バイト戦士なんだが、バイトしてたら初恋の子に会った。   作:入江末吉

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久しぶりです、今回もタイトルオチをかましていきます。




近所のお姉さんが、恋人の知り合いだった。

 

「え、プール? あ~……うーん……え、いや行く行く! 絶対行くよ!」

『本当に? 良かったぁ~。亜里沙ちゃんと雪穂に誘われたんだけど、年上が私だけだとしっかりしなきゃって思っちゃって楽しめないところだったよ』

 

 人それを他力本願と言う。だが穂乃果ちゃんなら許す!! わたくし、穂乃果ちゃんが白だと言うのなら世界中のカラスを真っ白に染め上げてみせる!

 冗談はさておき、俺の誕生日を明後日に控えた今日がもうすぐ終わりそうなときそんな電話が掛かってきた。

 

「分かった、水着は一応一昨年のがあるから大丈夫」

『そっか、うん。じゃあ明日穂乃果の家で待ち合わせ! 遅れないでね!』

 

 遅れるもんですか、通話の切れた電話を耳から遠ざけると勝手にスマホはスリープモードに入る。それをテーブルのスタンドに立て掛けて充電開始を見届けると、俺はベッドに飛び込んだ。

 ……ひゃっほぉぉぉぉぉぉおおおおお!! 夏の終わりになんというイベント!! 俺は今、人生の絶頂にいる!! もっと先へ行きたくはないか少年! 行きたいっす!!

 

 枕に顔を埋めながらバタバタと暴れ出す俺。途中から意味不明な言葉も放っていた気がする。だって考えてみなよ、黒一点!! 俺以外は美少女中の美少女だぜ!? これでドキドキしない方がないわー、不能かと、ホモかと。

 

 ガン!

 

「すみません! すみません!」

 

 騒ぎすぎて隣接する部屋から壁ドンを頂いた。相手が誰かも分からないのにそっちに向けて一心不乱に頭を振り下ろし続けた。

 あー、しかし昂ぶりすぎて寝る気にならないな。よし、こんなときは~……

 

「スレ立てたぞ、さぁ集えよ我が同胞」

 

 嫁は万夫不当のアイドル王、相手にとって不足なし。いざネトウヨたちよ、伝説の偶像に我が覇道を見せようぞ……ってな。バカなこと言ってないでカキコっと。

 

 1:バイト戦士「突然だがみんなに良いニュースがある。このたび念願かなって、彼女が出来ました」

 

 2:名無し「戦士キターーーー!!」

 

 3:名無し「それマジ? 出会いに対して成就早すぎるだろ常考」

 

 まぁな、電光石火の如く商品を右から左へ流す仕事してるからな。アホなこと言ってないで続き続き。

 

 12:バイト戦士「かくかくしこしこありまして。彼女と俺の同級生が切っ掛けをくれたと言いますか」

 

 13:名無し「その辺kwsk」

 

 言われなくても。俺が詳細を書き込んでいる間にレスが恐ろしい勢いでついていくのですがそれは。ちょっと待て安価安価。

 

 43:バイト戦士「>>13 幼馴染ちゃんが、彼女のこと愛してるって言えるレベルじゃないと安心してお任せ出来ないって言ったのね。そのことについて深く考えてたら仕事ミスしまくっちゃって、心配されたのね。そしたら、俺が幼馴染ちゃんのことが好きみたいな展開になって慌てて好きって言ったらオーケーだった。というか、両思いだったでござる」

 

 44:名無し「ファーーーwwwwww」

 

 45:名無し「おめでとう氏ね」

 

 死ぬかアホ、俺の幸せはこっから始まるんじゃい。

 

 52:バイト戦士「で、明日は彼女と彼女の妹とその親友でプールにデート行ってきます。全員美少女なので今から楽しみです」

 

 68:名無し「明日19歳フリーターが殺害されないように祈っておくわ」

 

 72:バイト戦士「>>68 マジで頼むわ」

 

 それと交通事故にも遭いたくないので、どうかみんなで俺の無事を祈ってくれ。俺の成功を祈ってくれたお前らに幸あれ、じゃあな俺は寝る。

 ……というわけにも行かず、俺はそのスレの軌道が落ち着くあたりまでみんなを見守りながら準備を進めた。と言っても水着は難なく入った、学生時代よりスッキリしてるからな。

 鞄に水着を詰める、そして水着と同じスペースに残っていたとあるボトルを見て固まる俺。

 

 そのボトルは、日焼け止めクリームだ。試しに開けて手に馴染ませてみると、あまり使って無い故中身がだいぶ残っていたし新品同様だった。使用期限もまだまだ先……つ、つまりだ。

 

 

『あの、日焼け止め……忘れちゃって』

 

『大丈夫、俺が持ってきたよ』

 

『そ、それでね……出来れば塗ってほしいなって……ダメかな?』

 

『俺が塗っていいの?』

 

『ぅ、うん……あ、水着つけてたら塗りにくいよね……少しだけ、向こうむいててもらえるかな?』

 

 

 ということがありえるかもしれねえええ!!! こ、こいつを忘れるわけにはいかねえ!!

 俺は日焼け止めクリームのボトルを鞄に放り込んで、厳重に保管した。明日こいつを忘れるなんてことになったら俺は俺を許せねえ、たぶん一年ぐらい自分で自分を恨む。

 

 はーやっべドキドキしてきたぁ! もう寝よう、遅刻したら怒られるからな! さらばスレ民、戦果の報告を期待せよ!!

 

 

 

 

 

『も~、ダメじゃん! ちゃんと起きててくれなきゃ~!』

「ごめん! ごめん!! 本っ当申し訳ない!!」

 

 結局眠れませんでした。だって穂乃果ちゃんの背中とかいたるところに日焼け止め塗る妄想とか、穂乃果ちゃんどんな水着なんだろうとか、エルメスたんに雪穂ちゃんは背伸びしてビキニタイプかな、それで案外穂乃果ちゃんの水着が子供っぽかったりとか考えてたら眠れるわけもなく。数えていた羊は狼に食べられちゃいました。俺の煩悩っていう名前の狼に。

 

『私だって楽しみだったけどさ! あなたに寝坊されたら1日楽しめないよ!』

「それについては全面的に同意する。誠に申し訳ないと思ってます先輩」

『他人行儀はやめて、彼氏なんだから』

 

 そうでした、俺穂乃果ちゃんの彼氏(親公認)でした。以後気をつけます。取引先に謝るように誰もいない壁に向かって頭を下げ続ける俺、かなりシュールである。

 

 ピンポーン。

 

「あ、ごめん。来客だ、掛け直すから」

『ち、ちょっと待ってって!』

 

 名残惜しくも穂乃果ちゃんとの通話を切る。にしても、えらい朝早くからお客さんだな。階段を下りて玄関に行くと、すりガラスの向こうにお客さんが待っていた。

 

「はーい、どなたですか?」

 

 そう言ってドアを開けた瞬間、猪と錯覚するレベルで突進されて思わず玄関に尻餅をつく。あと今こっそり尾骶骨打った、すげえ痛い。

 

「ドッキリ、だよ。迎えに来ちゃった」

 

 その声を聞いて、ようやく俺は穂乃果ちゃんが仕掛けた盛大なドッキリであることに気づいた。さっき電話してるときには、穂乃果ちゃんはもうこっちに向かってたんだな。

 そして、家の前に着いてインターホンを押すと俺が出てくる。俺が出なくても、俺の部屋まで通してもらえば同じことだ。尤も、今朝はみんな仕事なりなんなりでいないけど。

 

「いらっしゃい」

「おはよう……っ、やっぱりあなたの中は落ち着くね」

「俺も穂乃果ちゃんが腕の中にいると幸せ」

 

 ちょっと前にもこうして抱き合ったけど、仕事中でいつ誰に見られるかとビクビクしてた。けど今はそんな心配いらない、今この家には俺たちしかいないんだから。

 約束をすっぽかしてしまおうか、そんな邪な感情が湧き出てくるけど穂乃果ちゃんの肩から下がってるプールバッグを見て、楽しみにしてたんだなって思うとその気は失せる。

 

「じゃあ、行こっか」

「あ、雪穂迎えに行かなきゃ。亜里沙ちゃんたちと先に駅に向かってるんだって」

 

 そうなのか、俺もプールバッグとリュックを背負って靴を履いて、ようやく気付く。

 

「ん? 亜里沙ちゃん、たち?」

 

 その疑問の答えを数分後、俺は思い知ることとなる。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 そして、待ち合わせ場所は駅に変わったらしく穂乃果ちゃんと仲良くお手々繋いで歩いていくとそこにはエルメスたんと雪穂ちゃん……そして、見たことのないパツキンのお姉さんが立っていた。

 いや、見たことないと思っていたが近づいてみて分かった。彼女、μ'sのメンバーだ。名前は確か、絢瀬絵里。もしかして穂乃果ちゃんが呼んだのか?

 

 いやちょっと勘弁してください俺初対面の女の人に弱いんだよ……弱いって言うのはすぐ惚れるとかじゃなくて、お話出来ない。お忘れですか俺これでも1年とちょっと前までニートでしたからね、反社会的な人間になったせいでコミュニケーションの手段すら忘れてましたからね、仕事始めてなんとか勘を取り戻してはいるけど、相手が年上とか美人なほど俺にはハードルががが。

 

「絵里ちゃん久しぶり! 元気だった?」

「えぇ、穂乃果も元気そうね。雪穂ちゃんから話を聞いていたからずっと不安だったのよ。でもそんな心配、今はいらないかな?」

 

 絢瀬さんが、穂乃果ちゃんと話をする。だちゃんと会ったときのように穂乃果ちゃんは本当に嬉しそうな笑みを見せる。いいもん、俺にだってああいう感じの笑顔見せてくれるもーん、悔しくなんかねーやい。

 と、端から美少女の絡み合いを見ていると横から雪穂ちゃんに脇腹を突かれる。

 

「どう? お姉ちゃん絵里さんに取られて、どんな気持ち?」

「穂乃果ちゃん大好き」

「ブレないなぁ……」

 

 ただ雪穂ちゃんは俺があまりにもけろっと言うもんだから、面食らったような顔をしている。舐めるな小娘、伊達に君より二年生きてないわ。

 

「お兄さん、おはようございます!」

「亜里沙ちゃんおはよう、今日も眩しいね」

 

 君のその屈託の無い笑顔が。エルメスたんは天使である、穂乃果ちゃんとは微妙に違うベクトルで天使である。穂乃果ちゃんが犬なら、エルメスたんも犬だけど種類的に小型犬みたいな。穂乃果ちゃんが撫でると尻尾振る犬なら、エルメスたんは撫でたら飛びついてくるタイプのちっちゃい犬、かぁ~可愛いのう可愛いのう。

 

「お兄さん頬が緩んでるよ」

「ハッ! いけない、これが痴情の縺れか……亜里沙ちゃんの無垢が無意識のうちに頭を撫でさせていた、何を言ってるのかわからねーと思うがとどのつまり亜里沙ちゃんが悪い」

「えっ、そんなぁ……」

 

 グサリ、俺が悪かったです。だからそんな顔しないで、泣きそうな顔しないで、俺が本当に悪かったですずびばぜん。

 

「亜里沙、彼と知り合いなの?」

「もちろん、この人が前話した、電車で助けてくれた人」

 

 ……あぁ、なるほど"絢瀬"絵里か。道理で似ているわけだ、納得。っていうほど似てないな、姉からは切れ者のイメージが漂ってくる。

 絢瀬姉は俺に頭を下げると、爽やかな笑みを浮かべてお礼を述べた。ここで風来坊気取るほど俺対人スペック高くないので、無難に返して……あれ?

 

「失礼ですけど、普段メガネとか掛けてますか?」

「伊達だけど、読書や勉強中とかはよくつけるわ。それがどうかしたの?」

 

 絢瀬姉に俺の伊達メガネを渡してみる。それを掛けた絢瀬姉の姿は、俺の知っている人に良く似ていた。

 

「ひょっとして、水曜日の朝とかゴミ捨てに行きます?」

「えぇ、もしかしてまだ思い出せない?」

「いや……ちょっと世界って思ったより広くないなと思いまして……」

 

 これで髪型がポニーテールじゃなかったら、俺が早朝の散歩や出勤中によく会う近所のお姉さんそっくりで意識してみれば声音も同じだった。

 信じられるだろうか、朝偶然出くわした女性が実は伝説のスクールアイドルでした、なんて。それ言ったら行きつけのスーパーで伝説のスクールアイドルがレジやってるってのもおかしな話だ。

 

「絵里ちゃんたち、知り合いだったの?」

「えぇ、私たち結構近所なのよ。散歩中とか、よく会っては挨拶してくれるのよ」

「いや、挨拶してくれるのは……えーっと、絵里さん? の方からじゃないすか」

 

 これだよ、初対面の女性って呼び方に困る。名字で呼ぶと堅苦しいけど、それがマナーだし……と思っても相手から名前で良いって言われて名前を呼ぶのにも一苦労。でも俺よく穂乃果ちゃんに再会してから高坂さんって呼ばなかったな、そこだけは褒めてやる。

 

「お姉ちゃんとお兄さんも知り合いだったんだ、なんだか嬉しい!」

 

 それだけのことが嬉しいのかエルメスたんは。俺と絵里さんに飛びつく亜里沙ちゃん、あれーおかしいなー、彼女持ちの男にこういうことしちゃいけないって知らない? 知らないか~。

 ……約2名から形容しがたいどころか出来れば目を合わせたくない類の視線を向けられているので、出来ればエルメスたん離れてくれると嬉しいんだけど……と、思っていると絵里さんがエルメスたんを引き受けてくれた、あなたも天使かあなたが神か。

 

 急いで穂乃果ちゃんの隣に戻ってお手々繋ぎ直す。媚びだとか、ご機嫌取りと思われても仕方ないが嫌われるよりは遥かにマシだ……!

 暑いなー、汗が湧き出てくるよー……どう見ても冷や汗です、本当にありがとうございました次回作にご期待ください。

 

「絵里ちゃん、やっぱり綺麗だな」

「あ……」

 

 穂乃果ちゃんが、そう言ってじゃれ合う姉妹を見つめる。確かに、穂乃果ちゃんと雪穂ちゃん以上に仲が良く見える。雪穂ちゃんはこういう表で穂乃果ちゃんに抱きついたりはしないから。

 

「あの、俺がこういうのもなんだけど……俺は穂乃果ちゃんが好き、だから。他の人が綺麗でも、穂乃果ちゃんしか見えてない……よ」

「うん……ありがとう、そうだよね。じゃあ私も、あなたとあなたのことが大好きな穂乃果のことを信じようかなっ」

 

 そう言って穂乃果ちゃんが笑みを取り戻す。よかった、ここで選択肢間違えたらバッドエンド直行だったかもしれない。

 絢瀬姉妹と雪穂ちゃんに先導されて、俺たちは電車に乗る。電車の中は涼しくて、極楽空間だった。

 

「ねぇねぇ」

「ん?」

 

 電車の中で、雪穂ちゃんが俺の脇腹を突いてくる。なんだよやめたまえよくすぐったいだろんふふ。

 

「お姉ちゃん、たぶん気にしてない振りしてるから、あんまり今日は私たちに構わないでね」

「穂乃果ちゃんのことを思ってだろうけど構わないでねって言われるのもそれはそれで辛い」

「茶化さないでよ、お兄さんたちにもっと仲良くなってもらおうと思って誘ったんだから。そしたら、亜里沙が絵里さん連れてきちゃって」

 

 なるほど、ハプニングか。

 

「でも、穂乃果ちゃんも嬉しいんじゃないかな。絵里さんに会うのだって、やっぱり久しぶりなんでしょ?」

「そうだけど……それはそうだけど、お兄さんといる方が幸せかもしれないじゃない」

 

 うっほ、それは嬉しい。μ'sのメンバーより俺といる方が幸せ~、とか言われたら俺死んでもいいかもしれない。

 

「それなら俺も嬉しいな。けど、俺は穂乃果ちゃんに友達とも上手く行ってほしいんだ。俺以外の男といたら妬くけど、出来れば友人関係とか縛りたくないんだ」

「……お兄さんがそういうなら、良いけどさ。お姉ちゃんから離れないでよ? 今日はプールなんだからさ」

 

 あ……

 

 プールと聞いて俺の顔色が変わったのを雪穂ちゃんも察したらしい。気になったのか、どうしたのと聞いてきた。

 

「俺、泳げないんだった。浮き輪、持ってない……?」

「小学生か」

 

 その小学生の時に溺れかけてから泳げなくなってるんだよ!! 悪いか泳げなくて!!

 あらゆる職種に手を伸ばして多才バイト戦士と謳われる俺もプールの監視員とかはやったことがない。なぜなら俺がライフをセーブしてもらう側だからだ。

 

「その点は大丈夫。お姉ちゃん実は泳ぎが上手いから、事故の振りして抱きついちゃえば機嫌も良くなるよ」

「なんというラッキースケベ……相手を間違えたら命が無いな」

 

 

 

 本当に19歳フリーター殺人事件起きないだろうな、今から若干心配になってきたぞ。

 

 




ドッキリだよ(迫真)

告知無しのエリチ回でした~。
すまんな、今週の話も続くんじゃよ。


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