バイト戦士なんだが、バイトしてたら初恋の子に会った。   作:入江末吉

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タイトルオチ←


バイトの面接で初恋の子の実家に行った。

 

 本日は晴天なり、晴天なり。

 

 東京の和菓子屋ランキングで数年前からトップを独走中の穂むらの前に、1人の男が経っていた。

 その姿は正装というわけではないが、堅実で清潔感を醸し出していた。堅すぎず、柔らかすぎずのラインだ。

 

 ……まぁ、俺だけど。鏡を見て、必死に髪型をセットしてきた。こないだの夏祭りデートより気合入っていたと思う、泣きたい。

 面接……雪穂ちゃんから直々に日程を指定され、わざわざその日のシフトを交換してもらった。主任に頼むと2つ返事だった、最近売り上げが俺のレジだけ10万以上増えてるかららしい、ありがてぇ……

 

「よし、じゃあ……行くか」

 

 何度も潜った扉を、意を決して開く。すると、フロントには誰もおらず思わず拍子抜ける。

 

「いらっしゃい」

「うおわびっくりしたァァァ!!」

 

 なんと背後を取られてた、夏だというのにパーカーの雪穂ちゃんが後ろにいた。お主いつの間に、おかげで寿命が4世紀半縮んだぞ。長寿過ぎるんだよなぁ……

 しかし参った、面接官に背後を取られたということはお腹痛いので帰りますが出来ないということだ。俺は店の中に通される、普通に席に着いたら怒られた。どうやら店の奥の居間で面接するらしい、おいマジか。

 

「失礼します」

「固くなりすぎじゃない? もっとリラックスしないと」

 

 なるほど、穂乃果ちゃんのお父さんは剛の(つわもの)。リラックスとは身体の力を抜くこと、つまり雪穂ちゃんが言いたいのは柔よく剛を制すってことだな!!

 

 なんてことを考えているうちにエンカウント、ってあれ……高坂家、穂乃果ちゃん以外勢揃いじゃね? お母さんにお婆様までいらっしゃるんですけど……

 

「どうぞどうぞ、座って」

「あっはい、失礼します」

 

 お母さんが隣の座布団をぽんぽんと示したので、そこに座らせてもらう。退路を断つ意味か、反対側に雪穂ちゃん。そして向かうは穂乃果ちゃんのお父さんとお初のお婆様。

 お婆様はニコニコして、俺にお茶を淹れてくれた。ビジネスマナーでは出されたお茶は実は飲まない方が良いのだが、ここまで良くしてもらうと残すほうに罪悪感を感じるのでフーフーしながら飲むことにした、そしたら火傷したちくしょう。

 

「今日は……んんっ、本日はよろしくお願いいたします!」

「だからリラックスしなよ……」

 

 雪穂ちゃんが俺の足の裏を抓ったり突いたり擽ったりする、が残念だったな小娘。俺の出来ないことの1位は正座だ、既に足裏に感覚は無いのだよ。触られてるということが辛うじてわかる状態、これは立てない詰んだ。

 ちなみに自重という言葉も知らない。迷ってる時間やくすぶってる時間は無駄だって散々思い知ったしなぁ。

 

「…………」

「どうして、うちで働く気になったの?」

 

 お父さんの無言のプレッシャー、加えてそれを翻訳するように隣でお母さんが言葉にする。

 

「その前に、あの……今穂乃果ちゃんは上ですか?」

「今はお使いに行ってもらってるわよ、家の中にいる人はこの部屋にいる人間だけ」

 

 そうですか、そう言って俺は意を決する。そうだ、迷ってる時間は要らない。

 

「穂乃果ちゃんの力になりたいんです、彼女自分でなんでもかんでも出来るかもしれないけど……じゃあ言い方を変えます。穂乃果ちゃんの傍にいたいんです」

 

 がたん、お父さんが身を乗り出す。そのとき、俺は大蛇に丸呑みされたような、管の中をずるずると引きずられるような感覚。

 だけど、俺は逃げない。決して、決して! 逃げられないの間違いじゃない! 本音を言うとお邪魔しましたって帰りたい。

 

「この際ぶっちゃけます……俺は彼女が買い物のとき、わざわざ俺のレジに来てくれるのが死ぬほど嬉しい。それだけで他のお客さんにも幸せのお裾分けしたいと思えるし、穂乃果ちゃんに何かお礼が出来ないかとか常々ずっと考えてて……正直、お父さんとかお母さんとか雪穂ちゃんとか……ご家族全員に迷惑かけたりするかもしれないけど、それでも彼女の隣で仕事がしたいんです」

 

 逃げられないのなら、素直な気持ちを吐露する。そうとも、俺は高坂穂乃果が好きで、ここの和菓子が大好きで、なによりバイト戦士なんだ。

 やったことのない職種に、手を出してみたいというこの気持ちも嘘じゃない。和菓子というものが、どういう風に生まれてくるのかのプロセスが知りたい。

 

 俺が言い終えると、お婆様がゆっくりと手を叩いた。パチパチと、静かな拍手だが和やかな顔をしていた。そしてお母さんは真剣そうな顔をして、お父さんへを仰ぐ。

 

「どうします?」

 

 お母さんがそう尋ねると、お父さんは深く頷いてうんうんと唸っていた。何気に声は初めて聞いたかもしれない。しかし彼の顔が上がるのを俺は心して待った。

 やがて、

 

「不誠実、よって不採用……だそうよ」

「うっそーん!?」

 

 ええええええええええええええええええ!! そんなバカな!! 完璧に決まってると思ったんだけどなぁ、あれぇおっかしいなぁ……って違うそれどころじゃない!

 

「お願いします! ここで働かせてください!!」

 

 立ち上がって頭を下げる。何度も何度も、脳みそが揺れるくらい速く強く頭を下げる。しかしお父さんは何も言わなかった。

 

「残念だけど……」

「そんな! なんでもします! 雑用からでも構いません!! ここで働かせてください!!」

 

 最終手段として、俺は畳に頭を思い切りこすり付けた。バイト戦士を極めた者のみが正社員から伝授させる秘奥義『土下座』!! これでダメならお手上げだ!!

 

「お願いします、お願いします……!!」

 

 必死に、懇願するように。ここで働けなければ家族を養えないという背水のお父さんの気持ちになって、畳に頭をたたきつける。

 

「いや、だからね……?」

「穂乃果ちゃんを俺にください!!」

「何言ってんの!?」

 

 くそぅ、ダメか!? 雪穂ちゃんに突っ込まれてしまうがそれどころじゃないんだ!! ここで働かせてください!! 聴こえますかお父さん、今私は貴方の頭に直接語りかけています……!!

 

「(ここで働かせてください!!)」

「……」

 

「あのね、ここまでしてもらって悪いんだけど……ドッキリよ」

 

「ドッキリかーい!!」

 

 思わず頭を上げる、しかしその時居間特有の低いテーブルに後頭部を思い切りぶつけた。鈍痛ってレベルじゃない痛みが頭に響いて震える。それだけじゃなかった、なんだか熱い液体が首筋から背中に入っていく。

 

「って熱ぅい!!」

 

 身長に頭を上げると、俺のお茶だった。どうやら俺の頭突き(事故)でもって湯飲みが倒れて、零れたお茶が俺の頭に掛かったらしい。めっちゃ熱い、フーフーしないと飲めなかったお茶が身体にかかったらそりゃあ熱い、ひりひりする。

 

「もう、大丈夫?」

「大丈夫じゃないです、心身ともにすげーダメージ受けました」

 

 後頭部にはたんこぶと火傷、加えて服はびしょびしょだ。雪穂ちゃんが濡れタオルでもって首筋や頭を拭いたり、打撲部分の痛みが分散するように撫でてくれた、ちょっと気持ちいい。

 

「で、ドッキリっていうのは?」

 

 俺が失礼ながらジト目で尋ねると、お母さんは苦笑いしながら弁明を始めた。

 

「雪穂から、全部聞いてるの。君が穂乃果と同じ小学校で、穂乃果のことが好きだってこと。だから、さっきの志望理由は親として嬉しかったなぁ」

 

 苦笑いしていたはずのお母さんがいつの間にかニヤニヤしながらこっちを見ている。なんだか腑に落ちないので雪穂ちゃんの頬をぐいっと抓った、柔らかい。

 って見ればお父さんも顔を赤くして頬を掻いていた。お茶目か!! この人強面のくせに実はお茶目か!!

 

「それに人が足りないってのは、結構事実なの。穂乃果目当てでここに来るお客さんって結構多いのよ」

 

 そりゃあ穂乃果ちゃん可愛いし、って……ぬわんだってぇぇぇぇぇえええええええ!!?

 

「お客さん!? 多い!? それ全員男っすか!?」

「そうね、男の子の方が気持ち多いかな? うちの娘は男の人に人気で困っちゃうわね」

 

 ホクホク顔でそう言うお母さん、対して絶句する俺。何が実家の手伝いしてれば男っ気はないだアリアリじゃねえか!! 自分の認識力の甘さに腹が立つね!!

 それに雪穂ちゃんだって、もう高校3年のお姉さん。そりゃあ年頃の男どもからすればドストライクだろうよ、雪穂ちゃんどうにも軽装だし今日だってパーカーの下は普通にキャミソールにホットパンツ、どう見ても誘ってる。いや、誘って無くてもその格好は男には毒よ。

 

「とにかく、採用よ。穂乃果に手取り足取り教えてもらって早く1人前になってね」

 

 あ、はぁ……なんだか波乱の予感だけど、本当に大丈夫なのか? 俺はお婆様から作務衣を手渡された、抹茶色のザ・和菓子屋みたいな感じの作務衣だ。着方は、実は知ってる。

 今日からでも働けるように一応調べてきたのだ。

 

「じゃあ今日は厨房周りを見学して、仕事の流れを覚えてもらおうかしら」

 

 そう言ってお母さんは俺を店に通そうとした、のだが。

 

「すいません、もう少し待ってもらってもいいですか……足が動かへん」

 

 あーあかん、あかんあかん、これあかんやつや。ちょっとそこのガール、今触ったら胸揉むぞ。どうやら俺の手の形と眼力が伝わったらしく手を引っ込めた。よし、それでよろしい。

 

「お父さん、やっぱりクビにしよう!」

「すいませんっしたぁー!」

 

 どうやら俺はこれから雪穂ちゃんの尻に敷かれるらしい。あれ、前からか。あ、そっか……切ねえ。

 

 

 

 

 

 厨房の餡子を作る機械を見せてもらって、それの放つ熱気に思わず汗が出た。和菓子ってこんなに大変なんだな、職人が魂込めてプライド持ってやってるんだなってのが伝わってくる。

 しかし、実は俺は厨房には立てない。バイトだし、気を利かせてくれたのか穂乃果ちゃんと同じカウンターとフロアの担当だからだ。ちなみに掃除も俺。

 

「はぁー、大変そうだ」

「ま、頑張ってよ。応援してるからさ」

 

 雪穂ちゃんが面白がって言うも、習慣の彼女らと違ってこっちはトーシローもいいところだからなぁ。でもまぁ、バイト戦士の底力見せてやりますよっと。

 近いうちに新しくスレ立てて、近況報告してアドバイスでもしてもらうか。バイト戦士とはヘタレで他力本願なのだ、笑うんじゃない。

 

「ただいまー」

「お姉ちゃんおかえりー」

 

 おかえりなさいませぇぇぇぇぇえええええ!!!

 

 さぁ来たぞ、今日この瞬間のために俺は頑張ってきたんだ!! よし、言うぞ言うぞ……!

 

「おかえりなしゃ」

 

 ガリッ。

 

 痛い、舌噛んだ。ちょっと待って本気で痛い、うぅ……ちくせう……あたし負けない!

 

「おかえり、遅かったね!!」

 

 言った、言ったぞ。さりげなく、初恋の子におかえりって言ったぞこれ結構難易度高いぞ!! なんせ迎える側じゃないと言えないからな!!

 

「う、うん……もしかして、今日が面接?」

「そう、そうです……えっと、採用していただきました」

「なんで敬語なの?」

 

 緊張してるんです、すいません。

 

「よ、よろしくっす先輩」

「そういうのやめよ、友達なんだし」

 

 ありがてぇ……ありがてぇ、心の中で穂乃果ちゃんを崇め奉る。穂乃果ちゃんは神である、彼女を崇めることこそ我が使命にして至福の喜び……!

 

「しかも、お姉ちゃんと同じフロアだもんね~?」

「あっ、こらお前さんバラすんじゃないよ!」

 

 雪穂ちゃんの口を後ろから塞ぐ、もしかして君面白がってるだろ。

 

「本当に!? じゃあ一緒に仕事できるんだ!! くぅ~楽しみだね!」

「うん、楽しみ……楽しみ!!」

 

 俺と一緒に働けるってだけで、ここまで喜んでくれる穂乃果ちゃん。理由はよく分からないけど、それでも嬉しかった。

 言ったことを嘘にしないように、彼女の傍に居続けるために。

 

 

 

 

「俺、和菓子屋のバイト頑張ります!」

 

 




新章突入!←

とか言いつつ穂むらでのバイト描写は限りなく少ないです。
なぜなら俺が和菓子屋でバイトしたこと2週間しかないからです←

感想評価いつもありがとうございます。どうやら週間ランキングにも載せてもらっているようで、嬉しく思います。

これからもバイトダイアリーをよろしくお願いいたします。

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