バイト戦士なんだが、バイトしてたら初恋の子に会った。 作:入江末吉
あぢい……
暑すぎる~夏死んでくれ~……あ、でももし穂乃果ちゃんとか雪穂ちゃんとかエルメスたんがプール行きましょうって言ってくれるなら今から夏崇めるわ。
などと夏の煩悩を浮かべながら扇風機の前で素麺を啜っていたときだ。スマートフォンがバイブレーション、そのまま移動して俺の足の小指に落下。めっちゃ痛い。
『……もしもし、あぁ出た出た。あのさ、次の月曜日なんだけどさ。ちょっと休みが欲しいって人がいてね、月曜日君休みだから土曜日の休みと交換してほしいらしいんだわ』
「あ、そうなんですか。分かりました。土曜日ですね、了解です」
主任からの電話だった。土曜日思わぬ形で休みが出来てしまった。何しようかな……うーん、まぁ当日決めるとして今日は夕方までフリーだし、テレビを眺めてるだけじゃあれだし久しぶりにネットサーフィンでも。
素麺の笊を片付けると俺は自室に戻ってPCの前へ戻った、なんだかここに座るのが珍しい気がしないでもない。
俺は今まで使ってた掲示板に新たなスレを建てる。>>1である俺のコテハンが"バイト戦士"だと確認できた途端、いつもの連中が顔を見せた。
7:バイト戦士「久しぶりの近況報告」
8:名無し「過去スレ探してもなんか見つからないから戦士と相手のスペックキボンヌ」
スレ名は相変わらず【バイト戦士なんだが初恋の子に出会った】のナンバリングだが、確かに1つ目のスレが恐ろしいことに落ちていた、早すぎやしないか。だから俺と穂乃果ちゃんの関係だとか、知らない人がこのスレには当然いる。
14:バイト戦士「俺、19歳チビガリ。現在彼女と同じバイトを2つ掛け持ちしている。先日の夏祭りではお手々繋いで歩いてた。最近彼女の妹に雑に扱われてるが信頼はしてもらってるはず。彼女のご両親にも好意的に接してもらってると思う。俺の精神基準じゃなんとも言えん」
15:名無し「進展しすぎwww」
16:名無し「さすが俺たちのバイト戦士」
よせやいそんな褒めるなって。というか俺このスレ民の一種の娯楽になってないだろうか、端から見ればこれ立派な恋愛ドラマっぽいぞ?
それからも俺はスレ民のみんなの質問に出来る範囲で答えた。しかし約4時間加速に加速を重ねた結果、あと少しで500レスというところで俺はようやく本題を切り出すことにした。
479:バイト戦士「ところで、ここまで親しくなったし仕事先も同じで距離は確実に縮まってる気がするんだが、俺氏どうしたらいい?」
480:名無し「外堀埋まってるなら凸」
481:名無し「突撃不可避、実況待ち」
するかアホ、んな器用なこと逆に出来ねーよ。でも確かに結構な人間に応援されてるんだよな。ここのスレ民だったり、雪穂ちゃんにエルメスたんこと亜里沙ちゃんに背中押してもらってるわけだし。
あぁ、忘れがちだけど主任もか。主任がシフト一緒にしてくれたから一緒に働けるわけだし……まぁ白石くんが夜の部に入ってくれたから穂乃果ちゃんが昼の部ってこともありえる。そうなると白石くんにも感謝か。
とにかく新たな進展があれば、また報告に来る。スレを締めるかは任せた、帰ってくるか分からないのに保守させるのはなんか心苦しいし、一気に加速して終わらせちゃってほしい。
ブラウザを閉じると俺は目がしょぼしょぼしまくっていた。肩も凝ってるし、何より暑い!! 夕方から穂むらのバイトだし、シャワー浴びよう。
冷水シャワーはある意味夏の楽しみだよね、水風呂もいいよね。落ち着くっていうか気持ちいい。適当に汗を流すと着替えて俺はスーパーへ向かった。
なぜか、当然穂乃果ちゃんを迎えに行くためだ。バテてないかな、店内はクーラー利いてるかもしれないけど場所によっては暑い。
お客さん入り口から入るとサービスカウンターに挨拶に来た。さすがに退勤後とは違うのでカウンターには入らなかった。
穂乃果ちゃんの姿を探すと、穂乃果ちゃんは気のいいおばちゃん先輩のレジで2人制を組んでいた。
しかしよく見ると穂乃果ちゃんは相変わらずお客さん、特に男の人気が凄まじい。今日はスキャナーをやってるらしいけど、すごい忙しそうだった。でも新人は本来キャッシャーをもう1人に頼み商品の積み方などを覚える必要があるから、慣れるまでは苦行だよね。穂乃果ちゃん頑張れ……!
見守ること15分、おばちゃん先輩がレジ上げになる。穂乃果ちゃんは籠の整理をお願いされたらしく、作荷台付近の積みあがった籠を押して入り口の横に持って行くようだった。俺もこっそり籠を積み上げてその背中を追いかける。
「お疲れ様」
「あっ、やっほ! ホントに疲れたよ~昼間のお客さんってこんなに多いんだね~」
というか穂乃果ちゃんが人気すぎるんだよね。おのれ、お客様だからとて容赦はせんぞ……俺は平気で箸を抜くからな、どうだ食後のデザートにプリンを買ったはいいけどいざ袋を探してみればスプーンが入っていなかった絶望は。さらにプリンの袋を開けてしまっていたなら、もはや絶望の2コンボだ。そこに諸君らを落とす覚悟が俺にはあるぞ!!
「でも、やっぱりうちで働くのとは違ってお客さんのために働いてる感じがして、誰かのためになってるなら穂乃果は嬉しいな」
「働き始めて2日でそう思えてるなら、穂乃果ちゃんはやっぱりすごいよ」
籠を片付けると、穂乃果ちゃんはおばちゃん先輩の下へ戻っていった。レジ上げ後の仕事も今のうちに覚えておかないといけないからな。
「ふふーん」
「なっ!? 主任!」
うわぁビックリしたぁ……ビックリしすぎて思わず飛び退ったぞ。
「なかなか隅に置けませんなー。こっちでもバイト、彼女の実家でもバイト、頑張りますなー」
「な、なんで……俺穂むらでバイトするとは言ってないはずなのに……」
「毎日あの子が迎えに来てたらそりゃわかるよ」
主任が苦笑する。た、確かに穂乃果ちゃんはいつもサービスカウンターで俺を待っていたわけだし、主任と話をしなかったとは聞いてないし……
「っていうか、主任はどうする気なんですか?」
「別に? こんなチェリーな話で部下ゆすったりしないよ。ただ、君があんまりにも旦那に似てるからさ」
「旦那さん? どこか似てるんですか?」
俺がそう聞くと主任は壁に寄りかかってハードボイルドに語り始めた、指の隙間にタバコの代わりにボールペンが挟まっていた、正直ダサい。これじゃあハーフボイルドだ。
「いやねぇ……あれはまだ私が副主任ポジションだった頃かなぁ。旦那がね、当時は私は彼の気持ちには気付いてなかったんだけどね?」
惚気か? これは惚気なのか?
「旦那がさ、アルバイトから始めて今やグロサリーの主任よ」
「マジで!? あれ主任の旦那さんだったの!?」
今明かされる衝撃の真実。品出しのプロ、たまにレジの手伝いにくるあの人主任の旦那さんだったんだ、やばい今世紀最大の衝撃かも。
「だからさ、好きな人の職場に、その人のために働こうとする君は旦那そっくりでね。アドバイスとかしちゃいたくなるわけよ」
……先人の言葉は偉大だ、ゆえに重く後続の者に圧し掛かる。しかしその重さは、後で必ず後続を助ける。
「決断は、早い方がいいよ。君が、もし彼女に好意があるなら、今の空気に満足しないうちにね。じゃないと無駄な時間を使うよ」
それだけ言って主任はサービスカウンターへ戻っていった。決断は早い方がいい、か。確かに俺は今の空気で、穂乃果ちゃんの隣にいる
それじゃあ、ダメなんだな。貪欲に、さらに深みへ、もっと近くへ。穂乃果ちゃんを求めなければ、ダメなんだ。
主任が言いたいのは、そういうことなのかもしれない。時間を無駄にするってのは、まだよくわからないけど……
「おまたせー!」
「おわっ! お、おつかれー」
その時、レジ上げと共に退勤を済ませた穂乃果ちゃんがいた。エプロンとバンダナはもう来てなかったけど、制服のポロシャツはまだ着ていた。更衣室はあるけど、女性人はぶっちゃけそこを使わない。男子勢もシャツ着てれば構わず脱ぐしね。
「じゃあ出発!」
「俺は普通玄関から出て待ってるね」
「あ、そっか」
穂乃果ちゃんは職員玄関から出ないといけないのだ。まぁたった数十秒離れる程度何ともありませんがね。
「んー疲れた!」
「でも楽しそうだね」
「やりきった! って感じだね!」
まるで疲れてなさそうに見える穂乃果ちゃん。やっぱりアイドルって実は体力いるんだろうなー。
「そういえばさ、今日穂乃果ちゃんと組んでたおばちゃんが休み代わってほしいらしくてさ。土曜日休みになったんだよね」
そう言ったら、穂乃果ちゃんは「あっ」と何かを思い出す仕草をした。
「あのね、君が良かったらなんだけど……土曜日、海未ちゃんの家に行くんだけど……良かったら一緒に遊びにいかない?」
「え、いやいや邪魔でしょ。俺なんか」
だちゃんの家か、興味はあるけど……久しぶりに2人で会うのに俺なんかお邪魔虫だろ?
けど穂乃果ちゃんは引かなかった。
「ううん、海未ちゃんも君のこと覚えてたみたいで……昨日少し話してたんだ。穂乃果から言っておくから、ダメかな?」
「……うーん、予定は無いけど……本当に俺が行ってもいいの?」
「いいの! 小学生の時は、海未ちゃんとも一緒に遊んでたでしょ? 友達なんだから―――」
友達、か。主任の話を聞いたからか、なんだか焦りを感じるワードになってしまった。
だからか、俺は首を縦に振って土曜日の件を了承した。それからは穂乃果ちゃんもいつも通りに戻った。
穂むらで作務衣に着替えると気合を入れる、がなんだか穴が開いてるみたいに気合が抜けてあくびが出る。
「なんか、お姉ちゃんと一緒じゃなくて不服そうですね……!」
「あぁいえ? 俺は雪穂ちゃんと一緒でも嬉しいよ十分、雪穂ちゃん可愛いし目の保養になるよありがたや~」
穂乃果ちゃんはどうやら部屋に戻っているみたいだった。代わりに雪穂ちゃんが出てきていた。もう高校生ならとっくに夏休みだろう。
「雪穂ちゃん受験勉強はどうなの?」
「そうですね~、お姉ちゃんがここを継いでくれるなら大学受験に向けて勉強しないといけないですね」
なんだその言い回し? なんだか気になる言い方だけど、考えたところで恐らく俺には違和感の元なんかわからない。
「っていうか、お兄さんそんな軽々しく可愛いとか言わない方がいいよ」
「へ? それはまたどうして?」
「その一言で本気になっちゃう子だっているんだよ、亜里沙とか人の悪意知らないで育ってきたような子だしファンからホイホイ褒められて暴走することとか多いんだから」
へぇ、エルメスたんを話題に上げておきながら顔を真っ赤にしてる辺り実は照れてるなおぬし。素直になれよ、すいませんでした。
「……ん? ファン?」
「そうだよ、亜里沙と私は現役スクールアイドルなんだから」
本日明かされる衝撃の真実その2。なんと亜里沙ちゃんと雪穂ちゃんは現役スクールアイドルだったらしい、開いた口が塞がりませんよ。
「やっぱり知らなかったんだ、お姉ちゃん以外にはそんなに興味湧かない?」
「いや、いやそんなことはないけど……個人名をネット検索してもだいたい同じ名前の他人とかあるじゃない? そういうあれ」
そう言うと雪穂ちゃんは納得してくれた。
「確かにお兄さんの名前入れてネットで検索しても同姓同名の人しか出てこないもんね」
「やめたまえ、その例を出した俺が悪かった」
雪穂ちゃんはお客さんをいないのをいいことに俺を弄り倒していた。
「あー、なんか楽しそう。穂乃果も混ぜてよ!」
「お姉ちゃんも来たことだし、邪魔者は受験勉強しますね~」
その時、奥から穂乃果ちゃんが顔を覗かせた。入れ替わりで雪穂ちゃんが自室へ戻っていく。穂乃果ちゃんはサンダルを履いて割烹着と三角巾を身につけるとカウンターに立った。
しかしお客さんはいない。
「あのね、海未ちゃんに聞いてみたらぜひ連れてきてほしいって!」
「本当に? じゃあ俺もお邪魔させてもらうよ」
なにかお土産買って行こうかな、だちゃんの好物は……あ、穂むらのお饅頭だったな。土曜日、伺う前にいくつか買ってから一緒に行こう。
だちゃん、俺のこと覚えてればいいな。
久しぶりのスレ民←
穂乃果ちゃんの誕生日なので、2話くらい挙げておこうと思いました。
本当はいろいろ書きたかったんですがね、性急すぎるのは良くないですからね。
ちゃんと外堀生めて戦士の退路絶ちます、絶対殺すマン←
感想評価、ありがとうございます。
バンバンお願いします! その日に返せる努力をしたいと思います。