目前に迫ったテルミをアルベルは咄嗟に反応し後方に飛び、距離を取ろうとする。
テルミの高速の蹴りがそれより早く、アルベルの頭を捉えた、辛うじて片腕を上げ防御の姿勢を取る事ができたが。
受け止めた腕が軋み、受け止めきれない衝撃でそのまま後ろに吹き飛ばされる、受け身をとれないまま地面の叩き付けられた。
「な、何で」
夜の静けさのおかげで、やっとテルミの耳に届くぐらいの消え入りそうなアルベルの声。
アルベルは困惑していた、いきなり殺すと言われ、何の脈絡もない攻撃をされる。
「おや? あなたを殺す、と言ったのが聞こえていませんでしたか?」
殺す、と言っておきながら、その言葉と表情からアルベルは、殺気やそれ以外の感情一つもテルミから読み取れない。
アルベルはテルミが本気で自分を殺そうとしてるのかすらわからなかった。
テルミの口調は日常会話のように意味のない只の戯言のようにアルベルは聞こえる。
アルベルは痛む体に耐え、テルミに話しかけた。
「……だから、なんで急にそんな事を?」
テルミはハットをつまみ深く被り直し、アルベルを指差した。
「喋ってる暇なんてあるんですかね?」
消えた、アルベルにはそう感じさせる程の知覚範囲を超えた速度でテルミが動いた。
本当に一瞬だった無意識に瞬きをしたら次の瞬間にはテルミはアルベルのそばに移動しており、転がったままのアルベルをサッカーボールのように蹴り転がす。
防御も出来ないまま、脇腹を蹴られ、内臓が破裂するような痛みで吐き気を催す。
「グッ!」
地面を転がるアルベルに追い付き、頭を踏みつけようと足を上げ、そのまま踏み抜いた。
足の裏が目の前に写る、何とかアルベルはそれをかわした。
顔のすぐ傍に踏み降ろした足はあっさり地面を砕き陥没させる、直撃すればアルベルの頭蓋骨は潰れたトマトみたいになっていただろう。
手加減のない、自分を確実に殺す一撃を横目で見て戦慄が走る。
倒れた姿勢を強引に起こし、もう一度距離を取ろうと足に力を入れる。
「距離を取ろうとしても、無駄です、そう無駄ですよ」
アルベルの体が空中に浮いた、下からの蹴りで防御が出来ぬまま、腹を蹴り上げられたのだ。
爪先がアルベルの腹にめり込む、僅かにかすった程度だが飴細工のように肋骨が数本折れアルベルは苦痛で顔を歪める。
空中に浮かんだアルベルの髪を掴み、宙ぶらりんの状態にさせた。
アルベルの辛そうな顔をテルミは覗き込む。
「どうしました、ゲロ吐きそうな顔してますよ? 何時ものようにスカした顔は
しないのですか? フフッ、惨めですねそう思いません?」
アルベルは抵抗しようと、テルミの腕や体に攻撃するも、念すらまだまともに扱えないアルベルの抵抗は何の意味もなかった。
むしろ殴った手が砕け、骨が肉を破り顔を出す、鋼を殴ったような感触にアルベルは唖然となった。
桁が違う、今までクラピカとの稽古なんてお遊びでしかない組み手なぞお飯事でしかないそう感じさせる。
無力な事を自覚させる程の圧倒的な暴力。
「なぜでしょう、悔しくないんですか? ここまでされているんですよ。
君は一度もクラピカ君のように、目が赤く染まりませんね?」
アルベルはテルミを睨み付ける。
「もういいです」
テルミはアルベルを放り投げた。
地面に一度バウンドして、力なくその場に倒れこんだ。
これが現状のテルミとアルベルの実力差、たった3発、それも本気ではない念の大して籠もってない攻撃、これだけでアルベルは死に体になった。
テルミの周りを回っている”球”はアルベルに触れてすらいない。
「うーん、そうですねこうしましょう」
倒れているアルベルにテルミに近付き、アルベルを見下ろす。
アルベルはそのテルミの視線からも、相変わらず何も感じられない、蔑み、見下すような感情すらも。
アルベルは自分の前にいる、自分を痛め付ける存在が怖くなった。
今まで死の恐怖をリアルで感じた事がなかった、だが今そこにある手を伸ばしてくる死の濃厚な誘い。
逃げ出したかった、怖かった、死にたくない。
恐怖で体が震える。
「逃げたいのですか、構いませんよ逃げ出しても、ただし……」
テルミはアルベルの髪を引っ張り顔を持ち上げ、強引に立たせる。
フラつくアルベルから2歩程下がり腕を伸ばし、人差し指で眉間をからかうようにつつく。
「フフッ、クラピカ君を殺しましょう、どうですかいい話しでしょう?
クラピカ君を見捨てるだけで、君は助かります」
「なっ……、何言ってんだ」
「おやおや、自分は君のような人間を知っていますが。他人を見捨てる何て
簡単にします、あなたは違うのですか、自分だけのために戦い、
自分の目的のためなら例え知り合いでもあっけなく見捨てる、そんな君には最高
の提案でしょ」
アルベルは一度下を向き、何も答えない。
「あーそうですね、何も言わなくって結構です、人ってのは罪悪感やら意地という
馬鹿げた物で言葉に出すのを躊躇う物です ですからシンプルにいきましょう」
そう言うとテルミは右足を一歩だけ踏み出した。
「今自分は一歩踏み出しました、もう片方の足は踏み出しません、そう2歩目は
あなたが踏み出しなさい左足で、それがあなたを救う行動です、簡単でしょう?」
アルベルは唇を噛みしめたせいでタラリと血が流れる。
恐怖で震える体は抑えられない。
そんなアルベルは顔を下に向けたまま1歩踏み出した。
「ん? どういう意味ですかねそれは?」
確かにアルベルは一歩踏み出した、テルミが言うように足を前に出し、しっかりと一歩だけ前に進んだ。
ただ一つ違うのは左足ではなく右足、決してアルベルはテルミの言葉を聞き間違えている訳ではない。
アルベルは顔を上げる。
「この一歩は決意の一歩だ、情けない未だにテメェに対する恐怖で震える、
自分自身に反抗する一歩、そしてもう揺るがない事を誓う一歩だ」
「その行動に意味があるのですか? 全てはおじゃん、自分の提案を断ったあなた
は死ぬだけですよ」
「死にたくない、だから俺はどんな物だって見捨ててやる、だけど……」
「だけど何でしょうか?」
「ありえないから」
不自然な格好からのアルベルの右の拳打、念をまともに使えないそれでも必死に倒れている間、意識を集中して念を右手に込めた一撃。
狙いはテルミのおふざけでアルベルの眉間をつつく腕、リーチを考えると体は遠い、ならせめてこの小憎らしい腕をぐしゃぐしゃにしてやると思い、一番動作も少なく距離も近い当たる可能性が高い腕に拳を当てようとした。
が、無意味だった。
放った拳はテルミに当たる事なく、逆にアルベルの脇腹に衝撃と共に抉るような一撃がアルベルを襲った。
「グハッっ!!」
「やっと攻撃してきましたね、遅すぎですよ、今の攻撃の内に自分はあなたを
10回以上殺せましたよ、まぁやる気十分のようですが無駄です」
アルベルが攻撃した瞬間、拳がテルミに当たるより速く”球”が動き攻撃した。
「おっと、今度は自分が距離を取りましょう、次に君から攻撃されたら
それで終わりですから、それではつまらないでしょう?」
テルミが下がり、それと一緒に”球”が付いて行く。
「イテェ、凄く痛い、死にそう……」
脇腹を押さえ、アルベルが立ち上がった。
球の一撃は強烈だった、単純な威力もそうだが回転している球はアルベルの皮膚を焦がし抉りながら内臓深くまでダメージを与えている。
だけど先程とは違う、アルベルの体からオーラが溢れ、闘気すら感じられる。
「逃げられないのはわかった、あんたが強いのもわかった、俺がどうしようが
勝てないのもわかった、けどさ……」
アルベルはゆっくりとだが、テルミに向かって歩き出した。
一歩一歩大地を踏みしめて。
「さっきの答えは確かに簡単だ、クラピカを俺が見捨てると言ったらいいだけだ。
けどさそりゃあ無理だ、何か無理、あー何て言っていいのかわからない」
アルベルは夜空を見て、フッと笑った。
「俺には目的があるしここで死にたくない、それにクラピカがいないと駄目何だよ、
死ねないんだよ、こんなところで……」
視線を戻しアルベルがテルミを睨み付ける、その瞳は赤く染まっていた。
燃えるような赤、決意を秘めた確固たる意志、自然と体の震えはおさまっていた。
怪我は重傷だ、普通なら立っていられないだろう、だがアルベルの意識がそれを許さない、精神力が肉体の限界を凌駕する。
「ならどうしますか、如何せん君と自分の圧倒的な実力差は、気合いや意志の
強さでは覆えませんよ、それでもやりますか?」
「足掻くさ、超えなきゃいけない」
「無駄だとわかっていてもですか?」
アルベルは馬鹿ではない、テルミとの実力差は自分が一番わかっている。
でもこんな所で諦める訳にはいかない、止まる訳には行かない。
「無駄かどうか何てお前が決めるな、それにバレチノのおっさんが言ってただろ、成長だ」
「成長?」
「そうだ、あんたを乗り越えたら、少しは成長するだろ、俺にはクラピカの
ような才能もない、頭もクラピカ程よくない」
「自虐的ですね」
「だから成長だ、精神の成長、所詮可能性だ、念は才能も必要だが、俺は諦めない
念は精神にも依存する、なら俺は強くなってやる、成長してやる」
それに呼応するかのように、アルベルの纏う念は強く研ぎ澄まされていく。
「甘いですね、世の中そんなに甘くない、今のあなたの念は自分からしたら
見せかけ、無駄が多すぎる、現実は非情ですねまったく、ムカつきますよ」
テルミが見せた初めての感情、落胆、アルベルはそれを感じとった。
「ですが見せて貰いました。悪くはありません、良くもありませんでしたが」
そんなテルミの言動を無視して、アルベルは地面を蹴りテルミに迫る
アルベルはもはやテルミしか見ていない、獣のようにまっすぐに一途に純粋に心と体は前に、強くなるためにひたすら貪欲に。
「もういいですよ、ユリアン」
「はい! 先生!!」
予想もしていない方向から声が聞こえ、こちらに向かって来たユリアンの姿が視界のすみに見えた、だが気付いた頃にはもう遅い。
オーラの攻防もままならないアルベルは、ユリアンの不意の一撃の対処も出来ず。
いい角度に顎に入ったユリアンの小さな拳が、呆気なくアルベルの意識を断ち切った。
「まだこの程度なのはしょうがありませんね、それよりユリアンよくやりました」
「ありがとうございます!」
突然現れたユリアンは最初からアルベルに見つからないように絶を使い、テルミの合図を待ちながら、ずっとアルベルとテルミのやり取りを見ていたのだ。
「帰りましょうか」
テルミはアルベルを抱える。
ユリアンはそれが羨ましいのか、アルベルをジッと見ていた。
「少しやりすぎたので治療お願いできますか? 家に帰ってからで構いませんので」
「わかりました!」
アルベルを抱えたテルミとユリアンが歩き出す。
「いやはや、ちょっとやり過ぎましたかね」
気絶したアルベルを見て、誰にも聞こえない声でテルミは呟いた。
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朝に俺は普通に目を覚ましたが、体に異変がない、あの時やられた痛みがまったくない。
むしろ体の調子がめちゃくちゃいい、破れた服も治ってる。夢かと思ったが間違いなくあれは現実だ。
あの時の念を使った体の感覚が確かに残ってる。
「どうしたの?」
何かクラピカを見て癒される。日常って感じだ。
「何でもない」
「ならいいけど?」
不思議そうな顔をして、クラピカは部屋から出て行った。
ちくしょう、テルミの野郎、理由はわからないが俺の何かを試しやがったな。
それにユリアンめ間違いなく俺をぶん殴りやがった、気絶する前あいつの顔がチラリと見えたがすげーいい顔してたぞ。
しかし緋の目が発動したか、あの時の高揚感と力が溢れる感じ、多分そうだと思うんだが。
今考えたら俺って緋の目の状態になった事あったっけ。
まぁいいか、あれは切り札として使える、原作だとクラピカが自由自在に発動させてたから、使いこなせるようになるかも。俺が使いこなせるかは別かもしれないが、
これも課題だな。
俺は成長してやる、全部だ心も体も全部だ。
「テルミさんが呼んでるよ」
「え、ああ、わかった」
クラピカがいつの間にか戻って来ていた。
テルミが呼んでる、何のようだ、昨日の続きとかか、それはないか。
リビングに行くとテルミがくつろいでいた、昨夜の事なんかなかったような態度に若干腹が立つ。
「おはようございます、体の方はどうですか?」
「特に何もありません、健康そのものです」
「嫌味に聞こえますがしかたありません、自分も少しやりすぎました。
反省はしてませんがね」
こいつ。
「そういえば、渡したい物があるんです」
テルミがテーブルに置かれた、一冊の本を指でトントンと叩いた。
「それは?」
「念を補助する物がこの世に存在するって事をご存知ですか?」
念を補助する、どこかで聞いたぞ、確か手帳(原作知識が書かれた)で前に見た。
確か”神字”だったか。
「知っているという顔ですね、なぜ知っているかは聞きませんが、この本には
神字と呼ばれるている物が詳しく書かれています」
やっぱり神字か。
「覚えておいて損はないかもしれませんよ、限にユリアンは念能力を補助させて
使っていますからね、おっと喋りすぎました、今のはユリアンには内緒で
お願いします。他人に能力がバレたら大変ですからね」
「わかりました」
俺は本を受け取る。
使える物は使う、利用できる物は利用する。
「それと、今日から本格的に念の修行を開始します、準備しておいて下さい」
「準備? 何をしたらいいんですか?」
フフッ、と気味が悪い声でテルミが笑った。
「言わせないで下さい恥ずかしい、修行と言えば山籠もりに決まってるでしょ」
この人案外ベタな事が好きなのかもしれない。
主人公弱すぎますね。
多分毎回戦闘ではボロボロになると思います。
次の話しは念の発の開発まで駆け足、じっくり書いたらいい加減に話し進めてと言われそうなのでザックリな感じの予定です。
後書きまで読んでくれた方感謝です。