バイト戦士なんだが、バイトしてたら初恋の子に会った。   作:入江末吉

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ダイアリーなので、できれば短くても毎日投下したいなぁ←


スーパーで待ってたらまた初恋の子に会った。

 

「いらっしゃいませ」

「お、なんか兄ちゃん今日は気合入ってんな」

「えぇ、卵特売日なので」

 

 目の前のおじさんは朗らかに笑う。俺もサービスで割り箸を袋に放り込んで見送る。強いくらい肩を叩かれて応援される。

 次に来たお客さんも素早く、丁寧に、楽しそうに、おもてなしして送り出す。バイバイと手を振ってくれる女の子には手を振り返す。日曜朝の特撮ヒーローが好きな男の子には変身してもらう。羞恥心も無く、人前で変身ポーズを取る彼にはヒーローの資格があると思う。素直に羨ましい。

 

 あれから1週間、来るべくしてやってきた卵特売日。俺は苦渋の選択の末、程々に忙しいレジを選びチェックアウト部門の主任に頼み込んでレジを変えてもらった。

 というのも、愛しの穂乃果ちゃんが恐らくまた姉妹で卵のパックを買いに来てくれると信じているからだ。そしてたとえ姉妹のみであろうと家族連れなら、そして彼女の(俺が知りうる小学生時代の)性格なら必ずお菓子かパンに手を出す。

 

 そして俺のいるこのレジは菓子類の置いてある通路からは、1番近い。俺のレジに人がいなければ、まずここへ来るだろう。この1週間、あの通路から出てきたお客さんが入るレジをひたすら観察した。その結果が、このレジとその前後のレジだ。加えて、知り合いがレジを担当している場合人はそのレジを選ぶという興味深いデータもある。以上のことから、彼女はあの通路から出てくれば80%近い確立でこのレジに入る。

 

 彼女がこのレジに来たところで俺にお話する勇気なんかないけどな!!

 それでもな、彼女がここに来れば話題が浮き上がってくるって俺勝手に信じてるんだよ!!

頼むぞ俺のコミュニケーションを司る語彙神様!

 そうだよそうだよ、今天気どうですか~? から始まる恋があってもいいだろう。

 

 もうお分かりいただけるだろうが、俺はもう1週間前からどうしようもないくらい穂乃果ちゃんに会いたい。

 あの頃の、俺が好きだった穂乃果ちゃんのままだったから、今でも好きでいられる。

 

再燃したこの恋を、どうにか成就させたい!

 

「さぁ来い、恋って言ったんだから愛に来てくれ……」

 

 レジの中で桃色の覇気を飛ばしながらお客さんを迎え入れる。レジにやってきたお客さんはまず俺の気迫に押されてスマホよりも俺が気になるようだった。

すまない、穂乃果ちゃん以外は帰ってくれないか。略してすま穂。

 

 そうだ、今俺に必要なのは彼女の姿が見えたときにレジを開けておくこと、つまり今いる邪魔者を排除する必要がある。

 だがしかし、卵はお1人様につき1パックのみ83円なのだ。つまりぼっちが2パック買おうとすると、2パック目は元の163円になるのだ。つまり家族総出で卵のパックを求めて、おまけにいろいろなものを買っていく人たちが大勢いる。

 

 何が言いたいのか、もうだいたいわかっているだろう。

 そう、家族連れの籠はだいたい量が多い。それを捌いてる間に他のレジに高坂姉妹が入ってみろ。俺は目の前に人数分ある卵のパックを丁寧に1個ずつ潰していくぞ。

 だから、そう意識しているからか今日は籠が多かったり中身が多い客を見ると、目が死ぬ。濁る。無になる。むしろ感情を殺して作業を進めるのだ。俺はただの精算用マシーンだ。ピーガガガ、卵1パック83円、お客様お連れさまいらっしゃいますかーガガガ。

 

「いらっしゃいませー」

 

 声を出す。俺の存在をアピールすることも必要だ。もし、もし既に店内に高坂姉妹がいるのなら。俺の声に応えてくれ、無理ですね分かってた。

 だがしかし、このようなシャウトはMMORPGよろしく他のお客さんの注意を引く。そしてガタイの良いマッチョなお父さんと小さなお母さんとその周りに群がる4人の子供たちを見る。子供を見るときだけ顔が緩む、可愛い。

 

 だが、その後ろからやってきたご家族であろうおじいさんとおばあさんが押しているカート、その上下に乗っているこんもりと商品の乗せられた籠を見て、態度が豹変する。

 約束しよう、あなたたちがこのレジで俺の足止めをしている間に高坂姉妹が、穂乃果ちゃんが他のレジに入ってみろ。籠を引っくり返してやるからな!!!

 

 そこからは、目にも留まらぬ速度で俺は商品を分け始めた。重いもの、特に下に置いて問題ない大きめの野菜郡をまず引っ張り出し、籠の下へ敷く。次にパックに入ってラッピングされた肉類だ。だが同じ大きさのパックに入った肉はラップ部分を合わせることによって強固な土台と化す。上に重ねたパックが、そのままテーブルになるからだ。

 

「おお、すごい」

「お兄ちゃん速い!」

「カッコいい!」

 

 お父さん、少年、可愛い少女が口々に俺を褒めちぎる。よせやい照れるだろ。だが確かに自画自賛しても許されるほど、籠の中身はきっちりしていた。

 だが、まだ2つ目だ。重そうなものを優先して籠にぶっこんだだけだ。しかしお菓子や摘み類はぶっちゃけると適当に積んでも大丈夫だから、スキャンしては放りスキャンしては放りを繰り返していた。

 前2つの籠とは違い、すごく適当に積まれている籠を見てお母さんが苦笑する。すみません、

すまない、すまん許せ。こっちも忙しいんだ。

 

 そして最後の、おばあちゃんの作った籠だろう。いかにも健康重視の商品の入った籠に手を付ける。そしてそこにはレジでのバイト天敵ベスト3に入るであろう難敵が群れを成していた。

 簡単に言うと、ヨーグルトやプリンなどの小さめのがいくつも入っているセットのことだ。当然これらのものを食すには、そう……"スプーン"がいる。

 

 4つ集まった正方形のヨーグルトセット、俺はその数を数えながら籠へ入れていく。その数、5セット。つまり単純計算でも20個はある。

 そして、スーパーのチェックアウト部門のこれいらないだろ系掟その1、スプーンとお箸は

お惣菜やヨーグルトが来たときは必ずお伺いすること。

 

 その2、多くても必要な数は必ず入れること。

 

 俺は、掟に従わなければならない……ッ!! だが、お客様の鶴の一言「あ、大丈夫でーす」が聞ければ、それさえ聞ければ!!

 

 

 

「……スプーン、お付けしますか?」

 

 

 

 ゴクリ、と生唾を飲み込む。俺の頬を、一筋の汗が流れていく。

 おばあさんは微笑んでいた。あぁ、女神の笑みだ。これは家で、食後のデザートとして食べるのでスプーンはいりませんよ、という慈悲の笑み―――

 

 

 

「はい、お願いします」

 

 ガッデム! ちくしょう、神は死んだ神なんかいねえ!! でも穂乃果ちゃんっていう女神は存在する。

 

 俺は急いで通称シャカシャカと呼ばれる半透明の袋に20本のスプーンをぶっこんでいく。この際数を合わせる必要はねえ、20本より多けりゃいいんだ!!

 スプーンが圧縮され入れられているポリ袋に手を突っ込み、掴めるだけのスプーンを取ってシャカシャカへ放り込む。

 

 まず20本は入っているだろう。俺はその後残った果物類を入れるのに必要である丈夫な袋を籠に入れると、"小計"ボタンに人差し指を掛けお客さんに尋ねる。

 

 

 

「……お会計、以上でよろしいですか?」

 

 

 

 さぁ首を縦に振ってくれ、微笑みながら首を縦に振ってくれ……!

 しかし俺の願いも空しく、お父さんもお母さんも少年も可愛い少女もおばあさんもおじいさんもそっぽを向く。

 

否、そっぽを向いたのではない。援軍を、呼んだのだ。

 

「お待たせ、今夜のおかずこれで良かったかな?」

 

 それなりに長身で美人なお姉さん来たー! と思ったのも束の間、今夜のおかずという名の

お弁当が入っていた。おかずじゃねーよそれ主食。

 そして、当然再びやってくる、質問タイム。俺は掟に従い再び緊張した面持ちで尋ねた。

 

「お箸、お付けしますか?」

「お願いします」

 

 ガッデム! なんて言うと思ったか引っかかったなバカめ!

 俺はこのお姉ちゃんが来た瞬間、既に箸が入った棚を探って人数分の箸を用意してたんだよ!!

 

 もちろん数秒で全ての商品をスキャンすると、俺は今度は問答無用で小計ボタンを押し、会計モードを起動する。

 

「お待たせしました、11,304円頂戴いたします」

 

 そして渡される1福沢2野口(12,000円)。俺はそれを打ち込み吟味台へ置くと、差額をお釣りとしてお父さんにレシートごと渡す。

 やりきった、ニコニコと笑顔のおばあさんとおじいさんと可愛い少女を手を振って見送る。なんて清々しい気持ちだ、こんな爽やかな気持ちになったのは3年ぶりくらいだ。

 ……商品を移す前の籠を引っくり返す云々のことは忘れたことにした。うん、ごめんなさい。

 

 俺は額の汗を拭い、再びお菓子コーナーと店の入り口の観察に戻った。いつ現れるのか、マジマジと見つめ続けた。そのうちポテトチップスのパッケージのキャラクターと目が合うがお前じゃないんだ、すま穂すま穂。

 

 そして、周りのレジもまたお客さんを待ち始めるようになった。どうやらレジに入ってからだいぶ経っていた。前回もこのくらいの時間だったな。

 早く来ないかなー、とニヤニヤしそうな顔をマッサージしてニコニコに変換しようとしていた時だった。ピッ、というスキャンの音が少ない状態だったから話し声が聞き取りやすかったのかもしれない。

 

 聞き覚えのある姉妹の声がした。

 

「来た……!」

 

 さぁ、どこにいる。お菓子コーナーか、今日は何を買っていくんだ。ポテチか、飴か、それともパンか……!

 ジッと、お菓子コーナーの出口を見つめていると、どんどん声が近づいてくる。

 

さぁ来い、おいで俺の女神(ミューズ)

 

 

「良い? お姉ちゃん、今日は卵だけだからね?」

「えー、お菓子も買っていこうよ~。あんこもう飽きた~!」

「自腹ならいいですよー、ただし私はお母さんから卵2つ分のお金しか預かってないからね~」

 

 

 

 ギギギ、俺の首は180度回転しそうになって断念。そのまま振り返る、後ろのレジの室畑くんが驚くけど、君じゃないんだ。

 そして結論から言うと俺の女神は、2個後ろのレジで本日の特売品、件の卵のパックを2個買っていた。しかもそれ以外の商品は、持っていないようだった。

 

 そう、彼女たちが利用したレジは"お菓子コーナーの出口に1番近い俺のレジ"と同じく彼女たちが来る可能性の次に高かった"青果コーナーから1番近いレジ"だった。卵のパックは青果コーナーの隅に置いてあるのだ。

 

 俺の賭けは俺のオーバーランで負け、深読みし過ぎてチャンスを逃した。お菓子も買う、という俺の読みの手前を行くスタイル。

 

 

 

「――――ノォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 

 

「だ、大丈夫ですか?」

「気にしないでくれ室畑くん……俺は負けたんだ、あと1週間甘んじて待つよ」

 

 そうだ、卵の特売日は来てくれるって分かったんだから、それだけでも御の字だろうさ。少なくとも週に1日は会えるんだからさ、いいじゃないか。

 穂むらに饅頭買いに行けって意見はもっともなんだけど、俺にそんな勇気は無い。人前で特撮

ヒーローの変身ポーズを取って変身と叫べるようになったら考えてみる、絶対無理。

 

 室畑くんの肩越しに穂乃果ちゃんを眺める。後ろ姿しか見えないけど、相変わらず可愛いなぁ。そういえば、彼女の友達……誰だっけな。そうだ、だちゃんとことりっち。彼女たちは元気にやってるかな。

 それにしても可愛いなぁ、うん可愛い。穂乃果ちゃんのどこが好きなんだって言われると、返答に困るんだけどもさ。なんていうか、リーダーシップとはまた違うんだけどいつもみんなの輪の中心にいられる魅力かなぁ、ただ可愛いから好きになったわけではないんだけど……なにしろ小学生時代の初恋だ、理由まで覚えてない。ただ、初恋ってなぜか好きになってることあるんだよね、わかってもらえるか――――

 

 そのときだ、頭の中で誰かに話しかけていると不意に彼女が振り返って、目が合った。

ガッチリ、とまるで列車同士が連結するように視線が重なる。

 

彼女は、穂乃果ちゃんは、微笑んでくれた。それだけのことが、どうしようもなく嬉しかった。

 

 そして穂乃果ちゃんは雪穂ちゃんに何かを言うとこっちに視線を送ったまま、通路に向かって

行き―――商品棚に見事にぶつかった。

 

「へぶっ!」

 

 直後、インスタントのラーメンや缶などが少し棚から落ちて転がってしまう。穂乃果ちゃんも棚に頭をぶつけて、鼻を押さえていた。

 

「いったーい!」

 

 鼻を押さえてじたばたする穂乃果ちゃん、とにかく棚に商品を戻さないと……

 

「室畑くん手伝っ……てくれなくていいや、お客さんの相手してて」

 

 後ろのレジの室畑くん(18)はお客さんが入っていた、その後ろのレジでは相変わらず雪穂ちゃんが会計しているし今この商品を棚に戻せる、つまり手の開いた係員は俺しかいなかった。

 

「大丈夫?」

「う~……鼻が痛い」

 

 むくりと起き上がった穂乃果ちゃんの鼻は赤くなっていた。でも血は出てないようだし……

なにより鼻の頭を擦りながら涙目の穂乃果ちゃん可愛ええ……お持ち帰りしたいです店長。

 インスタントラーメンやツナ缶を棚に戻そうとすると、穂乃果ちゃんは慌てて手を振った。

 

「あぁ、いいよいいよ! 別にそんな……」

「え、いや……棚に戻さないと」

「それ、ぜーんぶ穂乃果が買うよ!」

 

 全部、そう言った後彼女はまた向日葵みたいな笑みを見せてくれた。心臓を掴まれたみたいに胸がキュッとして、また俺の手からラーメンが落ちる。

 それを急いで拾い直すと埃を払って、俺はレジに戻った。出来るだけ、彼女を眺めていたい。

そう思って、悪いかなって思いつつも作業の手がスローリィになっていく。

 

「そういえば、君……同級生だったんだよね。前は忘れてたけど、雪穂に言われてアルバム見返したりして、思い出したんだ。一緒に休み時間、外で遊んだよね。鬼ごっことか、ドッジボールとかして!」

「あ、うん……」

 

 ピッ、ピッと商品をスキャンする音が2人の間で響く。おいぃぃぃ、俺もっと気の利いた返事

あるだろぉぉぉぉぉ!

 でも、でも、でもでもでも! 言葉が口から出て行かないんだ、喉に何かが詰まったように息苦しくてたまらない。

 

「えっと、1,206円……に、なります」

「うぐ、ちょっと負けてくれない?」

「いやいや、怒られるから。値引きしてほしいなら、ほらスタンプカード」

 

 俺はそう言って、スタンプカードを穂乃果ちゃんに渡す。本日分のスタンプと、俺の気持ちとしてもう1個のスタンプを捺す。

 

「これ、買い物するたびに捺して全部埋まったら200円引き、金曜日は……スタンプ2倍」

 

 ぶつぶつと、口にしてカードを押し付けるように渡す。穂乃果ちゃんは、カードをまじまじと

見つめて―――

 

 

 

 ―――ふふっ、ってそう笑った。少し顔を赤らめて笑う彼女は、まさしく俺の女神だった。

 

 

「そっか、ありがとう」

「ど、どういたしまして……ありがとうございました」

 

 店員として、お客さんを送り出す。穂乃果ちゃんは、俺が時間を稼ぐために自分で袋詰めした

商品を持ってレジを出て行った。

 

「あ、そうだ」

「なに? もしかして忘れ物?」

 

 急に思い出した、という風に振り返る穂乃果ちゃん。彼女は俺に近づいてくると、俺の耳元に

口を寄せた。

 

 そして、

 

 

 

「またね」

 

 

 

 そう言い残して、作荷台で待っている雪穂ちゃんのところまで走っていった。2人は何買ったのだとか、そういう話をしながら仲良く帰って行った。

 その背中を放心しながら眺めていると、ふつふつと心の底から何かが湧き上がってきた。

 

「室畑くん、俺はたぶん今なら店長相手にレジ部の給料上げてくださいって言えるかもしれない」

「マジっすか、お願いします」

 

 俺は、無敵だった。今ならどんなお客さんだって捌けるし、どんな神様なお客さんでも許せる

菩薩の心を保てそうだった。

 

 何度でも言おう、今の俺はかなり強い。そして穂乃果ちゃんは可愛い。俺が彼女のことを好きになった理由を、ほんの少しだけど思い出せた気がする。

 そんな夜のバイトだった。

 

 ちなみに店長にレジ部の給料上げてくださいと頼んだら、考えておくって返事が来た。

 これもぜーんぶ、穂乃果ちゃんのおかげだな、そういうことにしておこう。

 

 

 

 

 




短くするつもりが前回より2000文字近く多いってどういうことなの。
基本的に4000~6000の間でやっていこうと思います。

というか、穂乃果ちゃんよりもゲスト一家の方が文字数多いじゃないか(激おこ)

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