バイト戦士なんだが、バイトしてたら初恋の子に会った。 作:入江末吉
海未ちゃんがなかなか強敵でした。
準備は万端、今の俺に資格はない。いや死角がない。いや特に資格もねーけど。
バイト戦士たるもの、1つの職種で統一してはならぬ。ゆえに資格は不要、あえて正社員の下で馬車馬のごとく働くべき。
もちろん、鉄の意志と鋼のハートが必要です。俺は無難に1つのバイトともしくは就職をオススメします。
姿鏡に向かってひたすら、唱え続けること数分。
「俺は、かっこいい!!」
さすがに恥ずかしくなってきたが、自己暗示をかけることによってかっこよく見えるはずだ。
というか、何を恐れることがあろうか。相手は元クラスメイトだぜ、ビビるこたぁねぇ……ビビってなんかいません。
その時、家のチャイムがなる。俺は階段を駆け下り、用意していた鞄に包装された箱を紙袋に入れて玄関を開ける。
「お待たせ♪」
「こちらこそ」
今日も今日とて、天使。軽く余所行きのように気合入れた感じの格好している穂乃果ちゃん。明るい色のブラウスが眩しいです、打ち水に当たったら透けちゃうね……透ける!?
まずい、この猛暑日だ。水鉄砲持った悪ガキがいないとも限らない!! 穂乃果ちゃんの下着は俺が守る! 正直俺も見たいけど世間体を気にした結果だ!!
「じゃあ行こっか」
「うん……うん」
生返事しか返せない。飛んでくる水を警戒しているのもある、が本当の理由は穂乃果ちゃんと昼間に出かけるのは割と初めてだからだ。
それこそ、最近夕方はよく一緒に歩くものの一緒の職場に向かうだけであって……とどのつまり久しぶりにデートしてる気分なのです。
手ぐらい、繋いでもいいだろうか……あぁでも暑すぎて手汗がやばい。こんな手で女の子の手触れるわけねー……諦めよう。
っとと、いかんいかん。気持ちが焦りすぎて早足になってるな……歩幅、合わせないと。こんな俺でも穂乃果ちゃんより歩幅あるんだな。
「……ありがと」
「うぁい? な、なにか仰いまして?」
「ううん、なんでもないよ」
ニッと笑う穂乃果ちゃん。そりゃあもう、ドキッ! としましたね。少し目を逸らして、もう1度窺ってみると、また笑っていた。な、なんなんだ……ドキドキすっぞ。
特に会話が弾まない、普段はバイトの話とかしてるけど……今日は仕事に行くわけじゃないし……仕事の話は、ねぇ?
「あ、そういえばうちの店はもう慣れた?」
あ、お仕事の話オーケーっすか。
「うん、まぁ穂乃果ちゃんの家だしね。お父さんもお母さんも優しくしてくれてるし、雪穂ちゃんもまぁ……構ってくれているし? 出来るなら住み込みで和菓子作り勉強したいくらいだよ」
「そっか、ふふふ。お父さんに伝えておくね」
俺の同棲したいアピールを華麗にスルーした穂乃果ちゃんは満面の笑みを見せる。もうなんだかこのスルーには慣れてきた、涙拭けよ俺。
それで会話を途切れさせるのは忍びなかったので、俺もバイト先の話を切り出した。
「どう、1週間やってみて」
「お昼って思ったよりお客さん多いんだね? みんな仕事帰りに夕飯のおかず買ったりすると思ってたからビックリだよ~!」
「それ、俺も思った。夜から昼間に上がったのはいいけど、下手すると昼間の方が忙しい気がする」
ここでミソなのは、昼間と夜では忙しさの意味がだいぶ違うってことだ。昼間はお客さんが多い、夜はお客さんの荷物が多い。数をこなすという意味では両方忙しいんだけど、なんというか荷物少ない分細かな移動が多い、体力的に疲れる。昼間は、それこそ弁当とかパン買いに来る人しかいないからね。速く商品を流せる俺とかは商品多めでもお客さん少ないほうが実は楽。
「でも、今は2人制で君やいろんな人と一緒に仕事できてるから、辛くないよ」
「それなら、良かった。レジ部とか人がすぐいなくなるところだから、少し心配だった」
やめないよ、と穂乃果ちゃんがそう言った。まぁ彼女の性格的にやると言い出したことを短期間でやめるはずがないか。
それこそ、結果を出すまで絶対に諦めないだろう。
「最近、穂乃果ちゃんと一緒にいる時間が多くなってさ。それを思うたび昔のことを思い出すんだ」
「あの頃の穂乃果、男の子みたいだったよね」
「かもね、あの頃から男の子と女の子って意識し合って距離を取り出す時期だから。実際、だちゃんとことりっちは男子から少し離れてたよね。穂乃果ちゃんが引っ張り回さなかったら、男子との繋がりは無くなっていたかもね」
つくづく、思春期という時間を呪う。あの頃から穂乃果ちゃんが好きだった俺は、徐々に離れる周りの空気に流されて距離を取らないといけない気がした。そうじゃないと、からかわれるから。
子供にとって、周りと違うっていうのはそれだけで大きな攻撃対象に、的になる。だけどそんな俺に、その周りを気にせずに歩み寄ってくれたのが穂乃果ちゃん。
どこから好きになったのかは、覚えてない。離れるのが怖かったのなら、その前から好きだったのかもしれない。ただ明確に一緒にいたいとか、思い始めたのは別れる数ヶ月ぐらい前だったかもしれない。
中学に上がる前、好きって言ってたらどうなってたのかな。ただのマセガキにしか思われないかもな、だって小学生だし。
「ねぇねぇ」
中学校は違う学校だった。それでも学校が近所ってこともあって、登下校中の穂乃果ちゃんたちを見ることがあって。その頃には声も変わり始めて、穂乃果ちゃんという唯一の女子コネクタを失った俺は立派に思春期思想の波に飲み込まれて野郎としかつるまなくなったし、好きでも嫌いでもない女子と話をしてもどもるようになって、部活動にも入らずじまい。
「ねぇ、ねぇってば」
そして高校へ、音ノ木坂とは違って電車を使った場所にある学校へ通い始めた俺はかつての初恋と穂乃果ちゃんをアルバムの中だけの存在にした。
それほど、周囲の女子が劣悪だったというか醜かった。ビジュアルはそこそこでも心が汚いだとかそういう理由で、話すことすら労力に感じた時期もある。
「ねぇーってば!!」
「おおう、ビックリしたぁ……なに?」
「海未ちゃんの家、ここだよ」
少し離れたところで穂乃果ちゃんが門を指差す。っていうか、ちょいとネガティブなこと考えているだけでずいぶん歩いてるな俺。
そして、くるっと振り返って穂乃果ちゃんの場所へ戻ろうとしたときだった。
「へぶっ」
俺の顔を襲う謎の冷水。遠くで穂乃果ちゃんの驚く声が聞こえる。ごめん、タオル持ってない? 持ってないか、残念顔を埋めて深呼吸したかったですごめんなさい。
「あら、ごめんなさい。大丈夫かしら」
「もうまんたい、大丈夫です上半身がびしょ濡れなだけですから」
それ大丈夫って言うのだろうか、俺は言わないと思う。どこから声がするのか、顔の水を払って周囲を見渡す。するとそこには、
「昔見たことあるすげえ美人の人妻がそこに」
「美人だなんて、お世辞が上手いのね」
頬に手を当てて、ニッコリと微笑むその美女は和服を着こなしていた。俺より、少し背が高いくらいか同じくらいの女の人。あの目元、間違いない。
だちゃんの、お母さん。久しぶりに会ったのに、ぜんぜん老けてねぇ! むしろ若返ってないか? 園田の美魔女とか言われてそう。
「海未ちゃんのお母さん! お久しぶりです」
「穂乃果ちゃん? あら~! 久しぶり、2年ぶりじゃないかしら?」
だちゃんのお母様は穂乃果ちゃんがこっちに来るのを見て、さらに顔を綻ばせる。俺が一緒にいた頃からの付き合いだしな、こういう顔も見せるはずだ。
穂乃果ちゃんはというと、いつもの元気を潜めて淑やかに振舞っていた。なんだこのギャップ、抱き締めたいな穂乃果ちゃん。あ、いつもか。
「母様? どうかしたのですか?」
「海未さん、穂乃果ちゃんが遊びに来てくれましたよ」
それからしばらくして、大きなもんが開く。俺は髪の毛からポタポタと滴を零す。アスファルトはいいよなぁ、濡れてもすぐ乾く。俺は時間がかかるんだよ。
門から出てきたのは、俺と同じくらいか少し小さいくらいの美魔女の幼いバージョンみたいなのが立っていた。俺の知っているだちゃんとは、別人みたいな気を放っていた。
あれが、本当に俺たちより一歩後ろでおどおどしてただちゃんだってのか? 時間人を変えすぎだろ……ちょっとしたジェネレーションギャップ起きてるぞ。
「穂乃果、お元気でしたか?」
「海未ちゃんも、久しぶり!」
穂乃果ちゃんが海未ちゃんに飛びつく。まるでじゃれてくる犬を見るような慈愛に満ちた眼差しを穂乃果ちゃんに向けるだちゃん。これ、俺も勢いで穂乃果ちゃんに抱きついてもいい流れかな? 自重しろ? あっはい。
しかしだちゃんは、ようやく俺の存在に気付いたのか、それとも真打満を持してという気持ちなのか。俺へ向き直ると、ぺこりと頭を下げた。
「お久しぶりです、何年ぶりでしょうか」
「7年くらい、かな。中学生のときも、君のことを見かける機会はあったよ。でも同窓会より前に話せてよかった。久しぶり」
気恥ずかしくなって、そっぽを向くと美魔女と目が合う。なぜかニヤニヤしておられた、先ほどの淑やかさはどこへ行ってしまわれたのか。
「中へどうぞ、こんな日の当たるところでは熱中症になってしまいます」
「水浴びたし、だいぶ涼めたけどね」
肌の水分はともかく、日の光を吸収する髪の毛は熱を発しており完全に乾ききっていた。それどころかせっかくセットした髪の毛が水分の蒸発に従って癖っ毛のように跳ね上がったしまった、解せぬ。
だちゃんの家の庭は広く、軽くサッカーできそうだった。もっとも、広さという意味であっていかにも鯉がいそうな大きな池とししおどしがあって、大きく屋敷からはみ出た縁側に趣のある風鈴。
……初めてきたけど、ザ・和風って感じの家だなぁ。
思わず息が漏れる。あ、本当に鯉いるじゃん。でっかいなぁ……と、現実逃避のごとく池を覗き込んでいたときだった。
「へぶっ」
鯉が何こっち見てんだ愚民風情が、と言わんばかりに尾を器用に使って俺の顔目掛けて水を飛ばしてきた。せっかく乾きかけていた俺の身体がまた濡れる。なんやねん、園田家は俺に恨みでもあるんか。
と、そのときだった。両脇からスッと手が差し伸べられた。しかも両方何かが乗っていた。
「どうぞ、良かったら使ってください」
「はい、ハンカチ使って」
左から穂乃果ちゃんがハンカチを、右からだちゃんがハンドタオルを差し伸べていた。さすがにハンカチだと拭き切れないと思ってだちゃんからタオルを受け取った。
「ふぅ、ありがとう。なんか悪いね」
「いえ、うちの母が失礼しました」
遠くでニヤニヤ笑ってるしあの人、まぁ水掛けられたことはそこまで気にしてない。気持ちよかったし頭も冷えた。ただし鯉、てめーはダメだ。
だちゃんにお土産こと穂むらの饅頭を渡す。ふふん、君の好物は既に調査済みなのだよ。伊達に穂乃果ちゃんと再会してからアルバム見返してないわ。まぁ小学生の時の好物だから今も好物である保障はどこにもなかったけどな。
「では、私の部屋へどうぞ。穂乃果、案内してあげてください」
「うん、わかった」
仮にも穂乃果ちゃんもお客さんだけどね? まぁ俺の知らない6年間で深めた絆の賜物か、というか部屋を見るのは初めてだな……いや家に来るのが初めてなんだから当たり前なんだけど。
だちゃんの部屋は思いのほか、可愛かった。ベッドの横にいたぬいぐるみはゲームセンターでよく見るやつだな。学生時代に取ったものかな、たぶん穂乃果ちゃんたちとやったのかもしれない。
「あ、あんまりジロジロ見ないでくださいね……」
と、その時部屋の主が冷たそうな麦茶の入ったコップとピッチャーを持ってきた。お盆をテーブルに置くと、だちゃんも俺たちの前に座る。
「さて、本当に久しぶりですね……穂乃果も、貴方も」
「そうだね、高校卒業以来だもんね」
「俺は小学校ぶりだけどね、本当だちゃん変わったね」
主に雰囲気が。あの日、風邪を引きながら見たμ'sのPV、テレビでの中継。そこにいたのは、園田海未だと言われなければ頭の中の彼女と合致しない人物だったからだ。
そう言うと、だちゃんは恥ずかしそうに笑う。昔の彼女なら、恥ずかしがっても笑いはせずに穂乃果ちゃんたちの後ろへ隠れてしまうような照れ屋だった。
「本当、あの頃に戻れたら俺はファンからやり直したい。んで、穂乃果ちゃんが店に来たらファンですって言ってサインもらう」
俺がそう言うと穂乃果ちゃんは爆笑、だちゃんもクスクスと笑い始めた。俺はまるで落とし穴にはまったみたいな気持ちになった。
「ファンからやり直す、かぁ……あはは! それも面白いかもね」
「そうですね、でも私たちはやり直したいとは思わないんですよ、不思議なことに誰も」
そうなのか、楽しくなかったのかな。そんなはずはない、それはPVの中の彼女たちが真っ先に俺に教えてくれたことだ。
すると俺の疑問が手に取ったようにわかるのか、2人は話し始めた。
「別に楽しくなかったというわけではないんです。ただ、あの頃の
「あの頃の、詞……?」
「知ってる? 私たちが人前で、最後に歌った曲」
知っている、どこで歌っているかも分からない。誰がセンターかもわからない。そんな楽曲があった気がする。
「掛け替えの無い思い出、だからこそ私たちは
「今が、最高ってことだね」
なるほどね、それなら俺もファンからやり直すって必要は無さそうだ。
それから、俺たちは暑さも忘れて穂乃果ちゃんが持ってきたアルバムを見ては穂乃果ちゃんが当時のことをいろいろと話し、だちゃんが恥ずかしがるのをクスクスと笑いながら見ていた。
本当、変わったな。少女から大人へ。今の君は可愛い、というより麗しい。美しいとかって、そういう部類の人間になったんだね。
「海未ちゃん、トイレ借りるね」
「場所は覚えてますか?」
忘れるわけ無い、って言いながら穂乃果ちゃんは部屋を出て行った。そして、残された俺たちの間に漂う謎の微妙な空気。
俺たち、2人だけだとこんなに喋れないもんなのか!? 気まずすぎるわ!
「今日は、いきなり押しかけてごめんね」
「いえ、穂乃果が連れてきてもいいかと尋ねてきたときは驚きました。どうやって再会したのですか?」
話すと長いんだけど、という前置きを置いて俺は穂乃果ちゃんと雪穂ちゃんが俺のレジに来たときの話をした。それから今日に至るまでの経緯。主に穂乃果ちゃんの家で働くことになったことや、穂乃果ちゃんがうちの店で働くことになったことなど。
それを聞いてだちゃんは、なんだか満足そうな顔をしていた。
「どうか、したの?」
「……そうですね、貴方には話しておこうかと思います。けど、貴方は知っているのですよね? 穂乃果が、受験に失敗して……」
「うん、それからだちゃんとも、ことりっちともμ'sのメンバーとは誰とも会ってないって」
それだけは、バイト中になんともないような顔で穂乃果ちゃんに教えられた。だちゃんは頷いて、俺が折った話の続きを語り始めた。
「穂乃果は、最初こそニコニコしていました。けど卒業式が終わると、参加しそうなクラスの打ち上げにも参加せずに家へ帰りました。雪穂から聞いた話では、しばらく部屋で塞ぎこんでいたそうです」
正直、信じられない。あの穂乃果ちゃんが、部屋に閉じこもって塞ぎこむなんて。でもありえない話じゃない、経験者がここにいる。
だから痛いほど気持ちはわかったけど、俺は何も言えなかった。それほどだちゃんの目が続きを話す意思を持っていたから。
「さっきはあんなことを言いましたけど、私はあの時死ぬほど後悔しました。そもそも高校入試が定員割れなのです、緊張感に慣れていなかったんです穂乃果は。だというのに、私もことりも気にせず自分のことで精一杯になっていました。だから、出来ることなら時間を戻して穂乃果に大丈夫だと、今までやってきたことをすればいいとアドバイスしたい」
だちゃんが、まるで罪を独白するように喋った。俺はというと、言葉が見つからなかったし話を折るのも気が引けた。穂乃果ちゃんには悪いけど、俺が知らない話を聞かせてもらおうとも思った。
最低な自己満足で穂乃果ちゃんを欺き、だちゃんを利用している気がして、唇を噛み締めた。
「そして、1年が経ちました。でも私はどうしても穂乃果に会いに行くことが出来ませんでした。ずっと、一緒にいられるって、そう思ってましたしそうしたかった。でも、誰か1人が欠けたらそうじゃいられなくなって、穂乃果の隣には誰もいなくなってしまったんです。私もことりも罪悪感に押しつぶされそうになりながら、惰性のように大学での1年を棒に振りました」
それが当たり前だと言わんばかりにだちゃんは苦笑した。
「だから、穂乃果から連絡が掛かってきたとき。今は貴方が隣にいてくれると知って一先ずはホッとしていたんです。本当にありがとう」
「お礼を言われることじゃない。俺だって、俺の気持ちがある」
俺の言葉を受けてか、だちゃんは少し救われたという顔をしていた。しかし、直後まるで母親のような目をしてとんでもないことを口にしてきた。
「それで、本題に入りたいのですが……貴方は、今でも穂乃果のことを好いていますか?」
「ず、ずいぶん古風な言い回し……古風でもないか。隠すことでもないか、好きだよ」
驚いた、本人でないとは言えこんなにすんなりと言えるなんて。雪穂ちゃんのときは、既にバレていたから慣れていないのか。なんだかすごい穂乃果ちゃんの気持ちがわかった。
「なるほど、ダメです」
「……は?」
キッパリと、海未ちゃんは俺にそう言い渡した。そう、まさに引導。俺の首は地面に転がっていたか? 彼女が刀を持っていればそうだっただろう。
「な、なんで?」
「先ほどの話を聞かせていただきました。穂乃果に会わなかった数年でその思いは風化しましたか? 昇華していましたか?」
し、正直言えば再会するあの時まで忘れていた……けど、再会してからは毎日強くなってる!
その旨を伝えてみたのだが、またしてもスッパリと断ち切られてしまった。いったい、だちゃんは何が気に食わないんだ。
「もしかして穂乃果ちゃんのこと狙ってるんだ!?」
「ぶっ!? そんなことあるわけないじゃないですか!! 穂乃果のことは大好きですが友人としてです!!」
俺の絶叫交じりの指摘に思わず麦茶を噴き出すだちゃん。どうやら今日俺は水難の相でも出てるらしく麦茶ぶっかけらた、幸い借りたタオルがまだ手元にあったのでそれで顔を拭った。
「……そうですね、私でも穂乃果のことは大好きですと言えます」
「……?」
だちゃんの言いたいことがわからず首を傾げる俺。お、俺だって……
「俺だって、大好きだって言える!!」
「そうかもしれません。ですが、穂乃果の前で言えますか? 彼女にそう言えますか?」
無理です、恥ずかしすぎて死んでしまいます。だけど、俺のその内心を読んだかのようにだちゃんは言った。
「穂乃果のことを好きでいてくれて、ありがとう。でも、私もことりもずっと穂乃果の傍にいました。今は貴方があの子の傍にいて、貴方は穂乃果に好意を抱いている」
だんだん俺の中でイライラが渦巻き始めた。けど、相手は旧友だ。だから、イライラは自傷で消す。これもバイトで学んだ処世術だ。
「穂乃果のことを……本人の前でなくとも"愛してる"と言える人物じゃなければ穂乃果の隣は任せられないんです。いえ、ゆくゆくはあの子に愛してると言えないとダメなんです」
「愛、してる……か、重い言葉だね」
俺には、まだ早い。早すぎる、告白も出来てないのに穂乃果ちゃんに愛してるだなんて、言えるわけがない。
「すみません、貴方を傷つけようと思って言ったのではありません。それだけは信じてください、私は穂乃果の傍を離れてしまった罰を受けてるんです」
「本当に穂乃果ちゃんが好きなんだ、俺も……出来るならずっと君たちの傍にいたかった」
けどそれは、叶わなかったから。俺は男だから、女子高にはいけない。そういうルールだから、しょうがないってスッパリ切るしかない。
「ごめん、洗面台借りるね」
「部屋を出て、ずっと左にあります」
ありがとう、そう言いながら俺は重い腰を持ち上げて部屋のドアを開いた。
「あっ」
「おっとっと」
扉を開けると、ちょうど穂乃果ちゃんが帰ってきていたらしく手がドアノブを掴んでいた。俺は入れ替わりでだちゃんの部屋を出ると彼女の言うとおりに洗面台のあるらしい場所を探した。
縁側を歩いているうち、俺は日に当たるはずの縁側の影に沈んでいるような気持ちになっていた。
「やっぱり、俺じゃ穂乃果ちゃんには届かないのかな……」
俺の呟きに答える人間はいない。自問自答すらせずに俺は園田家の屋敷を約数分間彷徨った、広すぎ。
数日前に、雪穂ちゃんからもらった元気の灯火も、今日だちゃんによって消火寸前まで追いやられた。
そんな1日だった。また会えて嬉しかった、でも彼女が放った言葉は俺の心に楔を残して近くを漂っていた。
しかも続くんじゃ、すまんな。
感想評価ありがとうございます。
次回は出来るだけ早めにしたいと思います、遅くなってずびばぜん!