バイト戦士なんだが、バイトしてたら初恋の子に会った。 作:入江末吉
バイトしてたら、後輩ができた。
穂乃果ちゃんの風邪も無事治り、それから早くも3週間が経った。
俺は穂むらのフロア&カウンターとしての実力をメキメキと上げていった。その背景には穂乃果ちゃんとのまぁそれはそれは身悶えるような出来事が何も無いという簡素だけど微笑ましい生活があったのである、つまり何も無かったとか事実を言うな!!
しかし、3週間という時間は夏において様々な出来事を運んでくるのだ。というのも、ついに俺にもバイトの後輩が出来たのである。
それでは、新人さん自己紹介をどうぞ!
「し、白石勇人です」
彼は音ノ木坂学院のお隣の共学校の1年生で、この夏を機にアルバイトを始めてみようと思い近所のこのスーパーを選んだそうです。
まぁどうやら彼にはそこそこの観察眼があるようで、見学に来た際レジ部の人手不足を見抜き店長との面接で「レジ部で働けたら嬉しい」などと釣り針を垂らした結果、見事に釣れたそうだ。店長は良い新人が来たと喜んでいたが、実は勇人くんの手の中で泳がされていたことに気付いていなかった。
「白石くんはこれからこのお兄さんや、他のレジ部の人と2人制を組んでお客さんの商品を流してもらうね」
「はい、よろしくお願いします先輩!」
「よろしくー」
俺たちは11番レジ、1番後ろだ。行くぞ白石少年、まずはレジ機の使い方からだ!!
「えっと、ここで取り扱ってる商品のなかでいくつかバーコードをこの機械に登録していないものがあるのね? それでこのタッチパネルでバーコードが登録されてない商品を精算出来るんだ」
「つまり、値札とバーコードの無い商品はスキャンの変わりにボタンで打ち込むってことですか?」
「イグザクトリー、じゃあ先に売り場を見学して回ろう」
「了解です!」
元気がいいな、白石くん。俺でも勤め始めの頃はここまで元気じゃなかった。とにかくニート脱却とばかりに必死こいて数日でボタンの位置だとか商品の場所だとかを覚えたなぁ、もう1年か。
俺たちが最初に回ったのは青果だ、なぜ青果部門なのかというと大体ここの商品がバーコードなしだからだ。
「はい注目、気をつけてほしいのがバーコードはついてるのにスキャンできない商品がいくつかあるんだ」
「そうなんですか?」
「そう、たとえばほうれん草だとか小松菜とか、裏面にバーコードはあるんだけどこれをスキャンしようとしてもエラーになる。というのも、うちの店では見切り品以外のほうれん草や小松菜の袋は値段を統一してるからなんだ」
つまりうちの店でほうれん草の袋を買おうとするなら、間違いなく税抜き90円ってことだ。バーコードではなくボタンにすることで様々なところから仕入れたほうれん草を均等な値段で売ることが出来るってわけだ。
「他にもジャガイモとかね。それとナスも袋は統一されてるし、ミニトマトはボールに入ったトマトかパックのトマトかでボタンが違うから要チェック。バナナは袋に入っていないのはボタンだよ」
「袋に入ってるバナナはバーコードで大丈夫ですか?」
「オーケーよ、とにかく青果類はバーコードついてないなって思ったらボタンを探すこと、バーコードあったらとにかく通してみること」
白石くんはささっとメモ帳にペンを走らせた。メモが終わるのを確認してから、今度は鮮魚部へ向かった。
「魚とか、貝とか形を覚えなければレジ部に未来は無いのだよ白石くん」
「レジ部って大変なんですね……!」
その通りだ、今も言ったが魚の種類が分からなければ精算が出来ない。鮮度を保つべき魚に値札シールなんか貼れないのだから、当然バーコードではなくボタンだ。
俺も始めた頃は恥ずかしながら秋刀魚しか分からなかった。しかも見分け方が、細い! こいつは秋刀魚だ! ふぁー!! という風にパニックになっていた。今のうちに魚は見分けられるようになったほうが強い。
「とりあえず、青果と鮮魚と夕方の惣菜だな、作りたての暖かい惣菜は袋かブリスターに入ってくるからこれもボタン。と言ってもコロッケとメンチの違いさえ分かれば惣菜は大したことはないよ」
これも経験談だ、丸いメンチと楕円のコロッケさえ分かればあとはとんかつだとか春巻だとか人目で分かるものばっかりだ。
……あ、でも気をつけないといけないことがないわけではないんだよなぁ。カキフライみたいな形したコロッケがあるのだが、実はこれもコロッケのボタンなんだ。
「つまりお客さんが「これ、クリームコロッケね!」って言ったときはコロッケのボタンを押さなきゃいけないんだけど、当然このボードにはコロッケって表示されるからお客さんが早とちりすると乱闘になるからその際の説明を怠らないこと」
「なんか、先輩すごい苦い顔してますけど……」
「あ、わかる? これ俺が勤めた最初の見習いワッペンつけてた頃なんだけどお客さんがクリームコロッケ持ってきて、当時見分けがつかなかったから同僚の人に聞いてコロッケのボタンだよって教えてもらったのね」
俺の話を熱心にメモに取る白石くん、君はまるでマスコミのようだね。
「そしたら、クリームコロッケ4つだからコロッケのボタン4つ押したんだけどさ……」
「私が買ったのはコロッケじゃないと言われたわけですね」
「そういうこと、しかも厄介なのはそのおばさんがコロッケとクリームコロッケの値段を覚えてなかったことなんだよね。クリームコロッケの方が小さいからさ、コロッケと同じ値段取られてたまるかって思ったんだろうね。しょうがないから売り場に戻ってコロッケとクリームコロッケは同じ値段だって突きつけたよ、舌打ちされたけど」
白石くんが早々に嫌そうな顔をしている。
「大丈夫、そんなお客さんの方が今時珍しいよ。さぁ、じゃあ今度は練習モードでボタンの位置を把握しようか」
「はい!」
元気がいいね、いいよそういう子を待ってたんだよ。白石くんは年下でまだ幼げがあるから、なんだか弟が出来た気分だった。
レジのモードをトレーニングに変えて、俺が使ったカードを用意する。そのカードに書かれた商品は軒並みボタンの商品だから、この商品はどこにボタンがあるかなどを覚えられる。
「ちなみにね、夏野菜は野菜欄の下に固まってるよ。右側はキノコ類、左上はキャベツとか大根とか大きいものだね」
「なるほど……」
そうして白石くんを訓練すること数時間、彼は俺が読み上げたカードの商品を即座に呼び出せるようになっていた。飲み込みが早くて助かるよ。
仕事熱心で、仕事覚えるの早くて、みんなにモテそうな甘いマスク。世の中の皆様、すごい優良物件ですよ彼。
「じゃあ、今度は俺が買い物をするお客さんのふりするから、実際に会計してみようか。しばらく練習してて」
「はーい」
俺は籠を手に取るとエプロンを外してレジテーブルの下に適当に放り込む。原則として、店員の姿で買い物をしてはいけないんだ。よくわからないけどそういうルールなんだ。
事務所に戻って休憩ボタンを押す、これもルールだけど勤務時間中に買い物もNG。さすがにこれは当たり前か。休憩室のロッカーから財布を取り出して、店内に戻ろうとしたときだった。
「あれ?」
「あっ」
関係者以外立ち入り禁止、の文字が表に出てるはずのバックヤードに穂乃果ちゃんがいた、思わず2度見してしまった。
……って待て待て、なんでここに穂乃果ちゃんがいるんだ!?
「ち、ちょっとさすがにバックヤードに入っちゃダメだってば!」
「あ、あぁ~……そ、そうだよね! ごめん、つい」
ついじゃないよ~……穂乃果ちゃんを連れて店内に戻る。戻るというか売り場に出る。一応、今日は穂むらの仕事は休みなんだけど、穂乃果ちゃんは買い物で来てるのだろうか。
なぜそんなことを思うかって? それは、穂むらで仕事があるときはだいたい穂乃果ちゃんが迎えに来てくれるからですっ!! おかげでむしろ穂むらで仕事の日以外に穂乃果ちゃんがお店に来る理由が気になってしょうがないよ!
「これから買い物するの?」
「うん、新しく入ったバイトの子の練習にね」
「君が教育係なの?」
「まぁ、主任に任されてるしそういうことなのかも」
すると穂乃果ちゃんも入り口へ戻って籠を持ってきた。今日は卵の日でもパンの日でもない、強いて言うなら日用品が安い日だ。けど俺も穂乃果ちゃんも日用品買い漁るような人柄じゃない。
なので、無難に飲み物とお昼のお弁当、さっき話したことの復習代わりにコロッケとメンチとクリームコロッケを数個ブリスターに入れて籠に入れる。穂乃果ちゃんもお気に入りのお弁当があるのか、いくつか籠に放り込んでいた。さらに穂乃果ちゃんは俺を引っ張りながらパンのコーナーまでやってきた。
「今日はパン安くないよ?」
「ふふーん、なんと私高坂穂乃果は今日お給料日なのです!」
なのです! →可愛い。無いわけじゃないけどある方でもない胸を張る穂乃果ちゃん。生地が薄いからか、張ってるというかあるように見える不思議。
まぁ俺は穂乃果ちゃんにおっぱいがあろうと無かろうと大好きだから構わないけどね、構わないけどね!!!
「だから、今日は自分へのご褒美~♪ それに、パンの日は置いてない曜日ごとのパンがあるでしょ? 穂乃果、それも食べてみたいんだ~!」
なるほどね、確かに曜日のパンはある。今日はあんパンと、確か幻のクリームパン。ちなみに幻とついてる割に卸している数が1番多いので実は閉店まで在庫が無くならなかったりする。それでも最後にはキッチリ完売する辺り、人気なのが分かるね。
「あんパンは飽きたから、クリームパン3つにしよ~っと!」
「太らない? 大丈夫?」
「うぐっ……2つにします」
それでも1個しか減らさない穂乃果ちゃん。苦笑しながら戻そうとするパンを俺が掴んで自分の籠に放り込む。穂乃果ちゃんが触ったパンを俺が誰かに買わせるわけないだろうが!! 自分で買って美味しくいただくに決まってるだろ!! やばいよこいつストーカー思考だよ、俺死ねばいいのに。幸せだからたぶん首が飛んでも死なないけど。
「お待たせ、白石くん。じゃあ普通に会計できるモードだから、頑張ってね」
「かしこまりました!」
よし、良い返事だ。初めてだから、一応商品は少なめにしておいたぞ。後ろの穂乃果ちゃんの籠は大変だけどな……頑張れ白石くん!
しかしなかなかどうして、白石くんは商品の積み方も丁寧だった。もしレジ部が野球部なら速攻でレギュラー入り狙えるレベルだった。そしていざやってきた惣菜のブリスターパックを手にとって、白石くんは様々な角度から眺め始めた。
「コロッケが2枚と、メンチとクリームコロッケ3つずつでよろしいですか?」
「完璧、つまり?」
「コロッケが5個の、メンチが3個ですね!」
その通り、今日1日でここまで出来れば上等だ。俺は会計を済ませると白石くんに耳打ちした。
「彼女、俺の友達なんだけど……この際練習させてもらったらいいよ」
「お願いしまーす」
穂乃果ちゃんがレジに籠を置くと、白石くんの目が変わった。それでいて、なんだか穂乃果ちゃんを意識しているような気がした。
俺は少し、少しだけ不安を覚えて白石くんがレジの機械に遮られて見えない位置で穂乃果ちゃんの手を取ってしまった。穂乃果ちゃんが驚いたような顔をするけど、そのうちニッと笑った。俺は笑う気にはならなかったものの、不安が少しずつ氷解していく気がした。
あとで聞いた話だが、白石くんはスクールアイドルを含むアイドル全般が好きらしい。μ'sの高坂穂乃果に似ていてビックリしたそうだ。うん、すまん白石くん本人なんだ。
だけど、勤務中にも関わらず昨日見た夢を語るように喋りだす白石くんを見て、スクールアイドルとは本当に学生の憧れなんだと知った。
その頂点に君臨したμ'sのメンバーなんだから、穂乃果ちゃんはやっぱりすごい。
前の俺ならここで折れていた、けど1度折れて叩き直された今の俺なら折れない。雪穂ちゃんがくれた自信が、今の俺にはあるから。
だから今は友達としてだけど、俺は彼女の隣にいられる。
そして2日後、俺は穂乃果ちゃんがバックヤードにいた意味を知った。
「ここで働かせていただくことになりました、高坂穂乃果です! みなさんよろしくお願いします!!」
朝の朝礼に参加していた俺は、そっと卒倒した。
あれから約1ヶ月、俺に2人の後輩が出来た。
そのうちの1人は元アイドルにして別の仕事先の先輩兼オーナーで、俺の初恋の人だった。
超展開!!←
実はバイトダイアリー書き始めてやりたかったのが、お互いの職場に勤め合うというこの関係。どちらかでは先輩後輩なんだけど的な!!
ありがとうございました、ぼちぼち突っ走っていきます。
来月もバイトダイアリーをよろしくお願いいたします!