バイト戦士なんだが、バイトしてたら初恋の子に会った。   作:入江末吉

16 / 35
バイトしてたら、初恋の子と同じシフトになった。

「そ、それじゃあレジ部の基本を教えようかな……?」

「よろしくお願いします、先輩!」

「せ、先輩……」

 

 確かにそうなんだけど、なんだか他人行儀な気がしないでもない。お兄さん軽くショックです……まぁ前向きに行こう。

 ……そうだよ、これから1日の半分以上を穂乃果ちゃんと一緒に頑張れるんだから文句なんかねーよ!!

 

「まさか2日連続で同じ説明を人にすることになるなんて思わなかった、まずは青果から見ていこうか」

「はい、先輩!」

「先輩はいいよ、穂むらでは穂乃果ちゃんが先輩だしお互い様ってことで」

 

 そう俺が提案すると穂乃果ちゃんは渋々、と言った風に頷いた。なぜ不服そうなのか、お兄さんには分からないです。しかし穂乃果ちゃん、可愛いな。いや、当たり前なんだけどさ? いつも割烹着っていう和の作業着を見てきたから、エプロンとバンダナを身につけたスーパー店員スタイルの穂乃果ちゃんはなんだかこじんまりしてて本当に可愛い。エプロンの裾とか気にして自分の体気にしてるところとか本当に可愛い抱き締めたい。

 

 昨日は白石くんと回った通路を穂乃果ちゃんと一緒に回る。と言っても、穂乃果ちゃんには前々から店の話とかをしていたから彼女もだいぶ覚えてたみたいだった。穂乃果ちゃんは俺が説明するより先に「青果の商品はだいたいがボタンなんだよね?」って言ってきた、俺が頷くとまるでクイズに正解したみたいに手放しで喜んでいた、小さなことで大喜びする穂乃果ちゃんの子供っぽさは見てて飽きないし、どんどん惹かれているのがわかる。

 

 がしかし、今は勤務中だ……俺はバイト戦士、仕事中に私情を挟むなど……!!

 ―――やっぱ無理だ! 穂乃果ちゃん好きだ!! 今日もサイドテールが可愛いね、そのツヤツヤのリップもたまらないね、何よりもそのサファイアの瞳が俺の心を昂らせるね!!!

 

「どうかしたの? じっと穂乃果のこと見てるけど」

「いや、なんでもない。今日も平常運転だなと思いまして」

「凄い汗、大丈夫?」

「あの、大丈夫なんで……そんなに追求しないで……っ」

 

 死んでしまいます。

 

 その後は鮮魚、惣菜とかの品を眺めて形をある程度覚えてもらうと今度はバックヤードの説明に移った。バックヤードには大量の段ボールが堆く積み上げられているので移動には細心の注意を払う必要がある。俺が怪我するならまだいいけど穂乃果ちゃんに怪我なんかさせたら俺は自分を呪うぞ。

 

「すごい一杯箱があるね~……」

「うん、たまにお客さんが店に出てないものでこれは無いのかって尋ねてきたりするから、そのときはここから持っていったりするね。念のため、カウンターとか品出しの人に報告したほうがいいかな」

 

 俺がそう説明すると、穂乃果ちゃんも白石くんのようにメモを取り出した。しかし途中で俺が喋っていたことを零してしまいペンの速度がだんだん遅くなる。

 

「うー……もし、穂乃果が困ったら助けてくれる?」

「もちろん、その腕章が取れるまで」

 

 そう言って指差すのは「研修中」の文字が入った腕章、これをつけてる間はアルバイトなら自給がマイナス40円という給料明細をもらうまで気付かないデカイ差がある。いや、本当に40円って大きいんだよ。

 

「ここ左に曲がっていくと、発泡スチロール部屋、ビールとかの段ボール部屋、その次が休憩室で出たゴミ袋の部屋、その奥はスタッフ用トイレ。ただ俺たちレジ部はお客さんのトイレ使っても怒られないよ」

「そうなんだ、覚えておこっと。えっと発泡スチロール、段ボール、ゴミ袋の順番でいいかな?」

 

 穂乃果ちゃんが尋ねてきたから、首を縦に振る。すると穂乃果ちゃんがメモを取り始めた。どうしよう、俺ここまで丁寧に穂むらの仕事を覚えようとはしなかったな……今度、見直してみる必要があるな。

 

「バックヤードはこんな感じ、じゃあレジに戻ろっか」

「わかりました!」

「いつも通りでいいから」

 

 じゃないと俺が肩凝っちゃうよ。穂乃果ちゃんを連れて表に戻ったときだ、なんだかさっきより人が2倍になっていた。

 気になってレジに戻ると、青果部門やグロサリーの主任がレジに2人制で入ってお客さんを流していた。お客さんも今はそこそこだが、間違いなく数分の内に長蛇の列が出来ると確信した。

 

「あーいたいた! 今レジ入れるかな?」

 

 主任が俺たちの元へ駆けてきた。まぁ入るしかないっしょ、だって俺バイト戦士だもん。

 

「高坂さんは……うーん、どうしようか」

 

 言いたいことはわかった。穂乃果ちゃんは俺と2人制するにしても、まだスキャナーもキャッシャーの経験も無いうちにこの数の客を捌けるか、ということだ。

 ただ、1つ物申したい。彼女は高坂穂乃果、伝説のスクールアイドルにして俺の初恋の女の子で別のバイト先の先輩だ。

 

「主任、スキャナーは俺がやります。穂乃果ちゃんは、キャッシャーで。彼女、レジの経験が無いわけじゃないですし、それならお客さんは早めに捌けますから」

「そうなの!? じゃあお願いできるかな? ごめんねぇ~、まさか初日に月始セールがあるとは思わなくって……」

 

 主任が手を合わせる。せめてもの配慮として、俺たちは1番お客さんの入りが少ないレジに入れてもらった。

 

「じゃあ、レジを開ける前にキャッシャーの説明をするね。俺がお願いしますって言ったら穂乃果ちゃんは代金をお客さんに請求してもらったお金を、精算機に入れるだけで大丈夫」

「うん、いつも君の動きを見てるから大丈夫だと思う!」

「そっか、じゃあお客さん呼ぶよ」

 

 この狭いレジの中で、穂乃果ちゃんと肩を並べている。穂むらと違って人の目があるから、手を繋いだりは出来ないけど少し動けば触れる肩。やっぱりいつまで経ってもドキドキするな……

 

「いらっしゃいませー!」

 

 と、お客さんを大きな声で迎え入れたのは穂乃果ちゃんだった。俺はお客さんの商品をスキャンしていく、値段を淡々と読み上げながらお客さんの方を見ていた。

 若い男の人だ、恐らく大学生とかそこら辺、商品からしてお昼ご飯を買いに来たんだろう。

 

「お箸はお付けしますか?」

「はい、お願いします~」

「穂乃果ちゃん、箸1膳お願い」

 

 弁当用の袋に弁当と惣菜を詰める。穂乃果ちゃんがその袋に割り箸を入れる。手提げの部分をくるくると捻って穂乃果ちゃんは手馴れたようにお客さんに差し出した。

 

「どうぞ♪」

「あっはい、ありがとうございます……」

 

 ……ちょっとなによその反応!!! アンタ穂乃果ちゃんをどういう目で見てるわけ!? 返答によっちゃ箸を抜くぞコラァ!!

 

「お願いしまーす」

「はーい、全部で964円になります!」

 

 するとお客さんは、わざわざ釣り銭台ではなくテーブルの上に小銭を置いてそれをわざとらしく纏め上げると穂乃果ちゃんの手の上にそっと小銭を置いた。

 貴様ぁ……策士だな、女の子への何気無い触り方を心得ているじゃねえか……悔しいが、プレイボーイ力では及ばない。俺は辛酸を舐めながら袋を籠に放り込んだ。

 

「「ありがとうございましたー!」」

 

 その声は新たなお客さんをどんどん呼び寄せる。俺はクレーマーに集られようと穂乃果ちゃんのキャッシャーとしての仕事に慣れるまであえて流すスピードを落とした。

 俺だけなら、もうこの渋滞を捌き切ってるだろうし穂乃果ちゃんに良いところ見せようと思って今から気合入れることも出来るけど、穂乃果ちゃんがミスをしちゃってみんなが「やっぱりダメだった」なんて思うのは耐えられない。今俺がすべきなのは、穂乃果ちゃんがミスをする可能性を確実に潰していくことなんだ。

 

「お願いします、あと箸3膳ね」

「はーい!」

 

 並んでいる人からのプレッシャーを感じていないかのように、穂乃果ちゃんは快活に会計を済ましていく。渋い顔していたお客さんも、穂乃果ちゃんに中てられて自然と肩の力を抜いていた。

 それを見て、すごいなって思った。それしか出てこないわけじゃないけど、ひっくるめて穂乃果ちゃんは凄かった。隣にいる俺だけじゃなくて、確実にお客さんをこの短時間で魅了していた。

 

 これが、伝説のアイドルの力か……なんとなく、穂乃果ちゃんを1人でレジに入れたくないなって本気で思ってしまった。

 

「次のお客様、お待たせしました! 1,257円頂戴いたしまーす!」

 

 既にレジ部の用語も覚えている。これは振り付けや歌詞を覚える要領なんだろう、穂乃果ちゃんは過去の経験を今に繋げられているんだな。

 それってやっぱり、すごい。

 

 

 

 

 

「あー疲れた……」

「お客さん、途切れなかったね~。レジってあんなに大変なんだね」

「まぁね」

 

 やり甲斐が無きゃとっくにやめていたかもなぁ……あぁ、でもコンビニだけのバイトじゃあ家族に顔向けできなかったしな、当時。

 

「1年も続けられるなんてあなたってすごいんだね!」

「凄くないよ、混んでるときのコンビニよりはマシだもん」

「あ、そっかコンビニでもバイトしてるんだっけ!」

 

 深夜にね、そう付け足して夕暮れの道を歩く。夏の暑さもそろそろピーク、あとは涼しくなるまで一直線なんだけど暑いもんは暑い!!

 

「何か飲む?」

「え、いいの?」

「うん、初めてのレジお疲れ様ってことで」

 

 俺は自販機でコーラを買うとその缶を穂乃果ちゃんに渡した。穂乃果ちゃんは喉を鳴らして風呂上りのおっさんみたいに飲んでいたけど、ふとした瞬間に顔が真剣になっていく。

 

「コーラ、嫌だった?」

「あっ、ううん! 美味しかったよ! でも、炭酸が飲めない友達がいてさ……元気かなって」

 

 ……μ'sの仲間だろうか、その可能性はある。俺はそれが誰かは知らないけど、なんだかセンチメンタルに浸ってる穂乃果ちゃんを引っ張り挙げたくなってしまった。

 彼女がそれを望んでいなくても、穂乃果ちゃんには俺の上で輝いてほしかった。

 

「確かめに行ってみたら?」

「え?」

「俺はその友達が誰かは検討がつかないけど……穂乃果ちゃんが話がしたいと思えば向こうも断ったりはしないんじゃないかな」

 

 どうやら俺がそんなことを言い出したのが不思議だったのか、それとも会うという選択肢を思いついていなかったのか穂乃果ちゃんはきょとんとして首を傾げた、可愛い。

 

「海未ちゃんなんだけどさ……会ってくれるかな?」

「だちゃんなら、絶対。断言してもいいよ」

 

 といっても、6年も会ってない園田家のご息女がどう変わっていたのかは知らない。けど、俺が知らない間も穂乃果ちゃんといたならきっとあの頃と変わってないはずだ。

 

「けど、どうかな……穂乃果今、バイト2つ掛け持ちしてる状態だし時間が合わないよ」

「穂乃果ちゃん今週の土日はスーパー休みなんだから、電話して聞いてみればいいんじゃない? 本当、俺がアドバイスすることじゃない気がするけど」

 

 出しゃばって嫌われたりしたら損だから――――

 

「そんなことないよ! 君がいてくれて最近穂乃果すごい助かってるんだから!」

 

 いきなり大声で、そう言われてしまった。夕暮れ時の坂道、穂乃果ちゃんの顔は逆光で殆ど確認できなかった。

 

「あれ、なに言ってるのかな……穂乃果にもわかんないや。と、とにかくね? 君のアドバイスが、無駄になるなんてことはないよ……男の子の友達って君しかいないから、凄い元気が出るんだ」

 

 ズキュン、トクントクン…………ドドドドドドドドドド!!!

 やばい、なんか今日はみんな様子が変だよ。俺も穂乃果ちゃんも夏の暑さに中てられちゃってるに違いない。落ち着け、俺だけって言葉に反応しすぎなんだよ。

 

 友達だって、そう言われてるじゃないか。誤解もなにもない。俺は穂乃果ちゃんの、唯一の男友達。

 

「――ありがとう、今夜海未ちゃんとお話してみるね。久しぶりだなぁ、なんだか緊張しちゃうよ」

「緊張しすぎで仕事中にお盆落とさないようにね」

「むー? そういうことは君もフロアできるようになってから言ってね?」

「ははは、ごめんなさい先輩?」

 

 そう言うと、穂乃果ちゃんは俺が先輩と言われてそれは無しだと思った理由がわかったらしい。俺たちの間柄で、先輩後輩っていう行儀はもういらないんだ。

 

 だって俺たちは、友達だから……




白石くんはシフト時間の都合上穂乃果ちゃんと一緒にはなれないんだ(ゲス顔)
ちなみにライバル説が皆様の間で囁かれていますが、彼は戦士の焦りに火をつける係りです。ライバルには成り得ませんが、戦士のための一種の外部エンジンです。

それと、リアルで僕に後輩が出来たというのが話のネタだったりします。

穂乃果ちゃん誕生日おめでとう、今年は特に用意できないかもしれないけど君が大好きです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。