バイト戦士なんだが、バイトしてたら初恋の子に会った。   作:入江末吉

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ぶえっくしょい、風邪引きまんた。
お気に入り記念じゃなくて僕の夏風邪引き忌念ですよこれもう。




【お気に入り803突破記念】バイトしてたら風邪を引いた 前編

 最悪の目覚めだ、頭は重いし腹と喉は痛いしくらくらするし暑いし……

 全体的に重々しい身体を引き摺るようにして下へ降りた。朝ご飯は用意してあったが味噌汁が冷め切っていた。

 

「あら、遅かったわね」

「わり、気分悪いんだ……」

 

 母さんはそう聞くと頭の上にタオルを置いてくれた。あぁ暖かいイラネ。アイスバッグをくれよむしろ。

 

「でもあんた今日仕事でしょ、大丈夫なの?」

「平気だよ、夜中のコンビニも今日は無いし……」

 

 裏を返せばスーパーと穂むらはあるんだが……せいぜい半日だ、頑張れば乗り切れる。明日は逆にコンビニ以外は休みだから日の出てるうちはずっと寝ていられる。

 

「ご飯は? 暖める?」

「食欲は無いなぁ……水だけもらっとく」

 

 そう言うと、母さんはほいとグラスを手渡した。わぁ暖かいお湯、だからいらねぇっつの水をくれ。

 と、くだらんやり取りしてる場合じゃない。さっさとシャワー浴びて仕事行かねぇと……着替えを用意しに自室に上がるのも結構きつい。

 

「はぁ……夏風邪かなぁ」

 

 今日、乗り切れればいいんだけど……シャワーを浴びていると、冷水シャワーで鳥肌が立ってしまった。ついでに吐き気も酷い。

 いよいよもって、自転車に乗れるかと危惧したがそれは杞憂で済んだ。済んだというか、脱衣所を出たらぶっ倒れてしまった。そのときの記憶は、あとになってようやく思い出せた。

 

 

 

 ……おはようございます、ただいま夕方の5時ちょっと前でございます。

 

 やむなく今日は仕事を休ませてもらった、らしい。らしいというのは、まったく記憶が無いから。母さんが連絡入れておいてくれたらしい、なんだかんだ気が利く。

 ただ穂むらの方にまで連絡してあるかはわからなかった。だから連絡しなければ、と思ったのだが……生憎俺のスマホさんは机の上でベッドの上からでは手を伸ばしてギリギリ届くかどうかの距離だ。

 

「んっ、はい無理~」

 

 いやいや、諦めるな俺。ファイトだよ、人間その気になれば腕だって伸びる! ということで、ベッドから出ずにスマートフォンに手を伸ばし続ける。そろそろ伸びきった筋肉がおいやめろと警告を発する頃だ。

 あと少し、中指が2cm長ければ届く距離……せーのっ!

 

「あふぃ」

 

 スマホに手は届いたものの、身を投げ出してしまったせいで見事フローリングの上に落っこちてしまう俺。しかもスマホは梃子の原理でくるくると宙を舞って俺の頭の上へ、角が当たってとにかくめっちゃ痛い。

 

「いってて……あ、床気持ちいい」

 

 僅かにひんやりとしたフローリングが本当に気持ちいい、起き上がってベッドに戻ればいいのにそのままフローリングの板の上を堪能していた。

 そしてようやく穂むらへ連絡しようとしていたことを思い出し、スマホを手に取ったときだ。

 

 コンコン、と俺の部屋のドアがノックされた。うちの人間は基本ノックなんかしない、俺の部屋にプライバシーはなく、俺のお宝本は2週間前母さんによって見事に検閲され丁寧にジャンル分けまでされてしまった。母さんに見つかったのはともかく、ベッドの下にケースに入れて保管しておいたものをわざわざ机の上へ曝け出し中身を確認した上でジャンル分けする母の暇人力に脱帽、んでもってこんなしょうもないエロガキに育ってごめんよ。

 

 そんな非常にどうでもよくくだらない内容を考えて、返事が遅れた。俺の返事より先に部屋のドアは開いた。

 

「はいぃ?」

 

「だ、大丈夫……?」

 

 肩で呼吸している穂乃果ちゃんがそこにいた。まるで慌ててここに来た、みたいな。じゃなくてぇ!?

 

「な、なぜ俺の家の場所ががが……」

「面接のとき、履歴書持ってきてたのと……雪穂が覚えてたの。お店に行ったら、朝に倒れたって聞いてちょっと気になって」

 

 一息吐く穂乃果ちゃん。なんだろう、この申し訳なさ。

 

「お、俺も今連絡しようと思ってたところなんだ……今日は、仕事出られそうにないや」

「もう、いいよ。風邪引いてたのに無理しなくて。ベッド戻れる?」

「はい、戻ります」

 

 やべぇ、ジャージで寝てるのとか引かれない? ジャージで寝てるの生理的に無理とか思われてない? 大丈夫?

 

「やっぱり、昨日からだよね」

「たぶんね」

 

 あぁー風邪のせいで頭回らなくて会話が続かない。よくよく考えれば俺の目の前に、俺の部屋に穂乃果ちゃんがいるのにテンションが上がり辛い。

 

「熱はあるの?」

「……たぶん」

 

 さっきからたぶんしか言ってねーな俺。

 言葉がお互い出てこなくなったとき、不意に穂乃果ちゃんの掌が俺の額にピタッと触れた。すっごい暖かかったけど、落ち着く暖かさだった。

 

「結構熱いね、ちょっと待ってて」

 

 そう言って穂乃果ちゃんが部屋を出て行った。俺はこっそりと布団を抜け出すとベッドの下のお宝本ケース(検閲済み)をこっそり取り出すとテーブル箪笥の一番下の、アルバムの上に置くことにした。よほどのことが無い限りは見つからないだろう。

 

「あれ、入らない……! おい、入れよ……!」

 

 そう、なぜかアルバムの上に突っかかって入らなかった。ひょっとしてケースが大きいのか?

 

「なにしてるの?」

「そぉい!」

 

 やむを得ず、もう1度ベッドの下へスローイン。壁に激突する音がして、一番奥まで到達したことを確認。取り出すのに苦労するかもしれないが、穂乃果ちゃんに目撃されるくらいならそれで構わん!

 

「ダメだよ、横になってないと……」

「こ、これは俗に言う看病っていうやつでしょうか……?」

 

 そう言うと、穂乃果ちゃんが顔を赤くした。恥ずかしがってるのはなぜだ、なぜなんだ。しかし穂乃果ちゃんは声に出さず首を縦に振ると、下から持ってきたであろうアイスバッグなどを持っていた。

 マジか、掲示板の住人のみんな……俺はついに穂乃果ちゃんを部屋に上げることに成功したぞ。あまりに予想外すぎてちょっと言葉にならないけど。

 

「あと、お母さんがご飯持っていってくれって。食べられそう……?」

 

 母さんめ、気の利くことしやがって……マジアリガトウ。あぁ、卵粥だ美味そう。朝食べてないから、胃袋も正直になってるな。

 

「……は、はい、あーん」

 

 その時、俺に鈍痛と電流が走る。いいのか、これはいいのか……!? 久しぶりに脳内で、俺を交え天使俺と悪魔俺が議論を始めた。

 

「「行け、食いつけ」」

 

 議論の余地なし、満場一致だった。天使も悪魔も悪そうな笑み浮かべてやがった、お前らありがとう。

 

「……あむ、ふるさとの味だ」

「ここ実家だよね」

 

 細かいこと気にしないでさ……昔から風邪を引けばこれ食ってたなぁ、ってことはなんだかんだ母さん用意してくれてたんだな。

 そして、頭がようやく本調子に戻ってきた。咥えたスプーンの先には穂乃果ちゃんの細い指があって、これまた白くて細い綺麗な腕があって二の腕があって綺麗なブラウスから喉を上がっていって、唇に目が行った。

 ……俺は病人なので、間違ってもそんなことはいけない。それどころか、看病してくれてる女の子に乱暴とか死刑ですよ死刑。万が一、穂乃果ちゃんが許してくれたとしても俺は舌を噛んで死にます。

 

「よかった、食欲はあるんだね」

「うん、お粥じゃ足りないかもね」

 

 朝食べてないし、そう言うと穂乃果ちゃんは見覚えのあるビニール袋からサンドイッチを取り出した。

 

「一緒に食べる?」

「そんな、悪いよ」

 

 本音を言うとそれも食べさせてほしい。

 けど穂乃果ちゃんが自分のために買ったものだし。というか、うちのレジ袋ってことは俺以外のレジで会計を済ませたってことか。ちょっと悔しい、穂乃果ちゃんは悪くないけど今日仕事休んだ俺に対してふつふつと怒りが湧いてきやがった……お腹空いた。

 

「いいから、病人が気を使わないで。ほら、あーん」

「……あーん」

 

 美味しい、タマゴとレタスが弱くなってる味覚に訴えている。あぁサンドイッチってこんなに美味かったんだ、って気持ちになる。

 いや、穂乃果ちゃんが食べさせてくれてるからか。だからさっきの卵粥もあんなに美味く感じたのかもしれない。

 

 風邪も、引いてみるもんか。

 

「はい、あ~ん♪」

「楽しい? そんなに俺に食わせて」

 

 そう言いながらもサンドイッチを口にする。というのも穂乃果ちゃんの声音がだんだんいつも通りになってきたからだ、俺がそう言うとごめんと返して少しシュンとしてしまった。

 

「いや、いいんだ。サンドイッチありがとう」

「ううん、どういたしまして」

 

 卵尽くしの昼ご飯(夕方)を平らげると、俺は穂乃果ちゃんが持ってきてくれたアイスバッグを腋の下とか首筋に当てて枕に頭を降ろした。

 すると、やはりすることが無くなって部屋が無音になる。穂乃果ちゃんも手持ち無沙汰にしていた。

 

「あ、これ……」

 

 その時だ、穂乃果ちゃんが開きっ放しの引き出しの中身を見た。一瞬ゾッとしたけどお宝本は今ベッドの下奥深くなので慌てることはない。

 穂乃果ちゃんが取り出したのは、少し埃を被った1冊のアルバム。それは、小学校のときの卒業アルバムだった。

 

「懐かしいなぁ……」

 

 それを開くなり、感慨深そうに呟く穂乃果ちゃん。正直、さっきまで寝ていた俺は寝なおすには早い気がして一緒にアルバムを眺めた。

 当時の俺はそれはもうやんちゃ坊主でスカート捲りから虫探しまで必死になってやってたなぁ、なんてことをアルバムを見て思い出していた。

 

「こうして見てみると私たち一緒に写真に写ってること多いね」

「そう、だね」

 

 無論、カメラを向けられたときは出来るだけ彼女と一緒にいるようにした。班分けも、彼女と一緒ならそれだけで幸せだった。

 ガキながら少ししたたかすぎる気がしないでもないが、それほど穂乃果ちゃんにお熱だったんだなと思うと微笑ましい。

 

「穂乃果ちゃんは、あの頃はすごいやんちゃだったよね。でっかい水溜り超えようとして何度も泥だらけになって、それでも諦めなかったり」

 

 そう呟いたときだ、穂乃果ちゃんが何かを思い出したようにポーチの中を探し始めた。

 さすがに鞄の中身を漁るのはマナー違反というか、プライバシーを突破される気持ち分かるから踏みとどまった。

 

「これ、お店で渡そうと思ったんだけど……」

 

 穂乃果ちゃんが渡してきたのは、1枚のCDだった。タイトルは少し霞んで見えなくなっていた。

 

「リラックスできる曲が入ってるんだ、穂乃果も風邪を引いたときに友達からもらったんだ」

 

 なるほど、これを聴きながら穂乃果ちゃんとゆっくり話をしようと思った。けど次に彼女から放たれた言葉を、俺はまるでお客さんを流すように右から左へ受け流してしまった。

 

「―――穂乃果が、アイドルだったときにもらったもの」

 

「―――はい?」

 

 アイ、ドル……?

 俺の呟きを受けて、穂乃果ちゃんは慌てて言いなおした。

 

「あぁ~、違った。スクールアイドルだったときの、だよ」

 

 スクールアイドル、聞いたことくらいは俺にだってある。事務所の代わりに学校が擁するアイドルのことだ。

 所詮素人の集い、そう思っていたときだ。数年前、1度秋葉でとても大きな祭典があった。通りを占拠するほどの、大きな祭り。

 

 それは俺の中で、価値観を見直すきっかけにはなったもののやはり興味を持つには至らなかった。

 

「知らない? "μ's"っていうグループにいたんだけど」

 

 ミューズ、その音を聞いた瞬間頭の中で浮かんでいたワードが一気に繋がった。

 スクールアイドルの祭典、"ラブライブ"。それで優勝し、話題になったグループがミューズ。

 

「知って、た……」

 

 嘘をついた、俺はスクールアイドルについて知っていただけだ。だが穂乃果ちゃんは顔を綻ばせた。当然罪悪感が湧き上がって、それはいろんなところへ突き刺さる。

 穂乃果ちゃんが俺の手からCDを取る。それをコンポへセットすると、ピアノの旋律が部屋へと響き渡る。だけど、氷柱みたいにその音は冷たく突き刺さった。

 

「久しぶりに聴いたけど、やっぱり真姫ちゃんはすごいなぁ」

 

 そう呟いた彼女の横顔は、すごく綺麗だった。まるで、芸能人みたいに輝いていて。

 

 同じ高さに立っていた友達が、ずっと高いところにいたんだと知った。それに比べて、自分のみすぼらしさを痛感した。

 

 

 

 そんな1日だった。




ギャグのつもりがシリアルに。
嘘です最初からこんな感じでした。

またまたお気に入り登録してくださった方が増えました。
ありがとうございます、また評価してくださった方にも感謝。

感想、相変わらず返事書くのが遅いです。それでも目は通してるのでどんどん送ってやってください。

次回の後編、どう動くか楽しみにしていただけると嬉しいです。

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