俺は一先ずお客さんたちが使って置いていった籠を集めた。そうだな、数は10個くらいあれば十分かな?

 それを1番レジの目の前に並べる。穂乃果ちゃんが籠を数え終わると、俺はパンコーナーの説明をざっくりと始めた。

 

「えっとね、まずパンの人がその夜することはだね、大きく3つに分けられるんだ」

「3つ?」

「そう、1つ目に日付を見て、消費期限が明日の日付のものを籠に放り込むのね。このとき、食パンだけは明後日の数字も籠に入れちゃうから忘れないでね」

 

 穂乃果ちゃんは俺が言ったことを一生懸命メモに書き留めていた。別に聞かれたら逐一教えるから気にしなくてもいいんだけどなぁ、そこも俺のお嫁さん(予定)の可愛いところだよね。

 

「2つ目に、あそこの冷ケース。ロールケーキとかプリンとかが入ってるケースね、ここも明日の日付のものを隅っこに集めて最終的にメモ帳かなんかに日付を書いて貼っておきます」

「じゃあ、基本的には日付を見る仕事で大丈夫なんだ」

「そうそう、3つ目はお団子とか饅頭の――――」

「日付を見るんだよね? 明日の日付だけ籠に入れる、でしょ?」

 

 その通り、穂乃果ちゃんの頭を撫でる。すると穂乃果ちゃんが「ぽわぁ」っていう笑みを浮かべるので、腕が止まりません主任ふへへへ。

 

「おいこら、イチャつくのは勤務時間終わってからにしろ。イチャつく時間まで給料払わないからな!」

「すんませーん」

「ずびばぜん……」

 

 2人して叱られたので仕方なく仕事に戻ることにした。さてと、俺はどうすっかなー。冷ケース見てもいいんだけど、大変なパンの方穂乃果ちゃん1人にやらせるわけにはいかないしな……よし、穂乃果ちゃんには冷ケースやってもらうか。

 

「穂乃果ちゃんは冷ケースやってもらえる? パンの方は大変だしさ」

「大変なら、2人で一緒にやろうよ。その方が早く終わるでしょ?」

 

 天使かよ……穂乃果ちゃんの優しさの提案に全俺が泣いた。パンの棚は全部で4列、その他にも菓子パン置き場などがあるから棚は手分けした方が良さそうだ。

 

「あと、食パンは明後日以降も商品として並ぶからあまり重ねないようにね。6袋入れたら籠限界だと思うから籠は変えちゃって」

「分かった、パンには優しくしないといけないんだね」

 

 その人間を相手にしてるような言い方にくすりと笑って、俺はパンを整理し始めた。夜の部の仕事は、基本的に閉店してからが本番だ。

 パンの整理の他にも、以前俺が穂乃果ちゃんと喋りながらやってたリカーの整理だとか、休憩室の掃除、たまに店中にチラシを張るって言う仕事があるな。

 

 どうやら今日の俺は呪われてるらしい、菓子パン類の日付が明日のものばっかりだった。それを籠に丁寧に入れていく。隙間という隙間にパンを挟み込んでは手にとっていく。

 ここらでふと穂乃果ちゃんの方が気になり、目を向けてみたら穂乃果ちゃんはパンを見て目を輝かせていた。それに伴って、手が完全に止まっていた。

 

「穂乃果ちゃん、仕事が先ね」

「ハッ!? ご、ごごごごめん! ちょっとあんまりにも美味しそうだったからつい……えへへ」

「気持ちは分かる、特に昼ご飯から時間経ってるとパンの仕事地獄なんだよね」

 

 穂乃果ちゃんは特にパンが好きだから余計にそうだろうな。手分けするのも良く無さそうだぞ……あ、そうだ。

 

「主任、これレジ通しておいてください。代金は後で大丈夫ですか?」

「うぃー、大丈夫だぞー」

 

 サービスカウンターのレジを上げるでもなく暇そうにこっちを観察していたらしい主任に穂乃果ちゃんが見ていたパンと俺が食べたいと思ったパンをいくつか渡してスキャンしてもらう。これは閉店後も仕事がある店員のためのサービスだ。

 

「帰ったら、一緒に食べよう」

「うん! じゃあお仕事、早く終わらせちゃおう!」

 

 それからの穂乃果ちゃんは人が変わったようにパンを整理する速度が上がった。冷ケースの中は奇跡的に明日の日付のものが無かった、暑いから冷ケースのなかの商品は結構売れるんだよね。

 しかし食パンは明後日の分も入れなくちゃいけないので必然的に籠が増える増える。それでも本気を出した穂乃果ちゃんの速度の前には微々たる量だった。

 

「さすが遅番の神の嫁だなぁ」

「ですよね、穂乃果ちゃん有能ですよね?」

「高坂さんは有能だけど、旦那はよく喋るな?」

「すみません……」

 

 主任に上手い具合にからかわれた、悔しい。でも穂乃果ちゃんが褒められたから嬉しい、ビクンビクン。なんだ今の。

 パンの整理が終わると、籠に日付を書いたメモを貼っておく。値引きシールを貼る人が日付を確認しやすいようにだ。しかも穂乃果ちゃんには説明してないのにきちんと日付、棚ごとにパンが分けられていた。見事としか言いようが無いな。

 

「よし、じゃあ上がりでもいいんだけど……どうやらリカー手こずってるみたいだから手伝ってあげてくれるかな、高坂さんは上がりでもいいよ」

「いえ、一緒にお手伝いします! 困ったときはお互い様なので!」

「優しいなぁ、浮気するなよ? 高坂さん泣かせたらクビだかんね」

 

 俺どんどん主任に弄られてるよね? そろそろパワハラに値しない? 問題なのは穂乃果ちゃんが相対的に褒められて俺が許しちゃうところだと思うのね、これは問題だわ由々しき問題だわ。

 いずれお前の奥さん可愛いからお前死ね!って言われても穂乃果ちゃんが可愛いって言われて気を許しちゃって結果的に自刃しかね……いやねーよ。

 

 お酒売り場に赴くと久しぶりの背中に懐かしさがこみ上げてきた。

 

「おーい白石くん! リカー手伝いに来たぞーい」

「あぁ先輩、ありがとうございます! 暑いとビール売れちゃって、困りますよね」

「俺ら的にはな、お店的には大喜びだ」

 

 どうやらリカーは白石くんのようで、既にばら売りの補充は済ませているようだった。後は6個入りパックの補充とチューハイの類か。

 

「穂乃果ちゃん、この台車にチューハイ乗せて持ってきてくれるかな」

「うん、分かった!」

 

 俺は口頭で穂乃果ちゃんに持ってくるチューハイの缶の種類、大きさ、数を伝えると白石くんが持ってきた6個パックを次々に積み重ねていく。

 

「先輩、高坂さんと付き合ってるんですか?」

「良くぞ聞いてくれた、将来を約束した仲だ」

「……それはすごいですね、おめでとうございます」

 

 白石くんの表情が陰る。無理も無いか、彼はμ'sのファンで俺より前から……俺より前からアイドルの穂乃果ちゃんを知ってる。恋していたなら、俺ほど憎い恋敵もいないだろう。そう考えると、今の返しは些か配慮に欠けるのではないだろうか?

 

「高坂さんには内緒ですけど、僕南ことりさんのファンなんです」

「ことりっちのファンか、ここだけの話な。俺とことりっち、幼馴染なんだぜ。君さえよければ、場をセッティングしても良い」

「本当ですか!? でも、今はまだやめておきます。もっとかっこいい男になるまで我慢します」

 

 強いな、白石くんは。これでまだ高校生だっていうんだから、あとどれくらいの女の子を泣かせるんだろうな。3年後が少し楽しみになった。彼が学校を卒業するまでこの職場をやめられなくなったな。

 それからはあっという間に酒の整理が終わった。元から白石くんが必要な分をこっちに持ってきていたのが大きかったな。

 

「先輩、高坂さんありがとうございました。今日はお疲れ様です!」

「お疲れ様!」

「暗いから、気をつけて帰るんだぞー」

 

 休憩室で着替えると白石くんは制服姿で帰って行った。俺も店のユニフォームを脱いで畳むと自分のロッカーの中にしまった。

 

「ねぇねぇ」

「何? ……ってうぉう!?」

 

 思わず素っ頓狂な声が出た。なぜなら、穂乃果ちゃんがシャツのボタンを留めずにこっちを見ていたから。

 

「ふふっ、いつまで経っても慣れないよね」

「生憎女の子の下着姿なんて姉ちゃんと母さんしか見たこと無いからね」

 

 穂乃果ちゃんはシャツを肌蹴させたまま俺に歩み寄ってきた。俺を見上げるようにして穂乃果ちゃんが催促する。俺は目のやり場に困りつつ、最終的に目を閉じた。

 

「女の子みたい」

「穂乃果ちゃんがより乙女チックになれば問題ないんだよ」

「まるで穂乃果、乙女じゃないみたい」

 

 忘れるもんかよ、これ以上無いくらいに乙女を極めてた君のこと。目を閉じていると、唇に宛がわれるソフトな感触。少し吃驚して体が跳ねる。

 

「続き、する?」

「いやしないって、ここ職場だからね!?」

「でもこの部屋、カメラ無いし……ね?」

 

 ね? じゃない、隣は事務所で次長がまだ仕事してるんだって。あの日以来、穂乃果ちゃん欲求不満なんじゃないかってくらい積極的でそろそろ理性が在庫切れになりそうなんだよ……

 

「だって、家に帰ったら雪穂がさ……穂乃果の彼氏なのに、異様にベタベタするし遠慮しないし!」

「雪穂ちゃんも年頃の女の子でいろんなことに興味があるんでしょ……たぶん」

「でもあなただけは取られたくないの! そんなの絶対嫌!」

 

 駄々を捏ねるようにそう言って聞かない穂乃果ちゃんをどうにか宥める。とにかく職場でするのは、まずい。そもそもキスですら問題ありだ。

 誰かに見られる前に穂乃果ちゃんの着替えを済まさせ、俺たちはサービスカウンターで待ってるであろう主任の下へ赴きさっきのパンの代金を支払った。

 

 袋を2人で持つようにして、擬似的に手を繋ぎながら俺たちは穂むらを目指した。その間も穂乃果ちゃんはどこか不機嫌そうで、声が掛け辛かった。

 やがて、穂むら前の街灯の下へ出たとき。穂乃果ちゃんが袋から手を離した。

 

「私は、穂乃果は、貴方の彼女なの……もう、友達じゃないの」

「うん」

「だから、無理矢理満足はしたくない」

「うん」

 

 穂乃果ちゃんの独白を受け止める。俺ばっかり我慢してるのは、節度なんていう子供が最初の3日間だけ定める守れないルールを、守ろうとしているからで。

 

 守る意味が、無いと思ってさえしまえば。

 

「…………っ」

 

 こうして、穂乃果ちゃんを抱き締めてしまえる。彼女の人としての全てを躙るような、獣のような愛撫が出来てしまう。

 

「あ……んっ……く、ふっ……!」

 

 穂乃果ちゃんの肢体を撫で回し、その嬌声を耳で受け止めて、首筋へと舌を這わせる。身体をぴくり、ぴくりと跳ねさせて反応する穂乃果ちゃんがたまらなく愛おしい。

 このどす黒い、好きだから汚したいという穢れた思考に塗り潰されそうになりながら、必死に穂乃果ちゃんに溺れる。溺れさせてしまえば、身動きは取れないはずだから。

 

 俺は穂乃果ちゃんの身体を好きにすることで、自分の欲をコントロールするようになっていた。

 

「フロントホック、だったっけ」

「そうだよ、待って、たんだから……っ、あんっ!」

 

 鎖骨の窪みに舌先を走らせる。唾液の線が夜の街灯に照らされてぬらぬらと光って消える。瞳を揺らして甘い吐息を吐きながら恍惚とする穂乃果ちゃん。

 

 もう我慢の限界だった。どちらかが果てるまで、この行為は止まらない。そんな気がした。

 

 アスファルトの上に落ちたビニール袋が拾われたのは、だいぶ後のことだった。お互いに溜め込んでいたものを爆発させたような気がして、顔を見合わせないようにして2人の部屋へと戻った。

 俺が着替える間も、穂乃果ちゃんは外にも出ないし目も逸らさない。穂乃果ちゃんが着替える間も、俺は外に出ないし目も逸らさない。

 

 布団に入れば、穂乃果ちゃんが後ろから入ってくる。寝返りを打って、面と向かえばどちらともなく貪り合う。

 今この部屋に人間はいない、いるのは動物だ。理性を超えた欲で相手を汚すだけの獣が2匹、布団の中で交じり合っていた。

 

「今日は、寝かさないでね」

「努力するけど、声は抑えてね」

 

 そう呟きあって笑い合うと、眠れない夜が幕を開けた。月が窓の外からこちらを嘗め回すように場所を変え、太陽が空の果てに頭を見せ始める頃には2匹は人間に戻っていた。

 布団は乱れ、服も皺だらけになってしまった。

 

「今日、休みか仕事……」

「そうだよ、どうする?」

 

 

 

「「寝よっか……」」

 

 

 

 満場一致、2人の意見が重なり穂乃果ちゃんは自分のベッドに戻って寝ていった。さすがに日が出てるうちに同じ布団で寝るのは避けたいらしかった、俺としても暑いから出来れば昼間は1人で寝たいな。

 疲労感と汗に塗れた身体のまま、瞼を閉じる。太陽の光が徐々に瞼の上から目を焼こうとするのでカーテンを締め切り、意識をシャットアウトする。

 

 それから俺たちは心配したお母さんが起こしに来るまで夢も見ないまま眠り続けた。今度は惰眠をむさぼるようにして、ひたすら寝続けていた。

 

 

 

 




エロいことしたかったわけじゃないのにエロくなったぞなぜだ←

もうこれでいいか←

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