バイト戦士なんだが、バイトしてたら初恋の子に会った。 作:入江末吉
フリーターなんだがバイトしてたら初恋の子に会った。
「いらっしゃいませー」
気の無い言葉で名前も知らない客を出迎える。客も俺のことは気にせず店内で自由にする。ATMでお金を下ろしてそれだけだったり、そのままお弁当コーナーを見ていったり、中にはトイレを借りに駆け込んでくる客も。
あくびをかみ殺し、俺は時計を気にする。腕時計の針は確実に時を刻んで、短い針はもうすぐ夕方の5時を指そうとしている。
「おい、そろそろ上がっていいぞ」
「あざっす、お疲れっした」
本当に疲れた、コンビニのバイトは夕方にするもんじゃない。比較的に自由時間と変わらない深夜のシフトが1番だ。酔っ払いの客は来るけど、そんなの忙しさに比べれば実際大したこと無い。今日に関してはシフトを変わってくれと頼まれたのだ。その代わり今度深夜シフトを頂けるので、断る理由は特に無い。働けば給料になるのだ。
ロッカーの荷物を取り出して制服を鞄に詰めると、俺は急いで店を出た。店長と挨拶を交わすと愛用のママチャリに跨って、しばらく走る。
今度のバイト先はスーパーだ。街1番ではなく、商店街から離れた住宅街のおば様たちに愛用されているスーパーは夕方の混み様が凄まじい。夏や冬の祭典ほどではないが、とにかく夕方は混む。
「らっしゃっせー、お預かりしあーい」
もはや早口で客をぎこちない笑みで迎える。スマホを弄る客、財布の中を確認しておどおどする客、会計済ませたあとレジ袋が必要だろうにせっかちに作荷台まで持っていき、袋が入ってねーぞと逆上気味の神様。正直神様ならもう俺の願い事を叶えてほしい、2度と来るな。駄菓子を買っていき、可愛いがま口の財布から小銭を出す小さくて可愛い女の子の「ありがとう」に癒されて次のお客さんにだけ120%の笑顔を振りまく。
決してロリコンではない、小さな子供が好きなだけだ。
「袋ご利用なさいますかー。はいエコバッグ持参ですね、ポイントカードお持ちですかー」
客の出したくしゃくしゃの紙製ポイントカードにスタンプを2個押す。それだけでおばちゃんは明日もエコを心掛ける。俺がバイトしてて楽しいのは作った明るめの声でポイントカードの説明をすることだが、まぁそれはどうでもいい。常連ならみんな知ってるし、そういうのを集めてまで値引きしようとする人間は稀有だからだ。
そうやって、ほぼ惰性で右から来る客を左へ受け流す作業を繰り返し時計の針がここへ来たときから2時間ぐらい進んだ頃だった。
俺はポイントカードの説明をするのが楽しいと言った、しかしそれ以上に楽しいのは美人ウォッチだ。他のレジに入った美人、もしくは自分のレジに入ってきた客を品定めするように眺め回すのがまた密かな楽しみ。
あの女の人、美人だな~ただ脚は丸太のように太いな、とか。
うわぁあの人おっぱい大きいなって思ったら、尊顔はおじさんだな、とか。
なんだよあの露出高い服誘ってんのかよ、彼氏持ちかよ滅びろ、とか。
いろんなことを思いながら、通り過ぎていく女の人を観察していく。稀に神がおまかせじゃなくてちゃんとキャラエディットしただろ、ってくらい美人やイケメンがやってくる。特に長身イケメンがやってくるたび、チビガリの俺はそれなりに劣等感を感じてお弁当の箸を抜いておくとか、そこそこ問題に発展しそうだけどやらずにはいられない嫌がらせに駆られる。
反面、美麗な女性客がやってくると笑顔120%増し、声の可愛さメーター振り切り(当社比)で接客させてもらう。しかし悲しいかな、やはりそういう美女はだいたい唾付きでスマートフォンの向こうの彼氏や2次元の旦那に夢中、俺なんかは目に留まらない。
「あっとうざいやしたー、またのお越しお待ちしておりやーす」
なんかもうそろそろ寿司屋に転職狙えるくらいまで挨拶が板前らしくなり始めた。というのも、時間が時間になりタイムセールというお弁当やお惣菜が安いまま数個パックで買える時間帯になり、寿司や海鮮丼が飛ぶように売れていくから、自然に気分は寿司屋になる。
「お客さん減ってきたし、そのお客さん終わったらレジ上げていいよ」
「あざっすなっす」
ついに日本語じゃなくなってきた、まぁ本日最後のお客さんだし120%120円の笑顔で接客しよう。
「らっしゃ……いらっしゃいませ、こんばんは」
そう思っていた矢先だった。閉められたレジに飛び込んできていたお客さん(恐らく姉妹)は2人の籠をテーブルへ置いていく。しかし、俺はしばらく固まったままだった。
まるで女神だ、顔立ちスタイル、程好し。凹凸に欠けるがしかし何よりも笑顔が素敵。天使だ……なぜ降格したし。
「もうお姉ちゃんお菓子買いすぎだよ」
「ごめーん、つい手が止まらなくって」
聴いたことのある声だなぁ、なんて思った。地元の人ならここのスーパーは愛用するだろうし、何度か訪れていたのかもしれない。けどそれなら俺が忘れるわけが無い。
別名美人スカウターの俺が、ここまで心奪われる美人……いや美少女姉妹を忘れるわけが無い。もう一度言う、何度だって言う。こんな美少女姉妹を俺が忘れるわけが無い。
「……」
値段の読み上げが出来ない、口を開いたら声が裏返りそうだから。美少女姉妹はお互いの財布の中身を確認したりして、あれこれ言い合っている。
「こっ、ンンッ……こちらの商品テープでよろしいですか?」
「はい、お願いします」
「あ、じゃあじゃあこっちもテープでお願いしま~す」
ボールペンと、サンドイッチ。ボールペンを妹の方へ手渡す。
そして姉のほうへ、パンを渡した瞬間。
身体が既視感を覚える。前にも、こうやって誰かにこうやって物を手渡したことがある気がする、ってそれは当たり前だ。レジやってれば商品の手渡しくらい1日何度も経験する。
「お饅頭……」
デジャヴの奥で見つけた単語をつい口にしていた。すると姉妹は揃って俺のほうを見た。後ろのレジは空きなので、後ろにいる人を見ているわけではなさそうだった。
しかし気のせいだと思ったのか、2人してニコニコと笑みを浮かべていた。それにしても可愛いなぁ……
「お団子……」
そうだ、串。団子の串の感覚がやけに懐かしい、あれは家の近くの和菓子屋だったか。あそこのお饅頭、お団子、何もかもが美味しかった。確か小学生の頃の同級生の実家で。
……その子は俺の初恋なわけで。
「なんだっけ、穂むらだっけ」
ついうっかり、独り言を漏らす。ボーっとしてると自分が歌っていることにも気付かないことがあるけど、このタイミングで独り言はまずい。
しかし、またしても姉妹は顔を見合わせてブツブツ唱えながら商品を籠から籠へ移動させ、籠を変えて姉の方のお菓子類が入っている籠の商品のバーコードを通していく。
「うちが、なにか?」
「はい?」
そのときだった。妹の方が首を傾げた。はて、なんと? うち? 内? 中? 家? …………家!?
「穂むらは私たちの実家ですよ?」
「は、ははは……そんなバカな、じゃあ何か君は……君は自分が高坂雪穂だって言うのかい」
「はい、高坂雪穂です」
カーン、バットの芯に当たったボールはセンターの頭を越えてスタンドへ入っていく。ピッチャー俺、唖然とする。
「へ、へへへ……じゃあ何か、そこに御座しますのは高坂穂乃果さんだって言うのかい……?」
「あ、穂乃果のこと知ってるの? 初めまして、高坂穂乃果です!」
初めまして、ホームランボールが、バッターの手から飛んできたバットが同時に頭に当たったかのような衝撃。たった6文字が俺の頭を激しく揺らす。
するとコウサカユキホと名乗る少女は自称高坂穂乃果に対して、口を膨らませて言った。
「初めまして、じゃないよ~。何度もうちに来てくれたし、お姉ちゃん同級生だったじゃん」
「へ?」
自称高坂穂乃果は自称高坂雪穂の言葉に、固まる。そして彼女はまじまじと俺の顔を凝視する。
そして、満を持して口を開いた。その笑みには、ぎこちなさがあった。
「―――ごめん、思い出せないや」
バシャア、とブリスターが。本日特売お1人につき1パック83円の卵が、俺の手から滑り落ちて派手な音を立てた。
君が手の中から零れ落ちていく。黄身が殻の中から流れ落ちていく。君との思い出が、手のひらから抜け落ちていく。
まるで83円の、思い出の詰まった10個の卵が入れ物ごと手から零れ落ちたように―――
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その後、自称ではなく正真正銘の高坂雪穂に頭を下げながら別の卵のパックを持ってきて、会計を済ませ2人の背中を見送った。
レジを上げ、本日の売り上げをドロアの上に被せて店長に挨拶すると俺は退勤した。今日はもうバイトは入っていない。
「……」
ショックだった、というかある意味
初恋の子のことが分からなかったし、初恋の子ではなくその妹が俺のことを覚えていた。
「ふ、ふふふ……」
自転車のペダルに乗せた足に力が篭る。夜道を駆ける自転車の速度が上がっていく。坂道を、高速で駆け上がっていく。
「ほ、ほ、穂乃果ちゃん……か、可愛かった。超可愛くなってたぁーーーーッ!!」
穂乃果ちゃんだってよ、調子乗っていきなり穂乃果ちゃんですってよ。やべぇ甘酸っぱい。奇声の一歩手前の声を上げてペダルを漕ぐ。今ならママチャリで車に追いつけるかも。
「やばいやばいやばいやばい、可愛かった! あの頃よりずっと可愛い! あ、でも……」
彼氏とか、いんのかな……
自転車の速度、落ちる。カラカラとチェーンが空回りする音が夜道に跳ね返る。そりゃああれだけ可愛ければ? 彼氏の1人くらい……鬱だ、車道に飛び込もう。
「いや待て? たしか? 穂乃果ちゃんは、音ノ木坂学院に通ってたはず……少なくとも高校3年間で唾付けられた可能性は限りなく低い、はず?」
現在、わたくしフリーター歴1年でございます。つまり卒業してから、1年は経っているはず。
だが、だがしかし……社会の荒波からある程度隔離された実家の家業を継いでいるなら、それこそ限りなく男っ気は少ないはず……!
「ひゃっ、ほぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!! テンション上がってきた!!」
自宅までの道を自転車で駆け抜け、自宅の前で急ブレーキ。アスファルトに擦り付けた後輪から
芳香がするが気にせず庭の中に自転車を放り込み、自宅のドアを開ける。
「ただいま、私バイトしていたら初恋の子に出会ってしまいました」
これはそんな俺の、たった数ヶ月の出来事を纏めた現在進行形の日記帳。
つい筆が余ったので、衝動的に書いてしまった←
日常の中で一喜一憂するちょっぴり気持ち悪いくらいの主人公が書きたかった。